56話 子供達の保護
黒から次第に視界には色が戻りはじめる。気づけばあの暗い施設ではなく、外。
そしてここは、宿の入り口前だ。後ろを振り向けば後ろにはリリナ、アルマ、テラ。そして大勢の子供達がいる。子供達は一瞬で移動したことに驚いているようで、キョロキョロと戸惑うように辺りを見ている。
「あいつはいないか……」
周りにはシルファスの気配は感じられない。また俺を監視するとかで、この光景をニヤニヤしながら見ているんだろう。
空に視線を移すと、暗かった夜空は明るくなりだし朝にへと変わりだしている。
「ねえお兄ちゃん、私達本当に助かったの?」
少女達が不安そうに聞いてくる。
「助かったよ」
「夢じゃないよね……?」
「夢じゃない、現実だ。もう……苦しい思いはしなくてもいい」
突然の出来事に、子供達は夢か幻覚かと思い込んでいるほどだ。まあ流石にあの部屋から一瞬で移動したんだからそう感じるのも無理はないよな。
「零さん、とりあえず中に入りませんか?」
「そうだな、疲れたし。何より、あいつら心配してるからな」
アルマの提案に苦笑いで答えると、扉に手をかける。それにこの子達の今後のことを考えなくてはいけない。
扉を開けて中へ入る。その時中から慌しい声が聞こえる。
「神城はいたか?」
「ううん、いないわ。部屋にもフロントにもどこにもいない」
「お父さん、アルマさんもいない!」
「マジかよ……」
早朝から慌しい雰囲気のフロント。原因は言うまでもなく、俺とアルマだ。
昨夜は部屋にいたのに急にいなくなれば心配もするよな……
慌てる三人、どうするか悩むファルガ、もう一度部屋を見てくると走るリン。するとシュエが俺達の方へ視線を向ける。
「あ……!」
「よお、ただいま」
「れ……零さん!!」
シュエの驚きの叫びに、反応しファルガもこちらを見る。
俺は苦笑いをしながら、片手を頭の横に上げてあいさつのようにする。
「神城……! お前どこ行って――」
ファルガは近寄りながら俺の様子を見る。そしてその姿で何かに気づいたように足を止める。
ボロボロの身体、どう見ても誰かと戦った後。そして極めつけは、攫われたはずの――リリナがいる。
「……またお前は一人で……背負い込んだのか」
「悪い……」
「……まあお前さんが無事でよかった。説教は後だ、それと――」
ファルガの金属の義手が俺の肩に乗せられる。
「よく――救ってきたな」
後ろにいる玄関の外にいる子供達を見てそう呟いた。冷たいはずの義手からは、暖かい何かを心で感じた。
そんな会話の途中、階段から降りてくる足音が響く。そしてポニーテールを激しく上下左右に揺らしながら「やっぱりいないわ、あいつの武器もない!」と言いながらリンがやって来る。
「あいつやっぱり一人で――って……零!?」
自身の瞳に映ったその姿に口を開き驚く。
そして降りてきたのはリンだけじゃなかった。壁の角から一瞬見えた金色の髪。
「ねえ! 零君がいないって本当……」
その元気な姿に、思わずグッと何かがこみ上げる。トレーセと戦い、身体を貫かれ重症を負った少女。
シェリアはいつもと変わらない元気な様子で俺の前に現れた。先程まで寝ていたのか髪は結んでおらず、ツインテールになっていない。
「…………えぇ!? あれ? いなくなったんじゃ?」
早朝のフロントが騒がしくなる。この間数分の出来事だ。
俺は荒ぶるシェリアをなんとか落ちつかせる。そして詳しい事情を知らない四人に説明するために、自分達が泊まっていた部屋へと向かった。
勿論子供達もみんな。
狭い部屋には四人と俺とリリナ計6人。他の子供達には残りの部屋で待機してもらっている。
アルマは他の子に現状の説明してくれるらしく他の部屋にいる。混乱を少しでも避けるために、俺達少しでもを信頼してもらえるためにと。
「神獣化計画……馬鹿げた実験をしてたのね……」
こいつらに話した内容は、神獣化計画、カイダールのことなんかだ。だが、リリナが始祖という存在であるということ。そして俺がその鍵であることは話していない。勿論リリナ自身にも始祖であることは話していない。
「神に近い強力な兵器開発……まるで神でも作ろうとしてたみてえだな」
「それであの子はあんな姿なわけね……それにあなたが連れてきた子供達も……」
その言葉に子供達の姿を思い出す。あの時、身体の一部が人の姿をしていない子がいた。猫のような耳やひげが生えている子。犬のような牙を持っている子、様々な動物の尻尾が生えている子。などと、部分部分で変化している子がいた。これ以上は変化しないらしいが――人の姿には一生戻れない。
「これから、あの子達をどうするの?」
「……俺としては保護してやりたい」
あの子達には帰るところがない。だからそんな子に俺は帰るべき場所を与えたい。
だがその提案に厳しい顔をしたファルガが、現実的で冷酷なことを告げる。
「……保護か。お前本気で言ってるのか?」
「本気だ……」
「考えてみろ、50人以上の子供を養う力があるか?」
ファルガの現実的な答えに、ただ俯いて黙っていた。それは正論で反論すら出来なかったから。
でもどうにかしてあげたい。もうあんな辛い目には遭ってほしくないんだ。
「お前の気持ちは痛いほどわかる。でもなこればかりは絶対に不可能だ、俺達が身を粉にして働いたところであれだけの人数は――無理だ」
「――くっ! でも、あの子達には帰る場所はない……せっかく助けたのに、見捨てろっていうのか?」
ファルガの冷酷な答えに、悔しそうに反論する。
するとその反論に、ファルガは表情を変えずに優しく呟いた。
「だがな、一つだけなら方法はある」
「……え?」
「この子達を、孤児院に預けることだ」
でも孤児院に預けたらまた同じことの繰り替えじゃないのか?
ガルム帝国では、神の子になれなかった子供達を待つ運命は――酷く、残酷なものだった。それは帝国だけじゃない、他国もだろう。
「お前が感じていることはわかるぞ。預けても子供達は奴隷や人身売買に回されると思っているだろう?」
考えを見透かすように、一瞬で思考を読まれた。
「確かにそれが世界の実態だ。だがな、全てがそんな腐ったことをしてるわけじゃねえ」
するとファルガの言っていることから、何かに気づいたようにリンが口を出す。
「そっか、聖都があるわ」
聖都って確か、エルヴィーナが言ってた神の子が治める国だったよな?
「そうだ。神の子が治める聖都ウィンデルなら……この子達は安心して暮らせる」
「でも待って。この数を受け入れなんて……それに聖都は外部からの入国に関しては厳しいわよ?」
「まあ世界一入国が厳しい国だからな。俺達が言ったところで、時間はかかるだろうな」
「じゃあどうすんだよ……?」
これだけの人数となるとかなり受け入れに関する時間もかかるはずだ。そうなるとこの子達にはそれだけ危険が纏わりつく。
不安が頭を巡っていると、ファルガがフッと笑みを作る。
「確かに一般人に過ぎない俺達じゃ無理だ。そこで、エルヴィーナに頼む」
「あの人にか?」
「奴はギルドの資料係の主席でもあり、ギルドでも研究関連の局長だ。それに世界に名が知れてる有名人でもある、あいつにはかなりの権限があるんだよ」
あの人そんなに偉い人だったのかよ……変人過ぎて微塵も感じられなかったぞ。
「あいつなら聖都に話をつけて、すんなり受け入れまでいける筈だ。ただなぁ……」
突然微妙そうな顔をして額にしわを作る。
なんとなくだが、ファルガが言いたいことがわかる気がする。
「ただで動くわけないからな……」
やっぱり見返りがいるわけか……まあこの前もリリナ達のデータを記録してたしな。
ということは今回は相当大きい報酬を提示しないと動きそうにないな……
「譲ちゃん達はこの前調べてたからな……さてどうするか……」
この時ある物の存在に気づいた。それはポケットに入っている、黄色い玉。シルファスに渡された、ミーシャからの贈り物。
「……しょうがねえ、俺がなんとか説得するしかないか」
重い腰を上げようとするファルガ。俺はそれを制止するように声で止める。
「俺が頼んでくるよ」
その言葉に部屋にいる全員の視線が集まる。
「あの子達を助けたのは俺だ。だから最後まで俺が面倒を見るべきだろ?」
「でも零。あの人納得出来るの? 今度は零の身体を調べられるかも……」
リリナのその言葉で、脳裏に工具を持ったエルヴィーナが俺を改造する姿が想像される。
結構洒落にならないからやめてくれ……でも、なんだかやりそうだなあの人……
「大丈夫だ。俺には秘策がある」
ポケットにあるソレを握り、強く宣言した。
俺としても、ミーシャが残してくれたコレがなんなのかを知りたい。きっとこれは俺にとって何か意味があるはずだと思うから。
真剣な表情を見て、俺を信じてくれたのかファルガは無言でジッと見据える。
「わかった、行って来い。男して、お前の決意を曲げるわけにはいかねえからな」
「ありがとう、オッサン」
俺はファルガに礼を返す。やっぱりファルガは俺の心をわかってくれている。同じ男として通じるところがあるのだろう。
「じゃあ私も零に着いてく」
「あ、それじゃあ私も零君と行く!」
「えっとそれじゃあ私も零さんと行く!」
上からリリナ、シェリア、シェエという順で着いてくる宣言をする。嬉しいんだけど……今回は俺一人で行きたい。
「悪い。一人で行かせてくれないか?」
いつもならしょうがないと言いながら答えるはずなのに、いつもと違う答えに一瞬だけ間が出来る。
だが三人とも気持ちを理解してくれたのか「わかった」と、素直に納得してくれた。
そして俺はエルヴィーナがいる建物に向かうために、部屋を出る。




