48:クラッシュ
『言ったでしょう、“無駄だ”と』
その言葉の意味を、デンテールは理解できないでいた。
「貴様、この計画の重要性が――」
「その重要性というものはあなたにとって、でしょう? デンテール様」
そう言いながらも、グラソンは決してデンテールのほうを見ない。怒りを込めるデンテールとは逆に、妙に落ち着いた口調。
「裏切るのか? このオレを」
「裏切る? ……そうかもしれませんね。一時的にでも心からあなたの手下でいたのですから」
「一時的……?」
デンテールがゆっくりと、部屋にいる四人と同じ目線まで降りてくる。
「まさか、思い出したのか……? ――いや、そんなはずはない。記憶は完全に消去した」
「そんなはずはないだと?」
そこでグラソンの口調も変わる。
デンテールのほうへ振り返り、こちらも怒りを込めた声を返す。
「オレをさんざん利用したあげく殺し! 蘇らせてまた利用! すべて覚えているぞ、デンテール!!」
「…………」
歯を食いしばり黙り込むデンテール。「大きな失態はここにあった」そういう表情をする。
「グラソン、あんたは……」
マハエが眉をしかめる。
「そうだ。オレは前にお前達と戦い、こいつに殺されたプログラム」
「あのときのボス―― 『氷室』か……!?」
驚いた声を出すエンドー。マハエとハルトキも驚き、改めてグラソンを見る。
そこでマハエは、それまでのグラソンの奇妙な行動を思い返した。
マハエに展望台でこの人工島を確認させた後に拉致し、城の牢に監禁した。デンテールに怪しまれることなく、彼を城へ導いたのだ。牢の中でも脱出させる算段は整っていた。SAAPの隊長である宗萱と同じ牢に監禁したこと。わざわざ武器を持たせて。
「この三人とお前を戦わせるため、オレは密かに行動していた」
接点はエンドーにもあった。マーキンの研究所前で、無線機のイヤホーンをエンドーに持たせたのも彼だ。
「すべてはこいつらを使ってお前に復讐するためだ」
「…………」
デンテールは食いしばっていた歯を解き、口元を笑いの形に変えた。
「く、ふふふふふふ……。ははははははは……!!!」
身を後ろへそらして笑うデンテール。
背中の赤い翼も笑っているように震えている。
「はははははははは!!!」
デンテールは大きく息を吸って、そらした体をガバッと前にもどした。
「くだらん!!!」
本当の怒りで、美しかった顔は鬼のようにゆがんでいる。
「記憶がもどった? ふん、ならばそのままオレに従っていればよかったのだ。わざわざオレを殺すためにこの三人を使った!? それがどうだ? こいつらでもオレに手も足も出せなかった。けっきょくは失敗に終わったのだ!! 馬鹿馬鹿しい!! オレに従っていればここで命を落とすこともない。お前はただ、自らの命を捨てただけにすぎん!!!」
翼が大きく広がり、その下にまた半分ほどの大きさの翼が生えた。
四つの翼のひと打ちで、デンテールの体は十メートルほど浮き上がる。太い尾が三本生え、籠手のようにエネルギーが腕にまとわり付き、長い剣を形成した。
「いよいよ悪魔の道を選んだようだな」
前よりも完全に悪魔と化したその姿に、マハエが大きく肩をすくめる。
「……グラソンよ……、苦しまずに死ねると思うな。よく仕えてくれた情けだ、などと甘ったるいことは言わないぞ」
「だろうな」
頭の上で金属棒を振り回すグラソン。
デンテールの右腕の剣が、三人を貫いたときと同じように素早く伸び、グラソンを狙う。グラソンはそれを横跳びでかわし、片手に持った棒を大きなモーションで横に振った。
棒を握る手から棒全体がたちどころに凍り、その勢いは棒の先で止まらず、氷が空中をはしる。
「――!?」
デンテールは自分に向かって伸びてくる氷を、剣を触手のように変形させ、絡めとった。だがその勢いはまだ止まらず、とっさに頭を傾けた彼の頬に一筋の傷ができた。
「…………」
氷を握りつぶし、粉々にしてから、デンテールは不思議そうな顔でグラソンを見る。
「何だその力は?」
頬の傷が消えた。
――ヒュヒュンッ!
両腕二本の触手がムチのようにしなり、交互にグラソンを襲う。グラソンは、もとは四本で一本に連結させた金属棒を、真ん中の節から二本に分け、両手に持って触手を弾く。
恐ろしいスピードで繰り出される連続攻撃を、二本の棒を使い、次々と器用に弾いていく。触手と金属棒がぶつかるとき、一瞬氷が生じ、砕け散る。氷で防御をしなければ、金属製の棒は威力で折れ曲がるか切断されてしまう。
「お前まで何だというのだ? 一体その力は何なんだ?」
二本の触手が同時に床を打ち、えぐった。跳び上がったグラソンが、壁を蹴り―― 壁につくった氷の足場を踏み、連続で三歩駆け上がる。最後に強く壁を蹴り、デンテールへ向かった。
両手に持った金属棒が氷の長剣に変わる。デンテールも触手を剣にもどし、それに対抗した。
――バチバチッ!!
二本の氷の剣を、二本の赤い剣が受け止める。
「その力は何だ? あの三人と同じものか? ――いや、少し違う感じがするな……」
「何だっていい。お前を倒せればそれでな!」
氷の剣が圧す。
デンテールは笑っていた。
「勘違いするな。オレを倒す? この程度でオレを倒せると一瞬でも思ったのか? 愚かな!」
氷の剣が細かな塵と化した。
グラソンはその身が切り裂かれる直前に、金属棒で相手の剣を突き、その力でデンテールから離れた。そして壁に棒を凍らせて固定し、それを掴んで高所にとどまる。同時にもう一本を指先で回し―― 回る棒に空気中の水分が集まって凍り、氷の『円盤』が出現した。
デンテールに投げつけられた氷の円盤は、回転しながら弧をえがいて飛ぶ。更に一つ二つ三つ、円盤が左右から標的を狙う。
「くだらん」
円盤はすべて標的を切り裂く前に粉々に破壊された。
キラキラと舞う氷のダスト。
「――氷結!」
散らばったダストが集結し、一瞬にしてデンテールを凍らせた。彼の本体、触手、翼が氷にまとわれ、動きを止める。
「……やったか?」
それまでの闘いを黙視していたエンドーが、まだ浮いたままのデンテールを見上げる。マハエとハルトキも固唾を呑む。
グラソンは壁の氷にぶら下がったまま様子を見ている。デンテールは不死身だ。いや、本当に不死身なのか、ただ生命力が恐ろしく強いだけなのか。彼を倒すにはまだ足りない気がしていた。
――パリッ……
氷にヒビが入った。
「――!!」
やはり足りなかった。いや、まったく足りていなかった。それはグラソン自身予想はしていたことだった。そしてその場合はすぐに対応できるように構えていた。
が、それでもデンテールと“遊ぶ”には力不足だった。
「夏には便利な能力だ。クーラーいらずとはな」
氷が溶け、水となって滴り落ちる。
「…………」
グラソンは動けなかった。すでにデンテールの触手に捕縛されていた。
ギリッと腰のところで締め付けられる痛みに顔をゆがめながら、グラソンはそれでもデンテールをにらみ続けた。
「後悔しているのか? グラソン。ふふふ、強がるな、どんなに強い意思を持とうと、人は死ぬ間際には後悔するものだ」
「――っ……! してねぇよ、そんなもん……っ! オレは一度殺された……! 今のオレは復讐のためだけに存在する……! お前へのな……!!」
「……残念だグラソン。お前には期待していた。遊び相手としてではない、オレにとって信用できる者としてだ。だから本当はこんなことはしたくないのだが……、どうしようもないだろう? お前が選んだ道だ」
言っている言葉と表情がまったく逆だ。デンテールは慈悲のない表情で言い放った。
「苦しんで死に逝け。愚かな生き物よ」
強烈な電撃のようなエネルギーが、グラソンの体に流れ込む。
「ぐあああああああっ……!!!」
「苦しいか? ならば乞うてみろ。少しは楽に逝かせてやる」
「……っ!! 貴様に使われるためだけにっ…… 存在した命などっ……!! おしいものかっ……!!!」
「苦しい! 苦しい!! 苦しい!!! ――そんな表情でよく言えたものだな!! さあ叫び、感じろ!! 限りある己の汚れた命が、目の前で燃え尽きていくのを――」
――ドドォン!!
グラソンを縛る触手が破裂し、切れ離れた。
「あー、見てらんねぇ! オレらそっちのけで復讐だの、殺すだの、命はいらないだの」
『魔力球』を放った腕をそのまま構えながら、エンドー―― そしてマハエとハルトキが、背中から床に落ちたグラソンの前に、彼をかばうように立つ。
「なんだ、恐くて震えていたのではなかったのか」
デンテールのちぎれた触手が再び伸び、剣の形にもどった。
「グラソンがお前を倒してくれればありがたい、と思って黙って観戦してた。けどこれじゃ、状況は悪くなる一方だからな」
マハエが歩み出る。
「お前を倒すために、これ以上犠牲は出したくない」
ハルトキ、エンドーもうなずく。
「これ以上の犠牲を出したくないからお前らが戦う? それはまったく矛盾しているぞ」
「たしかに矛盾してる。けど何でかな? 勝てる気がするんだ」
「それも矛盾しているな」
デンテールはくすくす笑った。
マハエはその様子を眺めながら、ポケットから青い石を取り出した。
「む? その石は――」
石が蒼く輝きだす。
「『陰の石』か。なるほど、城から持ってきたのか。だがそんなものが何の役に立って――」
マハエは、エンドーから預かったままだった無刃刀を左手に握って床を突き、右手に石を持って左手の上にそえた。ハルトキとエンドーも両側から両手をその上に重ねる。
石の輝きが、よりいっそう強くなった。
「さっきオレ達が生きていられたのは、この石のおかげでもあるんだ。この石の力がオレ達を目覚めさせた」
蒼い光が銀色に変わる。
「バカな……、それは力を吸収する石ではないのか……?」
銀色の光が三人を覆い隠すほどに膨張すると、石が割れ、そこから銀色に輝く三羽の鳥が飛び出した。