39:縛り付けるもの
[さて、まず何からお話ししましょうか?]
出航から数分。港も遠くなり、ついには波と風の音しか聞こえなくなった。
大林は一段高い位置にある操舵席。そしてマハエ達三人は操舵席の前で、無線機―― 案内人を囲んであぐらをかいて座っている。
「まず、なぜお前が無線機の中にいるのか教えてくれ」
ようやく案内人から詳しい話を聞ける機会が訪れた。島に着くまではまだ時間がある。いろいろと訊きたいことがある中、最も最初に訊いておくべきことをマハエは訊いた。
案内人は[わかりました]と答えて続けた。
[港町でマハエさんと話をした後のことです。それまでどうも調子が悪かったのですが、そのときに何かに引きずり出されるような感じがしたのです。原因不明のエラーが次々に起こり、原因を特定するのにずいぶんと時間がかかりました。そして、ようやくそれがわかったとき―― すでに手遅れでした。エラーは、強引にわたしのセキュリティーを破られたことによるものでして、そうなってしまってはもう抵抗もできず、わたしは強制的にシャットダウンされてしまいました。その後、再起動されましたが、すでにこの無線機の中でして……]
申し訳なさそうに言う案内人。
「デンテールはどうやって、お前に手を出せたんだ? 制作者側のコンピューターのプログラムなんだろ?」
マハエが首をひねる。
[お忘れですか? あなたたちも現実世界からここへ来たんですよ? つまり制作者のコンピューターと、この世界はつながっているのです。デンテールはあちらのコンピューターに手が出せる]
[たちの悪いウィルスのようなものです]と付け加えた。
そもそも三人がこの世界に送られてきたのもそのためなのだ。デンテールがコンピューターに異常を与えていたことが原因で。
[厳密には、彼自身が向こうのコンピューターに行き来できるわけではないです。おそらくこちら側のコンピューターとリンクさせたのでしょう]
案内人は、このことについて自分でわかっていることをすべて話す。
[わたしの『核』の部分をこの無線機に移し、本来のわたしであるプログラムを都合のいいように書き換えたのです]
「なぜわざわざそんなことを?」
ハルトキが訊く。
[それはわかりませんけど、核を無線機に移したのは、おそらくグラソンです]
「あいつが……?」
「誰や?」
こう言ったエンドーに、二人は説明した。
「――デンテールはデンテールで、グラソンのほうも何か企んでるみたいだね。どちらにも警戒しないと……」
「デンテールの企みか……。あいつはけっきょく、オレ達に復讐したかっただけなのか?」
一番の疑問をマハエが持ち出す。
[それについては、仮説ですが……。彼がもともとプログラムだったせいかもしれません]
「というと?」
[彼がもともとゲームのボスとしてつくられたというのは話しましたが、そのとき彼の中に追加されたプログラムが『執念』]
「そういえばそんなこと話してたね」
三人は前回のゲームの世界で聞いた案内人の話を思い出した。
もともと最終ボスとしてつくられたデンテール。しかしそこへ組み込んだ『執念』というプログラムが暴走したために用済みとなった。だが彼は厄介な力を手にし、二度も三人を苦しめている。
[そう、デンテールがあなたたちに執着するのは、その『執念』が原因だと思います。もともとプレイヤーを倒すことがデンテールの目的なので]
三人は額を押さえる。
「ボク達を倒すという目的を達成させる『執念』……」
ハルトキが呆れる。
「すべて制作者のミスじゃねぇかぁ!!」
エンドーは激怒する。
「制作者の自業自得に、オレ達が巻き込まれている、と……」
一斉に溜め息をついた。
[デンテールからしても厄介なミスでしょうね。あなた達が死ぬまで、彼の『執念』は消えません]
「オレ達と同じか……。オレ達を倒すことがやつの任務……」
城でデンテールが言っていたことを、ようやく理解できるのだった。
エンドーが仰向けに倒れる。
「……あわれだな……」
どうりでひねくれるわけだ。と、エンドーは苦笑した。
[しかし、だからといって見逃すわけにはいきません。彼は敵なのです]
エンドーは起き上がった。
「わかってるよ。きっちりケリはつける」
そしてマハエ、ハルトキを見て、案内人を見る。
[わかってもらえて、こちらも嬉しいです]
疑問に思うことはまだまだあったが、それを訊く前に上から大林の声が。
「おーい、そろそろ着くぞ」
それは、島が近づいてきたという知らせだった。
最初大林を見た三人は、島へ顔を向ける。
「――おっと、その前に厄介な問題が」
船は島へとちゃくちゃくと進む。しかし、それを阻むように島の周りには奇怪な潮流が発生している。まるで島の周りだけに嵐が巻き起こっているかのように荒れ、波がうねっている。
「まずいぞ……」
大林が操舵席で苦戦している。舵が動かないようだ。
「このままじゃ、引きずり込まれる……!」
急いで帆をたたむが、船はぐんぐんと怪潮流に近づいていく。
「どうする!? 何か解決策は……!?」
マハエがハルトキを見る。ハルトキは眼を光らせて集中している。魔力で島を観察しているようだ。
周囲の波が荒れ始め、激しく船を揺らす。
大林は舵と格闘し、マハエとエンドーはハルトキを信じて待った。
「――島の桟橋に妙な装置がある。もしかしたら、それでこの波を操作してるのかも……」
こちらへ向かって突出したコンクリートの桟橋をハルトキが指差した。
桟橋の先端に旗を掲げた一本の柱があり、その下にクランクの付いた装置が設置してある。
「島にあったってどうしようも――」
おろおろするエンドーの横をマハエが走り抜けた。
「うおおおおおおお!!!」
マハエは助走をつけて船首を踏み込み、魔力を放った。
「マハエ!?」
衝撃波で船がさらに揺れる。
桟橋まで十メートルはある。魔力を使った大ジャンプでも、届きそうにない距離だ。
「くっそおぉ!!」
桟橋まであと四メートル。しかし、届かない。マハエはそのまま海へ落ちていく。
――ドドドォン!
エンドーが飛ばした三つの魔力球が、桟橋の柱を根元から爆破した。
柱は海側へ倒る。
「(ナイス、エンドー!)」
自分の目前に倒れてきた柱を足場にし、再度魔力を放つ。
――無事、マハエは桟橋に降り立った。
そのまま船へ振り向くことなく、クランクを回した。
ひと回りするごとに、荒れた海が静まっていく。限界まで回すとマハエは船を見、沈んでいないことにほっとした。
――船は桟橋の横に停泊し、ハルトキとエンドーが胸をさすりながら下りてきた。
「ひやひやしたぞ。でもさすがマハエだ」
「ボクは信じてたよ。キミならやってくれるって」
[やればできる子です]
ただ一人、大林だけは何も言わなかった。――言えなかったのだ。自分の目で見たことが信じられなかった。それまでも、ハルトキという少年の普通ではない雰囲気を感じ取っていた。だが、ついさっき、それはさらに深みを増した。
大林は、「お前たちは何者なんだ?」と喉まで出かかった言葉を押し殺した。
それは訊くな。訊いてほしくはない。言葉では言われなくとも、それを訊いてはならないことも感じ取っていた。
三人は島を観察する。
この島は人工島らしい。海に浮くコンクリートの塊だ。島の中央を水路が通っていて、水が海へ流れ出している。水路を海からたどると、高い建物が目に入る。それは城というよりは、要塞といった感じだ。
飛行船は収納されているのか、見当たらないが、要塞の最上階にデンテールがいることは明白。
マハエはメンバーを見回した。
大林の戦闘能力は、人としては最高水準だろう。しかし相手はデンテールなのだ。加わったのが大林だけというのはまだ不安が残る。前回の戦いで、デンテールも学習したはずだ。もうあのときのようにはいかないだろう。
「(宗萱が居てくれれば――)」
マハエは首を振ってその思いを捨てた。
「――すまん。野暮用ができた」
要塞へ向かおうとする三人の後ろで、大林が言った。
大林は桟橋の先端で、何かを待ちかまえるように立っている。
もう一隻、船が近づく音と合わさり、怒鳴るような低い声。
「ははははは!! まだ終わらんぞぉ!!!」
窪井だ。四人を追って、窪井が小さな船で島へ接近する。すでにバケモノモードで。
「たくましい筋肉してますな」
窪井の筋肉に対するエンドーの普通すぎる反応に、マハエとハルトキは驚く。
「しつこいやつだ。KEN 窪井。――お前達は先に行け」
大林がやれやれという感じで言う。
「無理ですよ! さっきだって四人がかりでやっと――」
マハエは最後まで言いかけて息を吐いた。その姿は宗萱に似ていた。決心、覚悟を決めた戦う者の姿。
――『忘れないでください。戦う者の意志を』
宗萱の言葉が蘇った。
「オレは大丈夫だ。さあ、行け!」
もう味方が犠牲になるのは見たくなかった。だがマハエも決心した。自分達を守るために、道をつくるために犠牲になる者がいる。自分達はその道を進まなくてはならない。それが戦い、盾になる者の意志に答えることなのだ。
ハルトキは何も言わない。しかし、拳を握り締め、小刻みに震わせている。彼はすでに決心していたのだ。
「行くぞ」と、言葉を出さずとも、三人の意思は疎通していた。
――ただ無事を願い、振り返らず、自分達の意志を貫く。
この因縁を断ち切るために。
――三人が居なくなった桟橋で、大林は敵を待ちかまえていた。
手元の装置のクランクを操作すれば、島への上陸を防げるかもしれない。しかしそうはしない。
「来い、窪井! この腐った因縁。オレ達も終わらせようじゃないか!」