1話 ここは異世界
俺は世界から嫌われている。
家族も友達もなにかもこの世界に奪われた。
何の才能も能力もない、平凡な力しかない。誰かを救うことも助けることも出来なかった。
たとえ世界に嫌われていても、役に立ちたかった。才能が無くても、力がなくても誰かの役に立ちたかった――そして助けたかった。
……何の能力も才能もない俺でも……もし、誰かの役に立てるのなら……
――もし、そんな世界があるのなら行ってみたい――
白い空間に俺はいた。上も下も横も白、白、白ばかり。地球の裏側まで続いてるのではないかと思うほど白ばかり。
そんな真っ白な空間で俺は一人立っていた。
「お願……私……」
すると声が聞こえた、悲しそうで寂しそうな少女の声が。
身体を動かそうにも動かない。視線を移動させるが、どこにも声の主はいない。
「この世界を……私達を――」
少女のような声は消えかけの蝋燭の火のように、どんどん小さくなっていき聞き取れなくなっていく。
何を言っているんだ? これは夢か? 様々な考えが俺の頭を駆け巡る。
「――助けて」
その声と同時に俺の意識は闇の中へと沈んでいった。
目を覚ますと視界に入ったのは青い空だった。
周りを目で見渡せば、ビルのような建物に囲まれた場所に俺はいた。
「……部屋で寝てたよな……」
ゆっくりと起き上がる。周りを再度見渡すが見覚えが無い場所だった。
俺は部屋で寝てたはずだ。なのに何故こんなところにいる?
思考をフル回転させるがわからない。自分の服装は白色の無地のTシャツに、黒の長ズボンのジャージ、いつもの部屋着だ。とりあえずここから出てみようと立ち上がり、ビルに挟まれた路地から出る。
「なんだ……こりゃ……」
路地から出て目に入ったのは、地上から若干浮いて移動している乗り物だ、見た目はバイクそっくりだ。
内心慌てた感じで周りに目を向ける。どれも見たこともないような機械や建物ばかりだった。そして極めつけは空に浮かぶ大きな惑星だ。
「月……? いや月にしては大きすぎないか? それに二つも星があるなんて……」
まるで漫画やアニメにでも出てきそうな光景だ。ここは異世界か? なんてメルヘンチックなことを思うが、そんな非現実的なことあるわけがない。
現実逃避をするように、きっとこれは良く出来たCGか夢なのだろうと自分に言い聞かせた。
しかしその時頭の中にあの白い空間でも言葉を思い出す。
『この世界を……私達を――助けて』
「まさか……本当に日本じゃないのかここ……」
一体何秒だろう、いや何分呆然としていただろうか。ただボーと目の前に広がる異質な風景を見ていた。日本の都会のようにビルなどが沢山ある、しかしここは日本、いや地球上のどこを探してもこんなところはないだろう。
と、その時慌しい声が聞こえると同時に、走るような音も聞こえる。
その音の方を見た瞬間、俺は何かにぶつかった。幸い衝撃は小さかったみたいで倒れはしなかった。
「いってて……」
「ご、ごめんなさい!」
胸の下辺りから、謝罪の声らしきものが聞こえ目線を下にずらす。
そこに見えたのは肩までの、青い空色の髪をした少女だった。服装は黒い長袖の薄めのシャツの上に、白い肘までのブラウスを着ている。下は赤い膝丈のスカートで、下に白色のフリルが着いている。走っていたためか頬が若干赤い。全体の雰囲気があどけなさを感じさせる。
すると少女が来た方向からまた別の声が複数聞こえる。
「いたぞ! あそこだ!」
「捕まえろ!」
三人の男達が走ってくる、まるで昔の日本軍のような服装で、全体を黒にした感じだ。狙いはこの少女だとすぐにわかった。
少女は再びその男達から逃げるように走り出す。
「あのー何かあったんですか?」
とりあえず状況が分からないのでその男達に訊いてみた。しかし俺の問いには答えてもらえず、「邪魔だ!」と言われ勢いよく退かされた。
男達はさっきの少女を追っていってしまった。結局何もわからなかったな。
「はぁ……どうしよ……」
海のように深いため息をついて途方にくれる。その時あるものを思い出した。
ポケットに手を入れると出てきたのはスマートフォン、通称スマホだ。寝るときにポケットに入れっぱなしで寝て正解だったな。
俺はとりあえず起動させると電波を見る。しかし現実というのは残酷である、画面の右上に表示されたのは見事に圏外の文字。この時、本当に自分が知らない世界に来たのだと理解した。
無情な現実にショックを受けながらもとぼとぼと歩く。
「圏外か……どうすんだよマジで」
歩いていると色々と看板が見えてる。しかしその看板に書かれているのは日本語ではないし英語でもない。
人通りが結構多いことから都会なのだろうか? 雰囲気的には日本の東京とか名古屋とかにも似ている。まあ東京知らないけど。
「本当に世界に嫌われてるんだな……」
ここまで嫌われているとは思っていなかった。まさか異世界に飛ばされるとは思いもしないだろ。いや……捨てられたのか?
それとも昨日思ったあの一言が原因なんだろうか?
「もし誰かの役に立てるのなら。そんな世界があるのなら行ってみたい」ってやつ。
「でも流石にこれは笑えないな……」
いくら異世界に行きたいとはいっても、何も分からない状態で放り出されても困る。
どうしようか迷っていたら、聞いたことのある声が聞こえてきた。
「ほら! おとなしくしろ!」
振り返ればそこに見えたのは青髪の少女の腕を捕まえ、拘束しているさっきの男達。少女は足を動かして、ジタバタ暴れているが大人相手では意味も無い。
「離して!!」
「静かにしていろ、NO16!」
その時だった、俺はその少女と目が合う。少女の青い瞳は涙ぐんでいて俺に助けを求めているように思えた。
でも俺はただの学生、大人三人に立ち向かえるような力は――ない。
目線を反らし無力な自分を呪っていた。でも本当にこのままでいいのだろうか? この子はこれからどうなる?
様々な考えが巡り巡った。誰かの役に立ちたい、助けたいんじゃないのか俺は? だから異世界に来たんじゃないんだろうか?
夢だってなんでもいいさ。こんな俺の力で誰かを助けられるなら、やってやろうじゃないか。
「しょうがねえ!」
男達とすれ違った後、決意を決める様に叫び少女を掴んでいる男に全力でタックルをかます。 男は衝撃でフラフラとすると少女の手を離してしまう。少女は手が離れた瞬間、男達の股を潜るように俺の方角へ走ってくる。
「ほら、逃げるぞ!!」
「貴様ぁ!!」
他の男達が振り返り少女を捕まえようとする。
俺は少女の手を掴むと全力で逃げた。昔陸上してたから足には自信あるつもりだ。
少女は一瞬困惑した表情をしていたが、すぐに安心したような顔に戻り、俺に引っ張られるように走った。
一体どれだけ走っただろうか? 見慣れない町を走りぬけ知らない路地裏へと逃げ込んだ俺達は、ビルの壁にもたれながら息を整えていた。
「……だ、大丈夫か?」
「……うん」
息を整え、俺は少女に質問をする。
「なあ、なんでお前追われてるんだ? 悪いことでもしたのか?」
「…………」
少女は黙ったまま俯いて何も喋らなかった。
困ったな原因がわからないとどうしようもないんだけど。
「言えないならいいや……じゃあここはどこか教えてくれないか?」
その質問にポカーンとした表情で俺を見る。何で知らないの? といった顔だ。
「ガルム帝国だけど……」
「やっぱり、日本じゃないのか……」
「日本?」
ガルム帝国? 一体どこだよそこ。地球儀にすらそんな地名ないし、見たことも聞いたことも無い。
「な、なあ……ここ地球だよな?」
「地……球?」
地球すら分かっていないのか。これってマジで異世界に来たとかじゃ……
さっきのスマホの圏外の時点で、なんとなく察しはついてたけど。半信半疑だったんだよあの時は。
「まさか、この星のこと言ってるの? ここはレイスブルーだよ?」
「え……?」
この子はきっと真剣に言ってるんだろうな。この目には嘘偽りないという目をしているから。
マジで異世界なのここ? なんで起きたら異世界にいるの? あーわからないことだらけだ!
「なんで貴方知らないの?」
この世界の常識を知らないから不思議に思うのは当然だよな。
「俺の言うこと、信じてくれるか?」
「内容によるかな」
「俺は異世界から来たんだよ……」
キョトンした顔で俺を見る少女。その顔は信じられないといった雰囲気だ。
まあ普通信じる奴はいないよな。なんでマジ顔で言ったんだ俺。
「本当に……?」
「え……信じてくれるの?」
「何か証拠とかあればだけど……」
証拠か……何かあったかな。
俺はその時さっき使ったスマホを思い出し取り出す。そして少女に見せる。
「なに、これ?」
不思議そうに真っ黒な画面を覗き込む少女。この年頃は好奇心旺盛だからこういうのに興味があるはずだ。
俺は画面をタッチしてみせると、画面は黒から色鮮やかな山の風景の待ち受けの画面に変わる。
「どうやったの今!? あなた今魔力使ってなかったよね?」
「魔力って……これは電気で動いてるんだよ。現代科学の結晶だな」
「科学?」
まさかこの子科学を知らないのか? それにさっき魔力とか言ってたし。魔法とかメルヘンな言い出すんじゃないだろうな。
「魔学じゃなくて?」
「なにそれ? 科学だよ「科学」」
「へー科学……」
不思議そうに画面をタッチしている少女。そのタッチのたびに画面がスライドしたり、アプリを起動したりして驚いている。
なんかこんなに新鮮な反応されると面白いな。
「信じてくれた?」
「うん一応」
とりあえず信じてもらえたみたいだ。まあ俺もいまだにこの世界が異世界なのか半信半疑なんだけどな。
「なら……私のこと言っても大丈夫かな」
「教えてくれるのか?」
少女はコクリとうなずくと、さっきの追われていた理由を話してくれた。
「私は『神の子』なの」
なにやらよくわからん単語が聴こえたな。神の子?
「『神の子』は神力を持っている世界に選ばれた子を言うの。そしてその神の子をこのガルム帝国は狙っている。だから私は追われてたの」
「その神力ってのはすごいのか?」
「神力は強大な力。使い方を間違えれば地形さえも変えてしまうほどの力なの。この帝国はその力を――」
「見つけたぞー!」
次の言葉を言おうとした瞬間あの男達の声が聞こえた。
しつこい奴だな。とりあえず逃げるしかない。
俺は少女を脇に抱えるとそのまま路地の中を逃げる。その後ろからも足音が聞こえ、男達が追ってくる。
「とにかく、この国はお前の力を悪用しようとしてるんだろ?」
逃げながら脇の少女に訊いてみると、首を動かして答える。
なら逃げるしかないな。俺だって少女一人ぐらい助けてみせるさ。こんな可愛い子を悪用なんてされてたまるかよ!
しかし運命とは残酷だった。狭い路地の中を逃げていると目の前に見えたのは行き止まり。大きなビルの壁が立ち塞がっていた。横を見ても壁、壁。袋のねずみとはよく言ったものだ。
「マジかよ……」
前の世界にも嫌われて異世界にも嫌われるとは……不運もいいとこだな。
後ろからは次々と男達がやってくる。
「もう逃げられんぞ」
「手間を掛けさせやがって、No16」
脇に抱えた少女を降ろすと、少女に聞こえるように小さな声で呟く。
「ここは俺がなんとかするからお前は逃げろ……」
「え……でも」
「いいから。俺だって女の子一人ぐらい助けられるんだぜ?」
漫画のように声をあげながら男達に突撃する。
そして中央の男を掴むと、動けないようにする。
「この男、軍に逆らうか!」
右にいた男が俺の腹に蹴りを入れる。
息が全て吐き出され、吐き気がする。息が出来ない苦しい。でも離さない!
左にいた男も俺の背中や顔を殴る。でも、離さない。
その様子を震えながら見ていた少女。なんで逃げない? 恐怖なのか逃げようとはしない。
「いいだろう、貴様には死をもって分からせてやる!」
男の腰からサーベルのような剣が抜かれる。ギラっと刀身が光、人なら簡単に切れそうなほどだった。
まずいと思い距離をとる。しかし俺は丸腰。こんな状態、マシンガンでもないと乗りれそうにないな。
「死ね、軍に逆らう愚か者!」
サーベルが振り下ろされる。俺もフラフラになりながらもその一撃を避ける。でも――相手は一人じゃない。
もう一人の男が俺の脇をその刃で切り裂く。そしてもう一人がもう一太刀、肩から腰にかけて切り裂く。周りの壁や床に鮮血が飛び散る。脇からは内臓のようなグロテスクな血で染まった赤い臓器や肉が見えるほど深い。
痛いのかなんて分からなかった。でも倒れていくなか、これだけはわかる。俺は死ぬんだと。
「魔法を使うかと思ったが使わないか……」
「使えないんじゃないのか?」
「才能がないだけか。これだから下民は……」
血のついたサーベルを振り、血を壁に飛ばすように払うと腰の鞘にさす。
ぼやける視界から俺は少女が連れていかれるのが目に入る。叫び声をあげながら俺に手を伸ばすようにしている。
助けられなかった。俺は無力だ……なんで助けられなかった? 力があれば助けられたのか?
力が欲しい……
くだらない世界を変えるような――――
――――力が欲しい