43話 カイダール社の秘書
あっという間に三日の月日が過ぎた、俺達はカイダール社に関連する情報を集めるために街で情報収集をしていた。
そして今は三日目の時刻は夜中。宿の俺の部屋に集まっている。部屋にいるのは俺、リン、ファルガ、アルマの四人。残りの三人は別部屋にいる。
俺は布団の上に座り三人を見渡せる場所にいる。
「どうだった?」
「全然駄目ね、実験に関する情報すらないわ」
「俺もギルドの友人や、社員なんかに話を聞いたが……全く進展なしだ」
ファルガとは窓際の壁にもたれながら残念そうに喋る。リンは椅子に座った状態でカイダール社に関わる資料なんかを見ている。
リンやファルガですらカイダール社の実験に関する情報が掴めない。俺もカイダール社の周辺なんかを調べていたが何一つわからなかった。
「怪しい情報どころか、カイダール社が本当にそんなことをしているのか疑いたくなるほどよ」
「戦争で親を失った子の無償の引き取り、母子家庭に対する支援……この国が信頼しているのもわかるな」
「おまけに会社の社員はみんな人柄良いし対応も丁寧。聞いた話だけだとホワイト企業すぎるわね」
全く実験に関する情報はなく、逆にカイダール社を支持する良い情報ばかり集まった。本当に武器や兵器を作っているのか疑いたくなるほどだ。
でも子供の無償の引き取りはおそらく、実験に使われているのだろう。それを公にだしていないだけだ。
「……本当です。カイダール社は絶対に子供達を使って非道な実験をしています!」
そんな会話を聞いていたアルマが声を荒げて叫ぶ。自分が疑われていると思ってしまったのだろうか?
ファルガはそんな様子のアルマを見て、疑いのない目で喋る。
「心配するな、別にお前を疑っちゃいねえ。お前さんがカイダール社の闇の証拠なんだからな」
ここにいる全員はアルマを疑ってはいない。アルマ自身が生きた証拠なのだから。そして俺も社員に出会い、その一部始終に遭遇した。
二人の言葉に、「すいません……」と肩を落しながら呟くアルマ。
「流石ガルム帝国の時みたく、正面突破とか潜入が出来ないしね……」
「それとこの実験を知っているのは、社員でもごく一部だけだろうしな……そうなると関係の無い社員を巻き込むわけにはいかんしな」
相手はこの国でも国民から支持を得ている企業。下手に動くことはできない。
正面から殴り込みをかけようものなら、関係の無い社員が犠牲になってしまう。
「もう三日が経った……なのに情報は一つもない。どうすればいいんだ……!」
手に力が入り、焦りが次第に心を支配していく。
そんな様子を見て、ファルガが落ち着かせるように呟くように一喝する。
「落ち着け神城。お前が慌てたところで何も変わらん」
「わかってるけどよ……」
「いいか。今俺達はカイダール社に関する情報を一つでも多く集めるんだ。そう早く相手は尻尾は出さんさ。落ち着いて確実に調べるんだ」
「でも、こうしている間にも……子供達の命が失われているんだろ? なのに何も出来ないのは……!」
「ならお前のスキルで正面突破して――関係の無い人を巻き込むか? もしそれで勘違いだったらどうする?」
「そう言ってるんじゃねえよ!」
「同じようなもんだろうが! お前が焦ればここにいる全員が不安になる、焦りは視野を狭めるだけだ」
その口論の中、アルマは困惑した表情で俺とファルガを見る。リンは冷静な目でその様子を眺めていた。
「お前が焦る気持ちは痛いほどわかる。でもな助け出す俺達が焦ってたら意味無いんだよ。まともに情報を集めずに突撃したところで、犠牲を増やすだけだ。大儀のない正義はただの殺戮だ」
ファルガの言うとおりだった。俺はまた一人で突っ走ろうとしていた。大儀のない正義は殺戮、まさしくその通りだ。
暗い顔で腰を上げると、俺は重い足取りで扉へ向かう。そして静かに扉を開ける。
「悪い、ちょっと頭冷やしてくる」
そう言い残して扉を閉める。バタンという音が妙に寂しく聞こえた。
外に出れば空には明るい惑星が二つ暗闇で光っていた。この世界はいつも満月みたいなんだな。
ため息をつくと、静かに街中を歩き出す。行く宛てもなくただただトボトボと歩みを進める。
「焦りは視野を狭めるか……」
今まで何度焦っただろうか? あいつらを助けるときも、戦っているときも。いつも俺の中には必ず焦りがあった。
これまで犠牲がなかったのは運がよかったのだろう。もしかしたら俺のせいでリンやファルガが傷つくかもしれない。
まだまだ心は子供なのだと痛感した。常に先を見て、冷静に判断しなければこれから先……俺はいつか必ず誰かを傷つける。
「はぁ……やっぱ俺、弱いな」
俺は街の川の上に架けてある、少し長めの橋まで歩いていた。来たとこのない場所だ。
川は結構幅が広めで25メートルのプールほどだ。そこに架けられるコンクリート製の頑丈な橋。
その橋の手摺に手を乗せて重ねると、下を流れる川を眺める。
「…………」
ただボーとその水面に映る惑星を眺める。その偽りの景色を数分眺めていた。
コツコツと地面を歩くような音が静かに聞こえる。その音の方向を見る。
「こんばんわ」
挨拶をしてきた人は。藍色の短髪の男。執事のような白のカッターシャツにグレーのベスト、下のズボンもグレー。伊達メガネみたいな物を掛けていた。
俺はこんなやつは知らない。あちらから挨拶してきたということは、まさか俺がゼロだということが知られているのか?
「お前……誰だ?」
「初対面の相手に向かって挨拶もなしですか。まあいいですけど、私はスクード・エスパーダと申します。以後お見知りおきを」
スクードと名乗る男は俺に向かって白い乗車券のような紙を投げた。
まるで流れるように俺の元へ飛んできた紙を受け取る。それはまるで名刺のような物で、名前なんかが記述されている。
「カイダール社……秘……書?」
「そうです私はカイダール社、社長秘書、兼執事です。それで、あなたの名前は?」
「ただの旅人、神城零だ」
「神城君ですか」
そしてお互いに沈黙が流れる。川の流れる音が妙に耳に入るほど静かだ。
最初に喋りだしたのはスクードだ。そしてその内容は俺を驚愕させる。
「神城君。単刀直入に言います。我社のサンプル……どこにいますか?」
「サンプル? 生憎だけど、俺はカイダールの人と知り合いではないんでね」
「白を切りますか。ですが無駄ですよ、君は我社の社員に見られていますから。黒髪、黒目、灰色のコートと白い刀。歳は18代ほど……とね」
この前戦った奴らか。まさかアルマじゃなくて俺を狙うとはな……
「……それで、俺をどうするつもりだ?」
「簡単です。サンプルの居場所を教えてくれればそれで構いません。素直に言えば何もしませんよ」
「……言うと思うか?」
「でしょうね。仕方ない……ならあなたを殺して別の人に聞こう」
スクードはパチンと指を鳴らす。すると後ろから黒いフードを被った子供が歩いてくる。
「さて、2番……彼を殺せ」
2番と呼ばれた子供は目の前から消える。気づけば俺の視界は空を向いていてなにが起きたのか理解できなかった。
自身が上空へと飛ばされたのだとわかったときには、すでに地面へ背中から叩き付けれ衝撃で苦しんでいた。
「――っ!」
呼吸が上手く出来ない。不規則な呼吸をしながら、背中を押さえながら立ち上がる。
立ち上がると、すでに目の前には子供の姿。腕を引いて正拳突きのような構えをしている。
「このっ!」
刀を鞘から一部抜いて、刀の刃でそれを受け止める。刀から衝撃が伝わり、身体のバランスを崩すほどだ。
子供の手からはほんの少しだけ血が流れている。
「あの勢いで刃に触れて、切傷程度かよ……」
子供とは戦いたくない。そのためか霧を出すことを躊躇してしまい、防戦一方だ。
あの時みたいに刃を裏返して打撃で倒すしかない。
「ちょっと痛いけど我慢しろよな!」
足に力を入れる。同時に腕につけている黒い腕輪がうっすらと光りだす。
かつて無いほどの勢いでフードの子供に接近する。コートと髪をなびかせながら、一気に肉迫にする。
「――ハァ!」
だが俺の剣は空を斬る。フードの子供はバク転しながら避けると、腕を突き出すように突撃する。
その攻撃を身体を反らして避けるとそのフードを掴む。そしてその背中を叩き割るような勢いで刀を振り下ろす。
「――っ!」
叫び声のような声を上げる。メキッという嫌な音が刀身から手に伝わる。
エルヴィーナからもらった腕輪の力で、まさかここまで身体能力が強化されるのは予想外だった。普段ならここまで俊敏な動きは出来ない。
「おかしいですね。戦闘においては素人だという報告だったんですけどね」
明らかに報告とは違う動きに眉をひそめるスクード。剣の太刀筋はまだまだ素人だが、動きはこの腕輪のおかげでかなり変わっている。
「あの状態では無理か。仕方ないね、では解放しようか」
スクードはポケットからスマホみたいな物を取り出す。そしてそれを手馴れた手つきで操作していく。
すると突然フードの子供が苦しみだす。そして初めて、この子は声を出す。
「い……や! やめて! 変わりたくない!」
膝をつき空を見上げるように叫ぶ。その動作でフードは頭から脱げる。その姿を見たとき、俺は驚きを隠せなかった。
黒髪の横には曲線を描く角が生え、手は鋭い剛爪。黒のスカートの間からは白い尻尾。その姿はまるで少女の姿をした魔物だった。
「なんだよ……これ……」
身体の部分部分はまだ少女の人間の肉体は残っているが、それも顔や胴体だけ。残りは全て変化している。目からは悲しいのか涙を流している。
この子はまさかアルマと同じで実験の被害者の少女の一人……
その一部始終を冷静な目で眺めるスクードそしてこいつは、あることを口に出す。
「『王の命令』でも完全に支配できないんですか。流石神力ですね。でも、支配からは逃げられないですよ?」
「お前まさか……強制的に戦わせてるのか!?」
「当たりまえですよ。そうでもしないとこの子達は戦いませんから。あと、これは私の能力ではないので私に言わないでください」
ギリッと歯を食いしばるように力が入る。どうりでこの子からは殺意が感じられなかったわけだ。
それに無理やりとなると、俺もさらに戦いづらくなる。
「その獣化になった子達と戦って生きた者はいないですよ」
「てめえ! この子達をなんだと思ってやがる!」
「私に説教する暇があるなら――前を見ていたほうがいいですよ?」
その一言で俺は前にいる少女を見る。少女は夜の街に響く咆哮を叫ぶと、その泣いている目で俺を見る。
視界に映ったのは少女の足元が抉れた跡。俺の視界は横へとずれると、そのまま橋の手摺に向けて一直線に飛ばされる。鉄の棒に身体が叩きつけられ、口の中に鉄の味が広がる。
「ゲホッ!」
口から血を吐き出す。コンクリートの床に鮮血が滴り、飛び散る。
片目を開くと、さっきまで俺がいた場所には少女が立っており、その腕を俺に向けていた。あの一振りでこれだけの威力だ。
「……霧を使うしかないのか……?」
ふと自身のスキルである消滅の霧を使うか迷う。スキルを使えば間違いなく、俺はあの子を消すことが出来る。
でも、あの子は自分の意思で戦っているわけではない。被害者であるあの子を傷つけられない!
「本気で戦わないと死にますよ?」
「ふざけんな……! 無理やり戦わされてるのに……攻撃なんか出来るかよ!」
「なにを躊躇する必要があるんですか? 相手は化け物ですよ?」
「あの子を……! 子供達を……! 化け物扱いするんじゃねえ!!」
身体を起こして、怒りに任せるように俺は全力でスクードの元へ駆ける。その速度は人間よりも遥かに速く、弾丸の如く迫る。
だがスクードは表情を変えないまま一言「遅いですよ」と告げる。
次の瞬間目の前に現れたのはさっきの少女。俺は刀を攻撃しようと構えていたが、少女が現れたことにより攻撃が出来なくなる。
「くっ!」
顔を歪める。スクードはその様子を見て、ニヤッと笑うと「チェックメイトです」と言い放つ。
そして少女は獣のような声を上げながら、その鋭い剛爪を俺に突き出す。
「……がっ!」
冷たい物が触れたと思ったら、皮膚が突き破るような感触がした。そして肉を抉るようにそれは進んでいき、身体を貫通する。
そして目に映ったのは、返り血で顔や腕を赤く染める少女。その目からは絶え間なく涙が流れ、辛く悲しそうな瞳をしていた。
惑星の明かりに照らされたその光景は、凶悪な腕が俺の身体を貫く影だった。




