41:醜悪なペット
エレベーターが停止した。
三人はそこから見える廊下の階段に目を向け、次に横の通路に向いた。
エレベーターの上昇時間からして、ここは要塞のほぼ最上階。三人は横の通路へ足を進めた。
「デンテールは、オレ達の侵入に気付いてるかな?」
マハエが言うと、ハルトキが首を縦に振る。
「さっきから誰かに見られてる気がする。隠しカメラで監視されているかもしれない」
「でも、だとしても、やつの兵が襲ってくる気配はないぞ?」
エンドーが首を傾げる。
「デンテールがボク達に気付いて、兵を送ってこないとすると―― デカイのが来る」
ハルトキの言葉に、マハエとエンドーは鳥肌を立てる。
「ザコを送って無駄に兵力を消耗させるより、強い一体を送り込むだろうってこと」
「……よくまあ、冷静に……」
「ボクだって恐ろしいよ。でも、一人のときよりは全然恐くない」
エンドーも頷く。
――『三本の矢』は、簡単には折れない。
通路が広くなった場所に、二方向の分岐点があった。
一つは派手さのない木のドア。もう一つ離れたところには派手な赤い扉。
どちらがゴールへの道かは、考える必要もない。
だが、赤い扉はロックされていた。
「やすやすとボス部屋に近づけないか……」
「当然だろマハエ、中ボスをスルーして大ボスなんてあり得ない」
『あり得ない』の部分を大げさに言い、やれやれというように両手を広げるエンドー。
三人は木のドアへ進むハメになった。
ドアを開けると、冷たい風が三人の顔面にぶつかった。
屋外の狭いバルコニーに出たのだ。
じきに赤く染まるであろう空を眺めて、エンドーが言う。
「晩飯までには終わらせたいな」
――誰かの腹が鳴った。
「腹が減っては戦はできぬー……。弁当でも持ってくるんだった」
エンドーが腹を押さえる。
「『武士は食わねど高楊枝』って言うじゃん。行くぞ」
「デンテールがオレ達の侵入に気付いていることを願うよ……。もしかしたら、おもてなし料理でも準備していてくれるかも……」
「無理だな。あいつケチだ」
「うん。絶対ケチだよ」
「……ケチだよなぁ……」
バルコニーの壁に長いハシゴが固定され、屋上へ伸びている。
それ以外に道はなく、三人はハシゴを上った。
風がいっそう冷たく、きつくなる。
「あの扉かな?」
二十メートル四方の屋上に、また低い壁があり、鉄扉があるのをハルトキが見つけた。
だが扉はロックされていた。わかりやすい位置に鍵穴があることから、ここを進むにはカギが必要だ。頑丈なもので、大量の爆薬でもないかぎり破壊できそうにない。
「問題はカギだが――」
エンドーが言葉を止めると、同時に三人の頭に嫌な感覚がよぎった。
ようやく、自分たちが意思に導かれてここへ来たことを確信する。
三人はほとんど一緒に振り返った。
オオオオオオオォォォォォ……
二体の対SAAPが、いつの間にか三人の背後に出現していた。
「こいつらか……。ザコでよかった」
エンドーが腕を構える。一瞬で終わらせようと考えているのだ。だが相手の様子がおかしい。
二体の対SAAPは、それぞれが一本ずつ鎖を持っている。鎖がマントの中から三人の頭上へ伸びている。
「なんだ……?」
対SAAPが鎖を引いた。
ジャラジャラジャラという音の後に、三人の頭上―― 鉄扉の上で鉄の柵が開く。
三人が行かんとした扉の上には柵で封鎖された抜け穴があった。その柵が開かれ、奥にいた生物が解き放たれる。
穴から飛び出し、頭上を舞う大きな影を三人は目で追った。
ずっと吹いている風とは違う風が通り抜ける。
まるでその風に裂かれるかのように、一瞬で二体の対SAAPがばらばらになった。
「ゴワァァァウゥゥ!!!」
びりびりと鼓膜を刺激するケモノの咆哮。
軽々と三人の前に降り立った四足のケモノ。姿はオスのライオン。大きさは通常のそれよりもひと回り大きく、全身は赤い。何より普通のライオンと大きく違うところは、背中に翼竜のような巨大な漆黒の翼を持ち、ドラゴンのように太く、トゲが付いた尾を持っている。おまけに額部分には一本のツノが。
[このようなモンスターまで……。まさか、複数のモンスターの組み合わせ……? 吉野さんこれは――]
「うん。でもボクが戦ったやつとは比べ物にならない」
複数のモンスターの一部がライオンと融合している。姿はまさに、融合生物『キメラ』だ。
キメラは、登場するや対SAAPを切り刻んだ己の爪を不思議そうに眺めている。
ハルトキがトロッコ置き場で戦ったトカゲにヘビが融合したモンスター。それはあまりにも不格好なものだった。だがこのキメラはそうではない様子だ。
「ヤバイな。敵味方関係なしだぞ」
「それだけならまだいいんだけどよぉ、マハエ。やつの首を見ろ」
キメラのたてがみの間に見え隠れするキラリと光る物。
「扉のカギか!」
「やっぱりデンテールは、ボク達に気付いていたのか……」
目の前の凶暴なケモノを倒すか、どうにかしてカギを奪うかしなければならない。
キメラが巨大な前足で石の床を踏み、三人をにらんだ。
「凶暴なペットを飼いすぎだな。あいつは」
顔を引きつらせて笑うマハエ。
屋上の端で炎が上がる。ここへ続いていたハシゴが燃え尽きたのだ。
デンテールの醜悪な趣味は、どれも彼らを震え上がらせるものばかりだ。
恐怖をあからさまには表に出さない三人だが、心の中ではいつも震えていた。他人に弱みを見せない。そう決めて生きてきたのだ。
キメラが軽く吠えた。
三人は構え、次の瞬間キメラがとびかかるのを横へ逃れ、散る。
キメラが体を回し、太い尾を振り回した。だが、とっさに床に伏せた三人にはヒットしない。
ハルトキが魔力を飛ばした。魔力はキメラを縛りつけ、動きを止めるはず。だがキメラは後ろへ跳び、魔力の鎖を回避した。ケモノの本能か、危険を感じ取ったのだろう。しかし、次に放たれたエンドーの魔力球は回避できなかった。
魔力球がキメラの頭部で爆発。
「よし!」
ガッツポーズをするエンドーだが、途端に喜びの表情は固まった。
「ガルルルル……!!!」
キメラの眼が鋭く光る。
「……あ、怒っちゃった?」
エンドーは自分へ向かって迫ってくる巨体に無刃刀を両手で横向きに構える。キメラの額のツノが無刃刀にぶつかり、ものすごい怪力でエンドーは押される。迫る力に対し足を後ろへ動かすが、とうとう壁に押し付けられ、逃げ場を失った。
「エンドー!」
助け出そうと駆け寄るマハエとハルトキが、キメラの尻尾になぎ倒される。
「――っこのっ……、調子に乗んじゃ―― ねぇ!」
片手を無刃刀から離すと、そのまま掌底をキメラの鼻先に叩き込んだ。
掌に備えられた魔力球が炸裂。この一撃でキメラはひるみ、エンドーは壁から逃れた。
ずいぶんと丈夫な肉体だ。ダメージは受けども、キメラの体に傷はつかない。鼻の頭にテープをくっつけられた猫のように、腕を鼻にこすりつけている。
エンドーは無刃刀を振り上げて力を込めると、キメラの角を叩き折った。
キメラは上半身を跳び上がらせ、後ろ足でエンドーのほうへくるりと回った。
「うわっ!」
尻をついたエンドーを鋭い牙が襲う。が、肩に食らい付く寸前で動きが止まった。ハルトキの『金縛り』が成功したのだ。
すかさずマハエが魔力で巨体を蹴り飛ばす。
「助かった!」
マハエの腕に助け起こされ、エンドーは安堵する。
キメラは床を一回転がり、体勢を立て直した。
三つ並ぶ標的を前に、どれを攻撃するか迷ったあげく、一番離れた位置にいるハルトキへ突進する。
動体視のおかげですぐに対処できるハルトキは、正面から突っ込んでくるキメラへもう一度魔力を飛ばした。
前は危険を感じ取り、回避したキメラだったが、今は頭に血が上り、危険を逃れるという本能を捨てたのだろう。横へ攻撃をかわすでもなく、そのまま突進し、片方の爪で魔力の鎖を切り裂いた。
その迫力に圧倒されながらも、ハルトキはキメラの連続爪攻撃をダガーで軽く受け、かわす。
「ガルル!!!」
キメラの猛攻は止まらない。
ハルトキは端まで追いやられ、足場と何もない空間を隔てる低い『囲い』に足を止められた。
これ以上後ろへ逃れたら、屋上から落下してしまう。
「ヨッくん!」
エンドーが叫んだ。
床に伏せるハルトキの背中を、横に振られた爪がかすり、服を裂いて薄皮に傷を残した。
自分の真下で身動きできない体勢のハルトキをトドメようと、下へ向けて、両手計十本の爪をむき出しにし、跳ね上がった。
だが、ハルトキは考えなく床に伏せたのではない。両手で頭を覆い、待った。
――ドドドォン!!!
三つの魔力球がキメラを吹き飛ばした。
あとコンマ数秒でハルトキを葬るというところ。しかし、巨体は空中で弾かれ、一度バウンドすると、そのまま囲いを越えて落下していった。
「――いてて……」
傷ついた背中を押さえながら立ち上がるハルトキは、駆け寄ってきた二人に笑って無事を知らせた。
「しまったな……」
エンドーが頭をかいた。
「先へ進むカギ、あのライオンが持ってたのに。一緒に落っちまった」
「……死んだかな?」
キメラが落下した場所から、下を覗くマハエ。
「――いや」
ハルトキが残念そうに首を振る。
「あちゃ……」
マハエが囲いから後ずさると、ゴゥ、ゴゥと、巨大なうちわを振るような音が下から上がってきた。
「そうだった。あいつ翼があるんだったな」
再び三人の前に姿を現したキメラ。
背中に移植された翼は見せ掛けではなかったのだ。
「ヤバイな……」
つぶやくハルトキには、形勢が変わったのがわかっていた。陸と空、どちらが不利なのか。