46:死を遠ざける力
デンテールは黒竜の上で、煙に覆われた床を見下ろした。
高エネルギー球体は彼の予想通りの威力で床を破壊した。
爆発でできた大きなクレーターは、その場にあった物すべてが粉々になった証拠だ。
だがデンテールは、もやのかかった床から目をそらさない。
彼は気付いている。
三人が、まだくたばっていないことに。
「……どういうことだ?」
すべてを消し去ったはずのエネルギー。そしてクレーター。だがその中心に三人は居た。
もやが晴れると、マハエ、ハルトキ、エンドーの無事な姿がそこにあった。
「今の攻撃をまともに受けて……、なぜ生きている?」
「こっちも……、死ぬわけにはいかないからな」
先に立ち上がったマハエが言う。
「お前ら―― 不死身か……?」
デンテールの表情が強張る。
「……そうじゃない」
エンドーも立ち上がった。
「この力は、死を遠ざける。けど、死を打ち消すものではないんだ」
「……何が言いたい?」
とぐろを巻き、三人に牙を向けていた空気が一変して、今度はデンテールにその牙を向けているようだ。
「やっとわかったよ、ボク達のこの力の意味が」
最後にハルトキが立ち上がり、三人はデンテールをキッとにらんだ。
「お前を倒せってさぁ!!!」
三人の言葉が無数の針になったように、デンテールは刺すような覇気を感じていた。そして、自分の力を上回る、別の力も。
「エンドー、ヨッくん」
「ああ、やっとあのゲス野郎を踏み潰す準備ができたみたいだ」
「魔力が騒ぐ……。すごい力を感じる」
三人を包む膨大な魔力が、床を削り、ちりへと変える。
デンテールは固まっていた表情をゆるませた。
「何だか知らんが、いいだろう。その力がオレを制すかどうか! 試してやる!」
黒竜の胴体が砕けた。
頭部以外のすべてのパーツが分離し、舞い上がった。
「死ねえぇ!!!」
すべての鉄片が、三人を目がけて弾丸のように発射される。
角ばった鉄板、兜型の物、剣の切っ先――
「無駄なあがきさ、デンテール!」
ハルトキの眼が銀色に光り、キィーーーンと音をたて、魔力が空間を貫いた。
大量の鉄片が、ピタリと空中で静止する。
「――デンテール! お前が『創造神』なら、それを破壊するのがオレ達の役目だ!」
マハエが空中に放った衝撃波が、鉄片を逆方向へ吹き飛ばす。
「――なに!?」
エンドーが驚愕するデンテールを見据え、腕を構えた。
「ここでリセットしようぜ! お前が創り上げたモンは全部、この世界には不要だ!!」
上へ放たれた魔力球が、大爆発を起こす。
デンテールは舞っている鉄片を操作し、黒い盾を作るが、意味はなかった。
「ぐあああぁぁっ!!」
爆風でデンテールは竜の頭から落下し、支えの力を失った鉄片が、その上に降り注いだ。
一つ一つの重さでも通常の金属をしのぐ。三人に食らわせるはずだった威力を、自分が受けてしまったのだ。さすがのデンテールも無傷ではすまないはずだ。
竜の頭がドシャンッ!と落下すると、命が尽きるように輝きが消え失せた。
「…………」
「…………」
「…………」
言葉はなかった。
黒竜の残骸に埋もれたのか、デンテールの姿は見えない。だが、動きもない。
デンテールは死んだのか。
しばし仁王立ちしていた三人は、破られない静寂を確認し、限界まで力をしぼり取られた全身を床に預けようとした。
――ガラン…… ガシャン……
鉄くずが転がった。
「……!」
三人は踏ん張り、体勢を立て直した。
「くっ……、ふふふふふ……」
彼らの期待は裏切られた。
腕を伸ばし、手を着き、立ち上がってくるデンテールに、どんな抵抗もできなかった。
「くっ……」
マハエ―― ハルトキとエンドーも、めまいを感じながらも必死に直立を守っていた。
「遊びは終わりだ……」
デンテールが独り言のように言う。
彼の右腕と美しい顔の半分はひどく損傷していた。とてもまともに戦えそうな状態ではない。
それは三人も同じことなのだが――
コポコポ……
水が泡立つような音。デンテールの傷が、徐々に再生していく。傷口から液体があふれ、それが皮膚組織を形成する。
「残念だったな。オレは不死身だ」
陰になったデンテールの眼が不気味にきらめいた。
完全回復したデンテール。竜の頭から取り出した『光の石』を胸まで持ち上げ、そこに押し付け始めた。
ズズズズ……、と石が彼の胸に呑み込まれる。デンテールと石が融合していく。
「面白いものを見せてやる」
両手を大きく広げ、天井を仰ぐ。
デンテールの体が激しく発光した。彼と一体化した『光の石』が、彼自身のエネルギーに反応しているのだろう。赤い光を放ち、それが消えるとデンテールの全身から何本もの赤い触手が現れた。
「オレも全力で、貴様らを排除しよう」
デンテールの声は怒りに満ちていた。そして、まるでその怒りが具現化したような赤い半透明の触手が、背中のほうで翼の形になった。
「どうしても神様面したいらしいな」
翼を羽ばたかせて浮き上がる姿に、マハエが震えた声で言う。
いや、おまけに生えてきた尻尾を含めると『悪魔』のように見える。
背中で翼を形成した触手と尻尾以外は、あと十本。鋭い爪を表現するように手の指一本一本から伸びている。
赤い悪魔だ。
「死ねえええぇぇぇ!!!」
両手十本の触手が銃弾の勢いで伸び、三人を貫いた。
正確に、胸の中央を。
残りの七本は脇の床に深く刺さった。
「…………」
――あっけないものだ。
デンテールは落胆する。
触手を通し、彼らの心音が消えていくのを感じていた。
攻撃を避けようともしなかった三人。ただ動けなかっただけなのか、それともあきらめたのか。後者はないだろう。彼らはどんな状況でも決してあきらめない。それをデンテールはよくわかっている。
無線機から何かを叫ぶ、聞き覚えのある声に一瞬耳を向けるが、すぐに興味をそぐ。
――三つの鼓動が停止した。
「――死を遠ざける力か……」
デンテールは嘲笑する。
こうして死んでしまえば、すべてに意味がなくなる。どうやって産まれて、なぜ生きて、何のために戦ったのか、それまで経験してきたすべてが無に帰してしまう。
だが、彼にそれはない。死への恐怖も、誰かが死ぬ恐怖も何も。
以前の戦いで生じたプログラムの暴走は、彼にとっては喜ぶべき、不死身の肉体を手に入れるきっかけとなった。
それはまた、生に対しての『執念』によるものだと知った。
「オレがすべてを壊してやろう。お前らを記憶するすべての存在を」
彼に死の恐怖はわからない。だから、誰を死へ追いやることにも頓着しない。
触手が抜かれると、三つの肉体は一切の抵抗なく床に転がった。
「ここからようやく踏み出せる」
デンテールの中の呪縛は完全に消えていた。
だが同時に、彼自身にもわからない一つの感情も生まれていた。
「(オレの胸にも―― いや、心に穴が開いている……?)」
――孤独。
自らの野望のために何もかもを利用してきた。
どうやって産まれて? なぜ生きて? 何のための戦いだったのか?
自分の野望は何のために存在していたのか。
「――復讐だ」
『執念』は彼の心の中に留まったまま、微塵も消えてはいなかった。