45:闇の竜
真っ黒な闇の中で、床が停止する振動が体に伝わる。
そしてデンテールの足音。それは三人から離れた位置まで進み、止まった。
スイッチを入れる音がし、明かりがつく。
天井や壁の電球が点灯すると、闇は完全に消えた。
「なんだここは?」
マハエが足元の、ずっと立っていた床を見てから周りを見回す。
四人と一緒に降りてきた床は、その階の床にぴったりと収まっている。そこは先ほどの部屋の真下に位置していて、円形に広いホールになっていた。天井の高さも三階建ての建物ほどはある。
ホールを見て三人が真っ先に異様に感じたのは、そこかしこに散らばっている黒い鉄片。大きさはまちまちで、形もただの鉄板だったり、刃物だったりと、統一性はない。
「これは……、たしかあの鎧と同じ――」
その黒い鉄の中に、城の広場で倒した鎧の一部に似ている形もあることに、マハエは気付いた。
「そう。ここはゴミ箱の中だ。研究や実験で生じた失敗作を廃棄している。主に『Rey金属』の失敗作だ。強度不足や軽量化失敗の問題でな」
たしかに、ほとんどの金属は歪んでいたり弾痕があったり穴が開いていたりしている。剣の形もあるが、すべて折れている。
だが、その中で一つだけまともな形を成している物があった。
竜の頭をかたどったような形の黒い金属。あごがあり、目を表す穴があり、後ろに向いたツノが二本ある。
「――だが失敗作だからと言って、硬度は通常の金属をしのぐ」
「……これで遊ぼうってのか?」
エンドーが横目でデンテールを見る。
『竜の頭』からは長いワイヤーが伸びていて、それが三人を囲むように一周している。何か意味があり、明らかなデンテールの意思がうかがえる。『竜の頭』は失敗作のうちには入っていないようだ。
「ふふふふふ……」
デンテールが電灯用スイッチの横にある、ひと回り大きなスイッチを入れた。
――キュイィィィン……
灯りが、切れかけのように点滅する。
天井にあるのは電灯だけではなかった。鉄のトンガリが一つ、下へ突き出している。
点滅が止まった。
「『Rey‐Dragon』――始動」
――バチィィン!!!
凄まじい閃光と音を響かせて、トンガリの先からイカズチが発生。それはほぼ真っ直ぐ、『竜の頭』目がけて落下した。
「…………」
三人は、とっさに目をかばった腕をゆっくりと下げる。
『竜の頭』の周りをバチバチと電気がはねる。すると、まるで生を得たかのように、目の穴から真っ赤な光が輝いた。
その輝きを見たエンドーは、その頭部に仕込まれてある物に気がつく。
「あれはたしか、マーキンさんが持ってた――。『太陽のかけら』とかいう石か!」
「ふふふ、そうだ。オレは『光の石』と呼んでいるが」
仕込まれているその石は、マーキンが持っていた物の十倍は大きい。
『竜の頭』から伸びたワイヤーを電気が伝い、そこへ周りの金属が引き寄せられるように動く。
「『光の石』は、小さなエネルギーを何倍にも増大させる。与えるエネルギーが大きければ、更に大きなエネルギーを生む」
ワイヤーをプロテクトするように、金属がまとわり付き―― 一体の黒い竜が出来上がった。
散らばっていた鉄片は、ひとかけらも残らず、すべてが竜の一部となった。
「そして、このエネルギーにオレの力を上乗せすれば――」
とんでもなく重量があるはずの『黒竜』が、デンテールの腕の動きに合わせて、ギギギギギと長い胴体をしならせゆっくりと持ち上がる。デンテールが黒竜の頭部に跳び乗った。
高々と頭を上げる黒竜の姿を首で追い、視界に収めながら、三人はただ圧倒されていた。
「……こいつは……、とんでもなく……」
エンドーの続きをマハエとハルトキが言う。
「ヤバイ……」
デンテールの前では絶対に弱音を吐かないと決めていた三人は、無意識のうちにそれをやぶっていた。それほどに恐怖を抱かずにはいられない圧倒感がある。
「遊戯開始だ」
デンテールの言葉で、三人は固まった足をむりやり動かしてジャンプした。
背後から迫っていた竜の尾を跳び越え、できる限り距離をとる。
竜の動きは重量に見合わず軽い。
「勝てる見込みは?」
マハエがハルトキを見る。
「……んー……」
「あの頭部の石を破壊すれば動きは止まるはずだ」
首をひねるハルトキの代わりに、エンドーが答えた。
「この長い胴体をよじ登って―― か」
頭部を見上げるマハエは舌を打つ。
[まだ策はあります]
マハエのポケットから案内人が言う。
「エンドーよりもマシな策か?」
[敵のエネルギー切れを待ちましょう]
「却下っ!」
――ドゴゥン!!!
前へ跳んでかわした竜の尾が、壁をえぐる。
「それまでにオレ達がペシャンコだ!」
やはり石を破壊するしかない。
「エンドー! 『魔力球』で狙えるか!?」
「無理だ。相手が動いているうえに、その目の部分をピンポイントで狙うなんて、遠くから針の穴に糸を通すようなものだ」
「この巨体はボクの魔力で縛るのも無理だね」
「…………」
城での経験で、たとえ『魔力球』の爆破でもこの金属には傷一つ付かないことはマハエにもわかっている。そのうえハルトキの『金縛り』も通用しない。
「――となれば……」
攻撃できるのは接近戦タイプのマハエしかいない。
「どうしたー? そんなものかー?」
上からデンテールが挑発する。
「待ってろ! 今からそっちへ行ってやる!」
「マハエ!」
エンドーが無刃刀を投げた。
「サンキュー!」
無刃刀を片手に、マハエは走り出す。尾の攻撃を踏みつけ、魔力を放って大ジャンプ。竜の胴体のパーツを踏み、更に魔力で高く跳ぶ。
「おおおおおおおお!!!」
電灯が点滅した。
「デンテール!!!」
繰り返し魔力を放ち、デンテールを正面から拝める位置まで跳び上がった。
デンテールを攻撃することもできる。しかし、前回彼に攻撃をヒットさせることにずいぶんと手こずったことを思い出し、マハエは石を狙う。
「ダメだマハエ!!」
ハルトキが叫ぶ。
マハエの神経が、頭上の気配に移った。
――キュイィィィン……
頭上にあるトンガリ―― 雷発生装置に、エネルギーが集中する音に。
「(くっそぉっ!)」
振り上げた無刃刀で石を破壊するのが先か、マハエが高電圧に貫かれるのが先か。
どちらにしろ、そのイカズチからは逃れなれない。
――バチィィン!!!
マハエは閃光に目を閉じた。
電気の柱がマハエを直撃する――
「…………?」
――彼の体は舞っていた。
トンガリの真下にいたマハエは確実に直撃を受けるはずだった。だがイカズチは赤く光る石のほうへ軌道を変えていた。
「よしっ!」
エンドーがガッツポーズをとる。
マハエが両手で握り締めていた無刃刀から爆発が起こったのだ。彼にそれを渡す前に、エンドーが込めておいた魔力が。爆発の衝撃で後ろへ吹き飛んだマハエは、そのおかげで高電圧を逃れていた。
「ぬかりのないやつだ」
両足から放った衝撃波で着地時の衝撃を緩和した。
「今回も簡単にはいかないか」
歯を食いしばり見上げるマハエの目線の先で、デンテールは小動物を見下ろすような冷たい目で三人を見下ろしていた。それは一度負けた相手に対しているものとは思えない余裕。
「下がってマハエ!!」
「!!? ――うわっ!!」
ハルトキの言葉に反応したマハエの目の前に、分離した鉄片が降り注いだ。
「危ね……! これじゃ一方的にやられるだけだ!」
鉄片は再び黒竜に吸収される。
「手も足も―― 眼も出せない……」
ハルトキが言う。
「もう一回オレが行く。あのトンガリに注意すればなんとかなる!」
「やめとけ。デンテールに近づくこと自体、自殺行為だ。それに魔力の使いすぎで動けなくなれば、かっこうのえじきだぞ」
「……くっ」
もしかすると前回の何倍も手強いかもしれない。これといってよい手は思いつかない。三人は焦った。
エンドーの言うとおり、魔力の使いすぎは非常に不利な状況におちいる。だが何もしないのも同じことだ。
デンテールの声が降る。
「ふん。なす術なしか? ならば、遊べないおもちゃに用はない」
デンテールの腕が横へ動くと、尾が大きく振られる。
重量の問題か、床から浮くことなくすべるように動く。そのおかげで尾の攻撃にはジャンプで対応できる。
――と、尾の先端部分が破裂し、重たい鉄のつぶてが三人を襲った。
「ぐっ―― つっ……!!」
「がっかりだ。お前らを少なからず脅威だと思い、ここまで入念に準備をしたというのに」
「…………」
内臓が潰れたのではないかと思うほどの激しい痛みで、三人は立ち上がれない。
黒竜の口が開く。
そこから覗く赤い石。口の中にエネルギーが集中し、膨れ上がる。
目の前で竜の頭と同じくらいに膨らんだ高エネルギー球体に、デンテールが手を差し出し、三人に狙いを定めた。
「死ね」
放たれた球体には、標的を完全に消滅するほどの威力がある。
デンテールの三人に対しての興味は、すでに消え失せていた。