46話 敗北者。そしてとある来訪者
「…………ここは……」
目覚めて視界に最初に入ったのは何の変哲も無い白い天井。ここは宿の部屋だ。
上半身を起して、一体何故ここにいるのか思い出す。すると扉が開くを音が聞こえる。
「あ、起きたのね」
頭のポニーテールを揺らしながら扉を閉めると、リンは俺の横の誰もいないベットへ腰掛ける。
なんで俺はここにいる? その時ハッと、あることを思い出した。そうだ、リリナが!
「なあ! リリナは!? あいつはどうした!!」
答えを催促するように荒々しく叫ぶ。その錯乱する様子を見てリンが落ち着かせるように、両手で押さえ込むように俺を止める。
「聞きたいことはわかってるから落ち着きなさい!」
「……悪い」
表情を落ち着かせる。だが心の中は噴火しかけの火山のように焦っている状態だ。
リンは一息つくと、事の経由を順を追って話し出す。
「あの後、ファルガさんとシュエちゃんがあなた達を運んできたのよ」
叫んだ後俺は意識を失ったんだったな。それで無事だったオッサンとシュエが俺達3人をここまで運んでくれたのか。
あの魔物化してしまった少女も無事だとわかり、ホッと安心する。
「本当にびっくりしたわ、あなたはボロボロ、シェリアちゃんは瀕死の重傷、挙句の果てには魔物みたいな女の子までおまけでいるんだから。それに何より……あなたが負けたのが信じられなかったわ」
リンは俺の力の恐ろしさを目の当たりにしている。施設を一瞬で消滅させるほどの力なのに、敗北したのが信じられないのだろう。
だが俺は負けた。あいつの圧倒的な力の前で、俺だけじゃないシェリアもだ。
「なあ……シェリアは……?」
「大丈夫よ、一命は取り留めたわ」
それを聞いて安心する。体を貫かれたんだ、さらにあの出血量なら死んでもおかしくない。
するとリンは少し異質な感じでゆっくりと喋りだす。
「普通なら……死んでもおかしくなかったのよあの子。でもね、あの子の傷口が……まるで巻き戻されるみたいに少しずつ直ってくのよ……」
「神の子だからか……?」
「多分ね。私達とは存在が違うんだって……思ったわ。この世界の人が化け物だって言うのもわかるわ」
化け物……俺はリンの言葉に反論が出来なかった。だってリンの顔は悲しそうな目をしていたから。
それにそんな光景を見てしまったら、しょうがないのだろう。それがこの世界の一般の認識だ。リンは別に間違ったことを言ったわけじゃない。
「それでも、あの子は私達と同じよ。ちょっと特殊なだけだから」
この世界の人がリンみたいな思考の持ち主だったら、あの子達も化け物扱いされなかったんだろうな。
「それより、シェリアちゃんより私はあなたが不思議だったわよ」
「なんで?」
「あなたに治癒魔法で治療しようとしたんだけど……魔法が効かないのよ。いや、受け付けないって感じかしら」
「でも……リリナの魔法なら治癒したぞ?」
「そこなのよ。あの子の魔法はよくても、なんで私や他の人が使う魔法は駄目なのか……」
神力は受け付けているのか? だとすると辻褄が合うんだが……あいにくシェリアは動けないし、リリナもいない今では確かめようがないな。
俺は上半身に巻かれている包帯を見下ろす。腹部にはプロテクターのようなものが装着されており、傷口が開かないように固定されている。
「あと、自然回復力って言うのかしら? あなたの傷の治りが異常に早いのよ。シェリアちゃんみたいに神の子でもないのに。まあ流石に二日間、目を覚まさなかったけどね」
そう言われてみれば、体が少しだが軽い気がする。腹部の傷もそこまで痛まない。
「まあ、深く考えても仕方ないわ。それともう一人、あの魔物の女の子ことだけどね」
「あの子も大丈夫なのか?」
「まあ一応ね。今はファルガさんが看てるわ。でも……もうあの子は人には戻れそうにないわ」
「元は人だって……知ってるのか?」
「アルマちゃんから聞いたの。それで、もうあの状態になったら人には戻れないって言ってたわ」
少女の姿を見たのか、悲しそうな目で告げた。
もう人には戻れない……その残酷な現実にショックを受ける。どうして……無関係な子があんな目に遭うのか。
「本当に酷い実験よ、子供達を使ってこんなことするなんて。あの子達にはなんの罪も無い、あの子達は大人の玩具にしかされていないわ」
だからこそ、俺達がその非道な実験を止めなくてはいけない。
「だから一秒でも早く終わらせるんだ……!」
身体に力を入れて立ち上がろうとする。腹部や体中が軋むように痛む。まだ完全に治ってないのか。
その無理に立とうとする俺を見て、リンが慌てたように肩に手を置いてベットに押さえる。
「ちょっと! 無理しちゃ駄目よ、まだ完治してないんだから!」
「待ってられるか! こうしてる間にも……他の子が……! リリナがどんな目に遭ってるか!」
「あなた本当に死ぬわよ!?」
「死んでもいいさ。それであいつが救われるならな」
その時バンという、何か乾いた物を叩く音が室内に鳴り響いた。
目の前には涙目で右手を振るったリン。俺の頬は赤くなっており、顔は横を向いている。
「あの子はね、あなたがいない未来なんて認めない。あの子にとってあなたは必要な存在なのよ。だからこそ、あなたを守るために……死んでほしくないから、あなたを守ったのよ? その救われた命を捨てるの? あなたはリリナちゃんとまた一緒にいたいんでしょ?」
平手打ちからは悲しさと寂しさ、怒りなんかの感情を乗せていたように感じた。それが痛みを通じて心に響いた。
一緒にいたい。生きてあいつと旅を続けたい。さっきの俺は感情に任せて暴走していたのか。
無言で俺はその言葉を聞き。その通りだという目でリンを見ていた。
「子供達を助けることはいいわ。でも、もう少し自分の命を大切にして、あなたが死ぬことで誰が悲しむのかをよく考えなさい」
そう言うとリンはベットから立ち上がり、部屋を去るように扉へ向かう。
扉を開けて部屋から出て行くとき、ボソッと最後に呟く。
「私もあなたが死んだら……泣くからね」
そう言い残して、バタンと扉を閉めた。静まりかえる室内。
世界に嫌われていたから、いつ死んでもいいと思っていた。この世に未練などなかったから。
「いつの間にか……守りたい存在が、一緒にいたいって思える奴が出来たのか」
まだリリナと一緒にいたい。この感情が何なのかはまだわからないけど、俺にとってあいつは特別なんだろう。
だからこそ守る。そしてあいつと一緒にいるためにも死なない。
『あの……起きてますか?』
新たに決意していた時だ、扉越しに声が聞こえる。この声は……アルマか?
「起きたけど、どうした? それより入って来いよ、その方が話しやすいだろ?」
声を聞こえたのか扉が開く。そこからゆっくりと入ってくるアルマ。
オドオドと気まずそうに歩いてくる。そしていきなり頭を下げる。
「――ごめんなさい……!」
急に言われた謝罪の言葉。一体何なのか訳がわからず困惑してしまう。
「私が零さん達に頼まなければ、こんなことにならなかったのに……! 本当にごめんなさい……!」
アルマは自分に責任を感じて謝罪しているのだろう。お前に責任なんてこれぽっちも無い。全部悪いのは奴らだから。
「お前に責任はねえよ」
「でも私が……」
「悪いのはこんな酷いことをしているカイダールだ。お前達はその被害者だ、だから謝ることなんてない」
それに今回は俺にも責任がある。俺が弱かったからこうなった。もっと強ければみんなを守れたのに。己の無力さで拳に力が入る。
改めて自身が能力に頼りっぱなしだということがわかる。今回のように能力が使えない相手となると、俺はほとんど戦えなくなる。
「お前は気にするな。絶対に俺が全て終わらせるから」
俺は泣きそうな顔のアルマの頭に手を乗せる。
全てを終わらせる。そのためにはまず身体を治すことだ。治ったらまた情報を集めることから始めるんだが……ここが一番の難題。どうすればカイダールの尻尾を掴める?
この時俺は腕につけているリングの存在を思い出す。これでこの前もリリナの居場所がわかったんだった。さっそくリングを起動させてみる。
「……光が伸びない?」
白い光は伸びず、丸く留まっているだけだった。距離が離れすぎなのか、壊されたのかはわからない。
「くそ……こいつでも駄目か。どうすれば……実験施設を特定できるんだ……?」
この街でできる限りのことはした。しかし成果は0だ。まさに八方塞といった感じだ。
頭を回転させて方法はないか考える。何か方法はないのか?
「どうしたらカイダール社の研究施設に入れるかわからないようだね?」
この部屋にはアルマと俺しかいなかったはずなのに、急に聞こえた男の声にアルマと俺は驚く。そして声の主を見る。
目を疑った、視界に入る人物がどうしてここにいるのか謎だったからだ。
「お前……なんで」
忘れもしない特徴的な姿。あの赤い白衣、そして銀色の長髪。そして横にいる黒のゴスロリ服の黒髪少女。
「なんでここにいるんだ――――シルファス!」
「やあ、久しいな――少年」
瞳に映るシルファスは、不気味な笑みを浮かべてこちらを見ていた。




