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26:風まかせ

 マハエ達が牢を脱したころ、エンドーは町長の家にもどり、依頼の達成を報告していた。

「そうかそうか、やってくれたか。モンスターの数が激減してきていると、警備員から報告が入ったわい」

「ええ、しかしなぜ、今まで発生源がわからなかったのでしょうか?」

 エンドーは少々皮肉を込めて訊いた。

「ん、まあ―― ふ、ふぉっふぉっふぉ……」

 命を張り、極限の緊張状態から解放されたエンドーは、立腹している。

 土地勘のある町の男何人かが探せば、あの装置の場所くらい簡単に見つけることができたはずだ。なのにそうしなかったということは、ただ恐ろしかったから、だ。

「そう怒りなさんな。モンスターが現れるなんぞ、この辺では今までになかったことじゃ。恐れをなすのは当然じゃろうて」

「ベツニ怒ッテナイデスヨ」

 その様子を見て、町長は溜めてあったチラシやビラなどの紙の束から一枚抜き取り、裏面に筆で何かを書き始めた。


「ま、あとはこちらに任せておくれ。おぬしの功績に、町の者たちも立ち上がるじゃろう。残ったモンスターの処理は、皆に任せておけばよい。――ほれ」

 町長がエンドーに、チラシを渡した。

 その裏面に、マーキンに宛てた文章と、町長のサインが。

「約束じゃからの。それを持って、マーキンのところへ行くとよいぞぃ」

「……それはいいのですが、そんな大事な許可書をチラ――」

「大切なのは、『心』じゃ!」

「……ラブレターじゃないんですから……」

 エンドーは許可書を丁寧にポケットにしまい、立ち上がった。

「もう行くのかの?」

「ええ、急ぎの用ですので」

 と言いつつ、早くカビ臭い家から逃れたいというのが本音だ。たしかに急ぎの用でもあるが、エンドー的には疲れた体を癒しつつ、のんびりと進みたいのだった。

「あー、それならば、そのドアからは出んほうがええぞ」

「はい?」

 が、すでにエンドーはドアを開けていた。


 ――ざわっ!


 途端に、騒がしさがあふれた。

 町長家の玄関前には、町民の半分はいるのではないかというほど、人が群がっていた。

 呆気にとられるエンドーに、前に立っていた男が言う。

「オレ達は、モンスター騒動で町の外に出ることができなかった。キミのおかげで町は救われたよ」

「……いえ、そんな救ったとか――」

 いつの間に町中に知れ渡ったのか、わざわざ大人数で礼をしに来たようだ。

「オレはただ、ついでに―― というか、強制的に――」

 そんなエンドーに有無を言わせないかのように、人が押し寄せた。


「これ、持って行ってくれ! うちの店のまんじゅうだ!」

「焼きたてのパンはいかがかな?」

「うちのだんごも持って行ってちょうだい!」

「お花あげるぅ」

「ニボシ! ニボシ!」


 すっかり英雄となったエンドーだが、それに甘えている時間はないということはわかっていた。

 無理矢理持たされた、まんじゅうやパンやだんごを両手に抱え、マーキンの家へ向かった。


 しばらく、エンドーの後ろを何人かの人がついてきていたが、マーキンの家が近くなると、誰もいなくなっていた。

「(どれだけ嫌われてるんだ? あの人は……)」

 エンドーは荷物を置いて、マーキンの家のドアをノックし、開けた。


 ――マーキンは相変わらず、机で機械をいじっていた。

 そして、入ってきたエンドーを見ると、

「だれじゃ、おぬしは? ここは部外者立ち入り禁止じゃ」

「えぇえ!? ちょっと――!! オレですよ、オレ!! 遠藤京助!!」

「エンドロスキン? 痔の薬か何かかの?」

「エンドーキョウスケだーーっ!!! せめて風邪薬とかにしろ!!」

 そこまで怒ったエンドーは、マーキンがぼけたふりをし、話の崩壊を狙っていることに気付いた。

「とぼけても無駄ですよ。約束どおり、町長に許可をもらってきましたから!」

 そう言って、チラシの許可書を、机に叩きつける。

 マーキンは、明らかに迷惑そうな顔でエンドーを一瞥すると、しぶしぶ許可書に目を向けた。

 ――約束どおり、町長から許可をもらった。これでマーキンも断る理由はないはずだ。

 だが、マーキンはそれまでにない鋭い目つきで、許可書を見つめると、突然、

「なんじゃと!? そんな馬鹿な!!」

 怒鳴りながら、怒りと驚愕の表情で立ち上がった。

 まさか本当に許可をもらってくるとは、予想だにしていなかったのか、または、許可を出した町長に対しての怒りなのか、許可書を破れんばかりに握り締めるマーキンの手は、わなわなと震えていた。

「ま、そういうことです、マーキンさん。ここはあきらめて――」

「特売セール!? なんと! 全品激安祭りとな!?」

「……あれ?」

「安い! 安すぎるぞ!! ……む? よく見ると去年の日付じゃ」

「……マーキンさん、逆。裏面を見てください」

 はてな? という顔をし、マーキンはチラシの広告面を裏返した。

「(わざわざ疲れる人だ……)」

「…………」

 裏面の町長のメッセージを黙読し、マーキンは一瞬、顔をしかめた。が、すぐに承知したように鼻を鳴らした。


「ついてきなさい」


 机の上を作業中のまま、マーキンは白衣を着替もせず、エンドーを外へ連れ出した。

「どこへ行くんですか?」

「わしの研究所じゃ」

 マーキンがまんじゅうを頬張りながら喋る。

 いつの間にか、エンドーがもらった品々は、すべて私物化されていた。

「研究所まであるんですか」

「小さなものじゃがな」

 途中、何人かの住人に声をかけられたが、誰もが「お、あんた――」と言ったところで、口をつぐむ。マーキンがとなりに居るせいだろう。

 だが、マーキンは住人達の態度に慣れているのか、気付いていないのか、なにくわぬ顔。


 ――町の端に、段状につくられた墓地があり、その階段を上っていく。小山の頂上に研究所があるのだ。

 いくつも並ぶ墓石の一つ一つを、エンドーは半ば他人事とは思えない気持ちで眺め歩く。

「(こいつらの仲間にはなりたくないものだ)」

 無言のまま階段を上りきった二人の目の前に、二階建てくらいの高さの白壁の建物が現れた。

「小さいじゃろう。まあ、これから大きくするさ」

 わっはっは!と笑うマーキン横で、エンドーは貧乏町長のことを思い出していた。

 あのボロボロの家に住む町長の援助金もあって、この研究所は建てられたのだろうか、と。そう思えば、更にあわれに思えてきた。


 だが今は、あわれみの感情よりも、緊張感のほうがはるかに勝っている。

 戦いの前のドロドロとした気持ちの悪い緊張感が、胸の中に流れ込んでくるのを、エンドーは感じていた。

 ――大丈夫。これまでうまく生き延びてきたんだ。

 今はその自信だけが、緊張をねじ伏せる唯一の武器だった。


「――ん?」


 と、不意に、エンドーは背後に冷たい風を感じた。


「どうした、早く来いな」


 いつの間にか、マーキンは研究所の入り口ドアの前でカギを開けていた。

 後ろを振り返りきょろきょろするエンドーに、手招きをしている。

「おかしいな……」

 すぐ後ろに何かの気配を感じたのだが、気のせいだろうと思い、エンドーは研究所の中へと入っていくマーキンを追った。



 ドアが閉まると、真っ暗な研究所内。

 マーキンが、奥の壁のハンドルを回すと、壁の一部が持ち上がり、光が差し込んだ。

 真っ黒な影しかわからなかった、さまざまな装置や、骨組み段階の船のような乗り物がいくつか姿を現した。研究所というよりは、組み立て工場といった感じだ。

 完全に壁が開くと、そこから裏庭らしき広い空間が窺える。

「裏庭か」

 エンドーは芝生の庭へ出ると、空を仰ぎ見た。

 空はほぼ晴天。広い範囲で、雨が降る気配は全くない。


 そこへ、マーキンが巨大な袋を引きずってきた。一目でそれが『気球』だと判断できる。

 続いて、ゴンドラと、バーナーも運ばれてきた。

「こいつを操るのはずいぶんコツが必要じゃぞ」

 そう言いながら、着々と準備を進めるマーキン。

 気球なんていうものに、エンドーは乗ったことがない。それどころか、触ったことも、直接見るのも初めてだ。だが、理科の授業でそのしくみなどは理解している。

 エンドーも準備を手伝いながら、気球の操作説明を簡単に聞く。

「――気球には推進力がない。じゃから、風の力のみで移動しなければならん」

 高度を調整しながら、進む方向に適した風を探すのだ。


 ――ほどなくし、庭が覆い隠されるほどに、白いバルーンは大きく膨らんだ。

 その立派な姿を、マーキンは惚れ惚れと見つめる。本気で、真面目に空に憧れているのだと、その純粋な子供のような瞳が語っている。


「――マーキンさん。ありがとうございます」

 ゴンドラに乗り込み、エンドーははじめて心から、素直にお礼を言えた。

「ふん。礼なら帰って来てからせい」

 腰に手を当て、鼻で笑うマーキン。

「……ええ。それじゃ」

 対してエンドーは曖昧に微笑む。

 おそらく、もうここへは帰ってこない。自分達はこの世界を滅ぼすために来たんだということを、エンドーは忘れていない。だからこの気球を返すことも、マーキンの研究が完成することも、ないだろう。

 その虚しさを打ち消すように、エンドーはバーナーの噴出ヒモを思い切り引っ張った。

 ボウッ!と勢いよく炎が上がり、気球はゆっくりと浮上する。

 エンドーは無言で、小さくなっていくマーキンに手を振った。

 マーキンは仏頂面で、浮上していく気球を見つめていた。


 ――気球は風に流され、見えなくなっていく。

 白い気球は、まるで小さな雲。空の一部になったかのように――

 その眺めに、ようやくマーキンは表情をほころばせた。


「やれやれ……。あの気球は、高くつくんじゃがなぁ」


 完全に気球が見えなくなっても、マーキンはその空を眺め続けていた。

「わしも、もっと熱意を持たねばな」

 そして、無言で空に手を振った。



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