08:トカゲに鳥にクモ
ボワゥン……
突然、地面に足をついたエンドーは、バランスを崩して尻餅をついた。
「…………」
言葉が出ない。
目がまわる。
町長の地下室にあったテレポート装置で、エンドーは強い光に包まれた後、数秒間、光の空間を移動したように感じた。
そして、光は消え、気付けば足が地面をとらえていた。
しばらくしてエンドーは立ち上がると、後ろにある装置を見た。
さっき見たテレポート装置と同じような形だ。そして、足元には光のなくなったプレート。
これが、町長が言っていた“別の装置”なのだろう。
装置から装置へ、瞬時に移動する技術。
その、現実ではあり得ない技術は、エンドーが思い描いていた、『魔法』を使った『テレポート』なんかよりは、はるかに現実的だった。
そして町長の話では、今エンドーが居るこの場所は、『試験部屋』のはずなのだが――
「なんだ、ここは?」
そこはどう見ても、ボロボロの小さな小屋の中だった。
レンガの壁に、つつけば孔の開きそうな、板の屋根。
あるのは、使えなくなったテレポート装置と、外へ通じるドアだけ。
「いったい、何が試験なんだ?」
エンドーは、案内人を呼ぶ。
しかし、別のところへ行っているらしく、応答がない。
怪しいことこの上ないが、外に出てみるしかない。と、エンドーはドアへ近づいた。
ドアを少しだけ開き、外の様子をうかがう。
見通しの良い、だだっ広い平原だ。
だが、そのところどころでうごめいているのは――
「モンスターだ……」
エンドーはそっと、ドアを閉めた。
「マジかよ……」
町長が言っていた“試験”。それは、モンスターと戦えということなのだろう。
なんとなく予想はしていたエンドーだが、うろついているモンスターの数は半端ではない。
「町長め…… ぶん殴ってやる」
拳を固めると、エンドーはドアを開けて外へ飛び出た。
そこにいる何種類かのモンスター達は、前回の改造された『モンスタープログラム』とは、違った。
ゲームに現れるような、武器を持っている巨体はいない。いるのは、百三十センチほどの二足歩行のトカゲや、ニワトリよりもひとまわり大きな鳥。どれも野性的な姿のモンスターだ。『トカゲ』は、どう見ても肉食にしか見えない。『鳥』のほうは、赤っぽい羽毛で、敏捷性が高そうな上に凶暴らしい。これも肉食なのだろう。
――こっちの世界に来ると、本能的な部分に、刻まれる情報のようなものがあるらしい。
現実世界では使えなかった『魔力』の使い方を、今ははっきりと思い出していた。
エンドーは深呼吸すると、地面を蹴った。
――走る。
――モンスターが、エンドーに気付く。
――腕を構えるエンドー。
――モンスター爆破。
連続三発の爆発で、三体のモンスターが倒れた。
正面からエンドーに飛び掛った、人間の赤ん坊ほどの巨大な『クモ』が、エンドーの放った『魔力球』によって微塵に吹き飛んだ。
エンドーは早くも疲れを感じていた。
走っているせいだけではない。連続で魔力を使い続けることは、重い疲労となる。
大きな岩を跳び越え、その後ろに身を隠した。
「ハッ…… ハッ……」
動きを止めると、途端に呼吸が激しくなる。
エンドーは、モンスターの鼻が自分の匂いを嗅ぎ付けないことを祈り、呼吸を整える。
――ふと、手に触れた物があった。
見ると、刃のない小太刀のような打撃武器と、小型のバッグが転がっていた。そして、近くには乾いた血がべっとりと……。
エンドーの他にも、誰かが“試験”を受けたのだろうか? そして、殺された?
ゾッとするエンドーだが、その“誰か”が残してくれた武器はありがたい。
気付けば、もう夕暮れが近づいている。暗くなれば非常にマズイだろう。
エンドーは、『無刃刀』とバッグを拾うと、岩陰から飛び出た。
武器を手にした途端に、更に勢いのついたエンドー。
飛び掛ってくるモンスターに、無刃刀を叩きつけ、走る。
エンドーは、どちらかといえば運動は苦手だ。というか、面倒くさいとしか思っていない。
だが、前回の件で、生き残るために運動能力は必須なのだと、身をもって知った。
以来、できる限り体力づくりを心がけた。
そういう面では、前回のゲームはエンドーにとっても、他の二人にとっても、良い結果をもたらしたと言えよう。
――敵を蹴散らし、走るうちに、前方に垂直の岩壁が見えてきた。
行き止まりか!?
止まることはできない。走り続けながら逃げ道を探す。
「あれだ!」
壁の根元に、小さな裂け目ができていた。
人一人―― やせたエンドー一人が、ぎりぎり入れるくらいの裂け目。
洞窟のようになっているのかもしれない。
エンドーは、最後に立ちはだかった『トカゲ』を殴り飛ばし、裂け目に飛び込んだ。
もしも行き止まりで、身動きがとれなくなったらどうする? エンドーの脳裏に、不吉な結果が浮かんだ。
――肩を少しすりむいたが、エンドーの予想通り、入り口こそ狭いものの、入ってみると、歩くのに苦労しないほどの広さの洞窟だった。
起き上がった『トカゲ』が、未練がましく中を覗き込んでいた。
トカゲなら入れそうなものだが、あいにく異様に出っ張った腹のせいで、それは無理のようだった。
「オレを食えなくて残念だったな」
エンドーは、トカゲに向かって親指を下に向けた。
そして、背中を向けると、洞窟の奥へ進む。
暗くて何も見えない。
エンドーは、無刃刀を前に突き出しながら歩く。
「くそっ…… こっちの仕事も楽じゃね――」
ズルッ
足元の様子が急変した。
前ばかりに気をとられていて、そこで道が途切れていることに気がつかなかったのだ。
「おわああああああぁぁぁ……!!!」
岩をすべり台のようにすべりながら、エンドーは地下へと落下した。
「――いてっ……」
空ではカラスが、夕暮れを知らせていた。
「もう夕暮れか」
空を見上げた大林が呟いた。
『田島弘之』の本部広場――
ハルトキと大林は、今だ焚き火を挟んで向かい合っていた。
「長話をしすぎたな。おし、それじゃ、そろそろ――」
「ボスー!」
地下通路のほうから、不良が駆けてきた。
「どうした、そろそろ静かにする時間だぞ」
「そ、それよりも大変なんスよ! コロシアムの前に召集をかけた二人が、今やっと帰ってきて――」
すると、隠し扉を開いて、二人の不良がボロボロの状態で、抱えられながら広場に入ってきた。
「どうしたんだ!」
大林が二人に駆け寄る。
「ボ、ボス…… 大変です……。ニュートリア…… ベネッヘが……」
「窪井が……? まさか……」
「……攻めてきやした…… 西の河原…… です……」
大林は一瞬放心状態になったが、すぐに気絶した二人を両肩に抱え、テントへ移動させた。
「仇はとる。その後に立派なカンオケをつくってやるからな」
“気絶”した二人に優しく話しかける大林。
「(あ、もうそこまで話進んでるんだ)」
ハルトキはその様子を、呆然と眺めていた。
「悪いな。お前はもう帰っていいぞ」
大林は、ハルトキにそう言ってから、集まった不良を向いた。
「みんな。行くぞ」
ローブをひるがえし、広場を出て行く大林。そして後に続く不良達。
その不良達の姿には、さっきまでの野蛮さは微塵もなく、“頼もしい男達”の後ろ姿が、オレンジ色の夕日に美しく照らされていた。
「吉野さん……」
案内人の声。
「いたの?」
「いえ、たった今、来たところです。どうしたんですか? 何か騒がしいですね」
「なにやら、ごたごたが起こったみたい」
「そうですか…… 巻き込まれないうちに去ったほうがいいですね」
「まだ、重要な情報は何一つ聞き出せていないけどね……」
ハルトキはポケットから、くしゃくしゃになった、<お尋ね集団、田島弘之>の『ビラ』を取り出した。
「わたしは、そろそろ『スリープモード』に入ります。少し“体調”がすぐれないので」
「はいはい……」
「気をつけてくださいね」
――案内人の声が聞こえなくなり、ハルトキは歩き出した。
「巻き込まれないように…… か……」
ハルトキは、『ビラ』を両手で固め、それを焚き火の中へ放り入れた。
「無理な話だね」