28:起死回生
あれだけの攻撃を受けても、鎧のダメージはほとんど皆無のようだった。
何事もなかったかのように立ち上がり、挑発するように両の拳をぶつけ合った。
「話は後ですね……。真栄さん、あなたを立派な戦力として見てもいいですね?」
「……ええ」
できれば戦いを宗萱に任せておきたかったマハエだが、敵の力は想像以上。二人が協力しなければ倒せない。もっとも、それで倒せるという保証もないが。
敵のほうを向く宗萱だが、その顔にはまだマハエの使った力に対し、驚きの表情が残る。
「……どうすればあの鎧を破壊できるのか……。まず、わたしの力を一点に集中した一撃で、ダメージはあの程度。それに、鉄の鎧と刀というのは、なんとも相性が悪いです。ですから、鎧の敵には打撃―― というよりも強い衝撃が効果的です。内側の本体にダメージを与えるのです」
「……オレが主要として攻撃に参加しろと?」
「先ほどのあなたの攻撃は、鎧はともかく、中身の本体には少なからずダメージはあったはずです」
「でも、オレの力では、あと五発放つのが限界です」
「それまでに勝負をつけなければなりませんね……」
そうしているうちに、鎧はすぐにでも攻撃をしかけられる体勢に入っていた。
「とにかく、的確に急所を狙って、確実に攻撃を当てていかなければならない?」
「そういうことで、お願いします」
「……やってみます」
――自信はないがやるしかない。
できれば遠距離攻撃に徹したいマハエだが、先ほどの『衝撃弾』は、やたらと魔力を削るわりに攻撃力は低い。本来マハエの技は、対接近戦用だ。自ずと、不向きな敵は増えてくる。この“鎧”もそれに入るのだ。
だが、宗萱もじっとはしていない。刀の攻撃が通用しないとはいえ、マハエの攻撃のチャンスをつくり出すはずだ。
二人は頷きあうと、二方へ分かれた。
――急所を狙わなければならない。
「(でも急所ってどこだ? 頭?)」
マハエは鎧の頭に『衝撃』を放ったとき、それなりの手ごたえがあったことを思い出す。
おそらく急所は関節部分だろう。そう確信し、機会をうかがった。
鎧は、すでにマハエに狙いを定めている。背後の宗萱を気にしていない様子から、やはりマハエの攻撃は効いていたのだ。
右手の鉄棒を地面に突き刺し、マハエはじりじりと距離を寄せてくる鎧に、じっと警戒する。
「少しは、こちらを見てはどうですか?」
宗萱が鎧の頭上に跳び上がり、勢いをつけて刃先を突き立てた。
――ビシッ……
刀が刺さった、肩の分厚い装甲と首の付け根の間―― その隙間の鉄板の薄い部分に、小さなヒビが入った。
それに危険を感じたのか、鎧はすぐに肩に乗っかっている宗萱の腕を掴み、振り回し、背後へ投げ飛ばした。
そのときがチャンス。
マハエは一気に鎧との距離をつめ、まず足のふくらはぎの部分に衝撃を放ち、案の定、敵が膝をついたところへ、頭部への強烈な蹴り。ある程度の手ごたえを確認し、もう一度魔力を込めた蹴り。
宗萱の刃の一撃で入ったヒビが、その衝撃で少しずつ広がっていく。
「(残りは二発!)」
確かな勝機を見い出し、マハエは気合の一撃を放つ。
「――!!」
だが、その一撃は寸前で防がれた。
止めたのは鎧の掌。マハエの足をがっしりと掴み、引き寄せた。そしてもう片方の掌で、マハエの首を掴み上げる。
そのまま鎧が立ち上がると、身長差でマハエの首は絞まっていく。
「うぐ…… ぐが……」
勝てると思った瞬間の、突然の裏切り。一瞬だけ、油断してしまったのだ。そのほんの一瞬の油断が、状況を大きく裏返してしまった。
だが、今更悔いてもどうにもならない。
必死に両手を使って絞め付ける手から逃れようとしても、身をよじっても、その大きな手は万力のようにしっかりと、がっちりとそしてじりじりと、マハエの意識を彼方へと葬っていく。
――くっそぉっ……!
足の魔力を鎧にぶつけるが、まったくの苦し紛れでしかなかった。
「真栄さん! 意識をしっかり!」
宗萱が助けようと刀を振るが、鎧には通じず、逆に拳の攻撃を受けてなぎ倒された。
自分はもう助からないという絶望。マハエは死を悟った。
「ぐ…………」
マハエの腕はだらりと力なく垂れ、抵抗すらしなくなった。その姿は刈り取られた雑草のように、風が吹けば飛んでいきそうなほどに力は見られない。
「真栄さん! 真栄さん!!」
宗萱は痛む体を起こし、残り少ない魔力のすべてを、刀に込めた。
「(わたしの最後の力……。これを使っても真栄さんを助け出せるかどうか……)」
宗萱は細い目を見開き、燃える緑の瞳で敵を見定めた。
大量の魔力が注がれた刀は、淡い青の光をまとい、膨らんでいく。
「(腕一本くらい、切り落とす力を……!)」
大勢の仲間を失った宗萱にとって、出会って間もない少年であっても、命をかけて守りたい。戦うためのプログラムとしてつくられる際、プログラミングなどされなかったその感情は、この世界に入って初めて生まれたものだった。
――助けてみせる!
握りしめた刀に、技を繰り出す準備は完了した。
――まだ間に合う。手遅れになる前に――
――バシュ……
「……え……?」
突然、刀に込められた宗萱の魔力が吹き飛んだ。
それは宗萱の意図ではない。他の巨大な力によって、ろうそくの炎のように吹き消されたのだ。
「……なにが……?」
魔力を失った刀身は、ただ白く輝いているだけ。何がこの巨大な力を放っているのか、宗萱ははっとマハエに視線を移した。
――まさに、鎧がマハエにトドメをさそうとしたとき、首をへし折る力を入れた手に衝撃が起こった。
まるで爆弾でも握っていたかのように、手の中で爆発したものに弾かれ、マハエを取り落とした。
「…………!?」
膨大な魔力に包まれたマハエの体は、着地すると同時に足元にクレーターをつくる。
「真栄さん?」
力を使い切り、脱力した宗萱の目の前で、すでにすべての力を失ったはずのマハエが立ち上がる。さっきまでと同じように、腕をだらりと下げ、うつむいたまま。
もう一度呼びかける宗萱の声は、マハエには聞こえず、代わりに狂ったような笑い声が広場にこだました。
「は…… はははははははははははははは……!!!」
「…………」
「ははははは……」
笑い終わり、くわっ!と顔を上げたマハエの表情には、異常なまでの生気があふれていた。
「……おい、“粘土”野郎」
喜びに満ちたマハエの声。
「死に損ないが……」
“粘土”とバカにされたことに怒った鎧―― 鎧の中の人物は、「今度こそひねり潰してやる」と、今のマハエの様子を警戒することなく、手を伸ばす。
――バチィッ!!
だが、マハエを包む力にその手は弾かれ、驚いた拍子に数歩後ずさる。
マハエが一歩一歩、鎧へ歩み寄るたびに、その力が一点に集中する。
さすがに鎧も恐怖を抱いたのか、恐れるように更に後ずさる。
すべての魔力がマハエの右足に凝縮された。
足を踏み止めた鎧は、攻撃に備えて防御の体勢をつくる。
その姿にはまだ、自分を包み、完璧に守るその“金属”に自信が見られるが――
――――!!!
音さえも打ち消す凄まじい衝撃の塊が、鎧の胸部にぶち当たった。
空間が波打ち、地面を削る。
マハエの言ったとおり、まるで粘土の人形のように、鎧は軽々と吹っ飛び、石の壁に突っ込んだ。
――攻撃を放つと同時に反対側へ吹っ飛んだマハエの体は、宗萱によって受け止められていた。
ようやく城の壁に反響しながら、グァングァン…… という余韻が響き、空を大量の小鳥が飛び去っていく。
嵐の後の、静けさ――
「……真栄さん」
宗萱は自分の上でぐったりとなっているマハエの体を起こし、呼びかける。
頬を軽く数回叩けば、マハエはうめきながら目を開けた。そして宗萱と目が合うと、力のない笑顔を見せた。
「大丈夫ですか?」
「……爽快な気分です」
それを見て、宗萱は安心する。
「よかったです……」
二人はしばらく、そのまま力の回復を待った。
石の壁を深く破壊し、めり込んだまま鎧は完全に停止していた。
「何だったんだろ? こいつ」
マハエも宗萱もある程度、傷は癒え、魔力も回復し、万全でなくとも十分に行動できる状態にもどった。
特大攻撃を食らった鎧の胸部は、砕けはしていないものの、大きく陥没し、大きなヒビができていた。
「強敵でした……。攻撃が通用しない敵……、これ以上に厄介な相手はいませんね」
宗萱は壊れかけの頭の部分の装甲を外した。
「重たいですね……。よくこんなものを――」
覗き込むようにして、中に入っているスキンヘッドの男を見る。
「……モンスターではない……? ――人?」
首を傾げる宗萱の横で、マハエは別のところに目をやっていた。
「宗萱さん、これ」
マハエが示すところ―― 鎧の腕の部分に、それまでわからなかった文字が彫られてあった。
「『Rey‐Proto』?」