25:クロスワード
「うおおおぉぉ!!! お前らをここから出すわけにはいかん!」
マハエと、SAAP隊長を前にし、番人は低い声で叫ぶ。
その迫力に尻込みするマハエとは逆に、隊長は表情一つ変えない。
番人が更に低い声でうなりはじめた。
「ぐうううううぅぅぅぅぬ……!」
番人の太い腕から、何本もの触手が伸びた。
「なんだ……? こいつ、人じゃないのか?」
「ぐははは! ひねり潰すっ!」
――ビシュッ!
触手がマハエの隣の隊長を襲う。
――キィン!
隊長は刀を目の前に構え、それを弾いた。
マハエは彼の後ろに逃れ、武器になりそうなものを探した。
――キィン! ガキン!
触手の連続攻撃を、隊長はことごとく防ぎ、弾いている。
マハエは、床に転がっている、切断された牢の鉄棒を拾い上げた。棒の先はやや斜めに切断され、槍のようになっている。
――少々重くて扱いづらいが、構わない。
マハエはそれを前に突き出し、戦いに加わった。
触手攻撃が素早すぎて、隊長もなかなか攻撃にうつれない様子。
触手は両腕から出ている。数は六本。それぞれが意思を持っているように動く。
「(ようするに、敵は七体か)」
マハエはせめて片腕だけでも封じようと、鉄棒で敵の左腕を突いた。
だが、棒は三本の触手に絡めとられた。そして触手は、恐ろしいほどの怪力で、それをマハエごと持ち上げ、床に叩きつけた。
「ぐはっ!」
身動きがとれないマハエに触手が、絡めとった鉄棒で攻撃をしかける。
――シュン!
寸前で、触手が三本とも切断された。
「大丈夫ですか?」
マハエを助けた隊長が、手を差し伸べる。
ひるむことなく襲いくる残りの触手が、続けて振られた刀に、糸を切るように切断された。
「なんだと……!?」
すべての武器を失った番人がたじろぐ。
「準備運動は、このくらいでよしとしましょう」
隊長が刀を縦にまっすぐ構え、魔力をそそぎ込む。白い刀身が淡い光をまとった。
が、番人は余裕の表情で、
「まだまだぁ! これで終わりではない!」
すると、体中から新たな触手が伸び、そのすべてが無抵抗の隊長を襲う。
マハエはすぐに足に魔力を溜め、床を踏みしめようとした。が――
――シュパァン……
それまで居た場所から、隊長の姿が消え、同時に番人の動きが止まった。
「斬灯―― 『灯柱』」
番人の大きな体の中央で消えていく、縦に伸びた白い光の柱。
一言も発することなく倒れる番人の後ろで、隊長が魔力の光を帯びた刀を、鞘にもどした。
それはアニメさながらの光景。とても人のものとは思えない素早い技、動き。まさに電光石火の如く、敵を切り裂いた。
足に溜めっぱなしだった魔力を解放し、マハエは一つ質問した。
「苦戦…… してたんじゃ……?」
「いえ、敵の動きを見極めていたんですよ。それに、まだこの体にあまり慣れていませんから」
「…………」
「それよりも、大丈夫ですか? あんなに激しく叩きつけられて」
「……ええ、まあ……」
マハエはうつむいたまま、「行きましょう」という隊長に従った。
念のために鉄棒を持つマハエだが、この隊長の後についていけば敵はいないのかもしれない。
――それよりも、隊長が使った魔力の技のことが気になっていた。
「隊長さん。名前とかあるんですか?」
人気のない廊下を警戒しながら歩く二人。
マハエは先を歩く隊長に尋ねた。
「名前は―― そうですね……。002部隊は、切り込み部隊ということで、『槍』と『剣』という意味で、『ソウケン』と呼ばれていました。攻撃専用としてつくられたのです」
「なるほど。その他の部隊が存在したのか、という疑問は置いときましょう」
「ソウケン―― わたしのことは『宗萱』とでも呼んでください」
「宗萱…… ね」
少し嬉しそうに、隊長―― 宗萱がうなずいた。
「この世界に送られたプログラムが、『002』一部隊だけでよかったです。少数とはいえ、部隊を敵に奪われてしまった今、それを倒せるのはわたしと―― あなた方しかいません」
――人間の戦闘力はたかが知れている。
無力な幼い子供を見るような宗萱の冷たい目に、マハエは気付かない。
「そうですね。これ以上敵が増えないことを祈ります」
「……気を引き締めて行きましょう。また捕まれば元も子もないですからね。敵と遭遇したときは、わたしに任せてください」
「了解」
マハエはマハエで、心強い味方が加わり、一安心していた。
「あれ?」
ジャケットのポケットをまさぐっていたマハエが、そこから“黒い箱”を取り出した。
「『無線機』ですね」
「こんなの、拾った覚えはないんだけど……」
マハエはしばらく無線機をいじるが、使えないらしい。
だが、何か重要そうな感じがしたので、またポケットにもどした。
廊下の窓から広場が見える。
広場の奥に、大きな建物があるらしい。
「宗萱さん。ここって――」
宗萱も、その建物を見て、マハエの言葉に続く。
「“城”ですね。我々は目指していた城の、牢に閉じ込められていたのです」
「城って、王の城―― ですか?」
「ええ、和解を求めた王の城。わたしの部隊は、この広場で拉致されたんです」
「……いよいよ、怪しいな……」
王とは何か。セルヴォとは何か。また、敵とは何なのか。
マハエは、クロスワードの答えが見えてきた気がした。
「やつらが逃げ出したか」
「はい」
「こうもやすやすと逃げられるとはな……」
――赤いじゅうたんが敷かれた、こざっぱりした部屋。
豪華な椅子に座った黒マントの男と、銀髪の男。
マントの男は、不都合を楽しむように笑った。
「ふふふ…… けっこうなことだ。いや、いい機会ではないか。モルモットが箱庭に逃げ出したくらいで、実験に支障は出ない。予定を少し早め、“試作品”の相手をさせろ」
「承知しました」
銀髪男は、確認するようにマントの男に尋ねる。
「すべて任せてもらえますね?」
それに対し、マントの男はうなずくと、コンピューターの画面を見つめた。
画面は、複数の監視カメラの映像を映している。
その中の一つのカメラに、大きな“鎧”が映された。
「――使うの?『Rey‐プロト』を?」
どこから現れたのか、部屋の隅に年の頃、二十歳ほどの女が立っていた。長いすみれ色の髪を後ろで団子状に結び、丈の長い青色の服をまとっている。
「居たのか、“セレーネ”」
無表情の女の顔。それが整った顔立ちをより強調させる。
「まだ実験段階でしょ?」
「ふん。実際に使ってみなくては、完成はしない」
「それで、失敗に終わる。なんてことは予想してる?」
「……お前も、“グラソン”と同じ事を言う」
その言葉に、女―― セレーネはそれまで無表情だった顔を初めて歪めた。
「一緒にしないで」
怒ったように言うと、つかつかと部屋から出て行った。
マントの男は、その様子に気兼ねすることなく、再びコンピューターの画面に目を戻した。
「ショーの始まりだ」