57話 研究者の旧友
ガチャっと音を立てて扉を開ける。目に入るのは、あの時と変わらない大量の本棚と積み上げられ、ブックタワーと化している本の山。あれどうやって積んだ?
本に睨まれるように囲まれた空間を進んでいく。進みながら目的の人物を探すために、周りをキョロキョロと探す。
「二回目だけど、本当にすごいよなここ……」
どこ見ても本の山。そして奥にチラッと見える研究スペースのような空間。二階もあるみたいで、二階も本棚が見える。
にしてもここの本って重要な書物じゃないのか? こんな無造作に置いてていいのか?
率直にそう感じながら床に散らばる本を眺める。
「おーい、どこにいるんだ?」
無駄だとは思うが一応呼んでみた。だが当然返答はない。それもそのはずだろう、今は早朝の上にエルヴィーナ自身、夜中に活動する不規則な生活サイクルの持ち主だからだ。
「やっぱり寝てるのか……? 夜に来たほうがよかったな……」
静かな室内でため息交じりで呟く。その小さな呟きが、誰もいないと思わせるかの如く木霊した。
半ば諦めた気持ちで室内を探索し探す。
「本当にこの人なにやってんだ?」
本棚を抜けた先にある、並べられた実験器具を眺める。
試験管やビーカーなどに入っている不思議な液体。資料係……のすることかこれ?
「……ん?」
呆れた様子で机の物を眺めていた時だ。ある物に目線が吸い込まれるように向いた。
それは写真立てで、その中の写真には数人の男女が写っている。俺のその中のとある人物に目が行った。
「……これって……なんで」
目が丸くなってしまう。映っているのは銀色の長髪の男性。そして黒髪の女性。
「なんで……あいつが……?」
写真の人物は紛れもなくシルファス。そして横に映っているのはおそらくエルヴィーナだろう。若く見えることから昔の写真だと思う。
その写真に意識を集中し、何故一緒に写っているのか謎でしょうがなかった。
「おはよう神城君」
「おはよう……って、うお!!」
背後から突然の出現に飛ぶようにその場から離れて驚く。
「やあ。早い来訪だね神城君」
「驚かせんなよ……」
心臓の鼓動を落ち着かせるように軽い深呼吸をする。
目の前の黒髪の女性、エルヴィーナはケラケラと笑いながら、俺の反応を楽しんでいる。
「オッサンのいう通りだな……もう少し普通に現れないのかあんたは」
「いやー客人を楽しませるのも、御もてなしの一つだと思うがね?」
「楽しませ方が根本的に間違ってるな。普通に菓子とか出すだろ」
「おや、これは手厳しい意見だね。だが生憎、私には他人にお菓子を出すような気はないなー、何故なら私が食べるからだ」
客人迎える気〇だろ。変人扱いされる理由の一つなんだろうなこれ。
「しかし珍しいね、少女と一緒にいないとは……浮気でもバレたかい?」
「お前と会うの二回目だよな? そこまで私生活に詳しくないだろ」
「おや? ということは……24時間、風呂から夜寝るときまで常に少女と一緒……というわけか。君も中々筋金入りのロリコンじゃないか」
「流石にそれはしねえよ!」
「『それは』、ということはそれ以外はしていると。つい自身の性癖を認めたかね」
「言い方が悪かったな、訂正する。お前が考えているような事はしてない」
「それは残念だね」
つまらなそうにため息をつくエルヴィーナ。
「で、君は金髪の幼女と青髪の幼女。どちらが本命かな?」
「ぶった斬るぞ……」
カチャンと鞘から刀を抜く素振りを見せる。
「アハハ、冗談に決まっているじゃないか。本気にしないでくれ、スキンシップだよスキンシップ」
「あんたのスキンシップは度が過ぎてんだよ……」
脅しのために抜いた刀を戻す。
まったくこの人は人をからかうのが好きだな……
「それで、ここに来たのは私に何か頼みがあるんじゃないのかい?」
「話が早くて助かる。まあそんなところだ」
「そうだ、内容を当ててやろうか? 研究の被害者である子供達を助けたが……人数の多さに保護出来ない。だから私にどうにか出来ないか頼みに来た……違うかい?」
その的確な内容に、思わず息が詰まった。全てその通り、ピッタリ型に当てはまるように正確だった。
「当たりだ……知ってたのか? カイダール社の実験のこと?」
「まあ、噂程度にね。君の性格を考えれば……神の子だけでなくその被害者を助けようとすると思ったからね」
たった二回しか会っていないのに、俺の性格を見透かすように覗く。
この思考力に洞察力。とんでもない才能だな……
「……あんたに子供達の保護を頼みたい。あんたなら可能だとオッサンは言ってた」
「やれやれ、ファルガも私を便利屋か何かだと勘違いしてないかな? まあ、可能だがね」
苦笑いするように答える。そしてやれやれといった感じで手を振りながら、背を向けると椅子に向けて歩き出す。
「だがねー私だってタダで動くような人じゃない。それは君もわかってるだろう?」
「まあな。それは重々承知だ」
前回の事でそれはわかっている。
「まあ安心したまえ。別に大金とか、神の子をよこせとかは言わないさ。ただ興味のある話、物を見せてくれればいい」
見返りという割には本当に小さいよなこの人。何だかんだいって、タダでは動かないとは言いながらもほとんどタダみたいなもんだ。
優しい心の持ち主なんだろうと、心の中で感じる。
「そう言うだろうと思って……あんたが気になるような物もってきたよ」
そう言ってポケットから取り出す四角いケース。中に入っている黄色く丸い玉。
それを見たとき、エルヴィーナの目つきが変わったのがわかった。それを手渡すと、俺も近くにある椅子へと腰をかける。
手渡した瞬間、黄色い玉は光を曇らせるように変わる。
「……神城君……これをどこで?」
「シルファスから受け取ったんだ。……あんたも知ってんだろ?」
そう言いながら横目で先程の写真立てへと目線を移す。
視線の先に気づくように、濁すことなく普通に関係を喋ってくれた。
「ああ、彼は私の古い友だからね」
何かを思い出すように、昔のことを思い出すエルヴィーナ。
「君が彼と知り合いだとは予想外だったね。友達かな?」
「あいつは友だって言ってるけどな。俺からしたら――敵だ」
「ハハハ、彼らしいな」
「……なあ、シルファスは昔は違ったのか?」
あの写真に写る、シルファスの顔を思い出してそう言う。
俺の知るシルファスと写真のシルファスでは全く違う。昔の奴は、笑顔で希望に満ち溢れているから。
「まあね。彼は家族思いで優しい男だったよ。だが……それも昔のことさ。今は君の知る彼しかいない、優しさは既に世界に食い尽くされたさ」
あいつの過去に何かがあったわけか。あれほどまで堕ちさせる出来事。俺には検討もつかなかった。
「さて、どうして彼がこれを君に?」
話を元に戻すように、受け取った黄色い玉を眺めながら尋ねる。
「あいつが、ミーシャからの贈り物だと渡してきた。ミーシャはもうこの世にいない、2番目の神の子だ」
俺の心情を察したのかミーシャの事については何も聞いてこなかった。
その心遣いにありがたいと感じる。
「あいつは、これにミーシャの意思が宿っていると言っていた。それ以上は特に教えなかったんだ」
「それでこれが何か知りたいと」
「あんたなら、信頼出来るからな」
「二回しか会っていない人を信頼するとは、君も中々甘い男だねー」
「俺は人を見る目はあるつもりだぞ。あんたならそれを奪ったり、利用したりしない」
「まあ、君が言うようにそんなことはしないがね」
笑みを作りながら喋る。
「しかし、初めて見るね……それに微弱ながら神力も放出しいている」
初見で見ただけの率直な意見を言う。エルヴィーナ自身もこれがなんなのかは知らないみたいだ。
「データなんかを取ってもいいかな? 大丈夫、砕いたりはしない」
「ああ、任せるよ」
承諾の返事を聞くと、エルヴィーナはケースを棚に大切そうに保管する。
「さて、子供達は何人かな?」
本題の子供達の保護についての話題。この口ぶりから、どうやら引き受けてくれるらしい。
「50人ほどだな」
「50人……やれやれ君もそれだけの子供達を攫うとは。君はロリのみの神城ロリータ帝国でも築くつもりかい?」
「攫ってねえし、築くつもりもねえよ。というか俺をロリコン扱いするな……」
「まあー築いたら、青髪の子に刺されるだろうね」
リリナが俺を刺すって? ……オッサンも言ってたな。
割と本気で怖いので考えないでおく。
「で、どうにか出来そうか?」
話を元に戻す。これ以上弄られるのもこりごりだ。
「まあなんとか出来るね。さっそく聖都の『女神』にでも連絡を入れようかな」
「女神?」
「聖都ウィンデルでは神の子を女神と言って崇めるらしいよ? まあ通称さ、呼び名はまた個々で別に存在するらしいよ」
女神ね……でも確かに神の子ってそんなイメージがあるな、女の子で唯一神力を使える。まさに女神だな。
え、というかエルヴィーナってそんなに権限あるの? まあ局長と主席なんだろうけど……まさかここまでとは。
エルヴィーナは机から紙を取り出すと、散らかる机の上をブルドーザーのように掻き分ける。そしてそこで文章を書き出す。
「一週間もあれば聖都の孤児院に受け入れてもらえるだろうね」
文章を書きながら、大体の日数を告げる。
そんな時、俺はあることを思い出してエルヴィーナに補足するように言い出す。
「なあ……実験で身体が変化している子も……大丈夫なのか?」
「……程度によるね。どのくらいかな?」
助けた子供達を思い出し、偽りなく真実を話す。
その内容を聞いて、難しい顔をするエルヴィーナ。
「うーん。猫耳や牙、腕や足などの一部変化なら問題ないね。隠せばいいだけだ、だが……あまり公には出れないね」
「普通の暮らしは出来ないのか……」
「可哀想だけどね。そこも含めて、私が聖都には連絡は入れよう。なーに心配はいらないさ、聖都の女神は聖母のような子だからね」
「悪いな、そうしてくれると助かる」
エルヴィーナの心遣いに感謝ばかりだった。
「さてと、君が渡したコレのデータを取るのに少しばかり時間がかかるからね。夕方までいるといい、どうせ寝ていないだろう?」
そういえば、夜中にシルファスがやってきてそれから一睡もしてない。寝るどころか戦いばかりだった。
帰ってもなんだか寝れそうにないしな……
「そこのソファーを使うといい。気になるなら本でも読んでも構わないよ、まあ君に読めるかは保障しないが」
クスクスと笑いながらそう答える。失礼な、書物の一つや二つ読めるぞ。内容はまあ……考えないでおく。
一先ず俺はソファーに寝転がる。さっきまで眠くなかったが、横になったとたん眠気がやってくる。緊張が解けたのかな……
そしてあっという間に意識はブラックアウトし、夢の中へと沈んだ。




