70話 憎悪に塗れた男
「……迷った」
アリアの部屋に戻るために歩くこと数分経過。俺は大聖堂内にて迷子になった。
どこも似たような景色で、いまいち自分の居場所が把握できない。そのためウロウロ散歩しているうちに迷ってしまったのだ。
「大体広すぎるんだよなぁ……せめて地図ぐらいほしいもんだ」
デパートなんかでよくガラス板に挟まれた地図なんかが掲示されているだろ。あんな感じに誰にでもわかるようにしてほしいな。
「なーんて思っても、無い物は仕方ないか……」
ひとまず歩くか、そのうち見たことある景色が出てくるかもしれないし。
「お……!」
歩みを進めだした途端、ある人影を発見する。
これはラッキーだ、ここの人間ならアリアの部屋がどこかわかるはずだ。
早歩きでその人影に近づく。
「ちょっと、すいません」
「なんですか?」
申し訳なさそうに声をかける。振り向いたのは金髪のオールバック男性。
リュミエールのような青銀の鎧を着ている。ただ違うのは肩などにもその鎧があるということ。ガルム帝国とは違い西洋とかの騎士という感じを漂わせる。
「アリアの部屋に行きたいんだけど、どう行けばいい?」
このとき、俺は後悔した。何も考えずに「アリア」と呼び捨てしたのがまずかった。
「貴様、アリア様を呼び捨てするとは何事ですか?」
しまった。特に何にも考えてなかった……。この人達からすればアリアは女神で、尊敬される人物。そして国のトップを呼び捨てするのは敬意も何もない。
目の前の男性は、鬼のような形相で睨みつけている。
ここは正直に言った方がよさそうだ。
「あ、そのだな。アリアが様づけで呼ばないでくれって言ったんだ! 勘違いしないでくれ、別にあいつを馬鹿にしてるわけじゃない!」
「アリア様が直々に……!」
その弁解内容に眉をピクリと動かして反応をする。
「あなたは何者ですか? 大聖堂で見たことありませんが」
「俺は神城零だ。アリアに護衛を頼まれて来てる」
「護衛だと……?」
何だ知らないのか? その知らなさそうな反応をした男性を見て思う。
そういえばリュミエールもアリアは勝手に物事を決めるって言ってたな……
「そうか。君が神城零、アリア様がよく口にする下郎か」
下郎と言う言葉にピクッと反応する。なんだかこいつ勘に障る奴だな……
「全くアリア様も、何故こんな他国の下郎に護衛を頼むのか……」
「おい。初対面の相手にいきなり下郎とは穏やかじゃないな」
「フッ……君のような者がアリア様を護衛するとは片腹痛いよ」
するとこいつは突然、驚くべき行動にでる。
頬に風を感じたと思ったら、冷たい物が当てられる。男の手に握られているのは剣。そしてその刃先は俺の頬へ当てられている。
「……一応客人扱いなんだけどな?」
「客人? 僕からしたら君は、アリア様にまとわりつくハエだ」
切っ先がグッと押し込まれる。皮膚を押し、少しずつ食い込んでいくのがわかる。
「着いたハエは払わなきゃならない。そしてアリア様に悪い虫が付かないようにするのが僕の役目」
こいつ……何故ここまで俺を敵視する。こいつとは知り合いでもない、今初めて知り合った。
なのにこの睨み方、かなりの憎悪を感じる。
「お前ずいぶんとアリアを心配してるんだな。側近か何かか?」
ここは音便に済ませるのがいいと判断した俺は、敵意を見せないように話す。
ただ――いつでも臨戦態勢はとれるように霧の準備はしておく。
「下郎に名乗るつもりは無いが……。いいだろう教えてやる。僕はアリア様、直属の騎士。セーロス・テネシティだ」
「ご丁寧にどうも。ところで、お前に嫌われるようなことをしたか? 心当たりがないんだが」
「君には無くても、私にはある。アリア様を呼び捨てするだけでも大罪だ。それに……お前さえいなければ……彼女は……!」
最後の呟きがうまく聞き取れなかった。だがその呟きには憎しみが感じられたのは確かだ。
どうも、何か恨みを買うようなことをしたらしいな。心当たり無いけど。
「何か勘に障ったのなら謝る。だからこれを退けてくれ」
扉をノックするように、剣の側面をコンコンと叩く。だがそう簡単に降ろそうとはしてくれない。
「そうだな。君が護衛から外れるのであれば……降ろそう」
「どうして俺が外れる必要がある?」
「君は必要ないからだ。君だけで構わないよ、他の方は認めよう」
そこまで俺に固執する必要はなんだ? 俺に対する憎悪がわからない。
だがこいつの頼みを聞くことはできない。
「残念だけど、護衛からは外れない」
「なに?」
「アリアに用がある。それに知らなきゃならない事がある」
「アリア『様』をつけて呼べ! この下郎が!」
錯乱するように怒鳴ると、さっきよりも力強く切っ先が押し当てられる。首筋に生暖かい液体が流れる。
押し当てられすぎて出血したか……。まずいなこのままだと本気で首をはねられる。
「貴様のような奴が、アリア様と話すだけでも汚らわしいのに、アリアと呼び捨て? 少し気に入られているからと調子に乗るなよ小僧!」
大人のくせにみっともなく叫ぶセロース。
「それだけじゃない、貴様はこの神聖なる聖都に化け物共まで連れて来やがって! アリア様も何故あんな化け物を受け入れたのか!」
セロースが叫んだ内容の化け物という単語が耳にはいると、額に青筋が走る。
「全く、あんな人の皮を被ったような奴――」
ガシっと頬に当てられる刃を掴む。
その光景に目を見開いて驚くセロース。
「念のため聞く、化け物って誰のこと言ってる?」
「お前が孤児院に連れて行った餓鬼共だ、わからないのか? よくもあんな化け物を連れて――」
「その言葉――撤回しろ」
刃を握りしめる。拳から血が滴り銀色の刃を赤く濡らしていく。
「何だその憎らしい目は……! 人じゃない化け物を化け物と言って何が悪い?」
「――撤回しろって言ってんだよ!」
ミシミシと音が鳴る、握られた刃から亀裂が走る。そしてバキンと金属音が鳴り響くと同時に砕け散る。
「あいつらは化け物じゃない。優しい人の心を持ってる子だ」
「化け物の肩を持つか……。化け物の味方は同じ化け物ってわけか?」
こいつが化け物と言った、次の瞬間。足が勝手に動き出していた。血に塗れた拳を握りしめて振りかぶる。
「それ以上その言葉で、あの子達を呼ぶなぁ!」
セロースの頬に突き刺さる赤い拳。
脳裏にはあの子達の笑顔や楽しそうな様子が浮かんでいた。あんな顔できるのに……化け物なわけないだろ!
殴られたセロースはバランスを崩すように床に座り込む。
「貴様ぁ……! アリア様の側近である僕を殴るなんて……!」
カチャと音を立てて銀の拳銃が向けられる。
「騎士に対する反逆罪だ! 今ここで君を殺すぞ!」
「……撃ったら、お前は塵になるけどいいのか?」
「何?」
俺の身体から少しずつ出始めている霧に気づく。
威嚇として、近くにあった花瓶の花に霧を触れさせる。霧に触れた花は跡形もなく消え去る。
「ヒィ!」
塵になったその光景を見ると、瞳を揺らしながら怯える。本能的に勝てないと感じたのだろう。
俺も殺しはしない。ただこれで去ってくれればそれでいい。
「下郎の分際で!」
憎しみの目つきで睨みつける。
するとその緊迫した空間の中、割ってはいる声が聞こえる。
「あらあらー。何事かしらー?」
声の主を聞いて振り返る。後ろにいたのはアリア、困った顔をしながらこちらを見ている。
アリアを見ると、セロースはスクッと立ち上がり身なりを整える。
「銃なんて出してー。どうしたのー?」
「あ、その……アリア様! この愚か者が、反逆を起こそうとしたので!」
「なっ! お前が最初に剣を向けたんだろうが!」
ニヤリと嫌な笑みを浮かべるセロース。この状況どう考えても部外者である俺が不利だ。
だが事態は予想外の方向へ転がる。
「えー? 零さんが反逆? ありえないわよー」
「し、しかし! こいつは私を殴りました!」
「それはー。あなたが零さんの神経を逆撫でしたからじゃないのー?」
「い、いえ! 決してそんなことは!」
クスッと笑うアリア。今の出来事が聞こえてたのか?
「セロースさん」
「はい!」
「私の司る力。知ってるわよねー?」
セロースはしまったという顔をする。
「あらゆる音――歌です……」
「ピンポーン。あなたの声、聞こえたわよー? あとー。大体の動きもー」
歌を司る神の子。それがアリア・フィーネルの力ってわけか。
歌姫という名にも納得がいくな。
「フフフ。若い子に嫉妬したのよね? いいのよ、私の為に行動してくれたんだからー」
「それは騎士として当然です!」
「ありがとう。でもちょーっと、度が過ぎちゃったかなー?」
「次からは気をつけます……」
「さぁ! じゃあ仲直りしましょう!」
アリアは笑顔で、両手を合わせるとそう提案する。正直俺はこいつと仲直りなんか、死んでもごめんだ。あの言葉を撤回するまで許すつもりは毛ほどもない。
だが今はそんな我が儘は通用しない。時には……我慢も必要だ。
「悪かったな」
「こちらこそ、すまなかった」
握手はしなかった。両者とも上辺だけの謝罪だとすぐにわかるぐらい薄っぺらい物だった。
「じゃあ仲直りもできたところでー。零さんは戻りましょうか?」
そういえばアリアの部屋に向かってたんだった。
だがそのアリアの言葉に異義を立てるセロース。
「アリア様、私がこいつを連れて行きますので大丈夫ですよ」
「気遣いは嬉しいけどー私も零さんに用があるからー。今回は遠慮しとくわねー」
「しかし、このような者と一緒にするわけには……」
「セロースさん。あなたはまだお仕事の途中でしょ? まずはそれを終わらせてねー。終わらせたらーまた騎士のみんなとお茶しましょうかー」
「わかりました……お気をつけて」
アリアの後ろついて行くように歩く。
立ち尽くすセロースの横を通り過ぎるとき、アリアに聞こえない音量で奴が呟く。
「いい気になるなよ、今は見逃してやる」
「俺もお前を許したつもりはない」
「フン、その強気な顔――――絶対に後悔させて。僕の前で土下座させてやるからな」
「その台詞、お前に返してやる」
嫉妬や憎悪といった憎しみが込められた目線で睨みつけるセロース。俺も憎いという感情がこいつに抱いていた。あの子達を化け物と言った事だけは――絶対に許せないから。
お互いに因縁を付けながらその場を後にした。




