50:また会う日まで
空いっぱいに広がっていた夕焼けも、すみへ追いやられ、夜が来る。
三人は疲れ果てた体を引きずって、できる限りの速足で船着場にもどった。
マハエが立ち止まり、要塞―― 研究所を振り返ってつぶやく。
「あいつは……、人間を憎んでいたのかな?」
「グラソンのこと?」
「ああ」
「どうだろうね?」
ハルトキは首をかしげた。
すると、マハエのポケットの中から案内人が声を出す。
[先ほどの彼の言葉からは、そういう感情は伝わってきませんでしたよ]
無線機をつまみ出し、マハエが言う。
「お前、ずっと聞いてたのか。全然しゃべらなかったから、どうしたのかと思ったよ。いや、存在すら忘れてた」
[わたしが口を出す機会なんてなかったじゃないですか。……それにしても、デンテールがあのような恐ろしいウィルスをつくっていたとは……。この島にあるものは危険すぎます。すべて撤去してしまわなくては]
「……そうだな。この世界のためにも」
マハエは研究所から空へ視線を持ち上げた。
「このきれいな空のためにもね」
ハルトキとエンドーが目を見交わして、鼻の前で手を振る。「くさいセリフだ」と言いたげだ。
「帰るぞー」
マハエは二人の頭をポンと叩いて船へ向かった。
船着場の桟橋の先に、ローブを肩にかけた大林が座っていた。
近づく三人に気付くと、振り返ってにっこりと笑い、平然とした声で尋ねた。
「よお、終わったのか?」
だが、彼自身もずいぶんと疲れているようだ。
「ええ、なんとか」
ハルトキも平然を装った声を返した。
「KEN 窪井は……?」
「…………」
大林は立ち上がって息を吐き出してから言った。
「逃げられた」
――波の音が心地よい。
三人は船の後部に立って小さくなっていく島を見つめていた。左側から顔を照らす夕日に目を細めながら。
胸にはデンテールにやられたときの傷痕が残って消えない。大抵の大怪我でも、時間がたてば魔力の力で完全に傷は塞がり、痕も残らない。だが彼のエネルギーが具現化した触手は違った。個人の魔力だけでは、とても打ち消すことができないほどの力を彼は持っていたのだ。
「三人、生きててよかったぁ」
ハルトキがしみじみと言う。
「なあ、案内人……、セルヴォって、何なんだろうな?」
マハエがつぶやくように、右手に持った無線機に話しかける。
[わかりませんね。これからじっくり調べてみる必要があります]
「人間…… と同じだよな?」
[そうですね。彼らも立派な生命体です。デンテールが言っていた言葉―― ここは人間の世界と並ぶ、もう一つの現実世界。コンピューターはそれの入り口。その仮説は、十分に納得がいきました]
「……もう一つの現実世界ねぇ……」
エンドーがあごに手をそえる。
「たしかに、この世界のメシはうまかった」
誰かの腹が悲鳴をあげた。
[細かいことは考えてもしかたがないですけど、これだけは言えます。誰かの勝手で滅んだりしてはいけない世界。守らなくてはいけない世界だということ]
「……案内人。ずいぶんと変わったね」
ハルトキが感心した声を出す。
「何ていうか、今は自分の意思をしっかりと持ってる」
[…………]
案内人は何も返さなかった。気付かないうちの自分の変わりように、自分自身が驚いているように。
港町の賑やかな声が、波の音にまじって小さく聞こえてきた。
「港に着くぞ」と大林が言う。
三人は微笑んで、船の前部へ移動した。
「――ボク達はこれで。大林さん、ありがとうございました」
船を持ち主に返してから、港でマハエとハルトキとエンドーが横一列に並び、大林に頭を下げる。
「元気でな。たまには『田島弘之』にも顔出してくれ。歓迎するぜ」
「……ええ。いつかまた会いましょう」
「じゃあな、ハル。真栄、京助も」
マハエとエンドーは照れた顔をし、もう一度頭を下げた。
「それじゃ」
「ああ」
あっけない別れだが、疲労困憊している四人にはこれでよかった。向かい合って微笑み合うだけで十分だった。戦いの後は、それぞれが無事に生きていたことに感謝するだけだ。
生きてさえいれば、また再会することもできる。
くだらない話に花を咲かせるのは、今じゃなくてもいい。
「また会おう」
大林は三人の後ろ姿に手を振り、数歩歩いてから足を止めて沖に浮かぶ人工島を見た。
「……窪井、お前はこれで終わらせるつもりはないだろう? てめえが動けば、オレが全力で止める」
深く吸い込んだ息を一気に吐き出した。
「――すべてを切り裂く覚悟はできている」
大林は拳を固めて、目の前に突き出した。
何かを誓うように。