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35:根性の潜入

 一度、窪井が床に膝をつき、二度目つくまでにはさほど時間はかからなかった。


 ――戦闘が始まって二分。最初にやられたのはマハエだった。それもそうだ。大林、青島、ハルトキ、マハエ、四人対一人といっても、ケンカ慣れしている大林と青島はともかく、ハルトキとマハエはまだそれほど慣れてはいない。しかもマハエのほうは『動体視』が使えない。当然こうなることはわかりきっていた。

 ――恐ろしいのは、大林と青島だ。窪井の猛攻を素早い動きで逃れながら、反撃を繰り出している。

 青島はメイスを使っているが、大林はもっぱら素手が主流だ。


 腹を殴られ、何メートルか吹っ飛んだマハエだが、骨が折れなかったのは幸いだった。

 左手で腹を押さえ、右腕を使ってなんとか起き上がった。じっとしていれば痛みは治まっていく。

 戦いの最中、折れ曲がり、御役御免となってしまった牢の鉄棒を横に投げ捨て、舌打ちをする。

 残った三人の戦う姿を見ながら、自分にはとうてい真似できないと感じていた。


 次にハルトキが攻撃を受けた。マハエが離脱してから一分後―― 振り回される窪井の右腕にダガーを突き刺した直後だった。こっちはそのまま腕に殴られた後、マハエのほうへ蹴り飛ばされた。強烈に蹴られ、勢いが止まらないハルトキを、マハエが身を挺して受け止めた。

「くそぉ……」

「おい、重いぞ早くどけぃ」

 すかさず、窪井が腕に刺さったダガーを二人へと投げた。

 その刃先は正確にハルトキの喉元へ直進する。

「おっと」

 まだ動体視状態を保っていたハルトキは、身体をどけ、それを避ける。

 ダガーは後ろに居たマハエの肩に深々と刺さった。

「ぎゃーっ!!!」

「だ、大丈夫かマハエ!?」

「お、おま! お前は身を挺して受け止めてやったオレを―― ギニャーッ!!」

 ハルトキがダガーを抜き取った。

「――それにしても……、すごいねあの二人」

「平然とした顔で話を逸らさないでもらいたい」

「青島さんもすごいね……。まるでアクション映画を観ているようだよ」

「普通病院行きだよこれ。ねぇ、キミも何で攻撃受けたのにそんな平然としてるの?」

 マハエは仕返しに、ハルトキの殴られた部分を力の限りはたく。

「――――っっっ!!!?」


 ――窪井は以前にも増して強くなっているようだった。河原での戦いは、本気ではなかったのか。

 大林も何発か攻撃を食らっていた。だが、まともに食らったわけではない。攻撃を受け流し、ダメージを最小限に抑えているのだ。

「ぐあっ!」

 それから青島が窪井の裏拳に倒れた。

「くそっ……!」

 鼻から血を出しながら、青島が毒づく。

「離れてろ一斉!」

 田島弘之の幹部も戦闘から離脱し、開始から五分足らずで、残ったのは大林だけとなった。

 だが、さすがに頑丈な窪井のボディにも、ダメージは蓄積されていた。


 ――三度目に窪井が膝をつき、そこにトドメをさしたのは後頭部にぶちかまされた大林のかかと落とし。

 窪井はうなり声も出さず、顔面から床に倒れた。

「はぁ……。厄介な体だな。その筋肉は見せ掛けだけではない、ということがよくわかった」

 窪井の体は、筋肉がしぼみ、人の肉体にもどった。

「クソ野郎が」

 冷たい目で窪井を見下ろしながら、大林は自分の口元についた血を手の甲で拭き取る。

「人に生まれりゃ、死ぬまで人として生きていかなきゃならない。最後にはバケモノなんぞに魂を売りやがって。それがお前の生きる道なのか」

「…………」

 完全に気を失った窪井は何も答えない。

 大林もそれ以上は何も言わなかった。






 城での戦いに勝負がつく少し前、空の旅を楽しむエンドーは、笑いながら小さな町並みを見下ろしていた。

 案内人から目的地の方角を教えてもらい、気球を操りながら城へと向かっていた。

「アハハ…… ハ……」

 笑いながら―― エンドーの笑顔は固まっていた。

「アハハハハハ……」

 鼻から水が垂れる。

「……寒い……」

 城らしき建物はまだ見えてこない。

 いや、今進んでいる方角自体、正しいとは限らない。エンドーはもはや、そんな“些細な”問題は気にしていなかった。

 案内人も一言も話しかけてこない。エンドーから声をかけても、応答はない。

 だがそれも今となってはどうでもいい。ただ、凍死寸前の自分の意識を保つことで精一杯だった。

「(……寒いと思うから寒いんだ……。温かいことを考えよう)」

 エンドーは真夏の海を思い出した。

「(そうだ……、そう、スイカ割りをしたんだ。小学生のとき。そんで、オレが間違えて後ろにいたマハエをなぐっちゃったんだっけ。楽しかったなぁ……)」

 今度は中学生時の夏を思い出す。

「(山へハイキングに行ったんだ……。そこでオレがうっかり石に蹴つまずいて、前にいたマハエを川に突き落としちゃったんだっけ。楽しかったなぁ……)」

 そして一番最近の夏。

「(あー、例年まれに見る猛暑だった……。クーラーをきかせた部屋で三人で昼寝していて、マハエを置いてちょっと部屋を出るとき、オレとヨッくんは手違いでクーラーの電源を――)」

 温かい気持ちになりかけていたエンドーは、慌てて記憶の映像を遮断した。


「走馬灯やんけっ!!!」


 “川”を渡りかけていた自分にゾッとしながら叫んだ。

「……いったん地上にもどろう」

 ようやくその手を思いつき、炎を調整する。

 そのとき、エンドーの視界に巨大な影が入り込んだ。

「……は……?」

 突然轟音を響かせながら目の前に現れた巨大な物体。


「わ、わ、わ!? ――ゲフッ」


 気球はあっけなく、その何十倍も大きな飛行船に突進、破壊された。



 飛行船の操舵室にいたのは、デンテール。

 デンテールは操舵室の真ん中の特別席にどっしりと座っていた。

 前部で舵をとっていた二体の対SAAPが、デンテールに向かって意味不明な言葉を発する。

 その、どこの国にもありそうにない暗号のような言葉を、デンテールはすぐに理解する。

「謎の飛行物体と衝突? ふん、かまわん。そのまま進め」

 この巨大な飛行船は、小さな飛行物体と衝突したからといって、なんらダメージは受けない。

 衝突した飛行物体が衝撃で大破しようが、人が乗っていようが、デンテールにとってはどうでもいいこと。プロペラが一つ壊れようが、この飛行船は落ちたりしない。だからデンテールは何一つ気にしなかった。


 ――ただ、彼は気付いていない。

 たった今衝突した飛行物体にエンドーが乗っていて、その時点でも空気が抜け、破れかけた袋にしぶとくしがみついていることに。


 ――気球を浮べていた袋は、プロペラが高速で回転するその真下にある棒に絡みつき、ゴンドラから投げ出されたエンドーが、懸命にそれにしがみついていた。

「くっそ! 誰だ、荒っぽい操縦しやがって!!!」

 手を離せばエンドーは落下し、ジ・エンド。

 そうならないためにも、早く足場を見つけなければならない。

 両手で袋を掴みながら、逃げ場を探す。

 幸い、修理のためのものか、はしごがいたるところに取り付けてある。

 エンドーは風の勢いを利用してそれに手を伸ばし、慎重に移動した。

 はしごを伝って少し下へ行くと、二メートル四方の狭い足場があった。

「よっと」

 最後は飛び降りて木の床を踏む。

「一時はどうなるかと思ったよ……」

 ほっとして、胸に溜まっていた息を吐き出すと、足の力が抜け、壁にもたれて座り込んだ。

 その狭い足場は、飛行船の外側の修理や整備用に設けられたものだろう。内部へのドアが一つだけある。

「なんだこの飛行船は? くそー、ヒドイ目に遭った」

 上を見上げ、引っかかった気球を見る。

 もう完全に使い物になりそうにない。

「マーキンさんがこれ見たら、オレ殺されるな……」

 彼からの借り物を壊してしまったことには、とくに大きな罪悪感はない。悪いのはエンドーではなく、この飛行船の持ち主なのだ。

「ここは文句を言ってやらねば」

 右拳を左の手の平に叩きつける。

 立ち上がろうと膝を立てたとき、風の音に雑じって誰かの声が微かに聞こえた。

「なんだ?」

 エンドーは周りを見回し、その声が自分の体のどこかから発せられていることに気付き、ボディーチェックのように体を上から叩く。

 ズボンの尻ポケットに触れたとき、手の平が固いものを感じ取った。

 尻ポケットから、覚えのないワイヤレスのイヤホーンが出てきた。よく映画で、部隊の隊員達が片耳に付けているあれに似ている。

 声はそのイヤホーンから漏れているようだ。

 エンドーはそれを、左耳に引っ掛けるようにして取り付けてみた。


[エンドーさん!! 無事ですか!!?]


 突然の案内人の声に驚いて、それを床に叩きつける。

[エンドーさん!? エンドーさーん!!?]

 床に転がったイヤホーンから、案内人が叫んでいるようだ。

「あ、案内人!? な、何だ、びっくりした!」

 イヤホーンをつまみ上げ、顔のそばまで持ち上げる。

[無事なようですね。エンドーさん]

「……いや、お前が無事かよ?」

[ちょっと事情がありまして……]

 音量を下げ、もう一度それを耳に引っ掛けると、今度はちょうどいい大きさで、案内人の声が耳に入る。

[今どこですか?]

「ああ、ちょっと野暮用でね。見知らぬ飛行船の中にいるよ」

[飛行船!?]

「ああ、こいつがいきなり気球に突っ込んできたからさ。これから文句を言ってやろうと――」

[気をつけてください!]

「いや、気をつけるも何も、突っ込んできたのは向こうだし」

 すると、案内人は呆れた声を出す。

[違うんです。気をつけなければいけないのは、その飛行船に乗っている人物にです]

 そして一言一言を丁寧に、ゆっくりと言う。

[いいですか? よく聞いてください]



 案内人は、それまでのことを話した。

 セルヴォの王の正体、その王が巨大な飛行船に乗って逃亡したことも。

「…………」

[ということで、その飛行船に乗っているのはデンテールなんです]

「……なるほど……。生きてたのか、あのゾンビ」

[ええ、わたしも驚きました。あの状態から蘇るなんて……]

 エンドーも驚いたが、逆にいろいろな謎が解けてすっきりしていた。

「このことを制作者には報告したのか?」

[いえ、なにしろわたしはこの状態ですからね……。今あなたが聞いているわたしの声は、マハエさん達の無線機から通信しています]

「…………」

 細く長い息を吐いて、エンドーは立ち上がる。

「どうせ文句を言いに行くつもりだったんだ。文句ついでにぶん殴ってやる」

[……あまりいい考えではないですね……]



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