49:光の子守歌
赤い空の下に響く美しい鳴き声。すべての不安をかき消すような、優しく、頼もしい鳴き声。
赤い空の下に舞う銀色の結晶。すべての傷を癒してくれるかのように、キラキラと輝く。
銀色の光の中から生まれた三羽の銀色の鳥。光が集まり、その大きな輪郭を形作っている。
一羽は口ばしが長く、一羽は尾が長く、一羽は頭に二股のツノが二本ある。
「きれいだ……」
マハエはその光景を見てから、手の上に残った石のかけらを見た。
蒼い輝きも銀色の輝きも、青い色すらもなく、黒く透き通ったただけの石クズ。
「陰の石に…… 反応したか……」
腕をついて上半身を起こすグラソン。
「その石は魔力と結合し、未知のエネルギーをつくり出す……」
「これが何なのか、わかるのか?」
マハエが尋ねる。
「ああ……、その石の研究を任されていたのはオレだからな……」
グラソンは苦しげな顔で、にやっと笑った。
「こざかしい! こんな鳥が何だ!」
デンテールは両腕の剣で鳥を斬り落そうとする。だが鳥はひらりひらりとそれをかわし、デンテールの周りを飛びまわる。
「鳥の分際で……!」
デンテールは三本の尾も剣の形に変えた。未知の力を恐れているのだ。
だが武器を増やしても、鳥達はすべての攻撃をすり抜ける。
三羽の鳥はデンテールよりも少し上のほうで、彼を囲むような配置で動きを止めた。
「バカにしているのか?」
デンテールは、その中の尾の長い鳥を目がけてすべての剣を放った。
尾の長い鳥はひらりと宙返りしてそれをかわすと、彼に向かって突進する。
――ピキィィィン……
デンテールは目を見開いて動かなくなった。
鳥がデンテールを貫くと、鳥の姿は消え、代わりに銀色の鎖が彼の体を縛っていた。
――まるでハルトキが放つ『魔力の鎖』の金縛りのように。
すると次はツノがある鳥が彼に突進する。
その鳥は寸前で形を変え、銀色の金棒のようになり、デンテールにぶつかって爆発した。
――まるでエンドーの『魔力球』のように炸裂し、翼とすべての剣を砕いた。
続いて口ばしの長い鳥。ツノの鳥のように形を変え、細くなる。長細い銀色の槍となり、デンテールの胸部に突き刺さった。キメラを倒した槍と同じだ。
――そしてまるでマハエの『衝撃波』のように、槍先から衝撃を放って、そこに仕込んである『光の石』を破壊し、胸を貫いた。
「……!!」
デンテールは大きく口を開けたまま空を仰いでいた。そして鎖の呪縛が解かれると、無力に落下した。再び翼を出現させることなく。
三羽の鳥は消え、わずかに残った美しい鳴き声が空にこだました。
銀色の結晶も空中で消滅し、まぼろしを見ていたと思い込みそうになるほどに静まり返った。
デンテールは大の字になり、空から注ぐ赤い光に照らされていた。
「……デンテール」
グラソンがよろよろと立ち上がり、足を引きずるような格好でデンテールを見下ろせる位置まで歩いた。
「…………」
デンテールは「何が起こった?」という表情で彼の顔を見た。
「負けだ……、お前の」
「…………」
数秒、間をおき、デンテールはかすれた声で笑った。
「おかしなことを言うな。だれが負けたって?」
彼が普通の“人”ならば、誰だって笑ってしまうセリフだろう。この状況を理解してもなお、負けを認めようとしないとは愚の骨頂だ。だが、笑うのは負けたデンテールだけ。
――彼は不死身なのだ。
胸に穿たれた穴から血は出ない。代わりに、起き上がる彼の体と分離した石のかけらが、ばらばらと床に落ちた。
「何をしても…… ムダだ!」
ぜーぜー言い、苦しそうにグラソンと三人に背を向けて距離をとる。
「この程度の穴なんぞ……、すぐに塞がるっ……!」
こぽこぽと水が泡立つような音で、傷口が再生しようとする。
「……かはっ……!!」
デンテールが膝をついた。
再生は止まり、穴から肌と同じ色の液体が流れ落ちる。
「再生しないだと……!? い、いったいこれは……」
グラソンが歩み寄る。
「……あいつらの力に、貫かれた影響だろう。お前を倒すために与えられた、力だ……」
「あ、与えられた、だと? 誰に……?」
「さあな……。ただ、これだけは言える……。やっぱりお前は、この世界には不要だ」
グラソンの腕に“魔力”があふれる。
「ま、まてグラソン……! 考えなおせ、オレの敵もお前の敵も、人間のはずだ! オレ達をつくり、利用し、苦しめた! もとはといえば人間が……、倒すべき相手は……、滅ぼすべき相手は人間だ! やつらが生み出すのは何だ? 苦痛の悲鳴だけだ! 捨てられるものの悲鳴をやつらに聞かせてやらねばならない!」
「だからセルヴォ世界を支配し、人間世界を滅ぼそうというのか?」
「……そうだ」
「違うな……。お前がやりたいことは、そんな“ご立派”なことではない。ただ、自分を苦しめた人間に復讐がしたいだけだ」
「……グラソン。お前もつくられた身ならば理解できるはずだ。たかが娯楽のために、利用されるためだけにつくられた悲しみ……。一番最初に憎むべき相手は、平気な顔をしている人間どもだと言っているのだ」
「……たしかにそうだ。だが、その悲しみが生まれたのも、お前がオレをセルヴォに改造したせいでもある。利用するためにな。人間を恨む前に、オレはお前を恨む」
デンテールは「クソ野郎が」と毒づき、グラソンをにらんだ目をそらさず立ち上がった。
「貴様ああぁぁ……」
憤怒の表情で、グラソンに片手を伸ばす。
グラソンは冷めた目を向けて言う。
「今のお前じゃ……、オレに勝つことはできない……。もう、利用されるのは……、ごめんだ」
魔力をまとった腕を持ち上げ、デンテールに向ける。
「グラソン――!」
――ピシピシピシッ!!!
恐ろしい感情を宿したまま、デンテールの全身が凍りついた。
完全に弱っているデンテールには、全身を固める氷を溶かす力はない。
「デンテール……、お前の野望も……、ここまでだ」
グラソンは金属棒を振り上げ、残った最後の力で氷を叩き割った。
デンテールの最期の悲鳴が、小さく聞こえた気がした。
細かな破片と化した彼の体は、氷とともに溶け、消滅する。
今度こそ完全に。
だがグラソンは、それを見届ける前に倒れた。倒れる彼を、マハエ達三人が受け止めた。
「……終わったな、デンテール」
マハエが床に話しかける。
デンテールの声が返ってこないことにホッとし、続けた。
「あわれに思うよ」
けっきょく彼の目的は人間への『復讐』だった。
それは誰しもが持っている恨みの感情。人間ならあって当然の感情だった。
人間が目に見えない世界を平気で滅ぼそうとするように、当初の三人がそうであったように、デンテールにとっても同じことだったのだ。
彼は特別な『悪』ではなかった。
だから三人も彼を許す。――それだけ。消えてしまった者へできることはそれだけだ。
「……すまんな……」
壁に背を預けさせて座らせ、武器を手元に置いてやると、グラソンは小さな声で言った。
「……オレも、あいつと同じだ……。オレの目的のために……、お前らを利用した……」
「いや、それはいい。あんたとボク達の目的は同じだったんだから」
「そうだ。とりあえずしゃべるな。ドラマいわく、しゃべるとよくないらしい」
エンドーが言うと、グラソンがかすかに微笑む。
「……さすがに……、やつの攻撃は効いたな……。体力は限界だ。ははっ……」
「動けるか?」
マハエが力の入らない彼の腕を持ち上げる。
「……オレはここに置いていけ……、眠く…… なった……」
虚ろな目で一点を見つめ、誰に話しかけているのかわからないような声で話し続ける。
「オレは……、デンテールに利用されるために……、生まれてきたようなものだ……。だから…… ここで朽ちるのも、しかたない……」
「デンテールは死んだ! もうあんたは自由なんだ! だから――」
マハエが説得するように言う。だが、グラソンの声はしだいに小さくなっていく。
「はは……、自由…… か……」
そして目をマハエに向けて「言わなければならないことがある」と。
「……あの彼は……、生きている……。だから…… 心配…… するな……」
声が消えた。
ゆっくりと頭を下げ、うつむいて。それ以上何も言わなかった。
「……ありがとう。……おやすみ」
マハエは鼻をすすって、自分と同じような顔をしている二人を見た。
「行こう」
闇に呑み込まれつつある夕日だが、彼らの勇姿―― 戦いを見守っていた。消えゆく最後まで光を照らし、子守歌を歌い続ける。
愛に満ちた歌声は、この一日の光が続く限り、静かに―― 優しく――