73話 襲撃者との戦闘
「はぁ! はぁ!」
建物に囲まれた道を駆ける。足音だけが聞こえる。
息が荒くなる、胸が苦しい。だが止まれない、止めれない。
「シャルル……!」
自身の親友の名を口にする。
あの襲撃者の顔はリンの親友シャルルと瓜二つだった。もういないはずの親友が何故、ここにいるのかが不思議だった。
心の中にきっと、まだ生きているのだと微かな希望が彼女の中にあるのあだろう。
「はぁ……」
徐々に歩みを止めて足を止める。
見つめる先には何の変哲もない物置のような木造建築の建物。
「勝算はない……でも――私は知る必要がある!」
建物の扉へと向かうと扉を蹴り破る勢いで開ける。
バタンと大きな音を立てて扉は開かれる。黒の銃を構えるとそこにいる少女に向ける。
「見つけたわよ――シャルル」
「……追っ手……迂闊でした」
銃の先にいるのは緑の髪に全身迷彩服の少女。つい先ほど、聖都の女神であるアリア達を襲った張本人だ。
少女の脇腹辺りは布が無く、肌が露出してる。少し痣のように変色しており痛々しく見える。少女も片手で負傷箇所を押さえている。
「……あなた一人ですか?」
「そうよ」
「……勝てる気でいるんですか? あなたの戦闘能力では私に触れることすら出来ませんよ?」
「そんなの関係ないわ。私はあんただから来たのよ、シャルル」
「シャルル? なんですか……その名前は?」
「……教えて、あなたは何者?」
銃を構えた状態で問いただす。
リンの瞳には、この少女が別人であってもシャルル本人にしか見えていない。頭でわかっていても、そう見えてしまうのだろう。
「……話す必要性は皆無です」
表情を変えずに話す少女。
「そう……なら、もう勝手に喋るわ。何であなたは、シャルルと同じ顔をしてるの? あの子はもう――この世にいないはずなのに!」
「あなたの言う、シャルルという方は存じません。ですが私はシャルルではありません。ゼクス(6)という名(番号)があります」
リンはその言葉を聞いた瞬間、銃が少し震える。
シャルル本人でないとわかったこと。そして何より、この少女は自分の名を番号だと宣言したのだ。まるで物のように。
「お喋りが過ぎました――死んでください」
風だけを残して視界から消え去る少女。
ダンと音を上げて、何かが床に激しく叩きつけられる音がする。
「か……!」
倒れたのはリン。その上に少女が乗っており、首を片手で締めている。
周りには構えていた銃や短剣は散らばってしまい、手元にはない状態だ。
「こ……の!」
太股辺りから小さな果物ナイフの様な物を取り出すと、それを横から突き刺すように振るう。
迫るナイフに反応し、リンの上から離れる。
「ケホッ! ケホッ!」
喉から手が離れて、苦しそうに咳をする。
だが安心も束の間、立ち上がり片目を開けたときには――緑の髪が胸元に迫っていた。
「かはっ!」
腹部にめり込んでいく小さな拳。その小さな手から想像も出来ないほどな威力。メキメキと嫌な音を立てながら食い込んでいく。
勢いよく壁に飛ばされると、辺りにあった家具を散乱させながら壁にぶつかる。天井からは衝撃で埃が落ちてきていた。
「……ここまでの実力があるなんて」
神力が使えないリンがこの少女に勝てないのは自明の理。鼠がライオンに勝とうとするようなものだ。
でも諦めきれない。過去のように何もせずに終わるのは嫌だから。だからこそ無理だとわかっても戦う。
「終わりです」
カチャと音を立てながら銃が向けられる。少女が持っている銃はリンが落とした黒い拳銃。
だが何時まで経っても放たれることのない銃弾。
「怖いの?」
「……!」
少女の持つ拳銃は小刻みに震えていた。
「人……殺したことないんでしょ?」
「私は……怖くない」
「嘘ね。怖くないなら――一瞬で私や零を殺せたはずよ。でもあなたはそれをしなかった」
辛そうに呼吸しながら、少女の瞳を見て話すリン。
「あなたは、人を殺したくないからしなかったんじゃないの?」
「違う! 私は、私は――!」
叫びながらトリガーにかけた指の圧力を上げる。
撃たれると思い、腕で顔を覆い隠す。
だが銃声ではなく、鳴ったのは床に落ちた金属音だけ。
「銃身の先?」
落ちたのは黒い銃身部分が床に転がっている光景。銃身のみでそれ以外は見あたらない。
まるで綺麗に削りとられたような光景。
このような芸当は、リンの知っている中では一人しかいない。
「……全く! 一人で行くなよ!」
「その台詞……あなたに言われたくないわね」
リンの瞳には灰色のコートを身に纏った少年が立っていた。
リンが向かった辺りを隈無く探していたところ、建物の中から物音が聞こえた。結構激しい音で、直感でリンだと感じた。
そしてその物音がした建物に向かったところ、そこで見えた光景は、緑髪の少女が銃をリンに向けている姿。
とっさに霧を伸ばして、少女の持つ銃を消し去ったのだ。
「……任務対象、神城零」
俺を睨むように振り返る少女。
任務対象? 俺がターゲットだっていうのか? アリアじゃなくて?
「アリアじゃないのか?」
「歌姫も対象です。ですが――あなたは優先対象です」
「……教えてくれって言っても無理そうだな」
「これ以上答える気はありません」
「なら――力ずくで聞くまで!」
黒い腕輪がボゥッと光と同時に、駆け出す。魔力による強化を全て足下に集中させることにより、その速度は弾丸の如く素早い。
この子の早さは異常な程だ、こちらは出来る限り速力を上げて対応するしかない!
「速いですね」
「なっ!」
少女の背後に回ったと思った瞬間。そこには少女の姿はなく、すでに背後に回られていた。
身体を何とか回転させて振り返るが、そこに見えるのは迫り来る拳。
「ですが、無駄ですよ」
拳が胸に突き刺さる。苦痛で顔を歪め、口からは息が吐き出される。
速度で勝てるなんて思っていない。だから俺は、この子を確実に捕らえる方法をとると決めた。
俺は突き刺さる腕を、両手で捕まえる。
「――っ!」
「ハァ……。捕まえたぞ」
予想外の行動に驚きの顔をする少女。
だがすぐに表情を戻すと、もう一撃。別の拳で殴りかかる。
「ぐっ!」
防ぎようがないほどの速度で繰り出される打撃。それを数秒の間で何十発も受ける。
口からは血が漏れ出し、それが次第に床に落ちていく。
「悪いな、ちょっとだけ我慢してくれ!」
苦しい中、そう言うと。俺の身体からブワッと白い霧が放出される。
この子が神の子というなら、霧の力で消えなかったのも納得がいく。だが完全に消滅出来ないわけじゃない。あの時、神の子であるトレーセも自身の消滅を感じていた。
「くっ!」
出来る限り霧を凝縮させて密度を濃くする。すると少女の身体に少しずつだが、異変が起きているのが見える。
皮膚が焼かれるように少しずつ消滅し始めている。速度はゆっくりだが、確実に傷を負わせている。
「このっ!」
苦しむ少女の姿に、心を痛めながらもそれを続ける。
そして心を鬼にして最後の行動にでる。
「神の子だからな……遠慮はなしでいくぞ!」
片方の腕を振り上げる。そして腕輪の残る全魔力を注ぎ込み、本当の全力の一撃を振り下ろす。
ドンッという低音が鳴り響き、建物を揺らす。少女は床にめり込むように叩きつけられ、その場に横たわる。
「ハァ……やったか……」
「あなたも無理するわね……」
「無理でもしないと勝てないからな」
俺は倒れている少女に目を向ける。気は失っていない、だがしばらくは立てないはずだ。
あとはこの子を、連れて行けば終わりか……
フゥッ息をつき安心した瞬間。銃声が聞こえる、そして脹ら脛の辺りが熱くなるのを感じる。
「――ぐぁ!」
片目を瞑りながら熱くなった右足を見る。脹ら脛辺りからは赤い血が滲んでおり、何かに撃たれた事を示している。
この子が? いや、今のこの子にそんな力はない。だとすれば誰が?
「あーあ。また失敗してぇ、そんなにあなたは破棄されたいの?」
俺がやってきた扉から現れたのは一人の女性。
「まーでも。神城零をここに連れてきたのは、評価してあげるわ」
なんでだよ、なんでこの人がここにいるんだ。
その姿は紅のスーツに身を包んだ女性、黒のポニーテールをしていて、何よりこの人はクレイス院で孤児院の職員をしている人――カーラだった。




