44:邪悪な野望
――ガコン…… ギィィィ……
廊下の明かりが暗い部屋の床を照らす。
赤いじゅうたんは扉の手前でいったん途切れ、その部屋からまた、奥の短い階段、そして壇上の大きな椅子のところまで続いている。
ここが『王座の間』に違いない。が、そこにデンテールの姿はなかった。
――やつはどこだ?
三人はゆっくりと歩き出す。階段を上がり、椅子の場所まで。
「ここか」
エンドーが椅子の後ろを見下ろした。
もとはその位置にあった椅子が、前へスライドしたのだろう。大人一人通れるほどの穴があった。
隠し穴――。三人は危険な臭いを感じ取りながらも、備えてあるはしごを下りていった。
降り立った場所から、細いトンネルのようになった橋を渡り、別の建物に着いた。
そこは、それまでとは明らかに異なる内装だ。
黒い金網のような床。そして石ではなく、鉄の壁、柱。現実世界の怪しい研究所のような場所だ。同じ要塞の中にあるとは思えない。
「……ここまでになると、あいつは科学者っていう感じだね」
ハルトキが左右を見ながら言う。
壁際には奇妙なタンクが並び、一部のガラスのタンクには、緑がかった液体が満たされているものもある。
「どんな研究をしているのか……。新しいペットでもつくろうってのか?」
ナンセンスだとでも言いたげに、顔をゆがめるマハエ。
デンテールが何の研究をしていようが、三人にはどうでもいい。ここで彼を倒してすべてを終わりにするのだから。
「お前、怪我は治ったのか?」
エンドーがマハエの腹を見る。
ジャケットに穴が開いて周りが赤く染まっているが、出血は完全に止まっていた。
「ものすごい自己治癒力だな。病院要らずだ」
具合を見て、感心したように言う。
「前よりも治癒が早いような気がするんだ。それに魔力も増大してる」
「……バケモノになりつつあるわけだ」
ちゃかすエンドーだが、彼もそれを感じていた。
歩けばカチカチと音を立てる床を堂々と歩き、左右へスライドする扉の前で立ち止まった。
斜め上にあるカメラが三人を捉え、扉が開く。
ごちゃごちゃとさまざまな機械だらけの部屋。
その中でも異様に目立つ巨大なカプセルのような物体の前に、クリーム色の後ろ髪があった。
「遅かったな」
三人に背を向けたまま、デンテールが言った。
城のときよりもずいぶんと落ち着いている様子だ。それどころか、喜びに満ちている風もある。
部屋には彼一人だけだった。三人を自らの手で葬るということが嬉しくて仕方がないのだ。
「…………」
何も言わない三人に、ようやくデンテールは体を向けた。
「“番犬”に手こずったようだな」
デンテールが顔で笑うと、マハエが拳を握り、口を開いた。
「デンテール……、ライオンはネコ科の動物だ」
「……ふふふ」
予想していた言葉ではなかったのか、ただ笑うだけのデンテール。
そしてまた三人に背を向け、カプセルを見る。
細長いそのカプセルのような物の先っぽは、二階建ての建物ほどある天井すれすれまであり、太いチューブやケーブルがいくつもつながっている。
「言い忘れたな。――我が研究所へようこそ」
お辞儀もせず、デンテールが言った。
「研究所だと?」
半ば想像していたことだが、エンドーは疑問符をつけて返す。
「そうだ。この島では物質の強化、兵器化から、生物の融合、進化、そして“変異”についての研究をしている。オレの中枢、と言ってもいい」
「何のための研究だ?」
マハエが訊く。
「お前らは、オレがこの世界のすべてを思うままにできる、と思っているのだろう?」
そう訊き、うなずく三人に鼻を鳴らして首を振る。
「ところが、そうでもない。この世界で、プログラムは生物となる。もともとプログラムであったやつらを改造するのは簡単だった。だがどういうわけか、初めからこの世界にいたセルヴォどもは、そうはいかなかった。この世界に生きているセルヴォは改造できない。オレにとって、それは唯一の大きな欠点だ」
一呼吸して続ける。
「どの世界でも、力がすべてを支配するものだ。頂点に立ち、すべてを見下ろす者が必要なのだ。誰の手も届かぬほどの高みに存在するたった一人がな」
それは違う。とは誰も言えなかった。たしかに彼の言うことにも一理ある。世の中は力が支配し、人々を縛り付ける。そうやって世界は動いている。
だが彼の言う強引な“力”の支配には、大きく間違った部分があることも事実だ。
しかし、ここは三人、黙って話を聞く。
「だがそれは、オレの目的の些細な一部分にすぎない」
デンテールが両手を広げ、カプセルを見上げる。
「これこそが、目的のための大いなる第一歩!」
三人も見上げた。
「オレの力でセルヴォどもを改造できなくとも、方法はある。――お前ら、これが何かわかるか?」
「…………」
三人の返答がないのを確認し、デンテールは満面の笑みを浮べた。
「ミサイルだよ」
「なに……?」
たしかに、そう言われて改めて見れば、それはミサイルだ。その途端、デンテールの言っていた言葉の意味を知った。
その方法とは――
「ふふふ……、このミサイルでウィルスをばらまく。オレが開発したウィルスに感染したセルヴォどもは、思考操作によって、みなオレの忠実なしもべとなる」
「そんなこと……!」
殴りかかろうとするマハエの肩を、ハルトキが掴んだ。
「デンテール、あんたは、力―― 兵力を手に入れることが些細な一部分だと言ったね? そして、この世界を自分の配下とすることが、大いなる第一歩……。矛盾している気がする。あんたは、その些細な一部である兵力で何をしようって言うんだ? ウィルスでこの世界を支配してしまえば、兵力なんて必要ないはず」
「……考えてみろ。そのヒントは、お前らにある」
「……まさか……」
マハエが目を見開く。
「まさか、人間の世界を支配するつもりか?」
「ふふふふふ……」
ご名答。その笑いはそう言っていた。
「どういうことだ? オレ達の世界を支配?」
エンドーが眉をひそめる。
「お前らがこの世界へ来たルート、そしてもどるためのルート。つまり向こうの世界とこの世界はつながった状態にあるわけだ。お前らがそうできるように、我々セルヴォも行き来が可能なはずだ」
「そんなバカな……! 無理に決まってる!」
マハエが言う。だがデンテールは薄ら笑う。
「本当にそうだと思うか? ここがコンピューターの中の世界だとすればそうかもしれない。形のないプログラムが現実に姿を現すなど考えられないだろうな。だが、ここがコンピューターを通じてできた、人間の世界と並ぶ、もう一つの別世界。そう考えれば納得はいくだろう」
「…………」
「つまり、コンピューターというものは出入口にすぎない。そして、お前ら人間が、人間の肉体としてこの世界へ来たように、セルヴォもセルヴォの肉体として、人間の世界へ侵略できる」
仮説にすぎないけどな。最後にそう付け加えた。
「全セルヴォの力を合わせれば、人間世界のコンピューターを完全に支配することができる。そこからすべてが始動する」
後ろ姿のままのデンテールを、マハエは殺気を込めてにらみ付ける。
「コンピューターを支配する……。組織の崩壊から核兵器の発射まで、すべてが思い通りになるということか」
「どっちにしても、オレ達の世界を支配することになる……」
「……放っておけない話だね。当然、そうはさせない」
「ふふふ……、そうなるさ“オレが決めたこと”だ」
三人に向けた、すでに勝っているというような表情は、その整った顔立ちにも関わらず、昔のゾンビデンテールを連想させる。
「お前らが生きていて良かった。おかげですばらしいサンプルが手に入るからな」
一瞬、宙を浮く感覚を覚える。
三人とデンテールが立っている中央真っ直ぐの床だけが、長方形に切り取られる形で降下していく。
「至極の遊戯といこう。死んだ後は解剖がいいか? それとも生きたまま薬品実験がいいかな?」
デンテールの楽しそうな声だけが不気味に、両サイドの壁に反響する。
闇に包まれ、やがてデンテールの姿も自分の姿さえも見えなくなる中で、三人は以心伝心しているかのようにうなずいていた。
――デンテールの野望は絶対に阻止する。そして必ず生還する。
当初以上に重いものとなった任務だが、三人の最大目標は変わらない。
ここでどちらかが散ると決まっているのなら―― そう、生きてさえいればそれでいいのだ。