44話 水と炎
少女の獣の腕に血が伝わり、肘から床へと滴り落ちていく。貫かれた腹部の周りからはジワッと服が赤く染まりだす。
ズルッとその血で赤く汚れた腕がゆっくりと引き抜かれていく。全てが引き抜かれると、少女の爪には俺の肉であろう赤い物体が着いている。
「……ハァ……ハァ……!」
不規則な呼吸をしながらフラフラと離れる。口からは血が溢れるように流れ、橋に血痕を残していく。
腹部からは血が絶え間なく流れ出す。瀕死の様子の俺を見てスクードはあざ笑うように喋る。
「中々しぶといですね、早く死んだほうが楽でいいですよ?」
「……くっ!」
「……さて、止めを刺してあげなさい」
その一声で少女は俺の心臓を貫こうと接近する。
身体が動かない。力が入らない。俺は……死ぬのか? 死ぬわけにはいかない、なら霧を使わなきゃ。でもあの子はどうなる? 消せない、俺には泣いてるあの子は消せない。どうしたらいい?
朦朧とする意識の中どうするかを考えるが、現状俺の力ではどうにもすることは出来ない。そして俺を貫いた腕が再び貫かんと近づく。
このとき、ガァンと鉄と鉄が当たるような音が響いた。ぼやける視界の中で見えたのは何かに弾かれる爪。
「なにが……?」
その光景に呆然とする。一体なにが起きた? すると俺のよこに大きな大剣を担いだ男が歩いてくる。
「間に合ったみたいだな」
「……オッサ……ン?」
「なに死にかけてんだ神城、お前らしくねえぞ」
その姿はファルガ。どうしてここにいるんだ?
すると俺の視界はぶれる様に地面へと倒れる。駄目だ血が流れすぎた……意識が。
「譲ちゃん、神城を頼む」
その一言が聞こえたと思うと、俺の元へ誰かが駆け寄る。
青い髪……リリナか?
身体が青いオーラに包まれると、身体が少しずつ楽になっていく。リリナの治癒魔法だ。
「リリナか……悪い……俺は大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ……! こんなに大怪我して……!」
リリナの青い瞳には涙が溜まりゆらゆらと揺れている。
ファルガは俺の安否を確認すると、剣を構えて少女と対峙する。
「オッサン……! あの子は!」
「わかってる。あの子は殺さないから安心しろ」
俺の言いたいことを知っているのか、視線を離さないままそう喋る。
「それにな、俺とシュエの連携があれば簡単だ」
さっきあの子の爪が弾かれたのはシュエの狙撃だったのか。的確に爪だけを狙い、弾く。その正確さは流石だと感じる。
その様子を見ていたスクードは少し楽しそうな顔をする。
「君の仲間ですか」
そう呟くスクード。すると俺達の背後から炎が飛び出す。そして真っ赤な炎はスクードへと向かっていく。
この炎……シェリアか。俺の予想通り後方の上空からはシェリアが炎の翼で飛んでいた。そしてその目つきはとても怖く、怒りの目をしている。
「零君を傷つける奴は……黒焦げになっちゃえ!!」
真っ赤な紅蓮はスクードへと迫る。スクードは表情を変えることなく、静かに片手を突き出す。
「やれやれ、騒がしいですね」
触れれば炭になるほどの怒りの炎。スクードの肉体は炎に包まれて黒く変わり果てるはずだった。
だがその炎はスクードの1メートルほど手前でまるで見えない壁に遮られるかのように逸れて行く。
「嘘だろ……シェリアの炎が……!」
今まで絶対的な火力と破壊力を誇ってきたシェリアの炎。だがその炎が、全く通用しなかった。スクードは涼しい顔をしてその光景をみている。
この結果にはシェリアも驚愕の表情をしていた。そしてスクードは何かを分析するように、シェリアを見る。
「この炎、この火力。なるほど……君が5番目ですか」
たったこれだけでシェリアが神の子、そして5番目であると見抜く。そしてチラッと治療するリリナを見る。どうやらリリナの正体にも気づいたみたいだ。
「5番と16番の神の子……そうか、君があの帝国で噂の『ゼロ』ですか」
どうやら俺の正体にも気づいたようだ。納得するように俺を見るスクード。
その時、シェリアの叫ぶ声が聞こえる。
「炎が効かないなら! 炎で直接斬ってあげる!」
上空から滑空するシェリア。右手には炎が剣のように形成されており、当たりを明るく照らしながら接近する。
「眩しいですね……トレーセ、おいで」
「――!」
そう呟くと、上空のシェリアへ目掛けて何かが高速で接近する。
シェリアはとっさに炎を炸裂させ、攻撃を防ぐ。夜だと思えないほどの炎の明かりに辺りが照らされる。
そして攻撃した何者かはスクードのすぐ横へ着地する。同時にシェリアも地面へ着地する。
「スクード、妾の出番はないのではないのか?」
「いや、とんだイレギュラーがいてね。ほらあの子だ」
その少女は水色の髪で、髪の毛が足元まで伸びている。服装はまるで水の流れを描いた模様の青い着物を着ていた。しかし下は着物には珍しくスカート状で白いフリルが着いている。
スクードはシェリアを見る。その視線を追うように少女もシェリアを見る。
「珍しいのう神の子か。それも炎か」
「君に任せるよ、トレーセ」
「いいのか? 妾が本気を出せばあの小娘死ぬぞ?」
「大丈夫じゃないかな? 彼女は神の子だ」
シェリアを倒すだと? シェリアは戦闘経験が少ないが、潜在能力は軍隊以上の力を持っている。そのシェリアを倒す……?
俺はこのとき、ある可能性に気づく。まさか……! この女の子も……!
トレーセと呼ばれる少女は、右手に着けている黒い布を外す。そこに現れるのは黒い十字架の痕。神の子である証、天の痕だった。
「妾はトレーセ・エスパーダと申す。炎の娘、お主の名は?」
「シェリア・フリネイトよ」
「ふむシェリアか。ではシェリアよ、妾と舞おうか?」
水色の髪の毛を揺らしながらそう喋る。
「私と戦う気? 後悔させてやるわよ!」
シェリアは手を突き出すと、炎の波でトレーセとスクードごと焼き払う。
しかし炎の波はトレーセの前で勢いが止まる。一瞬のうちに炎は消化され煙が立ち込める。
あの子一体なにをした? あの炎の波を止めるどころか消し去ったなんて……!
「こんなものか? この程度の炎――」
するとトレーセの周りからシャボン玉のような水の球体が現れ始める。
「――妾の水の前では、お遊びに等しいのう」
クスクスと笑いながらシェリアを見る。その挑発に乗るようにシェリアの額に青筋が入る。
「ふざけんじゃないわよ……! 燃やし尽くす!」
身体に真っ赤な紅蓮を纏うと、右手を上空に上げる。右手にはどんどん赤黒い炎が剣のように形成されていく。
「焼き斬ってやる! レーヴァテイン!!」
そう叫ぶと、炎の翼で羽ばたき風のように接近する。
炎剣を眺める、同じようにトレーセも右手に水で形成された刀のような剣を作り出す。
「力の使い方を教えてやろうかの。海神」
炎と水の刃が交差する。たったそれだけで辺りには衝撃波が漂う。
これが神の子同士の戦いなのか? 圧倒的な力で剣と剣のぶつかり合いを繰り広げる。
「この! この!」
「ほれほれ、どうした?」
シェリアの剣を軽くあしらうように受け流す。シェリアは力任せに剣を振るいその水の刃を破壊しようとする。
「怒りに任せて剣を振るっても意味は無いぞ?」
トレーセが軽く振るだけでシェリアは飛ばされてしまう。地面に倒れる前に翼を羽ばたかせて上空へと飛ぶ。
その様子を見ているリリナと俺。いや見ているだけしか出来なかった。もはや別次元の戦いだから。音と音のぶつかり合いのような速さ。神力で身体能力を強化しているのか、普段のシェリアからは想像もつかないほどの速さだ。
このときリリナがその戦闘を見て震えるように呟く。
「駄目だよシェリア……力が違いすぎる」
「どいうことだ?」
「あのトレーセって子とシェリアじゃ力の差が歴然だよ。だってあの水の子は、まだほとんど神力を使ってない」
確かに戦闘の実力からしてもあのトレーセって子は、シェリアよりも上。もしかしたらシェエよりも接近戦は強いかもしれない。それに加えて、リリナが言うには神力も最小限しか使っていない。制御が上手く出来ているから、力を集中させやすいのだろうか。
俺は上空で繰り広げられる戦闘をそう思いながら見ていた。くそ、俺の傷が癒えれば……! 腹部の傷はまだ完全には塞がっていない。
「……くっ! この娘速い!」
一方ファルガも苦戦しながらも善戦している。あの速さに追いつくその反射神経と、無駄のない戦闘スキルは流石ベテランといったところだ。
「いい加減に……! 倒れてくれよな!」
剣の側面で殴るように吹き飛ばす。放物線を描きながら飛ばされた獣の少女は、橋にある柱にぶつかる。
だがまだ立ち上がれるようで、ファルガを見ながら立ち上がる。だがそこへ銃弾が飛んでくる。
「――っ!」
間接部分や、変化してない柔らかい肉体部分に的確に狙撃していく。狙撃され上手く立ち上がれないのか、叫ぶように苦しむ。
そして少女の瞳に映るのは、眼前に迫る男の姿。剣ではなく、鉄の義手を振りかぶっている。
「悪いな譲ちゃん。ちょっと眠っててくれ!」
鉄の義手で思いっきりその腹にボティブローを叩き込む。衝撃で背中にあった柱が曲がるほどの威力。
少女は白目を向くと、そのままファルガの腕にぶら下がるように気を失う。
「……ほう、あの状態を倒すとはすごいですね」
「ちょっと苦戦したがな……さて、次はお前さんだ」
剣を構えながらファルガはスクードを睨む。
スクードは上空で戦う二人を眺めながら一言俺達に告げた。
「戯れはそこまでですよ、トレーセ」
その一言で急に上空での戦いが一変する。
俺は上空に視線を向ける。直感でまずいと感じたからだ。そしてシェリアに向かって叫ぶ。
「逃げろ! シェリアァ!」
「……え?」
その意味をシェリアが理解するのには時間はかからなかった。
いままであまり攻撃をしてこなかったトレーセが――剣を構えているから。
「では、終いにしようかの?」
挑発するように、冷ややかな笑みでそう喋るトレーセ。
「この……! 私の炎をナメんなァァァ!」
叫び声を上げて捨て身で突撃するシェリア。
駄目だ! 今のお前じゃ勝てない! 逃げてくれ!
俺の思いも空しく、シェリアは剣を構えて突撃する。そして俺の視界に映ったのは水の刃が小さな身体を貫く光景。上空から降り注ぐ赤い雨だった。




