67話 歌姫の頼み事
「悪いお願いじゃない?」
笑みを絶やさないアリアを注意深そうに見て静かに呟く。
沈黙すること数秒間、両者の間に妙な緊迫感が漂う。するとその雰囲気を破壊するように、扉が声と同時に開けられた。
「零ー。叫んでたけど大丈夫?」
眠そうに目を擦りながら室内に入ってきたのはリリナだった。
数秒もかからないうちに、その表情は変化していき、驚きの顔へと変わった。
「……歌姫アリア!? どうして零の部屋にいるの!?」
「おはようございますー」
「あ、おはようございます……」
驚くリリナに特に答えることもなく、のんびりと挨拶をするアリア。
そののんびりとした挨拶に呑まれるように、リリナも挨拶を返す。
「って、そうじゃなくて! どうしてあなたがここにいるの?」
「私の口からは恥ずかしくてちょっとー」
頬を赤らめながら、恥じらいながら答える。その返答をした瞬間、リリナからドス黒いオーラが見えだす。
「恥ずかしくて……? 零、何してたの?」
「何もしてない、何もしてないから落ち着け」
視線で殺せると思うほどの目つきで、それをなんとか宥める。
「アリア、お前も余計な事言うなよ。話が余計拗れるだろ」
「いえー。ちょっと場を和まそうとー」
「和むどころか、一歩間違えたら俺が血を見てた気がするな」
何故朝からここまで疲れなくてはいけないのか。ため息を混じらせながらそう感じた。
リリナは依然として黒いオーラのままでジト目で睨んでいる。そんなに信用ないのか俺は。
「それで? 結局なんなの?」
「ちょっと零さんにお願いがあって来たんですよー」
「零に? ……また、何かやらかしたの?」
「またって何だよ、またって」
「行き先で必ず、女の子絡みの出来事に巻き込まれてるから」
「たまたまだろ、多分……」
といっても否定が出来ないのが辛い。どこかへ行く度に何かに巻き込まれてるよなぁ。
「それで、そのお願いってなんなんだ?」
「えーと、それはですねー」
その先を言おうとした時、リリナの背後から別の声が聞こえる。
頭を掻きながらボケッとした様子で現れたファルガ。
「朝っぱらからうるせえ……歌姫!?」
目をパッチリと開けて、身を仰け反らせながら驚きのリアクションをとる。
「もう全員起こすか」
度々驚かれて、話が中断されては話が前に進まない。まずは先に全員起こしてから、その頼みごとを聞こう。俺達に関係があるなら全員が聞いておいた方がいいしな。
太陽が昇り、聖都を明るく照らす。斜めに伸びる複数の人影、聖都の街を団体が歩いている。
「……まさか、女神の護衛を頼まれるとはな」
歩きながらファルガは、アリアの後ろ姿を見て呟く。
アリアの周りには数人の鎧を身に纏った騎士が守護するように両端におり、歩幅を合わせるように歩いている。
「しかも女神直々の頼みってすごいわよ」
「神城、お前この短期間で何したらここまで気に入られるんだ?」
「別に特に何もしてないぞ、アリアに聞いてくれ」
「その割には零、名前呼びしてるよね」
朝と変わらぬジト目で見てくるリリナ。
「あいつが呼べって言ったんだよ、それにそこまで仲良くない」
あの後、まだ寝ている奴を起こしてアリア自身の口からその頼みごととやらを聞いた。
その内容はファルガが言っていたように、襲撃者からの護衛。あれだけ強かったら護衛いらないよな? と思ったが、国のトップだし何か事情があるのだろう。
だが何故俺達なのか? 確かに神の子助けるという活動はしているが、国に来て数日の人間に頼むだろうか? 護衛の側近がいるのだから、それで十分ではないかと思う。
「見えてきましたよー」
アリアの特徴的な口調が耳に入り、視線を斜め上に向ける。
まるで山のような大きな建物が視界に入った。日本で似ている物に例えれば国会議事堂みたいな感じ。それを全体的に白くして、教会みたいな作りにした感じだろうか?
「これがアレイスレフ大聖堂か」
圧倒的存在感を感じさせるその光景に感心してしまう。
そしてアリアに案内されるようにその大聖堂の中へと進んでいく。
大型トラックが通れるほどの大きさの扉を過ぎ、大聖堂の中が視界に入る。
「うわー、すっごい広ーいね」
中に入ってシェリアがその光景をみて感嘆の声を上げた。
それもそのはず、外見と同じように白を基調にした色合い。ところどころに装飾が施されおり、神秘的というような感じを醸し出している。
「天井高いな、10メートルぐらいか?」
余裕で家一つ飲み込んでしまうほどの高さ。シェリアの声や、みんなの足音が響き木霊する。
「新鮮な反応で嬉しいですー。さあこちらですよー」
ニコニコとした状態でこちらを振り向き喋ると、そのある場所へ案内を再開する。
しっかし広い建物だ、建物内で迷子になりそうだな。子供達を連れてきたらはしゃいで、隠れんぼとか鬼ごっことか繰り広げるだろうな。
歩きながら周りをキョロキョロと見渡しながらそう感じる。
歩くこと数分、ある部屋の扉の前でアリアが歩みを止める。どうやら目的の場所に到着したみたいだ。
「ここが私の部屋ですよー」
「アリアの部屋で話すのか?」
「はいー。ここの方が落ち着きますしー」
ニコニコとしたまま銀の取っ手に手をかけると、キィと静かに音を鳴らしながら扉を開ける。
開けた扉を騎士の一人が持つと、「どうぞ」と言って俺達を順番に通してくれる。
そして木製の扉通るとまず最初に、鼻を良い香りが刺激する。これが俗に言う女の子の部屋の香りというやつだろうか?
「どうぞお好きな場所に座ってくださいー」
アリアは柔らかそうな椅子に腰掛けながら、その周りに置いてある複数の椅子を見ながら言う。
俺の想像では、国のお嬢様のような天蓋付きの豪華なベットがあって、金の装飾とかがあちらこちらにあるのかと想像していたが。予想に反して普通だった。
豪華そうには見えるが、そこまでではなく。室内に派手な装飾はなく、清楚な感じを漂わせる。とにかく一人部屋だが広いという印象、それよりも目に入るのは……部屋の隅に置かれた大きな冷蔵庫だ。あれの中にあのケーキとか大量に入ってるのか?
「一つ教えてもらえないか?」
席に座りながらそう言い出したのはファルガ。真剣な目つきでアリアを見ている。
その低い声が室内に静かに響き渡る。
「どうして俺達に護衛を頼む?」
俺も気になっていた事をファルガが代弁するように問う。何か理由があるのだから、頼んだのだろうがその理由が検討がつかない。
アリア自信もその理由は教えていない。
「護衛なら聖都の騎士達で十分だと思うが? それに俺達は聖都に来て数日にしか経ってない、素性が知れない奴等だぞ、正気な人なら不安だと思うがな」
ファルガの言うように普通なら国の人間でもない奴等に、護衛などという重要な事は任せない。俺達が敵という可能性もある。
「疑問を抱くのも無理はないですよー。ですが私はあなた方を信頼していますよ?」
「ろくに話したこともない相手を信頼するってのかい? 女神様ってのはずいぶん甘い考えしてるな」
「ちょっとお父さん、失礼でしょ!」
父親の言葉にすかさず注意するシュエ、慌てるように両手で抑えるような動作をする。
「そうですねー、あなたとは話したことありませんけど、あなた方の事はよく存じていますよ?」
一瞬雰囲気が変わり、口調も一変する。その変わりように思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「ファルガ・グレイスさん。親子一緒でシュトラスのギルド員、過去に世界剣術大会にいてベスト8に残る実力者ですね」
淡々とファルガの素性を話していく、俺も知らない過去の事まで。
「……今は、零さんと行動中。神の子を助けるお手伝いをしていると。……ということですよね?」
「驚いたな、どこで知ったんだい?」
「そうですねー。聖都の女神としてちょっと」
元の口調に戻り、再び元の雰囲気に戻る。その笑顔からは何も掴めず、食えない子だと感じさせる。
「俺のことをそこまで知ってるなら……こいつらの事も把握済みってことか?」
「知ってますよー。勿論、零さんの正体が――ゼロだってこともー」
久しく耳にしたゼロという単語に目を見開き驚きの顔をする。ゼロ、帝国での俺の通称だ。帝国だけでなく、他国でも知られ始めている。
「知ってるんだな……俺の正体も」
「はい。でも、それだけですよー? 零さんだけは、それ以外の情報は掴めませんでしたからー」
元々この世界の住人じゃないし、この世界に来て二ヶ月ほどしか経っていないからな。当然と言えば当然だ。
「私はあなた達が想像している以上にあなた方を知っていますー。反乱を起こすことや、私の命を狙うような方ではないとわかります」
一体どうやって調べたのかは教えてくれないが、この自信のありかた、何かあるんだろうな。
この子自身も力は強い、俺達が束になっても適わないだろう。それも踏まえて俺達を側に置いても問題ないと思っているのではないだろうか。
「アリア様が信頼してくれるのはわかりました。ですけど、どうして私達なんですか? 私達は一介のギルドですよ?」
「一介とはとても思えませんがー。そうですね、まずはその子の探知能力ですね」
アリアはニコニコと笑顔でシュエを見る。
一回目の襲撃では、シュエが最初に敵襲に気づき対応していた。聖都の騎士すらも気づけないのに遙かに早く気づくその能力は、目を見張る物がある。
「それと零さんの霧の力。仲間とのコンビネーション能力」
一つ一つ護衛に頼んだ理由を話していく。
「最後は、神の子を助けようとしている。ということですねー。まだ細かい理由はありますけどー」
そして一息ついて、座っているみんなを見る。
「どうですかー。私が信頼する理由はわかっていただけましたか?」
「ああ、すまない。女神様を疑っちまって」
謝罪するように頭を下げるファルガ。シュエもその行動につられて一緒に頭を下げる。
「では、信頼を深めるためにー。お茶しましょう!」
アリアはスッと立ち上がると、ウキウキした様子であの『冷蔵庫』へと向かう。
スチールで出来ていそうな扉を開けると、中から除くのはお菓子とケーキなどの甘い物が大量に詰め込まれた光景。
予想はしていたものの、それを見て呆気にとられてしまう。
「本当に甘い物好きなんだな……」
「だって美味しいじゃないですかー」
上機嫌で中からお菓子を取り出すと、それを持ってくる。
呆気に取られていたみんなだったが、しばらくして我に戻る。
そしてシュエとリンが立ち上がる。
「アリア様、私達手伝いますよ」
「本当? じゃあー紅茶の準備してくれるかしらー?」
リンとシュエは、部屋の棚にしまってある紅茶のセットを取り出しながら準備を進める。
まさか、ここに来たのってお茶会目的? てっきり護衛の詳細とか話すのかと……
「ここに来たのって、護衛について説明すんじゃないのか?」
「そうですよー。でもその前に、まずは楽しくお茶をしましょうー」
「お菓子が食べたいわけじゃないよな?」
「ち、違いますよー?」
「目が泳いでるぞ」
なるほど、お菓子が食べたかったのか。冷蔵庫の扉に張り付けてある一枚の紙。そこに「一日一個」と書かれている。アリアが食べないように誰かが書いたんだな。
そして頼みの詳細を聞く前に、アリア曰く親睦を深めるためにお茶をすることになった。アリアはお菓子食べたいだけだが。




