04:タビビト
「ぐー、ぐー」
目を閉じて低くうなりながら、マハエは川辺に寝転がっていた。
橋の上には、相変わらず不良二人が居座ったまま。
何が面白いのか、ずっと話し込んでいる。
「――ん? おい、見ろ」
片方の不良が空を見て言った。
遠くのほうで青い煙が、細く昇っている。
「集合せよ、か。何があったんだ?」
二人は、やれやれと言いながら立ち上がって、ズボンをはらった。
「ぐー、ぐー」
「――マハエさーん」
「ぐー、ぐー」
「マーハエさーん」
「ぐー」
「不良に囲まれてますよー」
「ぐ!?」
飛び起きるマハエ。そして、ブン!ブン!と前後左右上下と、首をせわしく動かす。
不良など一人もいない。
「引っかかりましたね」
案内人が寝ぼけ眼のマハエに言う。
身の安全を確認したマハエは、ホッと溜め息をはいた。
「……オレは寝ていない」
「鼻から『Z』が出ていましたよ」
マハエは自分の鼻を押さえる。
「……出てない」
出るわけがない。
自分が川辺に寝転がっていた理由を思い出して、マハエは橋を見た。
もう、そこに不良はいない。
「ああ、ようやく去ったのか」
マハエは、川の水で顔を洗い、立ち上がって背伸びをした。
「どうだった? ヨッくんのほうは?」
マハエが案内人に訊く。
「まあ…… ちょっと厄介なことに……」
「不良にでも絡まれたのか〜? ハハハハハ」
自分を棚に上げて笑うマハエ。
「その通りですけど」
「――ハ?」
「と、それは置いておいて―― 不良達は退散しましたよ。先に進みましょう」
「…………?」
首をかしげながら、マハエは橋を渡った。
友人の安否を気づかっていたマハエだが、案内人の様子から、とりあえずは無事なのだろうと悟った。
今は自分の身の心配をしたほうがよさそうだ。と思い、しっかりと前を見据えた。
町はにぎやかに人が行きかっていた。
立ち話をして笑っている者。買い物をしている者。
人々の髪の色は、黄色や水色などさまざまで、それだけで華やかに見える。ただ、“黒髪”が一人も見当たらないのが、マハエは気になった。
けど、みんな生き生きしている。
「いいなぁ、ここは。見てるだけでも元気になる」
マハエは感動していた。それは、現実世界にある自分達の町ではなかなか見ることのない光景なのだ。
人はたくさんいるが、都会のような殺伐とした雰囲気は全くない。
余裕の見られない現実世界とは、まるで違う。
こういう風景は、もはや日本では見られないだろう。
「ああ、案内人。オレ、この世界に対するイメージが一変したよ」
ニヤケながら言うマハエを見て、案内人が呆れた声を出す。
「なに、感化されているんですか……。あなたはこの世界を滅ぼすために送り込まれたんですよ?」
「……わかってるよ」
マハエは少し表情を曇らせて、大通りを歩いていった。
「わたしは、あなた達の住む世界なんて知りません。ですから、この世界のよさもわからないのです。――ただ、命令なんですから……」
マハエの後ろ姿を見ながら、案内人は呟いた。
命令は絶対遂行。それが、プログラムである案内人のさだめなのだ。
「あら、旅のお方ですか? この町にお泊りでしたら、どうぞうちの宿をご利用くださいませ」
笑顔の少女が、マハエに話しかけていた。
「どうもどうも。ご利用させていただきまーす」
それ以上の笑顔のマハエが、元気に返事をしていた。
「――って、マハエさん!? この町で一泊するつもりですか!?」
少女に手を振ったマハエが、変わらぬ笑顔で言う。
「『旅人割引』っていうのがあるんだってさ。ほら、これ割引券」
そう言って、嬉しそうに割引券をヒラヒラと振るマハエ。
「なに、ちゃっかりもらっちゃっているんですか」
「だって、どうせ今日中に終わりそうにない仕事じゃん。この町で宿とったほうがいいでしょ」
マハエの言葉に、案内人は、
「一理ありますね……」
そう言うなり、応答がなくなった。
パカッパカッパカッ……
ガラガラガラガラ……
馬の足音と、荷車のタイヤの音。
左右には、広大な畑が広がっている。
荷馬車に揺られながら、エンドーは干草をまくらにして、空を仰ぎ見ていた。
そして、後に残る真っ直ぐに伸びた細道に目をやる。
こういうシチュエーションだと、ついつい鼻歌を歌いたくなるものだ。
かの有名なあの歌を。
エンドーは、目を閉じて、干草の臭いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「フンフ――」
「エンドーさん。お待たせしました」
「…………」
「……あれ? どうしました?」
口をとがらせてグレてるエンドーに、案内人が不思議そうに訊く。
更にグレるエンドー。体を横に向けて案内人を無視する。
「のんきに旅人気分にひたっている場合ではありませんよ」
案内人はかまわず話を始める。
「あなたの任務は、情報収集です。セルヴォについての情報、および、マハエさんや吉野さんの目的達成のために情報を集めてもらいます」
「おじさーん。あとどれくらいで町に着きますー?」
エンドーが、馬車馬を操るおじさんに声をかける。
「ほれ、もう見えとるぞ。すぐに着くわい」
おじさんが、前方を指差して言った。
なにやら、妙な町だ。田舎風景の中に、茶色い防壁に囲まれた要塞のような町。
「(あそこには何があるんだ……?)」
エンドーは真剣な顔で、町の外観を見据えた。
「(何がオレを待ち受けているというのだ? ――このときのオレは、想像すらしなかった。後に起こる、世界を巻き込む大戦争の発端―― 伝説の秘宝『マンティコアの爪』をめぐる醜い争いに、オレは深く関わってしまうことになる)」
いつの間にか、夕暮れになっていた。
オレンジ色の光がエンドーの顔を照らす。
「風が、冷えてきたぜ……」
「…………」
――パカッパカッパカッ……
ガラガラガラガラ……
「……エンドーさーん」
「そう――『マンティコアの爪』は、世界を滅ぼす力を持って――」
「なに、勝手なアナザーストーリーつくってるんですか」
案内人の一言で、夕暮れは消え、青空が戻ってきた。
「雰囲気は大事だよ」
エンドーが、やれやれと両手を持ち上げる。
「なにか、あなたの脳内では、ものすごいストーリー展開になってませんでした?」
「いや、いたって普通の展開だ」
エンドーはもう一度、干草の上で仰向けになった。
「あせるな。もうすぐ町に着くから」
町の正門の前で、エンドーは荷馬車を降りた。
「ありがとうございました」
エンドーがおじさんに頭を下げると、「気をつけてなぁ」と一言言って、おじさんは再び荷馬車を走らせた。
「この世界には、自動車なんてないんだと」
「コンピュータなどの複雑な技術は、全く発展していないんでしょうね」
「ゲームのRPGの世界のようだな」
荷馬車の姿が小さくなるまで見送ってから、エンドーは首をかしげた。
「……そういえば、気をつけて―― って?」
エンドーは、町のほうを向いた。
――町を囲む防壁は、木材が横に何本も積み重ねられ、つくられてあった。
ごく最近つくられたもののようだ。しかも、即行でつくられたみたいに、ところどころに手抜きが目立つ。
「――本題です。あなたの任務は、情報収集です。セルヴォについての情報、および、マハエさんや吉野さんの目的達成のための情報を集めてもらいます」
「まあ、一番のんびりできそうな仕事だな」
「もちろん、最終的にはマハエさんと同じく、セルヴォの破壊にあたってもらいます」
「……わかった」
「それと、とりあえずそこの町で宿を探してください」
案内人が言うと、エンドーはポケットに手を入れた。
「宿をとるのか。で、金は? この世界だって金が必要なんじゃ?」
「稼いでください」
「……え゛……」
エンドーは冷たい風を感じた。