75話 復元された力
「アリア……」
「お二人とも、大丈夫ですかー?」
緊迫する空気の中、気の抜けた声で話すアリア。
周りの騎士は銀の拳銃を向けたまま、ダリアを睨んでいる。
「女神ともあろう者が、犯罪者のゼロを助けにくるなんてねぇ。聖都も落ちたもんねぇ」
振り返ったまま片目で睨むようにアリアに話しかけるダリア。
その問いにアリアは笑顔のまま喋る。
「非道な実験を行っている、あなたの国に比べたらー。零さんは正しいことをしている人だと思いますよー?」
「化け物の分際で言ってくれるじゃない」
お互い一歩も引かない睨み合い。
この状況で圧倒的に不利なのはダリア。一人で複数の相手は無理だろう。
「ダリアさんー? このまま大人しく帰る気はないですかー?」
「ハッ、女神は馬鹿なの? この状況でそんな選択肢存在しないわよ。それに――あなたが大人しく返すとは思えないわねぇ」
「ええー。ちょーと、ペナルティはありますよー。でも殺しはしません」
その返しに、ダリアは「信用できないわね」と言って吐き捨てる。
「あーもういいわぁ。これ以上話しても無駄だし――情報もらうわ」
止まっていた手が動き出し、俺の身体へと近づいてくる。
腕が動き出したのを見て、アリアは一言指示を出す。
「撃ってください」
アリアの口からは予想も出来ないほどに、冷酷な一言だった。その言葉を聞いた瞬間、騎士達の持つ銃から次々と白い銃弾が飛んでいく。
室内に鳴り響く複数の銃声だけが木霊していた。
「いきなり撃つなんて……物騒ねぇ」
「……おい、なんでこいつ――」
騎士の一人が銃を下げて、驚愕の表情を浮かべながらその様子を見ていた。
何故ダリアは――傷一つ、ついていない? 俺の力はまだ奪われていないはずなのに、何故?
俺の瞳には、無傷のダリアがニタァと笑みを浮かべながらアリア達を見ていた。
「さっすが――ゼロの力は凄いわねぇ」
「なっ!」
目の前の光景を疑った。何故ならダリアの周りには――白い霧が漂っていたから。
「なんで……? まだあいつの力は復元されていないはずじゃ!」
「頭が足りない小娘ね。こいつが戦ったのは、何もここだけじゃないでしょ?」
まさかガルム帝国で戦った時、何かしたのか?
「大変だったのよぉ? あなたの血液を採取するの。一ヶ月かけて、少しの情報を集めたんだから」
ガルム帝国で戦闘をしたとき、何度か血を流したが、まさかあれを採取したのか。そこまでして、俺の力を求める理由はなんだ?
「さてぇ、それじゃあ続きといこうか?」
ダリアは素早く俺を引き寄せると、片手に何かを持つ。
手に握るのは、試験管の先端に針を付けたような物だ。
「――くっ!」
俺も霧を出して対応する。だが消滅どころか、消滅する気配すら見えない。
無駄な抵抗をする俺を見て、笑うダリア。
「無駄無駄ぁ。考えてみなさいよ、私は微弱ながらお前の力を使える、同じ力を持つ私を消せるわけないでしょ?」
睨みつける俺を見て、ニタァと笑うと持っていた針を勢いよく俺の腹部に叩きつける。
「ぐぁ!」
声を出しながら苦痛で顔を歪める。
腹部を刺さした物には徐々に容器を満たすように、赤い血液が溜まっていく。
「採取完了ぉ」
躊躇なく引き抜くと、俺を引き離す。試験管を揺らしながら揺れる血をうっとりとした表情で見つめる。
「フフフ、これがゼロの血……綺麗ねぇ。宝石が詰まっているわ」
「……ダリアさん、彼の力は人のみに余る物ですよ。決してあなたのような方が使える代物ではありません」
アリアの口調が変わり、真剣な目つきでダリアを見据える。
人のみに余る力。なら何故俺はそれを使っている? アリアの発した言葉から自然とそう感じる。
「馬鹿ねえ歌姫。私はすでにこいつの力を使えるのよ? なのに使えない? 所詮は餓鬼、おつむが弱いわね」
「貴様、アリア様を愚弄するなぁ!」
侮辱した言葉に切れた一人の騎士が、剣を引き抜くと走り出す。
風を斬るような勢いで、剣を振るう。切っ先がダリアの首を跳ねようと近づく。
「どいつもこいつも――馬鹿ばっかり」
首から数センチ離れた箇所にさしかかった時、切っ先が塵になって消え始める。まるで氷が溶けるように、刀身が消えていく。
剣を投げ捨てて、足を止める騎士。その目には恐怖が宿っているのがわかる。
「ダリアさん、最終警告です。その力を使うのは止めなさい」
「心配どうも、でもね残念だけど目の前に強力な力があって、それを使わない馬鹿はいないわよ?」
ダリアは手に持った、試験管の蓋を開ける。それを口元に持って行き飲み干した。
ゴクリという喉を鳴らす音がなると同時に、持ってた試験管を放り投げる。
「ふぅ……。情報復元」
初めて姿を変えたときのように、身体がマグマのように沸騰を始める。皮膚がボコボコと凹凸が生じ気持ち悪く肉体を変化させていく。
数秒も立たないうちに現れたのは紛れもなく自分自身。鏡でも見ている錯覚に陥るぐらいに、瓜二つだった。
「すごい……! これがゼロの力!」
身体から放出される霧を見て歓喜の声を上げるダリア。その量は俺と全く一緒。完全に『消滅の霧』の力を復元されてしまった。
「さてと……!」
「――!?」
ダリアは視線をアリア達に向ける。すると先程切りかかった騎士が悲鳴を上げる。
「――がぁぁぁぁ! あ、足がぁ!」
足が一瞬のうちに消滅し、その場に崩れる。
「あはははは! すっげぇ! マジで一瞬で消えるんだ!」
狂喜の叫びを上げながら、笑顔で倒れる騎士をなぶり殺すように、その肉体を消し去っていく。
俺は……こんな力を使っていたのか? こうやって人を――殺してきたのか?
「みなさん下がってください!」
アリアが咄嗟に叫び、周りの騎士達を下がらせようとする。
「させると思うの?」
ダリアから放出された霧が、部屋全体を包み密室を作り出す。
「楽しい殺戮ショーをみたいでしょ? だから――強制参加」
口元が裂けるのではないかと思うほど、つり上げて不気味に笑う。
「……みなさんは消させないですよ」
アリアの背中から四枚の羽が生えると、四方向に展開される。
「あらぁ? 女神様も本気モード?」
「こうなっては仕方ありません、女神の名において――あなたを排除します」
「怖いわねぇ、でも――勘違いしてんじゃねえぞ小娘」
霧が倒れている騎士の首もとに伸びる。それを見て苦しんでもがいていた騎士も動きをピタリと止めて、震えた目で霧を見る。
「お前達の力は把握してるんだよ餓鬼が」
荒い口調に変化するダリア。
「てめえらの力の属性、範囲、能力、発動時間も把握済みだボケ。お前は14番目の歌・守護騎士は11番目の守り・聖騎士は1番目の光。そうでしょ?」
聖都にいる女神三人の司る力を淡々と言っていく。
「そしてお前の力、歌は。発動までに時間がかかり、もっとも広範囲に及ぶ。故に、この場では真価は発揮できないんだよねぇ?」
「……その通りです。よくご存じですね」
ダリアは見下したようにアリアを見ると、背後にいるリン達に目を向ける。
騎士と同様、首元に霧を這わせると人質のように扱う。
「お前が力を発動させようとしてみやがれ、こいつらの命を――消すからねぇ」
アリアの力なら、霧の力を受けていても多少は攻撃可能だ。だがいまのアリアは力を封じられたも同然。絶体絶命の危機だ。
「どうやら、あなたを甘く見ていたようですね。ですが――あなたは私を甘く見すぎですよ?」
ハァっと深いため息をつくアリア。周りの霧によりその吐息が白く見える。
「あ? お前パニックで、頭のネジでもぶっ飛んだの?」
「いえいえ、あなたの情報が。昔の物でよかったなっと思いまして」
「――チッ」
その言葉から何かを感じ取り、首元に這わせておいた霧を使って首を切断するように操作する。
「くっ! 消滅しない!? 歌姫、何したのかしら?」
「ちょっと吐息に、力を混ぜましたー。それに乗って彼等達を私の力で保護していますー」
元の口調に戻り、ニコニコと答える。アリアが作ったこのチャンスを、逃すわけにはいかない
足に力を入れて、飛ぶように立ち上がる。撃たれた箇所が熱く痛みが走るが気にしてられない。
「――くっ!」
迫り来る刃を感じ取り、身体を仰け反らすように回避する。
「この死に損ないの餓鬼が!」
「俺の力……復元してるんだったよな?」
こいつのスキル、情報復元は力の復元するといった。ならば……俺が魔力がなくて、一般人ほどの力しかないことも復元されているよな?
動きに俊敏さが感じられない。動きは遅く、さっきとはまるで別人だ。
「自分を撃つっていう時が――来るなんてな」
片手に持った拳銃を肩に突きつける。
いくら霧の力でも――ゼロ距離なら消滅は出来ない。
低音と共に、ダリアの肩から弾ける鮮血。そのまま床に倒れていき、背中を強打する。
「――ぐぅぅ! こっの、糞餓鬼がぁ! 私を撃ちやがってぇ!」
フラフラと立ち上がると、鬼の形相で俺を睨みつける。
「くっそ! こんな奴らに……こんな奴らに! 中佐である私が!」
肩を押さえて、前屈みの体勢で息を切らしながら叫ぶ。
その血眼でゼクスを睨みつけると叫ぶ。
「ゼクス! 命令よ、こいつらを始末しろ!」
「主……?」
「愛して上げる、認めてあげる。可愛いゼクス……だからこいつらを始末しろ!」
「本……当……なんですか?」
フラフラの身体でダリアの元へ一歩一歩と歩む。
「聞くなゼクス! あいつはお前を利用しようとしてるだけだ!」
だが俺の叫びは今の少女には聞こえていないようだった。
裏切られたとはいえ、偽りの愛情を向けられたいたとはいえ。ダリアはこの子にとっての親のような存在。この子はまだ、心のどこかでこいつに依存している。
「そう、ゼクス。あなたは出来る子、選ばれた子。いくらでも誉めて上げるわ」
クスクスと笑うと、次々と誉めるような言葉を口にする。それが偽りの言葉だと、すぐにわかるほど薄っぺらい気持ちだった。
「主……」
「さあ、あいつらを殺しなさい。あなたなら出来るわよね?」
「……はい主」
少女は、ダリアを見上げる。少女の頭にダリアが手を乗せて、認めるような素振りを見せる。
そしてゼクスはゆっくりと口を開く。
「――――――死んでください」
瞳に映ったその光景は、背中から飛び出す小さな手。真っ赤に染まった、少女の手がダリアの身体を貫いていた。




