27:鋼の兵士
城の広場は、異様なほどの静けさに包まれていた。
マハエと宗萱は、大扉から広場へ出ると、中央あたりで立ち止まった。
「嵐の前の静けさ……、と言いますよね」
そっと、宗萱が刀を抜きながら、静かに言った。
マハエも、牢から持ってきた先の尖った鉄棒を両手で構える。
その静けさは、気持ちの悪いほどどんよりとし、大蛇のようにとぐろを巻いているようだ。
「何か……、来ますね」
二人は“嵐”の気配を感じ取っていた。
ガシャ…… ガシャ……
どこからか、重々しい金属の音が近づいてくる。
「なんだ?」
「…………」
宗萱は、黙ってその音に耳を澄まし、それの位置を探ろうとする。
近づいてくる音は、まるで生き物のように動き―― 歩行している――
「上です!」
宗萱が、城を見上げた。
城は、何段にも建物が積み重ねられたようなつくりだ。その段の一つ一つは、テラスのようになっている。見張りなどに使うのに便利なのだろう。
――ガシャンッ……!
その一段目のテラスに、それは現れた。
二メートルはある大きな鎧。黒光りする金属が太陽の光を吸収し漆黒の怪物のように見せている。
――ズズーン!!!
重量のありそうな鎧は、それもものともしないかのように、テラスから飛び降り、地面を揺らした。
巨大な砲弾でも落ちたかのように、鎧の足元の土はくぼみ、土の塊を飛び散らせた。
「なんだありゃ……?」
パラパラと、土の塊が二人の足元まで転がってくる。
宗萱は、マハエを自分の後ろへやると、刀に魔力を注いだ。
鎧がゆっくりと立ち上がる。すると、それを覆い隠していた土ぼこりが、風に吹き消されていく。
ガシャン!
鎧は勇ましく一歩踏み出すと、低い、こもった声を出した。
「徹底排除する」
鎧はおもむろに腕を持ち上げると、岩のような拳で地面を殴った。
まるでそれを宣戦のおたけびとするかのように、地面には轟く鈍い音とともに深い円形のくぼみができた。
「中身はモンスター?」
「先ほどの番人といい、あの中身も人を改造したモンスターという可能性もあります」
宗萱は、どっちだっていい。と言いたげに、刀の先を鎧に向けた。
敵を敵としてだけ見る。中身が人だろうと、敵は倒すのみなのだ。
地面にできたくぼみ。ゾウがじだんだを踏んでもこうはならないだろう。つまり、一発でも食らえば、文字通り粉砕されてしまう。
恐怖で唾を飲み込むマハエの喉の音が聞こえたのか、宗萱がここから離れるように言う。
マハエはためらうが、自分が足手まといになると気付き、従った。
宗萱から距離をとったマハエは、鎧の被害に遭わないであろう、ぎりぎり場所で待機する。
心配することでもないだろうが、マハエは緊張を解かない。万が一のときは加勢するしかない。
だが、彼はハルトキのように『動体視』を使えるわけでもなく、反射神経に自信があるわけでもない。戦いに加わったところで、命を落とすのがオチかもしれない。しかも、武器が鉄棒一本だけというのも、なんとも不安だった。
一歩一歩を踏みしめながら歩み寄る鎧。宗萱は細い目でそれの動きを観察する。
一段目のテラスから飛び降りたときの地面の陥没具合。重さは軽く三百キロは超えているだろう。鎧自体、相当な重量のはずだ。そんな鎧を、普通の人の力で扱えるわけはない。
どちらにせよ、素早い動きはできないはずだ。
宗萱は、牢の鉄棒を切断するときよりも、多めに魔力を刀に注いだ。
彼自身、破壊力のある相手とは、できるだけ戦いたくはない。
――一撃で決める!
宗萱の体が、蜃気楼のように揺らいだ。
「斬灯―― 『灯柱』」
――シュパァン……
宗萱の体はその場所から消え、次の瞬間には鎧の背後へ。
そして、牢の番人のときと同じく、縦に伸びた光の柱が、鎧の中央を切り裂いていた――
「!?」
宗萱は、違和感を感じ、すぐさま刀を縦に構えた。
――ガギィン!
鎧の拳が、魔力にコーティングされた刀ごと、宗萱を吹っ飛ばす。
「ぅぐっ……!」
宗萱は、城の外壁まで飛ばされ、それに跳ね返るようになって止まった。
「宗萱……!」
思わず叫ぶマハエに、鎧の頭がぐるりと向いた。
どうやらターゲットを変更したようだ。
「……残念ながら……、わたしはまだ動けますよ……」
立ち上がった宗萱は、再び刀に魔力を込める。
「少々…… 油断しましたね。予想以上に硬度があるようです」
鉄の棒を簡単に切断した宗萱の刀―― 魔力。その威力でも、鎧には傷一つつかなかった。
「たいしたものですよ。しかし次は――」
両手で握った刀の切っ先を鎧に向け、それを腰のところで構える。
鎧は再び宗萱へ向かう。
ある程度、鎧との距離が縮まったところで、また宗萱の体が揺らいだ。
「斬灯―― 『灯矢点穴』」
――キィン……
まるで光の矢のように、白い光が鎧へ向かって伸びた。それが鎧に直撃し、激しい閃光を放つ。
今度は、宗萱の姿は敵の背後ではなく、懐へ。腕を伸ばし、刀を鎧の中央に突き立てている。
――だが、刀の刃先、魔力が、鎧を貫くことはなかった。
「…………」
宗萱の頬を、汗が伝う。
魔力を一点に集中させ、その破壊力を一点に向かって放った宗萱の刀。だが、その鎧の硬度は、彼の予想をはるかに超えていた。
ほんの深さ一ミリ程度。鎧に小さな傷がついた程度だった。
「危ない!」
マハエの声に宗萱は反応し、刀を頭上に構えた。
鎧の拳の、数トンの重みが、宗萱の腕にのしかかる。
刀と腕は、魔力でコーティングされ、折れることはないが、その重量はゾウがアリを踏み潰すが如く。
「くっ……!」
地面に押し倒される宗萱。すべての魔力を防御へまわし、全力で目の前の死を防ぐが、このままで力尽きるのは、自分のほうが先だと、わかっている。
鎧の頭部の隙間からチラリと覗く、笑っているような目。
宗萱は悔しさを覚えた。
だんだんと、拳の圧力を防ぐ刀が下がっていく。
「けっきょく…… 約束…… 守れませんね……」
まだあきらめるのは早いとわかっている。だが、抵抗する手段を思案する余裕も、時間も、宗萱には残っていない。
「――あきらめるな!」
どこかで誰かが叫ぶのを、宗萱は聞き取った。
「!」
――ガォン!
何かが、宗萱を押しつぶそうとする鎧の腕に当たった。
鎧の気が逸れ、力が弱まった瞬間、宗萱は刀で拳を押し返し、窮地を脱した。
――ガォン! ガォン!
二発、空気の塊のようなものが鎧に当たり、弾ける。
「……真栄さん?」
攻撃の発射源―― マハエが空中を蹴ると、衝撃のつぶてが弾丸のように鎧へ飛ぶ。
「おあああぁぁ!!!」
マハエは全力疾走し、跳び上がり、鎧の頭部を踏むと同時に、凝縮した魔力を叩き込む。
グラリ……。
鎧が横へ傾く。
着地したマハエは流れを崩さず、すぐに魔力を溜めなおすと、続けて鎧の側頭部を蹴り飛ばした。
その衝撃と自らの重量で、鎧は地面に倒れた。
「はぁ…… はぁ……」
初めての技、魔力の連続攻撃で、早くも疲労するマハエ。
そんなマハエを、宗萱は愕然とした表情で見つめた。
「真栄さん…… その力は――」
「ぐ…… むむむ……」
言い終わらないうちに、鎧が再び起き上がってきた。