72話 少女の正体は
――もう失敗は許されない
暗い室内。光が差し込まないように、黒いカーテンのような物で窓を覆い隠している。わずかな隙間から差し込む光が唯一の明かりだ。
「――うっ!」
「この役立たず!」
誰かが殴られて、床へ投げ飛ばされる。投げ飛ばされた場所にちょうど光が当たっており、その姿が見える。
頬を押さえている、緑の髪をした一人の少女。殴ったと思われる人物は暗闇で、顔が男性か女性か判断出来ない。
「何故こんな簡単なことが出来ない?」
「しかし主……あの時は……」
「言い訳はいい、あなたは簡単な命令すら遂行出来ない……。破棄されたいの?」
「――!」
破棄という言葉に目を見開く。そして嫌だと訴えかけるように叫ぶ。
「次は必ず――成功させます! ですから破棄は――!」
「ふん。もう一度だ、もう一度だけチャンスをやる。それが出来なかったらわかる?」
「……はい、主」
「必ず成功させなさい? 確認するわよ、あなたの命令は何?」
少女は立ち上がると、拳を握りしめる。
そして必ず成し遂げると誓うように口を開いた。
「歌姫アリアの殺害。及び――――神城零の殺害」
「そう。優先ターゲットはわかるわね?」
「はい――神城零、『ゼロ』です」
――私にはもう失敗は許されない。失敗をすれば、破棄される。もう認めてもらえない、だから私は、この人を――――殺す。
殺さなければ、私は自身の居場所を失ってしまう……
ギィンと鉄が当たり合う音が鳴り響いた。
少女は磁石みたく弾かれるように、ステップをとり離れる。
俺も刀で咄嗟にダガーの攻撃を防ぐと、力任せに押し返しその反動でその場から離れる。
「俺を優先的に狙った?」
こいつの狙いはアリアではないのか?
武器を構え、中腰の少女を睨みながら思考を巡らせる。
今は考えても仕方ない。この子を捕まえて聞くしか知る手段はない。
「このガキが!」
「――!」
少女の背後から一人の騎士が剣を振り上げて切りかかろうとする。その速度は素早く、人とは思えない速度だ。
だが振り下ろされた剣先にはもう、少女の姿はいない。代わりに風だけがその場に残っている。
「遅い」
「ぐっ!」
まさに俊足、一瞬にして背後に回った少女はダガーをクロスするように切りつける。
「このっ! その程度、聖都の騎士なら何ともないわぁ!」
顔を歪めた状態で振り返ると、剣を片手で振るう。
その剣先をダガーで軽々と受け止める少女。カチカチと金属が当たる音が鳴る。騎士は力を込めているが少女を押し返すどころか石のようにビクともしない。
「そこ退いて!」
声が聞こえて騎士の男は飛ぶように離れる。離れた瞬間にその場に、横殴りの雨のように降りかかる赤と白の銃弾。
赤はリンが撃ったもの、白は騎士の物だろう。よく見ればセロースが銃を構えていることからあいつのか。
「まあ……このぐらいじゃ倒れないわね」
少女の辺りに巻き上がった砂塵が一瞬にして吹き飛ばされる。
バサッと音を立てて、少女は来ていたフードを脱ぎ捨てる。脱ぎ捨てられたフードに下から現れた姿は、全身迷彩服の姿。日本の自衛隊を思わせる格好だ。
「早急に完遂させます。拘束具三番解放」
少女の言葉と同時に、バチンと静電気が発したような音がする。すると途端に少女の髪や裾や袖がパタパタと風で揺れ出す。
「調子に乗るなよこの餓鬼!」
レイピアを構えて突撃するセロース。振り下ろされる凶器から避けようともしない少女。何故避けなかったのか、その理由はすぐにわかる。
レイピアの距離が近づいたと思った時、切っ先がグニャっと曲がる、そして曲がったと思ったときにはすでにセロースの手からはレイピアはなく、空中に放り出されていた。
「なっ!」
「――邪魔」
少女がそう言うと、肘を曲げて拳法のように肘でセロースの腹を突く。
メキメキと音を立てながら鎧を曲げていく。
「がぁ!」
息と同時に唾も吐き出す、その目は飛び出そうで苦しみがよくわかる。
「……こっの糞餓鬼ぃ!!」
苦しみながらも銀の銃を取り出すと、銃口を少女の頭向ける。何の迷いもなく、指に掛けたトリガーを引く。
銃口から放たれた白い銃弾。だが少女はその銃弾を――素手で叩き落とす。
「無駄」
少女は左足で先ほど凹ませた鎧部分を蹴り、セロースを吹き飛ばす。
ノーバウンドで吹き飛ばされ、建物の壁にぶち当たる。ずるっと倒れたセロースは気を失い、泡を吹いている。
「――!!」
突然空中に向けて何度もダガーを振るう。振るうごとにキンという金属を弾く音が聞こえる。
これは……シュエの狙撃か。
狙撃によって出来た隙を逃さない。リンは短剣と銃を構えて駆ける。
「このままじゃ、致命的な攻撃は与えられない……!」
リン達が戦っている様子を見て呟く。
それにあの子は神力を扱っている。ということはそれによって回復力も常人とは違う。そうなると多少の傷程度では意味はない。
あの子を足止め出来れば、なんとかなるが……あの速力を持つ相手をどうやって?
「……そうだ!」
俺は何かを思い出してアリアをみる。
「どうしましたー?」
「アリア、あんたの歌の力で――あの子の動きを止めてくれないか?」
前回の戦闘、あの子の動きを止めて、圧倒していたのはアリアだ。ということはアリアの力を借りれば動きを封じることは出来る。
「でもー。みなさんがいるし、ちょっとー」
「あのままじゃ、みんなやられるんだ。頼む」
「うーん……」
歌の力。アリアはあらゆる音と歌を司る神の子。音ということはそれだけ広範囲だ。そうなると周りの被害が大きいのだろう、そのため自由に使えないのだと思う。
「……わかりました。でもー力を使えるのは、少しだけですよ?」
「ありがとう、悪いな」
「止められるのは三秒です。いいですか?」
「三秒もあれば上等だ」
アリアは一歩前に出る。そして少し息を吸う。同時に背中から四枚の純白の羽が生えて、その姿を神々しく見せる。
「ではいきますよ?」
辺りに響く強烈な音。高周波の空間の振動が響いていき、辺りの景色を歪めさせるほどだ。
「ぐっ! この音は……!」
「……アリア様の力? でもなんで?」
周りにいた騎士の人は片目を瞑り、片膝をつく。対象をあの少女にしているが、それで周りに及ぼす影響は計り知れない。
これで力を抑えているっていうのかよ……! とんでもない力だな……! 俺自身も顔を歪める。
「くっ! アァァ!!」
音の対象である少女は、頭を支えながらフラフラとする。
カランカランと持っていたダガーが落ちて、金属を音を鳴らす。
「くっ……! あれは……零!?」
リンの瞳に映るのは刀を構えた俺が走る姿。
歌の力は神力だ、そのためそれを防ぐ手立てのないリン達はどうすることも出来ない。
だが俺の霧をは神力を消滅させる。この霧を纏っていれば、この環境下でも行動可能だ。
「っ!!」
闇雲に腕を振るい、寄せ付けないようにする少女。
「悪い……すこしだけ我慢してくれ!」
刀を裏返し、刃のない方を向ける。そこに霧を乗せて、全力で振るう。
小さな身体にめり込んでいく刀身。刀に触れている部分が、徐々に消滅しており迷彩服は塵になり肌が露わになる。
「かはっ!」
息が吐き出されたように苦しそうな声を上げる。
目を閉じてその光景を視界に入れないようにする。
殺しはしない。だが少女に対してこんな事はしたくない。だが私情を挟んではいけない。だからこの子を全力で倒す!
床に投げ飛ばされ、一回バウンドし床を転がるように倒れる。
それと同時に、アリアの歌も終わったようで音が消える。
「やったか……?」
倒れる少女を見ながら呟く。
だが突如、少女の脇の辺りから銃弾が飛び出す。
「!!」
霧を目の前に壁のように形成すると、それを受ける。銃弾は霧に触れると跡形もなく消え去る。
まだ戦えるのか……。でもダメージは与えたはずだ、さっきよりは形勢は変わるはず。
戦闘を続行すると思った、だが少女はフラッと起きあがると、風を纏い垂直に飛び上がる。
「くっ! 逃がすかぁ!」
騎士達が銀の銃を取り出すと、それを上空に向けて乱射する。
白い銃弾は少女に当たる前に壁のような物に阻まれて効力を失う。
「風の壁……まだあれだけの力が使えるのか」
少女は俺に踵を返すと振り返り、飛び去っていく。
このままじゃ逃げられる! せっかくダメージを与えたんだ、このまま逃げられるのは得策じゃない。
「シュエ! あの子は?」
『私から見て、斜め右側、クレイス院がある方角です!』
「わかった!」
クレイス院の方角へ向かおうとする。だがその時、アリアに呼び止められる。
「待って下さいー、零さん」
「何だ? 用事なら後で……」
「違います、あの子は追っては駄目ですよー」
「は? でも好機だぞ、今行かなくてどうするんだ?」
「零さん、あの子はただの神力を扱う子ではありません」
アリアの口調が変化することに気づく。
ただの神力を扱う子じゃない? 待てよ……ということはまさかあの子は……!
「前に干渉したときまさかと思いました……ですが今回の事で確信に変わりました。あの子は風を司る力を持つ子――6番目の神の子です」
神の子だと? その事実に耳を疑う。
だが何故、神の子であるあの子はアリアの命を
狙った? ますます謎だ。
考えているときだった、周りにある人物がいないことに気づく。
「……リン?」
リンの姿が見あたらない。
俺はそれだけを確認すると、自然に足が動き出していた。
「あいつ! 一人で!」
リンを追うために俺も後を追った。背後からアリアの制止する声が聞こえるが耳には入っていない。




