07:実技試験
かごのネズミが鳴いた。
フラスコや、試験管、薬品などが並べられた棚。床に乱雑に置かれた、薬草や鉱石のような物。
まるで研究室のような薄暗い地下部屋で、男は机に向かい、ノートの上でひたすらにペンを走らせていた。
ノートには、簡単なモンスターのイラストの横に、複雑な計算式や文章がビッシリ。
「この研究を完成させれば……」
ろうそくの炎に照らされた男の顔が、不気味に笑った。
コンコン
ノックの音。続いてドアの向こうから、別の男のかしこまった声が聞こえた。
警備員だ。
「町長様。たった今、侵入者が――」
「どのような方でスカ?」
ペンを走らせたまま、男―― 町長が警備員に訊く。
「怪しい黒髪の少年でして―― 町長に会わせろと」
町長はペンを置いて、机の引き出しを引いた。その中の一枚の紙に目をやった後、机の上のノートを入れ、引き出しをもどした。
「ここに連れてきてくだサーイ」
――数十秒後、警備員に連れられて部屋に入ってきたエンドー。
エンドーはいぶかしげな目で、その部屋の隅々を見回した。
突然の来訪者に、かごの中のネズミが騒ぐ。
エンドーは、壁際の一体の人形に目を止めた。
二メートル近くある、鉄の塊のような人形。頭の真ん中に一つだけある眼が、キラリと光ったように見えた。
「(不気味なところだ)」
次に、エンドーは町長を見た。
町長は、警備員に出て行くように言うと、椅子から立ち上がって、壁の大掛かりなスイッチを下げた。
ブォン…… という音の後、大きな電球に明かりがついた。
薄暗かった部屋が、一瞬にして屋外のように明るくなる。
「ユーは誰ですカ?」
町長が椅子に座りなおし、エンドーに訊く。
「遠藤京助といいます」
「オゥ! キョースケィ、デスカー」
妙にテンションの高い町長を前に、呆気にとられるエンドー。
「(何なんだ、この人は……)」
だが、すぐに気を持ち直し、西門の通行許可証にサインをしてもらえるか、さっそく訊いてみる。
「えーとですね、町長――」
「わかってマース! ユーの望みくらい、手を取る―― 手に取るようにわかりマース!」
「(マジ、何なんだ、この人は……)」
エンドーはこういうキャラがあまり好きではない。なぜかというと、お調子者なほど信用できないからだ。
「まあ、それなら話が早い。早く許可証に――」
「ミーのサインでショウ?」
「そうそう。許可証にサインを――」
意外と話がわかる人のようだ。と、エンドーは町長に対するイメージを改めた。
だが、「ちょっと待ってくだサーイ」と言った後、町長がエンドーにわたしたのは――
サイン色紙に達筆で書かれた、『チョーちょう』という“サイン”だった。
「…………」
言葉を失くすエンドー。
満足そうな顔の町長。
「……案内人…… やっぱり、武器を手に入れてから来るべきだった」
「殴っちゃダメですよ。騒ぎは起こさないようにしてください」
「……わかってる」
エンドーは、咳払いをして気持ちを落ち着かせてから、今できる限りの笑顔で言う。
「町長様、サインはありがたく、いただいておきましょう。それはそれとして別のほうのサインを――」
「オォウ! そうデスカー! サイン入りTシャツもほしいのデスネー?」
エンドーの右手で、色紙がグシャリと握りつぶされた。
「サインだよ、サ・イ・ン! 通行許可証にサインしてくださいな〜。って言いたいんだオレはぁ!!!」
ぜー、ぜー、と息を切らすエンドー。
「もしかシテ、西門の通行許可証がほしいのデスカー?」
「あぁ…… ソウダヨ……」
エンドーは、ようやく話が通じた。と、脱力する。
そうなればもう簡単だと、エンドーは期待したが、町長の言った言葉は予想外だった。
「ユーには、試験を受けてもらいマース」
ビシッと、エンドーを指差す町長。
「試験って……。学力でも試そうって言うんで?」
「ノンノン。そんな甘い試験ではアリマセーン。学力というより、実技デース」
「…………」
エンドーは首をひねる。
「門の向こうは、とっても危険デース。デスから、あなたにどれほどの実力があるのか、試させてもらいマース」
町長は部屋の隅に移動し、そこにあったドアの鍵を開けた。
ドアを開くと、そこには大きな機械が。
町長が機械の電源を入れると、機械の一部であろう床のプレートが、白く光った。
「これは、いわゆる『テレポート装置』というものデース」
町長が人差し指を立てて説明する。
「コレを使えバ、設定した別の装置の元へ、瞬時に移動できるのデース。『ワープ』というやつデスネー」
「へぇ、そういう技術は発展しているのか」
「コレハ、一般的には知られていない技術なのデース」
自動車やテレビなどの技術は発展していないのに、現実世界よりもすぐれた技術が発展していることに、エンドーは驚いた。だが、ここは異世界なのだからと、とくに不思議だとは思わなかった。
「覚悟ができたのナラ、このプレートの上に立ってくだサイ」
「そいつで、試験部屋へテレポートさせるってのか?」
「そんなとこデスネ」
一呼吸し、エンドーはプレートに立った。
「とても良い精神デス。それでは、準備はいいデスネ?」
「ああ、いつでも」
それを聞いた町長は、装置のレバーを操作した。
――突然、足元の床がぬけた感覚。宙に浮く感覚を、エンドーは感じた。そして、そのときになって重要なことを思い出した。
「あ、そういや武器――」
言葉が終わらないうちに、エンドーは“飛ばされた”。
プレートが更に激しく発光し、エンドーの体がガラス片のように砕け、プレートに吸い込まれた。
――プレートの光りが収まった。エンドーの姿は、完全にその場から消え、部屋に静けさがもどった。
「……せいぜい、がんばって死ぬがいい。あの方に逆らうことは許されないのだから」
町長は装置の電源を切った。
「ほれ、次はこれだ。少し重いぞ」
「はいはーい!」
マハエは元気に返事をして、差し出された木箱を受け取った。
倉庫に保管されていた、ずっしりと重い木箱を荷車に乗せ、近くの工場へ運ぶのだ。
荷車を引いていくおじさんを見送り、しばし休憩。
倉庫に一人残されたマハエは、額の汗を腕でぬぐった。
「……なに、いい汗かいているんですか」
スポーツドリンクのCMのような、さわやか笑顔のマハエを見て、案内人が言った。
「ああ、来てたのか、案内人」
笑顔のままのマハエ。
「今、来たところです」
「この町の工場がさ。ちょうど、バイトを募集してたから、一日だけ雇ってもらってる」
コップに入れた水を、一気に飲むマハエ。
「それはいいのですが、なぜ力仕事なんですか? これから戦うことになるんですよ」
「プハァ。このくらい軽いって。それに必ずしも、戦いになるってことは――」
「残念ですが、モンスターも出現しています」
「……は?」
マハエは、一瞬コップを落としそうになる。
「エンドーさんのところで、モンスターが出現しました」
その言葉に、マハエは冷静に、気を落ち着かせコップ横に置く。
「も、もんすたーが出たって……」
「まだ、戦闘にはなっていないですが、このまま任務を遂行しようとすれば、あなたたちも――」
「キィーーーッ!」
案内人の言葉を、奇声でさえぎるマハエ。
しばらく口をあけて、天井を見つめ続けていた。
「おつかれさん。もう終わりだよ」
倉庫の中の木箱を運び終え、おじさんが金貨の入った布袋をマハエに渡した。
さっきと打って変わって、元気のなくなったマハエを、おじさんは心配そうに見ていた。
給料を受け取ったマハエは、さっそく少女に紹介された宿を探す。
「――モンスターか……」
金貨の入った布袋を手の上で転がしながら、マハエは考えていた。
「まあ、最初から覚悟はしていたが……」
「そうですよ。それを承知で引き受けたのでしょう?」
「あのな。オレ達は引き受けたわけではないぞ」
「はいはい」
――宿に着いた。
ドアを開け、入ったところに、小さなフロントがある。
「いらっしゃい」
受付のおばさんが、入ってきたマハエに笑顔を向ける。
「一泊、いくらですか?」
マハエは、少女にもらった割引券を差し出した。
「旅人さんかい? それなら、『5P』だよ」
マハエは、事前に工場のおじさんに教えてもらっていた。
この世界のお金の数え方は、『1P』が金貨一枚。『5P』なら金貨五枚という、簡単なものだ。
遠くの町から旅をし、この辺のお金のことをよく知らない。と言ったら、親切に教えてくれたのだ。『ペオーラ』というのは、世界の創造神の名前らしい。
マハエは、布袋から小さな金貨を五枚取り出し、カウンターに置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
そう言うと、おばさんはマハエに、部屋番号の入った札をぶら下げた鍵を渡した。