05:田島コロシアム
がやがや……
がやがや……
『リング』の周りは騒がしい。
ハルトキは木箱に座って、今の状況になったいきさつを思い返していた。
――せめて、ここまで来た根性を買ってやろう。
『田島弘之』のアジトを発見したハルトキだったが、うっかり、不良に見つかってしまった。
そしてボスの台詞――「根性を買ってやろう」。それは、とりあえずひどい目にはあわせないということなのだろう。
そして、ハルトキをつれて、ボスは本部の中まで案内した。
壁につくられた隠し戸を開いたその先には、通路と同じような高い壁に囲まれた、ちょっとした広場が。
広場には、白いテントがいくつか設置されていた。
何人かの不良が、テントから顔を出して侵入者を観察している。
「ここが本部ですか」
ハルトキが言うと、ボスが振り向いた。
「想像とは違ったか? はは、まあいい。とりあえずそこに座れ」
不良が木箱を運んできた。ハルトキは言われるままに木箱に座り、その正面にボスが座った。
三人の不良が、ハルトキとボスを囲むように立つ。
面白いことに、ボス以外、全員が統一された髪型、服装だ。
「名前は?」
ボスの質問に、ハルトキは正直に答える。
「吉野春時です」
「歳はいくつだ?」
「十六です」
「オレより三つ下だな。ふふ、よくここまで来たものだ。なかなか度胸がある」
そして今度は、ボスが名を名乗る。
「オレは、大林鷹光。この『田島弘之』の頭だ」
「え。なぜ、田島弘之って、人名……?」
「ああ、このチームの名前か……。こっちにも、いろいろと事情があるんだよ」
一瞬、悲しそうな眼をする大林。
額や首に痛々しい傷痕が見え、ハルトキは息を呑んだ。
不良集団のボス―― さすがに場数を踏んでいるのだろう。
だが、この男はそんなに危険な人物ではない。とハルトキは感じていた。
現に、侵入者に名前まで名乗ったのだから。
「ま、それは置いといて。この場所を知られたからには、ただで返すわけにはいかない」
「誰にも言いません。それに、お金は持ってませんよ」
「金じゃない。お前にはこれから、一対一で勝負をしてもらう」
ニヤリと笑う大林。
周りの不良も同じように笑っている。
「勝負?」
「そうだ。誰にも言わない、という言葉は、とりあえず信じよう。だが、確信するにはお前が本当に男かどうか確かめる必要がある」
「え゛」と、身を抱くハルトキ。
「だから、勝負だと言っているだろうが。お前には、メンバーの中の一人と戦ってもらう」
ハルトキの眼をじっと見る大林。ハルトキも視線をそらさない。
「不良の名誉にかけてな」
おおー と周りがどよめく。中には笑う者もいる。
「(不良の名誉って…… ひねくれてるな……)」
その言葉は心の中にとどめておく。口に出したら殺されかねない。
――そして、この状況。
「『田島コロシアム』なんて久々だぜ。がんばれよー。ハハハ」
『田島コロシアム』と呼ばれるこのバトルは、一対一の素手の戦いらしい。ただし、蹴りは反則とみなされる。
即席のリング―― 長い木の棒を四本、四角形をつくるように地面に立て、ロープで囲む。五メートル四方のリングが、あっという間にできあがった。
この中で、『田島コロシアム』は行われる。
「けっ、こんなガキ相手に戦えってのか。やれやれ」
対戦相手に選ばれた不良が、ハルトキをにらむ。
「ビビッてんじゃねーぞー 楽しませてくれや」
ギャラリーの不良達も、ハルトキを笑って見ている。
これはもう、勝つしかない。と、ハルトキは拳を握った。
相手は不良。ハルトキよりもはるかに、経験値は高いだろう。
しかしハルトキも、本物のモンスター相手に戦った経験がある。
それに今は――
「さっき集合をかけた仲間が戻らないが…… まあいい。そろそろ始めるぞ。リングに入れ」
大林が選手に指示を出す。
ハルトキと、対戦相手の不良は、ロープをくぐってリングに入る。
大林がリングの外で、右手を上げた。
対戦相手は、相変わらず恐い顔でハルトキをにらんでいる。
「ハルトキ 対 ソウシ」
大林が、対戦者二人の名前を言う
次の大林の合図とともに、バトル開始だ。
ハルトキは眼に、魔力を集中させた。
一瞬、銀色に光ったハルトキの眼に、対戦相手―― 『ソウシ』がビクッとする。
「レディ――」
ソウシの顔がこわばる。
「ファイッ!」
大林の右手が振り下ろされた。
同時に、ソウシが拳を構えて突っ込む。
ゴッ……
ハルトキの左頬に振られた拳。
――入った!
ギャラリー全員がそう思った。
しかし、ソウシは驚いた表情をしている。
レフェリーの大林は、感心したように微笑んだ。
――ハルトキは、相手の攻撃に合わせ、うまく首を動かして衝撃を逃れていた。
ハルトキには、眼に集中させた魔力のおかげで、すべての動きがスローに見える。『動体視』だ。
今なら、弾丸すらも避けることができるだろう。
だが必要なのは身体能力。いくら相手の動きが見えていても、体がついていかなければ意味がない。
日頃、特別な訓練を受けていないハルトキには、タイミングが必要なのだ。攻撃が放たれる直前。その一瞬で攻撃の軌道を読み、避けるのだ。
――ハルトキは、そのまま回転を加えて、相手の背後へまわり、ひじ鉄を食らわす。
「ぐえっ!」とソウシは声を発したが、すぐに振り返って反撃する。
その正確な拳は、通常なら相手を仕留めるほどのスピードだろう。
だが、今のハルトキには通用しない。ソウシの連続攻撃は、ことごとく当たらない。
ハルトキは、最後の一撃を肩の上で受け止めると、ソウシの腹に拳を打ち込んだ。
――思ったより、うまく攻撃できなかった。唯一の弱点―― ハルトキには、明らかに経験値が足りない。
攻撃面では不利だ。
とりあえず、相手と間合いをとるハルトキ。
ソウシは、ハルトキの能力に恐怖しながらも、一気に間合いを詰める。
もはや、半分ヤケクソだ。
バシッ!
今度のソウシの攻撃は、ハルトキの頬にヒットした。
だが、そこまで。
ハルトキはすぐに体勢を整えると、相手のサイドへ移動し、自分の足を相手の足に引っかけた。
そして、同時に、相手の胸を強く押す。
ドッ…… と、後ろへ転倒したソウシをまたぎ、ハルトキは拳を振り上げた。
顔面を狙えば、弱い攻撃でも確実に効果はある。そう考えたのだ。
「うわっ!」
腕を顔の前で、構えようとするソウシ。
だが、ハルトキのほうが一瞬早かった。
「そこまで!」
大林が叫ぶ。
急ブレーキをかけた拳が、ソウシの鼻先に、トッ、と当たる。
「勝者は、ハルトキだ」
大林がリングに入った。
そして、倒れているソウシを見下ろす。
「ボス…… なぜ止めたんです……? 勝負がつくまで終わらせないのが、ルールでしょう」
息を切らせて言うソウシ。
「今のを食らって、まともに戦える自信はあったか?」
「…………」
ソウシは悔しそうに、歯を食いしばる。
「そう悔しがることもないだろう。一撃当てたんだ。あれに攻撃を当てるのは、オレでも難しいかもしれん」
そして大林は、ハルトキに目を向けた。
ハルトキも、息を切らせている。
「おめでとう。お前の勝ちだ」
ギャラリーから歓声があがった。ただし、町のほうに聞こえない程度に。
ハルトキの耳に口を近づけて、大林が小声で言った。
「お前、さっき、わざと攻撃食らっただろ」
「……さあ?」
「あいつのプライドを守るためか?」
ソウシに目を向ける大林。
ハルトキは微笑む。
「いいか。これは、名誉をかけた戦いだ。相手のプライドを守ろうとする行動自体が、逆にそのプライドを踏みにじることになる」
ハルトキも小声で言う。
「でも、相手がそのことに気付かなければ、プライドは守ったことになりますよ」
「ああ、だから小声で話しているんだ」
大林も微笑んだ。
そして最後に一言。
「ありがとな」
ハルトキはようやく気付いた。
不良はプライドが高い。それは、絶対に守らなければいけないこと。プライドを失った不良は、ただの荒くれ者になる。
不良というのは、意外と誇り高い人種なのかもしれない。