52話 認めない、全てを
「――グォォォォ!!」
叫んだのは敵対する二人の獣の少女ではない。――アルマだ。
獣のそれとは違い、全くの別物。その咆哮一つで部屋中の机や壁が震えるほどに振動させる。後ろにいた俺にさえ、その轟きが伝わり、髪を風の振動で揺らす。
アルマ自身も戦いは避けたいのか、威嚇をしたのだろう。だがそれは逆効果になる。
その咆哮により闘争本能を揺さぶられたのか、二人の獣もそれに追従するように雄たけびを上げる。
最初に動いたのは向こうだった。少し赤く汚れた爪を向けて駆け出す。あの汚れはおそらく俺の血だろう。
「――無駄ですよ」
そうボソッと呟く。アルマはその場から一ミリも動かずに、自身を切り殺すその爪を眺めていた。
身体でその爪を受け止める、爪はあの時のように先端が割れて折れてしまう。そして折れた爪の破片が辺りに飛散する。
強度がまるで違う。あの子達とアルマでは力量の差がありすぎる。先ほどの咆哮でアルマはあなた達では絶対に勝てない、ということを警告していた。だが理性を失った彼女達には……その警告は挑戦状としてとられていた。
このまま戦っても勝敗は明白。たとえあの子達が10人、20人いようと――アルマには勝てないだろう。
「やっぱり……私の心が聞こえないんですね」
悲しそうな声でその様子を見ていた。アルマの背中からでもわかる、その悲しみの心。
目の前の変わり果てた少女達を見て、やっぱり助けたいと思っているのだろう。その声が無駄だとわかっても、叫んでしまう。無理だとわかってもする。それが人なんだと感じた。
「せめて……人としての意思が残っている間に、楽にしてあげます」
覚悟を決めてように、その目を見開き前にいる二人を見据える。
一人がアルマの横へ回り、肉質が柔らかそうな間接部分へと狙いを定める。どうやら二回の攻撃を見て、場所を考え出したみたいだ。
だが爪を伸ばそうとした瞬間。丸太のような太く強靭な尻尾が、なぎ払う。
車に轢かれたかのように真っ直ぐ吹き飛び、その身体を壁に叩きつける。
「――ガァァ!」
仲間の敵と言わんばかりに、アルマの顔面へ目掛けて飛ぶ。
そして顔に目掛けて爪を振り下ろす。それを腕を前に突き出して何事もないように防ぐ。そしてそのまま腕を振り、手の甲で払うように飛ばす。
飛ばされた獣は数メートル離れた場所に着地する。
アルマは攻撃はしていない。全て防御しているだけ。それなのに、圧倒的な戦いだった。
「ごめんね……間に合わなくて、助けてあげられなくて……ごめん」
白銀に輝く腕を前に突き出し、手の平を向ける。
するとアルマの体からパキパキと音が鳴り出す。右腕が徐々に太くなっていき、腕が大きなハンマーのようになっていく。それは全て輝く鉱石で出来ており、光が反射し美しいほどだ。
重いはずの腕を軽々と持ち上げ、翼を左右に広げる。身体を前のめりにし、翼を羽ばたかせると一気に加速する。
鉱石に覆われているはずなのにその速度はまるでスポーツカーのよう。高速で近づき、腕を横へ振りかぶると風に逆らうように、その鈍器で殴りつける。
「――っ!?」
抵抗する間もなく、壁に向けて吹っ飛ばされる。金属で出来ている頑丈な壁を凹ませるほどの衝撃、叩きつけられた瞬間部屋中が揺れたほどだ。
アルマの攻撃はこれで終わらない。すぐに前にいる残った獣へと視線を移す。先程尻尾によって飛ばされた子だ。
どうやら相当尻尾でのダメージが大きく、ぎこちない動きで立っている。
さっきのように一瞬で距離を縮めて肉迫にする。そして最後に別れを告げるように呟いた。
「――ごめんね」
床を貫通するのではないかと思うぐらいの轟音と衝撃。ここが地下でなく、二階や三階だったら間違いなく床を突き抜けていただろう。
苦しみのうめき声を上げながら、その声はどんどん小さくなり聞こえなくなる。
ほんの一瞬の出来事だった。神力によって強化されている少女達をこうもあっさりと倒してしまったアルマ。
これが……アルマの本当の力。そしてもっとも完成形に近い被験者……
「……終わったのか」
「はい……辛かったですけど……こうする以外ないですから」
「悪い……お前にこんなことさせて……」
「私は大丈夫です……それに、零さんにはもうこれ以上辛い思いをしてほしく――」
喋ろうとした瞬間、巨体が揺れる。そしてそのまま重力に逆らうことなく床へ倒れる。地響きが鳴るほどで、その重さがわかるほどだ。
アルマが倒れていく様子が瞳に映り、反射的に走り出した。足を動かした瞬間、ズキッと痛みが走るが気にしてられない。
「そうですか……身体にも限界がきたんですね」
身体に起きている異常を感じたらしく、何かを悟ったように呟く。
「おい! どうしたんだよ!!」
アルマの元へ辿り着くと、安否を確認するように叫ぶ。
俺の中にはどうして倒れたのか答えが出ていた。だがその答えを認めたくなかった。だからそれを否定する返答がほしいから聞いた。たとえそれが無駄だとわかっていても。
だがアルマの口に出した答えは――俺の答えと一緒だった。
「私は神の子じゃないですから……神力に耐えられないんですよ。ほら見てください……少しずつ――塵になってるでしょ?」
アルマの身体に起きている異変を見てしまい戦慄した。少しずつ少しずつ、その身体が消えていっている。そう――ミーシャの時のように。
「零さん、最後の我が侭を聞いてもらえますか?」
「断る……」
少しずつ、身体を覆う鉱石が砂のように消えていく様子を見て震えるように答えた。
「……そんなの認めねえよ! どうしてお前が消えなくちゃならない!? お前はまだ――妹に会っていないだろ!!」
アルマも消えてしまうのか? ミーシャのように。どうしてこんなことになった?
俺が弱いから。いつも遅いから。もっと力があれば、こんなことにはならなかった。俺の力は消す事は出来ても……少女一人救う事は出来ない。
「フフ……本当に優しいんですね。だから――私はあなたを死なせたくなかった」
優しく微笑んでそう呟いた。
「零さんがあのままあの子達を消していたら……あなたの心はきっと壊れてしまうと思ったんです」
この施設に来て何度も心を暴走してしまいそうになっていた。それを見て、アルマはそう感じたのだろう。
「あなたの心は鉄のように固く、またガラスのように脆い。壊れてしまったらあなたは……きっと心を閉ざして、自身の力で消える道を選んでしまう」
アルマは鉄のような冷たい手を伸ばして俺の手に乗せる。
ひんやりと凍てつく温度が、まるでアルマの心を表しているかのように悲しく、寂しさを伝えた。
「ありがとうございます――人とは違う私達を認めてくれて。とても嬉しかったです」
最後を告げるかのようにお礼の言葉を伝える。そして最後に目を閉じて、まるで遺言のように呟いた。
「妹を、テラをお願いしますね」
すると一層塵になる速度が加速する。銀色に輝く尻尾は完全に消えて、足首まで消滅し始めている。
嫌だ、認めたくない。どうして消える? なんで消える? こいつは何も悪い事はしていないのにどうして? 加害者が生き延びてどうして被害者のこいつらが死ななきゃならない。間違っている、俺は絶対に認めない。
認めない、この世界を、神を、全てを。絶対に――――――認めない!!
「そんな勝手な世界――――認めてたまるかぁぁぁぁ!!」
ブワッと身体から白い霧が放射されるように広がる。それはもはや霧ではなく、一つの空間のようにアルマの身体を、部屋全体を包むように広がっていく。
世界を認めない! そんな世界なら変えてやる、俺の力で全て消す。いや――拒絶するだけだ!!
頬に伝わるように涙が流れていく。それが悲しみなのか、憎しみなのか、または怒りなのか。
「……? 零さん何を……?」
するとアルマは自身に起きる異変を感じ取る。
身体に視線を向けると、目を疑うような事象が起きていることに気づく。
「消えない……?」
アルマの消滅していたはずの足が――戻っていた。
それだけではない、身体を覆う白銀の鉱石が消えていき、自身の肌が現れる。神獣化になると元に戻れないはずなのに何故か。
何かに気づき、視線を倒れている少女達に向ける。全てが驚愕だった。
「あの子達も……!?」
自分と同じように元の姿へと戻っていく。自分が与えた傷すらも、綺麗に塞がっていく。
まるでここで起きた全ての事象を――――消してしまったかのように。
「零さん……あなたは一体……」
アルマが目を見開いて、何がなんだかわからないような顔をしていた。
そして白い空間がフッとなんの前触れもなく突然消える。そして消えると同時に俺は意識が消えるようにその場に横たわる。
「零さん!?」
アルマの声に反応しうめき声をあげながら目を開ける。
あれ、どうして俺は寝ている。それになんでアルマは――消えてない?
「お前……消えたんじゃ……?」
「覚えてないんですか……?」
アルマが消え始めて、そこからの記憶が曖昧だ。ただ、強く否定していたことだけは覚えている。
頭がガンガンと割れるように痛い。一体何が起きた? まさかシルファスが? ありえない、あいつはこんなことしない。
するとアルマがとんでもないことを喋る。
「零さんの力に包まれたと思ったら……元に戻り始めたんです。私だけでなく……彼女達も」
倒れている少女達に視線を向ける。
俺は目を疑った。これは夢ではないかと思うほどに、頭が狂ったのではないかと感じたほどだ。獣に変わったはずの少女はどうして、元の姿に戻っている?
記憶が無い間何が起きたのか考えようとした瞬間、ズキッと頭が痛む。そしてコマ送りのように、見たこともない光景が脳裏に映し出される。
それは元に戻っていくアルマ。少女達の体。なんだこれは――俺がやったのか?
「――うぐっ!」
思い出そうとすると頭が痛い。駄目だ一瞬見ただけで限界だ……
顔を歪め苦しそうにする俺を見て、心配するようにアルマが近寄る。
「何が起きたんだ……?」
「私にもわかりません……ただ――」
アルマはあの時の光景を思い出すように喋る。
「――まるで、全てを否定したように。零さんが認めない事は全て元通りになった感じでした……まるで神の力、みたいです」
「元通りに? 嘘だろ……俺の力は消す事しか出来ないはずだ……」
自分の力が謎だった。元々この『消滅の霧』については不明な点が多い、不明確な力だ。
そもそも神力を消す時点で異質だ。神力はおそらくこの世界において、最上位に位置する力のはずだ。それを消す力、どう考えても人如きが持てるような力ではない。
考えても考えてもわからない。謎が謎を呼ぶ。
「……零さんが、消えるはずの私やあの子達を助けたのは事実です。あなたは私の恩人ですね」
そうニコッと笑いながら答える。
「ありがとうございます。零さん言う通り、妹に会えそうです」
するとアルマは涙を瞳に浮かべて、座り込む俺に抱きついてきた。嬉しさの表れなんだろう。
お礼の言葉を何度も言いながら、嬉しそうに泣いていた。
「嬉しいのはわかったからさ…………服着てくれ」
アルマの姿は元通り。竜の姿ではないのだ。竜になる前にアルマは全て衣服を脱いでいる、つまり――生まれたままの姿。
だが俺の声は嬉しさのあまり、どうやら聞こえていないらしい。……離れてくれない。
ため息をついて天上を見上げる。
「俺の力は……一体何なんだ?」
その問いに誰も答える者はいない。
でも、俺の力で救う事が出来た。やっと救う事が。
何が起きたなんてどうでもいい、救えたという事実があるならそれでいい。




