63話 歌姫との一日
「先日はどうも助かりましたー。ありがとうございますー」
「いえいえ、無事で何よりです……」
ニコニコと笑顔のままお礼の言葉を述べるアリア。
本当に天使みたいな子だな。思わずその笑顔と雰囲気からそう感じる。というか……女神なのに一人で出歩いていいのか?
「どうされましたか?」
首を傾げるアリアの周りには誰もいない。
そういえばあの騎士が抜け出すとか言ってたような……? いやまさか、昨日襲われたばっかりなのに抜け出すなんて馬鹿な真似しないよな。
「うん、そうだ。いくらなんでも……」
『アリア様ー!! どこにいるんですかー!!』
……目の前にその馬鹿な子がいました。
少し離れた場所から聞こえる複数の叫び声。声のトーンから必死に探してるみたいだ
「あらあら、もう見つかっちゃったわ。どうしましょう?」
「やっぱり抜け出してたのかあんた……」
頭を抱えてやれやれといった風に首を振る。なんという危機感の無さだ……これはある意味才能ではないか?
「限定のケーキ食べたいんですよー」
「騎士の人に頼めば済む話なんじゃないのか?」
「あらあらー。わかってないですねー? そのお店で食べることがいいんですよー」
雰囲気とか苦労とかそういうのを味わいたいのか? まあ何にせよその感覚はよくわからん。
「それよりあんた……じゃなくて歌姫様は昨日狙われてただろ?」
仮にも国のトップなので呼び方を直す。普段から敬語で話す癖がないためにぎこちない。よく学校でも敬語で話せとか叱られてたな。
「大丈夫ですよーすぐには狙われません。それに私、結構強いんですよー?」
「全然そう見えないけどな」
「それリューちゃんにも言われちゃうんですよねー。何故かしら?」
リューちゃんと言う友達にも言われてるのか。当然だよ、のほほんとしてて常にニコニコしてるし。緊張感の欠片も感じさせない。
会話をしていると、捜索の声が近づいてくる。
「では私はこれでー」
「ああ、気をつけて……って待て待て! 逃げちゃまずいだろ!?」
「あらー?」
「なんでみたいな顔しないでくれませんか? あん……歌姫様は国のトップだろ? もう少し自覚持たないと」
「もしかして私、あなたに連れ戻されちゃう?」
「もしかしなくても連れ戻すな」
「あらー絶体絶命のピンチだわ」
なんだかこの子の会話してると、緊張感が無くなるな。
「そうだ! なら私が今から助けを呼んだらどうなるかしらー?」
「はい?」
アリアが今ここで助けを呼ぶ、まあ周りにいるであろう騎士はここに駆けつけるだろうな。そしてこの状況を見てどう思う? 間違いなく俺はアリアを襲う犯罪者に見られるだろう。それはマズい……
「見逃せばいいのか?」
その言葉にニコッと笑みを浮かべる。その変わらない笑顔の裏には、きっと「計画通り」とでも思ってるのだろう。
「いえー私と一緒に着いてきて下さい」
「なんで俺が?」
「だって危険なんですよねー? なら護衛が必要ですし、駄目ですか?」
確かに一人でフラフラと街中を歩くよりは、戦える力を持つ俺と行動した方が安全ではある。
ハァっとため息をつくと、お手上げといった感じに手を挙げて「わかったよ」と呟く。
「ありがとうございます、では行きましょうかー?」
フードを被ると俺の横へトコトコとやってくる。
そしてやれやれといった感じの俺を見て、アリアは笑顔のまま喋る。
「ため息は幸せが逃げますよー?」
「歌姫様のせいだけどな」
すると突然、アリアが人差し指を立てて俺の口元に持ってくる。
「歌姫……というのは止めて下さい。私の名はアリア。普通にアリアと呼んで下さい」
「いいのか? あんたは地位も上だろ?」
「上も下もありませんよー? 皆平等です。それに、女神、歌姫、神の使い、神の子……通称で呼ばれるのは好きではありません。友達のように接して下さい」
さっきまでの緊張感の無い雰囲気を一変させるそのオーラ。
瞬間的な雰囲気の変わりように、思わず息を呑んでしまった。
「わかった……ア、アリア」
「はい、おーけーです」
再び元の雰囲気に戻る。顔は笑顔のままでニコニコとしている。
「そうだ、あなたのお名前を聞いてません。教えてもらえますかー?」
「神城零。俺の名前、知ってるんじゃないのか」
「あらーあなたが零さんでしたかー。もっと怖い方だと思ってましたー」
ニコニコとしながら思い出すように喋る。そしてそうだと、なにか閃くように手を合わせる。
「零君……れー君ですね!」
「それまさか……俺のあだ名?」
「はいー。言いと思いませんか? 親しみやすいですー」
「止めてくれ……恥ずかしい」
「あらー。残念……」
「あだ名は慣れてないんだよ……」
半分呆れたように呟く。
呆れる中、俺は心の中である事を思っていた。アリアとの出会い、これはチャンスだと。俺の聞きたいこと、世界についての事を聞くいい機会だ。運がいいと、少しだけ感じていた。
アリアに案内されてやってきたのは、とあるカフェ。洒落た内装で、店内には洋楽みたいな曲を流して、一層お洒落な雰囲気を引き出している。
「アリア様じゃないですか!」
その声と共にやってきたのはちょび髭を生やした、エプロン姿の男性。驚きの声を上げながら、慌てた様子で歩いてくる。
「おはようございますー店長」
「また護衛も付けないで……聞きましたよ襲撃のこと、駄目ではないですか一人で来られては」
「あらあらー私なんかを心配してくれるの? でも大丈夫よー護衛は零さんがいるからー」
「零さん?」
アリアの横に立っている俺に視線を移すちょび髭店長。
不安そうな顔してるなーまあ当然か。騎士がいても不安なのに、こんな17のガキじゃさらに不安だよな。
「アリア様、こいつ大丈夫なんですか?」
「大丈夫よー。彼はね、襲撃から守ってくれた人だからー」
にこやかに答えるアリア。本人からその言葉を聞いて、少し安心したのか不安の眼差しが薄れる。
「アリア様が言うなら本当なんでしょうな……おい、お前アリア様を頼むぞ?」
「お、おう」
釘を刺されるように言われる。ここまでアリアの身を心配するとは、相当信頼が厚い証拠だな。
「それよりも……新作のケーキが出来たって聞いたけどー」
「ええ、出来てますよ。アリア様の為に作りました」
その言葉に一層笑顔になるアリア。そこまで食べたいのか……
女の子って甘いものに目がないよなー
「食べられますか? 用意しますよ」
「勿論ー」
そう言うとアリアはそそくさと、木製のテーブルへと向かう。その足取りから楽しみなのが伝わる。そして席に着くと俺を呼ぶ。
俺も向かいの椅子を引き、そこに腰を落とす。そして待つこと数分、ちょび髭店長がその新作ケーキとやらを持ってくる。
「これがーニューケーキねー」
どこぞのロボットアニメに出てきそうな台詞だな。
しかし美味しそうだな。チョコで周りをコーティングされ、顔が映るほど。黒と白を使い模様を描かれている。切られた断面からはムースとクリーム、そしてクッキーのような物も入っている。
「アリア様はチョコが大好きですから、チョコをメインに作りました」
目の前に置かれるそのチョコのケーキ。
置かれると同時に、まるで花が咲き乱れるかの如く、笑顔が満開に広がった。
それにしても……あの量を食べるの? 一つ丸ごと食べるの?
俺の前には二辺三角形に切られたケーキ。アリアの前には切られた部分以外残っている全てのケーキ。
「お前……それ食べるの?」
「食べますよ?」
「アリア様はこれぐらいなら余裕で食べるぞ」
「は? マジで?」
その小柄で華奢な身体のどこに収まるんだ? 全く持って謎だ。
数十分後、アリアは本当に全て食べきった。飽きもせず、ずっと幸せそうな顔しながら。その光景に驚愕の表情しかなく、呆然としていた。
「美味しかったですねー」
「それより俺は、アリアの胃袋がどうなってるか気になるわ」
「レディにそんなこと言うのは失礼ですよー?」
店を出た俺達は街中を歩いている。というかあれだけ食べたのに、まだ追加でケーキを頼みだした時は戦慄した。本人はお腹は減っていないが、甘い物は食べたいのだとか。
「零さんはどこか行きたい場所とかないんですか?」
「行きたい場所か……用事ならあるけど」
「ならそこに行きましょうかー」
「いいのか?」
「はい、無理矢理連れてきましたしー。それで予定が潰れるのは嫌ですからー」
そう言ってもらえて助かると感じる。
今日は少しばかり用事があったからな、と言っても呼ばれただけだけど。
「どこに行くんですか?」
「クレイス院だ、用があるから来てくれって子供達に言われてな」
昨日、クレイス院を後にする前に子供達に呼び止められた。明日伝えたい事があるから来てくれと。どうもその日では用意が出来てないとかで明日がいいらしい。その為今日はクレイス院に向かうために外を歩いていたわけだ。
リリナ達? あいつら昨晩の件があってから怒ってるんだよな……シェリアに至っては話しかけても無視される。
聖都に来て二回目となるクレイス院。
アリアも着いて来ちゃったけど、大丈夫だよな? 一応フード被ってるけど……というかこのフード、バレバレなんだよなぁ。きっと本人は完璧だと思ってるんだろうけど。
「あ、お兄さんだ」
施設に入った俺をいち早く発見したのは、昨日のニット帽の少女。
俺を見るとニット帽を外しながら笑顔で近寄ってくる。ニット帽外したのは、きっと昨日の会話が原因だろうな。耳好きというデマが。
そして近寄ると耳をピコピコと動かしながら、何かを待つ。なんだ? 撫でればいいのか?
「おはよう」
少女の頭を撫でながら言う。耳の毛皮がなんともいえないほどモフモフで触り心地が良いな。感触に癒されたのか少し長めに撫でる。
「えへへ、おはようー」
照れるように、ニコニコしながら返す少女。
そのほのぼのしたやりとりを笑顔で眺めるアリア。
「零さんは親しまれているんですねー。羨ましいです」
そう言いながら自分のフードを脱ぐ。するとアリアの姿を見て少女が驚く。
「え!? アリア様!?」
「おはようございます」
「え、えっと、おはようございます!」
「あらあら、固くならなくてもいいのよ? 友達みたいに普通に呼んでくれればいいからー」
いや無理だろ。アリアは国のトップだし、子供でも偉いって事がわかるぞ。
慌てる少女を見て苦笑いをする。
すると奥からカーラがやってくる。
「アリア様!? どうしてここに!?」
カーラは驚いた顔をしながら歩いてくる。
「おはようー。カーラ」
「あ、おはようございます……じゃなくて!」
緊張感の無いアリアに呑まれそうになるカーラ。
「なんでいるんですか!? 昨日襲撃されたばかりじゃないですか!」
「もーみんな心配症ねー。大丈夫よ?」
「あーこれだからアリア様は……危機感の無さでは聖都一ですもんね……」
「誉めても何も出ませんよー?」
「いや、誉めてません。寧ろ馬鹿にしてますからね」
頭が痛そうに、手を額に当てるカーラ。
もうアリアに何を言っても無駄だと思ったのだろうか。
「まあこれも初めてじゃないですし……いいですけど。それで何故ここへ?」
「零さんが用があると言ってましたからー」
「あの子達が昨日言ってたことですか……」
するとカーラは俺に視線を向ける。そして何かを察してくれたのか、同情の眼差しと、申し訳なさそうな顔をする。
「……すいません、アリア様が迷惑かけました」
「いや別に大丈夫だよ」
俺としてもチャンスだから面倒とは思ってない。早く目的達成出来るし、街の探索も出来たし良いことばかりだった。
すると手が引かれる。手を見ると、少女が手を繋いでどこかへ誘導しようとしている。
「お兄さん、みんな用意できてるよ!」
「そうだったな、よし行くか」
少女に手を引かれて着いていく。その後ろからアリアとカーラもゆっくりと着いてくる。
そして連れて来られたのは、昨日の教室。
俺が入ると、それが合図のようにみんな一カ所に集まりだす。そしてその集まった子は全員、カイダール社から救い出した子供達だ。
そして少女も、その集団へと向かっていき、その中へ混じる。
「それじゃあ、せーの……」
呼吸を合わせるように、中の女の子が小さくかけ声を言う。
そしてみんなの息が吸い込む音が聞こえ。
「お兄さん!!」
「私達を助けてくれて、本当にありがとう!!」
教室中に響きわたるその感謝の声。その声は教室だけじゃなく、心に響く程で、「ありがとう」という言葉を聞いた瞬間にこみ上げるものがあった。
そして何よりも、みんなの顔は笑顔で幸せそうだった。声と笑顔の両方で心の中が暖かく満たされていく、そう感じた。




