33話 亡き少年の墓石で
蒼目のライナスによる騒動から一夜が過ぎた。今町の人たちは荒らされた町を復興しようと、あちらこちらで作業している。
そよ風が吹き抜け、灰色のコートと自身の黒髪が揺れる。俺は目の前にある墓石を悲しそうな表情で見ていた。
「……なあ、シン聞こえてるか」
誰もいない墓地、周りには人一人いない場所で俺はその今は亡き少年に喋るように呟く。
「……レナを……お前の妹を助けたぞ」
しゃがむと、手に持っていた花をそのシンの墓に静かにそっと乗せる。
乗せられた花は風でゆらゆらと揺れている。
「どうして……この世界は……ここまで悲しみに溢れてるんだろうな。彼女達が辛い運命を背負い、それを守ろうとしたお前が死ぬんだろうな」
この問いには誰も答えてくれない。一体何が正しくて何が悪いのか。
どうしてこの世界は、神の子なんていう残酷なシステムを作ったのか。そのシステムで、たくさんの命が、幸せが消えていく。
「悪いな、こんなことお前に話しても、何も変わらないよな」
そしてぼやける視界で墓石を見つめる。目に涙が溜まったみたいだ、男だっていうのに俺は泣き虫だな。
「シン。この世界を必ず変えてみせる。お前の妹も必ず助ける――だから見ててくれ」
まるでシンが答えるように、ザアッと強い風が吹き出す。そうか、見ててくれるか。
「あれ……? 神城さん?」
幼そうな声が聞こえ振り返る。そこにいたのは花を持っている黒髪に白のカチューシャをした少女の姿。
「どうして……お兄ちゃんのとこに?」
「レナか……ちょっとシンと話してだけだよ」
「そっか……」
レナは小さな歩幅で歩いてくると、俺と同じようにシンの墓石の前でしゃがむ。
そして小さな手に持っていた花を乗せる。
レナを見ると、泣きそうなのを堪えているのがすぐに分かった。実の兄を亡くしたのだから当たり前だ。それにこの子はまだ9歳。あまりにも辛すぎる。
「……なんで……お兄ちゃんが、いなくなちゃうんだろう」
「……ごめん」
「……? なんで、謝るの?」
「俺が町にいれば……シンは死ななくてもすんだだろ? 俺の、せいだよ」
この町にいればみんな助かった。シンは死ななくてもすんだ。レナも悲しい思いをしなくてもすんだんだ。
ファルガにはお前のせいじゃないとは言われたけど、俺はどうしても自分のせいだと思ってしまう。自分が無力だから。
「……神城さんのせいじゃないよ。それにお兄ちゃんとの約束守ってくれたんでしょ……? 私を助けるって約束を」
レナの頬を流れる川のように水滴が流れる。ついに泣くのを堪えられなくて、決壊したダムのように目から次々と涙が溢れる。
落ちていく涙が、墓石を湿らせる。
「私を……みんなを……助けてくれて。ありがとう」
俯きながら、泣くのを押し殺したような声で俺に感謝の言葉を伝えた。その涙を見て、俺も再び目がぼやけだす。
そして顔を自身の涙で濡らした状態で、俺を見ると。頬や口を震わせながら言った。
「きっと……! お兄ちゃんも、空から「ありがとう」って言ってるよ……!」
この子のこの言葉を聴いた瞬間、俺も涙を堪えきれなくなるように顔や目が震える。
無意識に、俺はこの子を抱きしめて、「ごめん」といいながら泣いていた。
「どうして泣いてるの? 神城さんが泣いてると……私も我慢できなくなっちゃうよ……?」
レナも我慢が限界に達し、大声で泣き出す。俺の肩に顔をうずくめて、その悲しみに染まった声で。
「お兄ちゃん……死んじゃうなんて嫌だよ! まだ会いたいよ! もっと遊びたいよ! ……お兄ちゃん!!」
その悲しみを受け止めるかのようにグッと力を入れる。このときの俺には、ごめんとしか言えなかった。
レナの悲しみの叫びは、墓地に悲しくこだまするように聞こえていた。
「……大丈夫か?」
少しずつ泣き止んだレナの様子を見て、訊いてみる。
まだ鼻をすすったり、身体が震える様子から完全には泣き止んでいないみたいだ。
「うん……ありがとう」
俺から離れると、真っ赤に腫れた目で見ながら答える。
「……お兄ちゃん言ってたの。笑顔でいなさいって」
そしてレナは無理やり笑顔を作って見せると、俺を見て笑う。
この子は……まだ9歳で、かなり辛いっていうのに。
「だから……笑わなきゃね……」
「いいんだぞ? 無理しなくても」
「ううん。だって笑わなきゃ……お兄ちゃんがもっと悲しむから!」
この子の笑顔を見て、なんでこの子はこんなに強い子なんだろうと思った。
今にもその笑顔は崩れてさっきのように泣いてしまいそうなのに……どうして笑顔を作っていられる?
レナは俺のその涙で濡れた悲しい顔を見て思った。
「だから。神城さんも笑おう? じゃないと、お兄ちゃん泣いちゃうよ?」
悲しみを堪えて、俺もレナのように無理やり笑顔を作る。
きっと今の俺は……笑顔だけど、泣いているだろうな。
「そうだな……お前の言うとおりだな。笑顔でいないと、こいつが悲しむよな」
「うん……!」
俺は顔を拭くと、赤くなった目でレナを見て、手を差し出す。
同じように赤い目をしたレナも俺の手を取り握る。
「さて、戻ろうか? いつまでも、こんな顔してられないしな」
その小さな手を握って墓地を後にする俺達。
この子のいうように、笑顔でいないと駄目だ。俺がこんな顔してたら、あいつらも不安になる。シンも言ってたじゃないか。
改めて決意した。もうこんな惨劇を少しでも無くなるように、少しでもたくさんの人を助けられるように。俺は戦うんだと。
窓に掛かる白いカーテンは黒く染まっており、夜中だということを知らせている。
ここは宿の一室、俺の部屋だ。私物や武器などの荷物を纏めている最中だ。
「俺の荷物はこんなところか……」
昨晩、シュエに俺の正体がゼロだと知られた。おそらくこの町の人達は俺の正体を知っているだろう。
だからこの町に長居は出来ない。このことはすでにリン達にも伝えてあり、あいつらも今荷物を纏めている最中だろう。
「今日で最後か……」
荷物を纏め次第、すぐにでもこの町を発つ予定だ。まだストリア行きの列車は動いていない。だが待っていられない、徒歩で向かうしかないだろう。
窓の外を眺めていると、部屋がノックされる音が聞こえる。あいつらだろうか?
どうぞと答えると、少ししてドアが開けられる。そこに入ってきたのは。何故かファルガとシュエだった。
「オッサンにシュエ? どうして?」
シュエは俺の横にある荷物などを見ると、何かを察したように俺に訊く。
「行んですか?」
「ああ。俺はこの町にいられない」
「でも、まだストリア行きの列車は動いてないですよ?」
「徒歩で向かうさ。あいつらだって承知の上だ」
「どうして、そこまで急ぐんですか?」
「それは……」
シュエが訊く理由に答えづらく口を閉じる。ゼロだと知っていても答えにくい。
その時ファルガが、俺の変わりに答えるように口を出す。
「お前が……帝国で噂のゼロだからか?」
その言葉に目をそらして、床を見るようにする。だがファルガの問いはまだ終わらない。
「それとも――譲ちゃん達が神の子だからか?」
神の子という単語に反応し、ファルガを見る。
部屋に緊張が漂う。その言葉を言っただけでここまで緊迫するとは。
「……知ってたのか?」
「なんとなくだ。だが……どうやら本当らしいな」
どうやら鎌をかけられたみたいだ。しまったな、どうも俺はこういうのに弱い。
「安心しろ、俺は命の恩人の譲ちゃん達を、突き出すなんて真似はしない。それにな……俺だって同じ年の娘がいる。あの子達の辛さはわかるつもりだ」
横にいるシュエに視線を送るように見る。そうかシュエも11歳だったな。
「……さて、シュエ。お前は譲ちゃん達の部屋に行って来い。俺は神城と二人で話す」
「……でもお父さん」
「いいから。こいうのは男同士の方がいいんだよ。わかったら行け」
シュエは部屋から出て行く。少しして向かいの扉が開く音が聞こえる。
二人だけになったのを確認すると、ファルガは床に座ると。そして俺を近くに呼ぶように手招きする。
ファルガに呼ばれるように、近くに行き向かい合うように座る。
「オッサンは……俺がゼロだって知って怖くないのか?」
「怖くないって言ったら嘘になるな……」
やっぱり恐ろしいよな。帝国でテロを起こし、さらにあれだけの盗賊を一人で全滅させるんだから。
「だがそれは聞いたときの話だ。今は別に怖くない、むしろお前がゼロでよかったと思ってるさ」
「何言ってんだ? 俺は大量殺人の犯罪者だぞ? 人を平気で殺すような悪党だぞ?」
「お前さん自身はそう思ってるだろうが……俺達にとってお前は英雄だ。この町の皆を救った英雄なんだよ」
シュエも俺を英雄だと言っていた。俺はそんな立派な存在じゃない。
どうしてこの人達は、俺を英雄だとかありがとうとかお礼が言える?
「神城。なんでお前はあの子達を、神の子を救おうとしてる?」
「……俺は。リリナに命を救われて。あいつを守るために……あいつらの運命を変えるために戦うと決めた。それに、神の子とか神の器だとかで、犠牲になっていく子供達を見てられないんだよ。あいつらは世界の玩具じゃないんだ……!」
ギリッと歯をくいしばるように喋る。
「それがお前が、守る理由か」
そんな様子を見てファルガは呟く。そしてそこに続くように話す。
「俺も娘がいるからな。お前があの子達を守ろうとする気持ちがわかるぞ。だがな、それは世界を敵にしてるようなもんだぞ? お前はそれでも……戦うのか?」
「当然だ。そのために俺は帝国でテロを起こしてまで、あいつらを助けた」
世界を敵に回すことなんて最初からわかっている。どんな奴だろうと相手にすると決意したからな。
「だから……もうここにいられないんだ。ゼロだと知られ、あいつらが神の子だと知られたからな。荷物を纏めたらすぐにでも出て行くつもりだ」
あいつらが狙われる危険性があるからこそ、早く出て行かなくてはならない。
そう考えていると、ファルガは少しため息をつくと。俺の目を見る。
「残念だが……お前さんを行かせるわけにはいかないな」
ファルガは俺の目をじっと見てそう呟く。
オッサン……あんた突き出すとは言ってなかったよな? あれは……嘘だっていうのか? 俺はあんたまで消したくはないぞ……?
しかし次にファルガの口から出てきた言葉は俺の予想を斜め上に超える発言だった。
「まだ町の奴らが、礼を言ってないからな」
「……え?」
「町の英雄に礼もせずに行かせると思うか? 町のギルドや、町長なんかはお前がゼロだって言うこと知ってるぞ?」
「なんで……?」
「俺が伝えたんだよ。最初は驚いていたが、みんな予想より違うって驚いてたぞ? なんせ剣すらまともに使えない餓鬼が、あの噂のゼロだっていうんだからな」
笑いながら答えるファルガ。俺はその様子をただポカーンと見ていた。
「まあお前が町を出るのは予想できたからな。だから留まるように、町長から説得を頼まれたんだ」
「待てよ! 俺は人殺しだぞ!? 人殺しに礼を言うなんて……どうかしてるぞ!!」
「だが俺達にとってはお前は恩人で英雄なんだよ。お前はたくさんの命を救ったんだ、それは胸を張っていいと思うぞ」
わからなかった。どうして俺になんかに礼を言える?
町の人を助けるためとはいえ、俺は多くの人を消し、殺した。それが悪人であっても殺したことに変わりはない。
その時ファルガの後ろの扉が開く音が聞こえる。
「ハァ……諦めるわよ。この人達行かせる気ないわ」
ため息をつきながら入ってくるのはリン。どうやらシュエの説得に根負けしたらしく諦めた様子だ。
「嬢ちゃん達は決まったみたいだな。大丈夫だ神城。この町にいる限り、お前さん達を守る。これはこの町の皆が決めたことだ。だからもう少しいてくれないか?」
頭を下げるファルガ。それに続くようにシュエもやってきて俺に頼む。
はぁ……ここの町の人は、人が良すぎるんじゃないか? こんな俺に礼をしようとここまでするなんて。
「わかったよ……だから頭を上げてくれ。でも、列車が動くまでだからな?」
「そうか、ならよかったぞ」
頭を上げるファルガ。この時シュエがあることを思い出したように俺に話す。
「あの、ストリア行きの列車なんですけど。二日後には運行再開するみたいですよ」
その意外な情報に驚く。意外と早いな。俺達の予想だと一週間はかかるんじゃないかと思ったが。
リン達もその言葉に意外な表情をしている。
「ならあと二日間の滞在か。よし! その間でもゆっくりしてけ!」
ファルガは立ち上がると、俺に近寄り背中を叩く。
「ありがとうな……少しだけどオッサンのおかげで楽になったよ」
叩かれるたびに元気を分けてもらえる気がした。
こうして俺達はもう少しだけ、この町に滞在することになった。




