31:救出〜追跡
宗萱、グラソン両者の闘いを、マハエは巻き込まれないように離れて傍観していた。
二人の闘いは激しく、とても割って入ることのできるものではない。
宗萱の剣術と対等に渡り合うグラソン。両手で振り回す金属棒に、氷がまとわりつく。氷は自在に、トゲにも刃物にも変化する。砕かれても砕かれてもすぐに新たな形を形成し、上から下から左右から、宗萱めがけて棒は振られる。
――ガチィッ!
横からの攻撃を、刀が受け止める。
「ずいぶんと、頑丈な氷ですね……」
「お前の刀と同じだろ?」
再び激しい打ち合い。
どちらも致命的な攻撃は受けない。優雅に、舞うように刀を振る宗萱とは相反し、グラソンは力強い棒さばき。力押しならばグラソンが上だろう、しかし宗萱はそれを受け流すテクニックで差を補う。闘いはほぼ互角だ。
その闘いに見入っていたマハエだが、だんだんとガラスの檻から離れていく宗萱の行動に気付く。
それは、自分が敵を引きつけている間に、ハルトキを助けよ、ということだ。
マハエはすぐに走り出した。
足に魔力を溜め、ガラスを蹴り破る。
「そう簡単にはさせない」
――パリパリパリ
檻の前に、氷の壁が現れた。
グラソンがマハエに気付いたのだ。
「おおおおお!!!」
だが、マハエはそのままジャンプし、氷の壁ごとガラスを破壊した。
ガシャァン!と氷とガラスが同時に崩れる。
「大丈夫か、ヨッくん?」
檻の中に飛び込み、気だるげに座っているハルトキに、デコピンする。
「……痛い。それがキミの再会のあいさつですか」
力の抜けた声を出す。
「それにさぁ、中にボクがいるっていうのに、普通、ガラス蹴り破る?」
「文句の多いヤツだな」
なかなか立ち上がろうとしないハルトキを、マハエは強引に檻から引きずり出す。
それを見たグラソンは、闘いの手を止めた。
「……ちっ、不利か」
さすがに三対一の勝負では勝てないと思ったのだろう。斬りかかる宗萱の刀をかわし、マントの男が姿を消したドアへ移動する。
「逃がしません!」
逃走を阻止しようとする宗萱だが、グラソンを囲うように形成された氷の壁に攻撃を阻まれる。
「残念だが、あんたとの勝負はおあずけだ。じゃあな」
「…………」
ドアが開き、閉まる音に、宗萱はただ耳を傾ける。
グラソンがその場から去ると、刀が食い込んだ氷がガシャガシャと砕けた。
「宗萱さん! オレ達はいいですから追ってください!」
ハルトキの肩に腕を回し叫ぶマハエ。だが宗萱は、無言で刀を鞘にもどした。
「いえ、彼も言ったでしょう。勝負はおあずけです」
「そんなこと言ってる場合ですか!」
「……いいんですよ、これで」
そう言うと二人に歩み寄り、ハルトキに訊く。
「怪我はありませんか?」
それはマハエの乱暴な救出に対してではない。それ以前にハルトキの様子が普通ではなかったからだ。外傷は見当たらないが、支えられ立っている足には力が入っていない。
「……なんか、あのガラスの檻に入ってると、力が抜かれるような感覚になって……」
「だから魔力を使わなかったのか」
「うん、いや、正直助かった。ありがと」
素直にお礼を言い、宗萱を見る。
宗萱はマハエのときと同じように、帽子を取ってハルトキにお辞儀をする。
「わたしは、SAAP‐002部隊の隊長。――だった者です。宗萱と呼んでください」
「SAAP……?」
「大丈夫だヨッくん。彼は敵じゃあない」
その言葉に、ほっとするハルトキ。そして自らも自己紹介をする。
マハエは、宗萱と出会ってから起こったこと、話したことを簡単に彼に伝えた。
「……さっきの刀の力って、やっぱり魔力なのか」
あごに手をやり、考えるしぐさをするハルトキ。檻から出たおかげか、いつの間にか気だるさは消えていた。
「ところで、力が抜かれると言いましたね?」
「ええ、吸いとられる感じで」
宗萱は檻の中を調べ始めた。
「……たしかに、何かに力が吸いとられる感覚が――」
檻の天井を見た宗萱は、天井の中央部分に、小さな青い石を見つけた。
「これのせいですね……」
そう言うと、天井から石を取り外す。
「どうやら、魔力の“バッテリー”のようなものです。使い方次第で魔力を吸いとったり、放出したりできるみたいです」
「……ちょっと待って。なぜそんな都合のいい物が? 魔力っていうのは、この世界では異質なものなんじゃ?」
魔力は契約によって手に入れた力。自然に存在しているのか、誰かがつくり出したのかは定かではないが、その石の存在は、魔力の存在をたしかに肯定している。
「よくはわかりませんが、魔力とこの世界は、深いつながりがあるのかもしれません」
青い石を少し眺め、それをマハエに放る。
「持っていてください。どこかで役立つかもしれませんよ」
「…………」
受け取った石を手の平の上で転がす。
檻から取り外されたせいか、今は力を吸いとることはしない。かといって、力を放っている様子もない。
「たしかに、不思議なものを感じるけど……。まあ、いっか」
石を保管しようとしたマハエは、ポケットの中の異変に気付いた。
何かが鳴っている。
「これは……」
取り出したそれは、無線機。いつの間にかマハエのポケットに入っていた物だ。
無線機が、小さな音を発している。
[……ヲ……ケテ……]
ノイズの合間に聞こえる音は、誰かの声。
[……キヲ……ツケテ…… カレハ……]
はっきりとしない言葉が繰り返される。
「お前は誰だ?」
マハエは無線機に口を近づけて、声の主に話しかける。
[……オワッテイナイ……]
ザザー…… と、声はノイズに呑み込まれた。
ノイズを消そうと無線機を叩くマハエだが、しばらくしてそれも聞こえなくなり、あきらめて溜め息をついた。
「何のことかわかった?」
首を振るハルトキと宗萱。
「ボク達に警告を発していたようだけど……」
宗萱も頷く。そして大きく深呼吸をした。
「先へ進みましょう。あのマントの男、何か企んでいます」
「……そうっすね」
無線機から聞こえた言葉を気にしつつも、三人は黒マントとグラソンを追った。
とにかく三人とも、城の構造などはまったくわからない。
分かれ道がいくつもあれば、迷うことは間違いない。
「案内人!」
マハエはもう一人仲間の存在を思い出し、呼び出す。
「はい。どうしましたか?」
久しぶりに聞くその声。
「お前な。居たんなら声を発せ。でないと友達に『あいつ暗いヤツだ』とか言わるぞ。そんな学生時代、後悔するだけだぞ」
「忙しかったもので」
「お前、この城の構造とか知らない?」
「進めばいいんです」
案内人はあっさりと答える。
「……悪かった。下がってよいぞ」
役立たずめ。そういう意味を込めてマハエは言った。
「何ですか? 今の声は?」
会話を聞いていた宗萱が尋ねる。
「案内人といいまして、一応オレ達のサポート役です」
説明するマハエの横で、ハルトキがつぶやく。
「あれ? 案内人の声って、ボク達以外には聞こえないんじゃ……?」
「行くぞー、ヨッくんー」
「お、おー」
忙しいと言う案内人は、それっきり話しかけてこなかった。
探検気分ならば、少しはわくわくできそうな場所だが――
予想していたとおり、分かれ道がいくつかある。どこへ進むべきかと迷うマハエとハルトキ、だが宗萱は、迷うことなく一つの道を選んだ。
「こっちです」
「なぜわかるんですか?」
「ここを見てください。床に水が落ちてます。おそらく、先ほどの闘いでグラソンの身体か武器に氷が残っていたのでしょう」
なるほど。と納得する二人。
急ぎましょうと言う宗萱を先頭に、水の跡をたどり行くと、入り組んだ廊下の先にエレベーターを見つけた。
スイッチを操作し、待つと、エレベーターが降りてきた。三人は迷うことなく上階を目指す。
重い機械音を耳にしながら、じっと停止を待つ。
目の前で壁が降下していき、やがて進むべき空間が目に入った。
エレベーターが完全に停止するやいなや、三人は走り出す。
そこからの廊下は分岐がなく、すぐに一つの扉にたどり着き、その勢いのまま扉を開け放った。
「……意外と早かったではないか」
広い室内の中央に、黒マントの男が背を向けて立っていた。