29:力の契約者
ぱちぱちと松明が灯る薄暗い城の廊下を、マハエと宗萱は進んでいく。
「……あなたの、その力のことなのですが」
「『魔力』のことですか?」
宗萱はうなずく。
「宗萱さんも、同じようなものを使えるようですね」
「ええ、しかしわたしのものと、あなたのものでは―― 何と言うか質が違う気がするんです」
宗萱は話し始める。自分の力について――
「この世界では―― 我々『SAAP』の力はほとんど無意味なものでした」
SAAPがつくられる際、組み込まれた戦闘能力のすべては、敵を前にして何の役にも立たなかった。手も足も出なかったという。
武器は使えず、無力な“人”と同じ。
「しかし、牢で“目覚める前”のことは、よく覚えています」
「目覚める前?」
「妙な―― 夢を見ました。……いえ、夢というよりは、もっと現実感のある何か。――わたしは『灰白の世界』で、契約を交わしました」
マハエは驚いて宗萱を見た。
「『この世界を救ってほしい』……そう言われました」
「宗萱…… え……?」
マハエは思い出した。自分達が魔力を手に入れたときのことを。
『灰白の世界』で言われた言葉。『この世界を救ってくれますか?』と。
「救う。と、答えたんですね?」
「ええ」
「……オレも―― オレ達も同じですよ。女の声で――」
「あなたがたも……? ということは、この力は共通したもの……、ということですか」
「そういうことですよね……」
しばらく二人は無言で考えた。
「……契約者はオレ達だけではなかった……」
「この力で世界を救え……。何から救うと言うのでしょうか?」
力をくれた何者か――。その意図もわからない現状では、ただ、今の自分達の仕事をするしかない。
この世界がどのような経緯で造られたものかはわからない。わかっていることは、この世界を守ろうとする者がいるということ。
もうそれ以上は考えようがない。
二人は今の状況だけに集中することにした。
この城には、らしくないほどに、人の気配がない。
見張りも誰もいないおかげで、楽々と進むことができるが、それが逆に気持ち悪かった。
「このドアは鍵がかかってますね」
それでも一切、警戒を解くことなく、宗萱は慎重に次々とドアを調べる。
「……ここも閉まってます」
当然、ぶち破る、なんて大雑把な危険は冒さない。
真っ直ぐな廊下に、いくつも部屋があるようで、そのドアの一つ一つを調べる。
部屋数は多いが、人数は少ない。何のためにこれほどの部屋が存在するのか。
――調べていくうち、一つだけ特殊な装飾がされているドアが見つかった。
ガチャリ、と音をたて、そのドアは開いた。鍵はかかっていなかった。
宗萱はマハエを一瞥し、二人はその部屋へ入った。
しかしそこには何もなく、有り余った部屋の一つといった感じだ。
「何もない。次行きましょう」
そう言い、部屋を出て行こうとするマハエを、宗萱が止める。
「おかしいと思いませんか? この部屋だけ鍵がかかっていませんでした。ということは、この部屋は最近使われた可能性があるということです」
部屋の壁を調べ始める宗萱。
壁の一部に細い溝がある。
「たしかにその可能性もありますけど、気のせいじゃ――」
「……そうかもしれませんね」
宗萱が他と色の違う部分の壁を押す。
ガコン…… とその部分がへこみ、部屋全体に鈍い機械音が響いた。
壁がスライドし、新たな空間が現れる。そこには、三人は乗れるほどのエレベーターが。
「……おお、さすが」
感心するマハエをよそに、宗萱はいつでも刀を抜けるように腕を構え、エレベーターに乗る。マハエも鉄棒を握りしめ、続いた。
「わざわざエレベーターを隠していた、ということは、この上はおそらく城の中枢、または重要な部分」
「……大丈夫。相手が敵であろうとなかろうと」
一度ハルトキやエンドーと合流してからのほうがよかったのではないか。そう思ったマハエだが、もう遅かった。二階分ほどエレベーターは上昇し、停止した。
そこはまたもや何もない部屋の中。ただ、先ほどの部屋と違うのは、真っ直ぐ前に両開きの鉄扉があり、そこへ向かって赤く長いじゅうたんが敷かれていること。
じゅうたんの上に一歩踏み出す二人。
「あの扉……。やっぱりここが中枢?」
「…………」
「あらあら。子ネズミがこんなところまで入り込んでいたのね」
突然の背後からの声に、宗萱はすばやく刀を抜き、身体を回転させる。
刀の上を転がるように、何かがくるりと身軽な動きで受け流した。
「なかなか華麗な動きね。黒服さん」
宗萱の頭上を飛び越え、扉の前に着地した人物は、青い服をまとった女性。
「……あなたこそ。まるで蝶ですね」
「それはどうも」
女は無表情でお辞儀をすると、名を名乗った。
「私は『セレーネ』。悪いけど、ここを通すわけにはいかない」
セレーネの腕が動いた瞬間、その姿はマハエの真下へ。
「い!?」
対処ができないマハエのあごへ、セレーネの鋭い突きが放たれた。
――キィン!
突き出された指先は、寸前のところで宗萱の刀に阻止された。
「……お……」
セレーネの攻撃は受けなかったものの、同じく刀の鋭い突きがあご下に繰り出され、マハエは完全に固まった。
「黒服さん。ずいぶんと軟弱なお供をお連れのようね」
すぐさま攻撃に転じた宗萱の刀を、セレーネは柔軟な動きでかわす。
まるで素早いタコのような動きだが、それはまだ、“人の業”を超えてはいない。だが、魔力を備えた宗萱の動きでも、相手に見切られれば強敵となりかねない。
「どうやら、簡単に斬れる相手ではなさそうですね……。真栄さ――」
「…………」
マハエの周りを、どす黒い空気が支配していた。
「あ……。宗萱さん……、がんばってください……」
「…………」
“軟弱”という言葉は、マハエの精神に大きなダメージを与えていた。
「真栄さん。あなたは軟弱などではありませんよ。……たぶん」
「……いいんだ。だって宗萱さん、強いもん」
「精神も軟弱みたいね」
――プツン。
無表情であざ笑うセレーネに、マハエの頭の中で何かが切れた。
「ちっ、これ以上、女に見下されるわけにはいかないよな」
マハエは鉄棒を頭の上で振り回し、ドン!と床を突いた。
「宗萱さん!」
「はい。まずはわたしが相手の隙をつくり――」
「オレの分まで思う存分切り刻んでやってください!」
そう言うと、床にあぐらをかいて座り込んだ。
「…………」
「救いようがないわね」
「……仕方ないですよ。ところで――」
鞘を腰に差し、宗萱は両手で刀を構えた。
「わたしは敵は排除しますよ。相手が女だからといっても」
「あらあら、紳士ではなかったのね」
セレーネは微かに薄い笑みを浮べた。
そして、一瞬で宗萱の懐へとび込むと、肘鉄を叩き込む。
宗萱はその動きに同調するように攻撃を避け、相手の背後へまわり、喉元に刀をまわすと、そこで刃を止めた。魔力を使っていなくても身体能力はずば抜けている。
「……容赦はしないんじゃないの?」
「ええ。しかし、あなたには少し訊きたいことがあるので。この城のとこを」
「力ずくで訊いてみれば?」
「接近戦の刀に対し、素手でそれに挑もうなんて安易過ぎでありませんか?」
刀の刃が、セレーネの喉元に押し付けられる。
「……素手だと思った?」
「え……?」
スッと、セレーネの手が動く。
「くっ……!」
宗萱の手から刀が落ちた。
「人は相手よりも優位に立ったときに、隙ができる」
手の中から現れた細い棒のようなもので、宗萱の腕の関節、続いて足の関節部分を突く。
宗萱は力が抜けたように膝をついた。
「……暗器ですか」
「暗器といっても、わたしは暗器使いではないわ。あいにく、人を殺すのは趣味じゃないの」
宗萱はツボを突かれ、手首も腕も足も痺れている。無抵抗の宗萱を、セレーネは蹴り倒す。
「……人をいたぶるのは趣味なんですか?」
「……まあまあ、ね」
無表情だった顔に、歪んだ喜びの表情が表れた。
痺れもいくらか消えた宗萱だが、抵抗できる状況ではない。武器もなく、今は彼女のほうが、明らかに優位に立っている。
「……人は優位に立つと隙ができるんですよね?」
「なに?」
後ろを振り向こうとしたセレーネは、背中に飛び込んできた圧力で、仰け反りながら宗萱の前から消えた。
床を転がり、受身をとったセレーネは、振り向いてその人物をにらんだ。
「手加減してやったぞ。なめんな」
『衝撃弾』を放ったマハエだった。
「油断しましたね?」
完全に動けるようになった宗萱が、刀を拾い上げた。
「卑怯な……!」
だが、その言葉は宗萱に軽く流される。
「もう、隙は見せませんよ」
穏やかな声で言うと、刀を彼女に向ける。
追いつめられたセレーネだが、その顔にはまだ余裕が残っていた。
「退け、セレーネ」
男の声がした。
すると、天井から茶色い肌の男が、宗萱、マハエとセレーネの間に降り立った。