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37:小指一本

 ロックされていた鉄扉は、予想通り開くようになっていた。

 やはりあの装置で『250』に圧力を調整するというのは正解だったようだ。

 鉄扉を開くと、こんどは短い通路。その先にまた扉があった。

 プレートに『操舵室』と書かれていて、ここまでの選択は間違っていなかったことを確信した。

 操舵室以外にドアなどは見当たらない。デンテールがのん気に眠っていないのなら、彼は操舵室にいる可能性が高い。たとえその他の理由でそこにいないとしても、その他の部屋をしらみつぶしに探すよりは確実だ。


 ここまでとくに騒がしい様子はなかった。エンドーの侵入は気付かれていないようだ。

 自分を安心させ、音を立てずに操舵室の扉を少し開いた。多少の音はエンジンかプロペラの低い音にかき消される。


 エンドーの目に真っ先に映ったのは、クリーム色の髪をした人物の後ろ姿。王様が着るような、赤いマントを羽織っている。

 ヒマそうに首を上下左右にねじると、美形の横顔がチラッと見えた。

[あれがデンテールです]

 そう案内人に言われても、エンドーにはなかなか信じられない。

「ハハハ……。嘘だろ? どこの美容外科に行けばああなるんだ?」

 冗談めかして言う。

[ですが、あれがデンテールだということは事実なんです]

 エンドーもそれを本気で否定しているわけではない。できれば否定したいことろだが、案内人が確信を持って言うのだ。疑いようがない。


「――まだ島は見えないか?」


 特別席に座っているデンテールが、船を操る対SAAPに訊く。

 対SAAPの意味不明な言葉を聞いたデンテールは、うなずいた。

「あと数分ってとこか」

 背伸びをしながらそう言った。

「それにしても、テレポート装置が海を渡れないというのは、なんとも不便でならん。あれを使えばこのような目立つ物に乗らなくても……」

 これは独り言のようで、対SAAPは何も言わない。

 すぐ後ろでその会話―― 少なくともデンテールの言葉を聞いていたエンドーは、小声で案内人と話す。

「聞いたか?」

[ええ、この飛行船はどこかの“島”へ向かっているようですね]

「島か……。このままこの飛行船に乗っていて島に着いたとしても、位置がわからなければマハエやヨッくんと合流できない」

[それもそうですよね……。しかし、この情報を二人に渡せば、何かわかることがあるかもしれません。どっちにしても、この船から降りることはできないんですし]

 エンドーは開けるときのように、静かにドアを閉めた。

「殴るのは後でいいか。どこか隠れ場所を探さないと……」

 操舵室の扉から後ろへ顔を向けたとき、エンドーは歩いてきた対SAAPと目が合った。

「…………」

「…………」

 相手も不意のことだったのだろう。すぐには攻撃を仕掛けなかった。

 エンドーは手の平を首のところで前に向け、まるで久しぶりに会う友人にするように話しかける。

「……よっ、チャールズ。久しぶりだな。どう? 奥さん元気?」

「…………」


 ――操舵室

 半分眠りかけで目的地への到着を待っていたデンテールは、すぐ近くの廊下の異変に椅子を百八十度回転させた。

「どうやら、ヒマをしなくて済みそうだ」

 にんまりと笑う。

 デンテールが指を軽く振り、扉を開け放つと、廊下から武器を振るう音と、木の壁に傷がつく音の後に、エンドーの背中が後ろ飛びに入ってきた。

 扉が開いていたことに驚いたエンドーが、とっさに体を反転させる。

 対SAAPは直前に倒していた。仮面が割れ、溶けて消えている。

「ほう、一人欠けていると思ったら、こんなところに」

 そう言って笑うデンテールに、エンドーは人差し指を突きつける。

「乗りたくて乗ったんじゃねぇ! そっちからぶつかってきたんだろ!!」

 それを聞いたデンテールはぽんと手を打つ。

「ああ、さっきの飛行物体はお前だったのか」

「くっそー! しばらく見ねぇ間にずいぶんとイケメンになりやがって!! どこだ!? なにクリニックだ!!?」

 デンテールはわけがわからない、と言うように肩をすくめる。

「どうでもいい話だ」

「どうでもよくねぇ! 全世界のNOTイケメンさん達に謝れ!」

[エンドーさん。彼の言うとおり、その話は心底どうてもいいですよ]

「オレは悔しいぞ、このゾンビ!」

 腕で目を隠し、エンドーは悪態をつく。

「付き合いきれん。お前もさっさと仲間のもとへ逝け」

 暇つぶしにもならん。とデンテールは溜め息をついた。

 エンドーもボケをやめ、途端に真面目な顔になる。

「悪いが、オレの仲間は誰一人死んでいない。オレも死なない。仕方ないからここでケリをつけてやるよ」

 エンドーは腕を前に構え、魔力を集中させた。

 デンテールはその言葉を、ただのエンドーの強がりだと思い、とくに気にしなかった。

「たった一人でオレに勝つ? 笑わせるな。小指一本であの世へ送ってやる」

「笑わせるなって? ははは、てめぇこそ、小指一本でオレに勝てると思うな?」

 それに対し、エンドーをふんと鼻であしらい、デンテールは視線を下に向けた。

「悪いが、もう一歩前に来い」

 エンドーは首をかしげ、言われるままに一歩出た。

「こうか?」

「あばよ」

 デンテールが片手を伸ばし、空調装置や小さなモニターなどの操作盤にある、大きなスイッチを“小指で”押した。


 エンドーの足元の床が、パカッと間抜けな音で下へ開き、エンドーの姿は一瞬にして消えた。


「ああああああぁぁぁぁぁ……」


 絶叫が床に開いた穴に吸い込まれ、飛行船のはるか下へ消えていった。

 穴を覗き込んでエンドーが飛行船から放り出されたのを確認することなく、デンテールは椅子と体の向きを前に戻した。

「これで全員の始末を完了した。あとは例の計画の準備に取りかかるだけだ」

 高笑いしたい気持ちを今は抑え、それを長い長い息に変えて口から吐き出した。

 飛行船は海の上を、島へ向かって進行していく。


 ――空にエンドーを置き去りにして。


「うわあああぁぁぁ!!! うわうわあぁぁ!!!」

 落下するエンドーと、その絶叫。

 頭から落ちていくエンドーは、遠ざかっていく上下逆の飛行船を、言い表せないほど悔しい気持ちで眺めていた。

「うおおおぉぉぉ!!! オレは馬鹿かあぁぁ!!!」

[明らかな馬鹿ですね。百歩ゆずっても救いようのない馬鹿です]

「おーおー、言ってくれるじゃねーの!! 今のは本気でグサッッときたぞ!! ブレイク マイ ハーツ!!!」

[そんなことを言っている場合ではありませんよ。自分が今おかれている状況を把握してください]

「飛行船から落下中!!!」

 マイクに思いきり叫ぶ。

[幸い下は海です。エンドーさんなら助かりますよ。エンドーさんなら]

「え? 大丈夫かな? オレなら大丈夫かな?」

[エンドーさんなら大丈夫ですよ]

「よっしゃぁ!!! 遠藤京助のゴキブリ根性、今こそ見せてやらぁ!!!」

 両手を合わせて下に突き出し、飛び込みの体勢をつくる。

 耳に付けていたイヤホーンが外れ、それを空中に残してエンドーは落下していった。


 ――ザボォーン!!






 場所は変わり、城の最上階。ホールの扉から屋外へ出たマハエ、ハルトキ、大林、青島。

 そこは、一メートルほどのコンクリートの塀に囲まれた広い屋上テラス。足元にはまんべんなく芝が敷かれ、デンテールの城には合わない、いこいの場のような場所になっている。

 このテラスから、別の屋内へ移動できるようだ。 

 マハエは芝生にあぐらをかき、すでに塞がった肩の傷を撫でていた。怪我はほとんど完治したが、ジャケットにできた穴と、緑の布に染み付いた赤い血だけは隠せない。

 ハルトキはマハエの前で、大林、青島と立ち話をしている。


「――なるほど、デンテールねぇ……」

 ハルトキから話を聞いた大林は、腕を組んで何度もうなずいた。

「ボク達の目的は、そいつを倒すことです」

 ついさっき、そう目的が変わったということは付け加えなかった。

 当然、必要以上のことは喋っていない。自分達がどこから来たのか、デンテールという存在についてなどは――

 自分たちはデンテールという、王を名乗る極悪人を倒すためにここまで来た。ハルトキが話したのはそれだけだ。

 大林が話せと言ったわけではない。ただ、再び出会い、助太刀をしてくれた彼等に何もかも隠し事をするのは無粋な気がしたからだ。

 簡潔に語られた話だったが、大林はハルトキの言いたいことをすべて理解したらしい。

「すばらしいっす、アニキは」

 感心したように青島が言う。大林も、

「ああ、深い事情があるとは思っていたが……」

 そして塀の向こうの空に目をやる。

「逃げられたんだよな? 当てはあるのか?」

「いえ、まだわかりません。もう一人、仲間がいるのですが……」

 ハルトキはマハエの前にある無線機を見た。

 芝の上に置かれた無線機からは、まだ案内人の声は聞こえてこない。

 少し前、案内人から、エンドーがデンテールの飛行船に侵入したと報告があった。エンドーがデンテールの目指す場所を探り当てていれば――。

 話が終わったのを確認したマハエが、のんびりした口調で言う。

「ねぇ、ヨッくーん。グラソンが今はオレ達を殺す気はないとして、この城はどうなると思う? まだ爆発するような気配はないけど」

「そういえばそうだったね……」

 ハルトキが大林達のほうを見ると、大林はすでに青島に指示を出していた。

「お前はみんなのところへもどって伝えろ。城から出るんだ」

「わかりやした」

 青島が急いでホールへもどる。

「ボク達も早く行ったほうがいいね。グラソンが言ってた、テレポート装置とかなんとか……」

 マハエが尻を払って無線機を拾い上げたとき、ようやく案内人の報告が入った。

[デンテールの行き先がわかりました]

「お。待ってたぜ、案内人」

 ハルトキと大林もマハエのそばに来てそれを聞く。

[デンテールはどこかの島へ向かったらしいです]

「ほう、どこの?」

 マハエが訊く。

[“どこかの”です]

「だから、正確な位置は?」

[不明です。しかしデンテールが言っていた内容から考えると、そう遠くはない場所だと思います]

 マハエは落胆した。

「と言ってもなぁ……。そんな島なんて――」

 案内人はさも簡単そうに言うが、情報が少なすぎる。文句を言おうとしたとき、マハエの頭に引っかかるものがあった。

「……わかった、案内人。ヨッくん、行こう」

 首をかしげているハルトキにそう言う。

「どこへ?」

「心当たりがある」



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