02:暴力反対
三人は、それぞれの目的のため、三方向に分かれることになった。
――この世界にいるときだけ、魔力が備わるらしい。
北へ向かうマハエは、案内人の話を聞きながらデコボコの道を独りで歩く。
――遠くに町が見える。
「おい、この世界のセルヴォっていうのは、モンスターじゃないのか?」
「はい。人型のセルヴォです」
「人を抹殺しろってのか?」
「聞こえは悪いかもしれませんが、セルヴォがコンピュータに異常を与えている以上は、他に手はないのです。それに、セルヴォの中心部。つまり、“基”を破壊するだけで良いのです」
その説明は、マハエを納得させることができたのか。答えは否だ。
セルヴォは人間に果てしなく近しい存在だということを、マハエ、ハルトキ、エンドーはよくわかっている。
できることなら、平穏に終わらせたい。
だが、セルヴォという種族自体が、自分達に危害を与えるようなら―― そのときは止む終えない。
――セルヴォの町は、もう目の前だ。
「あん? なんだと?」
「いえ、ですから、そこを通してもらえませんか?」
「ああ? オレ達にここをどけってか!?」
「……まあ、そういうことです……」
「もういっぺん言ってみぃや!」
「……あの……」
今、マハエの前には、町へ通じる、幅が極端に狭い橋がある。
そして、この橋には茶髪リーゼント&サングラスの兄ちゃんが二人、たむろしている。
「(くっそおぉ! この不良めえぇ!)」
マハエは、叫びたい気持ちを広い心の端っこに追いやった。(つまりは、ただの小心者)
不良が極端に苦手なマハエにとって、この橋を渡ることは大きな関門だ。相手が自分よりも明らかに年上ならなお更。
とりあえず橋から離れて様子を見る。
マハエは橋の傍らの、川辺に腰を下ろした。
「案内人さん。よくわかりました。セルヴォというのは、やはり“オレ”に有害です」
「それは不良全般では……? いえ、わかっていただけたのなら、それでけっこうです」
マハエは耳をすます。
川のせせらぎ―― 草の香り―― 心地よい風―― 青い空に流れる白い雲――
目を閉じて、それらを体全体で感じ取る。
「マハエさん。何を考えているのですか?」
「このまま何もかも忘れて眠ってしまいたい」
呆れた。と、案内人が溜め息をつく。
「なんで、武器を装備に加えてないんだ?」
「武器というのは、何よりも複雑なプログラムなんです。しかも、プログラムの武器をこの世界に持ってきても、どうなるか保証はできません。『SAAP』の件もありますし」
「じゃあ、お前が何とかしてよ。墓場のときみたいにギュオーンって」
「無理ですね。この世界では、わたしは喋ることしかできないんです」
役立たず。マハエの小声は案内人に聞こえていた。
案内人は、もう一度溜め息をつくと、「吉野さんのところへ行ってきます」と言って、ピュンッという効果音を残して去った。
「逃げたか」
マハエは再び目を閉じた。
その頃、ハルトキは寂れた町の真ん中を歩いていた。
「なんか、変なところに迷い込んじゃったなー」
コンクリートで固められていない、土の地面。大きな建物はところどころに建っているが、どれも古いもので、現在使われているのかどうかわからない。
十歳くらいの、黄緑色の髪の子供ら三人が、小太りの青年をカツアゲしている。
「ほんと。変なところに迷い込んじゃったなー……」
茶髪リーゼントとサングラスの、いかにもな不良が、横を通りすぎた。
セルヴォだからと言って、とくに害があるというわけではないようだ。
普通の人間と同じだな。そう思えば心は楽になる。
だが、時々ちらちらと、物珍しそうにハルトキを見る人もいる。
「ちょいとお待ち、黒髪兄さん」
突然、横からそんな声が聞こえた。
道の隅っこで、水晶玉が乗った台座を前にし、椅子に座っている初老の女。誰がどう見ても占い師だ。
「ボクですか?」
ハルトキがたずねると、占い師はうなずいた。
普通、わざわざ“黒髪”をつけるだろうか? ハルトキは疑問に思ったが、この世界の人物はさまざまな髪の色をしている。黒髪が珍しいだけなのだろう。と、納得した。
「気をつけなさい。あなたの身に、これから何かとてつもなく恐ろしいことが起こる」
水晶玉を見つめて言う占い師。
「ていうか、もう起こっているのですけど……」
占い師に聞こえないように、ボソリと言う。
「ボクの人生、うまくいくのでしょうか……?」
恐る恐る占い師にたずねるハルトキ。
「知りたいのなら、お金を払っておくれ」
ごもっとも。
ハルトキはポケットに手を入れた。
「(……あ、一文無しだった)」
当然、お金なんて持っていない。
ハルトキは一礼して、その場を去った。
「あ、吉野さーん。こんなところにいたんですか」
案内人が、建物の壁にもたれて立っているハルトキを見つけて言った。
「――て、大きな声出すなよー。怪しまれるだろう」
ハルトキは周りを見回すが、とくにこちらに注目している人物はいない。
「大丈夫です。あなた達以外に、わたしの声は聞こえません」
「え、そうなの? 便利なことですねぇ」
ハルトキは、ふっ、と鼻を鳴らす。
「ところで、真栄くんや京助くんはどうしてらっしゃる?」
「エンドーさんのところへはまだ行ってませんが、マハエさんのほうは、少々問題が発生しまして……」
「不良にでも絡まれたか〜?」
ハハハ、と笑うハルトキ。
「……よくわかりましたね……」
苦そうな声で案内人が言う。
「あいつの、不良との“好”相性は天性のものだからねぇ」
よく、そういうトラブルに巻き込まれるんだよー。と笑いながら話すハルトキ。
その様子を、通行人達が訝しげな目で見ながら通り過ぎていく。
「さて、ところでボクの役目だけど……」
ふー、と息を吐いて、ハルトキは話題を変えた。
「はい。あなたの仕事は、王との交渉。まあ、『表向きは』ですけど。ただひたすらに、王のいる城へと向かえばいいのです」
「王かぁ。ていうか、王なんているのか……。いつからこの世界は存在していたんだ?」
「不明です。しかし、コンピュータが広まった後―― からでしょうね」
「それって、けっこう最近じゃん……」
「そう考えると、矛盾な点が多く出てきます。それを明らかにするのも、あなたたちの仕事の一つだと思ってください」
ハルトキは沈黙した。
「城は、ここから西へ行けば見えてくるはずですよ」
ハルトキは、とぼとぼと歩き始めた。
しかし、このまま町を素通りするのも、少し惜しい気がする。情報収集でもしてみよう。と、ハルトキは町の人々の会話に耳をすませた。
「――くそっ…… 田―― 弘―― のやつら――」
「――オレのとこ―― やられた――」
「――許せね―― な――」
心なしか、ほとんどの人の話が、あることに統一されている気がする。
「『田島弘之』め……」
田島弘之――
ハルトキは、目の前を歩く、ビラを持ったおじさんにたずねる。
「あの、すいません。田島ナントカって――」
「おお! あんたも協力してくれるかね。ほら、これだ」
そう言うと、おじさんはビラ束から、一枚差し出した。
ハルトキは渡されたビラを見る。
<お尋ね集団、田島弘之>
という大きな文字の下に、
<不良集団、『田島弘之』によるものと見られる事件が続発中。被害に注意するとともに、情報提供も随時受けつけ。些細な情報でもかまいません。どうか最寄りの交番へご一報ください>
「最近、この町を荒らしまわっている集団がいるんだよ。『田島弘之』といってね。ケガ人まで続出する始末さ」
おじさんはそう付け加えて、再びビラ配りを始めた。
「田島…… 弘之?」