五拾弐:再 臨
――一ヵ月後。
初夏の温かい風―― 何とも言えずいい薫り。
流れ落ちる滝の音―― とても涼しく。
川のせせらぎ―― なんと心やすらぐ。
三人はその世界の自然を胸いっぱいに感じた。
ここはセルヴォ世界。マハエ、ハルトキ、エンドーは、またこの世界に招かれていた。
やはり“いつもの服装”で。
「お久しぶりです。みなさん」
案内人の声。悪魔の声。
それは無線機からではなく、本来の案内人。
「よお案内人。もとにもどれたんだな」
ぼー、と寝ぼけ眼のマハエが言う。ハルトキとエンドーも同じように、起きたばかりのような目をしている。
「当然です。制作者にかかれば、ちょちょいのちょいですよ」
自慢げに言う案内人だが、彼は気付かない。彼に向けて飛ばされる三つの静かな殺気に。
「無線機のほうがよかったのによぉ……」
エンドーがぼそっと言った。
「あの状態のわたしに、どのような利点があるっていうんですか? 声の質は悪いうえ、視界は狭く、小回りがきかない――」
「利点ならあるよ」
ハルトキが言った。
「何ですか?」
三人は一つ溜め息をついて叫ぶ。
「あの状態のお前のほうが、簡単にへし折ってやれただろうになぁ!!!」
爆発。
「……なにか怒ってません?」
「ああそうだよ怒ってるよ! 今度はなんだ!?」
いまだ三人の怒りを理解しないドンカン人工知能に、さらに爆発するマハエ。
「KEN 窪井でも見つかった!?」
と、ハルトキ。
「まさか、またデンテールの野郎じゃないだろうな!?」
最後にエンドーが爆発すると、三人はいっせいに頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「いてて……」
ひと月前、園長に竹刀で“バッサリ”とやられた部分の痛みが、ぶり返した。あのときはけっきょく、手も足も出なかった。というよりも出す前にやられた。
その後の四時間にもわたる説教は、言葉では言い表せないほどに辛いものだった。
しかしこの世界にいれば、魔力で自然と痛みは消える。――はずだ。
三人は立ち上がり、深呼吸で心を平静にもどした。
ハルトキが頭を垂らして言う。
「あの、痛みを通り越すほど強烈なゲンコツと、あの、すべての感覚をマヒさせる辛く長い説教……。それがこの世界を救うことと割りに合うのかどうか、疑問に思えてくるよ……」
同感。とマハエとエンドーも深くうなずく。
案内人は少し黙り、それから明るい声を出した。
「いえ、今回はそういうのではなくてですね。えっと、あなた達が救ったこの世界、じっくりと眺めてみませんか?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人はいぶかしそうな目をする。
「……つまり、観光?」
マハエが首を傾げる。
「そ、そうです。観光ですよ、観光。デンテールが消滅し、平和になったこの世界を思う存分堪能してください!」
「気がきくじゃなぁい。さすが案内人〜」
爆発していた怒りも、パァ〜と完全に吹っ飛び、上機嫌のエンドー。
「よぉし、そんじゃあ行くぞー!」
「おー!!」
マハエの掛け声に、ハルトキとエンドーが拳を上げた。
「…………」
案内人は、さっさと行ってしまう三人の姿を眺めながら呟いた。
「はしゃいじゃってますねー……、後が恐いです。“KEN 窪井が見つかった”、なんてことを知ったら……」
「おーい、案内人ー、案内人らしく案内しろー」
マハエの声に「はーい」と返し、また呟いた。
「もう少し黙っておこう」
――また、そんな三人の様子を見ている者がもう一人いた。
木の陰で腕を組む、背の高い男。
三人のはしゃぐ声が遠くなっていく中、茶色い肌のその男は、口元で「ふっ」と笑うと、銀色の長髪をなびかせて立ち去った。
「人は数多の小さな鈴、ですね」
「なにそれ?」
ハルトキが笑う。
「人は鈴。その数多の鈴をぶら下げるのは一本の紐です。すべての人々の命は、『世界』という一つの命に守られている、ということです。どんなに楽しい人生を送って、どんなに楽しく鈴を鳴らそうと、紐が切れてしまえば、すべての鈴は落ちてしまいます」
「…………」
マハエが空を仰いで、小さく溜め息をついて言う。
「そして鈴が一つでも変に暴れたりすれば、すべてをつなぐ紐は揺れ動いて、切れてしまう、か。楽しく踊る鈴も全部……。儚いものだな、世界って」
ハルトキも空を見た。
「世界を守らないと人は守れない……。この世界を壊さなくて本当によかったよ」
空では一羽の大きな鳥が―― 一つの生命が楽しそうに飛びまわっていた。
――誰かの腹が鳴った。
「それより、まずはメシ食お」
一人だけ自分の腹を見ていたエンドーが、気の抜けた声を出した。
マハエとハルトキは、首を落として同時に大きな溜め息をつく。
「……狭いな。お前の世界は」
――鳥が笑った。
――風が笑った。――草が、木が、――無数の生命が笑っていた。
「この世界で何が食いたいんだ? エンドー」
「牛丼食いたい」
「いや、懲りろよ」
「ないと思うよ、牛丼は」
三人の笑いが加わった。
このたくさんの笑い声、いつまでも消えないでほしい。三人は願った。
「……ギュードンって何ですか?」
「…………」
第二章、ようやく終了。
いやぁ……、まさかここまで長くなるとは……;
ここまで読んでくださった方々に、感謝します。
そして……、えー、第五章まで予定しています。早めに更新できるよう、がんばりますので、ヒマなときにでも読んでいただければ嬉しいです。
文章を読みすぎて気が抜けたあとがきですが、これで、失礼します。
――では!