24:SAAP
『ぐおー、たぁべちゃうぞぉー』
『たすけて〜 あ〜れ〜』
『ぐへへへへ。だれもたすけになんか、こないわぁ! そぉれガジガジ』
『いやぁ〜 やめてぇ〜 ハンバーグかえしてぇ〜』
『ぐははははは!』
「――っぷは!?」
恐ろしい夢で、マハエは飛び起きた。
「はぁはぁ…… やっべぇ、近年まれに見る壮絶な夢だったぜ…… あれ?」
何が恐ろしかったんだっけ? と直前まで見ていた夢を思い返そうとする。
「(たしか、テンションの高いインド人に、超甘口カレーを食べさせられて…… じゃない。ポルトガル人だったっけ……?)」
――とにかく、思い出そうとすると鳥肌が立つ夢だったのだ。
頭が冷静さを取り戻すのに三分要し、ようやく現実を取り戻した。
――シンとした薄暗い部屋の片隅に、マハエは寝かされていた。
「なんでオレ、こんなところで……」
一分ほど考え、自分が港町で“ドクロ面”に襲われたことを思い出した。
謎の男の言うとおりに行動し、赤い屋根の小屋の前で――
――やはり罠だったのか。
そう考えると、今、自分がいるこの場所の異様さに、はっきりと気がつく。
縦にまっすぐ、細い鉄の棒が伸びて、床と天井をつないでいる。それが何本も並んで、まるでマハエを閉じ込めるように――
「おいおい…… マジで?」
マハエは牢屋に放り込まれ、冷たい床に転がっていたのだ。
あれは罠だった。そう確信するには、十分だった。
「冗談じゃないぞ!」
鉄格子のドアを、ガチャガチャとゆする。
「出せ! コラ! 出せクソッタレ!」
「うるさいぞ。静かにしろ!」
「すいません……」
牢屋の番人であろう大男に、低い声で怒鳴られ、マハエは動きを止めた。
番人はぶつぶつ言いながら奥へ消えた。
「……って、何でオレがあやまらなきゃならないんだ!?」
ガシャンガシャンガシャン!!! とドアを乱暴にゆする。
「出ぁー せぇー よぉー!!」
ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャ――
「――あ。」
前に押したとき、鉄格子のドアが枠から外れた。
なんという手抜き工事か。
その音に気付いた番人が、ギロリとマハエをにらむ。
「…………」
マハエは黙って、ドアをもとにもどした。
――格子ドアは、すぐに鎖でぐるぐる巻きにされ、脱出は不可能となった。
「馬鹿だったな……」
抵抗すればよかったものの、番人ににらまれ、マハエは弱気になってしまった。それは不良の類が苦手なマハエの悲しい性。
魔力を使ったとしても、この牢は壊せそうにない。おまけに武器もない――
「あれ?」
マハエは自分が寝ていた場所に目をやり、あるものを見つけた。
それは、“つば”のない真っ直ぐな居合刀のような刀。黒い鞘におさまっている。
意外な場所で武器を見つけたが、その刀は日本刀とは違い、ある程度の達人にしかなかなか扱えないだろう。
「(ま、武器は武器だ。ありがたく頂いておこう)」
だが、武器があっても脱出できなければ意味はない。
監禁されているということは、いずれ脱出するチャンスはある。そのときまで待つしかない。
いつのことになるのか。マハエは、もう一分だってこんなじめじめしたところに居たくはなかった。
「――あなた、人間ですか?」
唐突に、信じられないほど近くから聞こえた声に、マハエは驚いた。
薄暗くて気がつかなかったが、この牢の中にはもう一人、人が居たのだ。
その人物は木箱の陰に座っていた。
黒い服に、黒いズボン。とじたように細い目を隠すように、つばの垂れた黒い帽子をかぶっている。若い男のようだ。
全身真っ黒な姿が、闇と同化していた。
敵ではないことを確認し、マハエは話しかけた。
「あなたは……?」
「……人間、なんですね?」
質問に質問で返してくる男。
「人間…… ていうのは? オレはモンスターではないですよ」
「いえ……。あなたは、“セルヴォ”ではないのですね?」
男の言った意味を理解するのに少し時間がかかったが、それを理解すると、大きな疑問が浮かんだ。
「なぜセルヴォのことを? 何者なんだ?」
男は帽子をくいっと上に上げ、マハエを見据えた。
「やはり、あちらから送られてきた“人間”、ですか」
「あ、ああ。でもなぜ……?」
「わたしも、この世界に送り込まれてきた者です。ただ、あなたとは違う」
男は立ち上がり、帽子を取った。
「わたしは、特殊武装プログラム―― 『SAAP』。部隊002の“隊長”です」
こげ茶色の髪の頭をマハエに向け、ていねいにお辞儀をする。
「SAAP…… って……」
――セルヴォ化したSAAP達は、自分達に敵意を向けている。
案内人がそう言っていたのを思い出し、マハエは刀を黒い鞘から引き抜く。
だが、その手を男―― 隊長が押さえ、見事な手さばきで、一瞬のうちに刀を奪った。
「落ち着いてください。わたしは敵ではありません」
言葉自体は信用できるものではないが、敵なら牢屋に閉じ込められていた理由がわからない。
マハエは信じてみることにした。
「……すいませんでした。でも、SAAPは敵だと言われたので」
「ええ、たしかに、ほとんど―― いえ、わたし以外すべての仲間が、洗脳されてしまいました」
「……洗脳?」
隊長の話では、この世界に送り込まれたSAAP達は、全員がセルヴォと化した。しかし、部隊は任務の遂行を続けた。そして、城にたどり着いたとき、何者かに拉致され、洗脳されてしまった。隊長は、気付けばこの牢に監禁されていたらしい。
「その何者かを、見ましたか? どんなやつが――」
「牢に入れられる直前だと思いますが、二人の男の声が聞こえました。姿は…… わかりません」
「そう、ですか……。オレは、制作者の依頼でこっちに送り込まれました。小守真栄といいます」
ようやくマハエも自己紹介。
「シンエイさん、ですか。仲間は何人ですか?」
「オレを合わせて三人です」
三人という数の少なさに驚く隊長だが、それを隠して言う。
「あと二人ですか。捕まっていなければ良いのですけど」
「全員捕まってたら絶望的だな……」
全員が捕まってしまったら、ここから助け出してくれる者はいない。敵がそのうち牢を開くときを待つしかないのだ。
「一つ―― 脱出する方法ができました」
隊長が冷静に言った。
「本当ですか!?」
「はい。任せてください」
そして、先ほど取り上げた刀を、鞘に収めたまま、横にして両手で前に構える。
「この世界に来て、プログラムの武器は使えなくなりました。ですがこの刀は――」
刀に魔力がそそがれる。
「――て、あなた、一体……!」
マハエは、自分に流れる魔力と、同じような気配を感じていた。
「わたし達は味方同士です。協力し合いましょう」
隊長はそう言うと、刀を振った。
――閃!
その振りは、目に見えぬほどの速さで、鞘から抜かれた刀は、空中に白い光の線を残した。
――ガランガラン……
光の線が消えると、すっぱりと切断された鉄の棒が、床に転がった。
「すげぇ……」
「この刀は、この世界でつくられた物のようですが、どういうわけか、わたしの手に馴染んでいますね。なぜあなたがこれを?」
「そこで見つけたものです」
そう言い、自分が寝ていた場所を指差す。
「……わたしが目覚めたときには、何もなかったはず……」
隊長は刀を鞘におさめ、左手に握った。
「なっ……! お前らどうやって……」
番人の大男が、音を聞きつけてやってきた。
すでに牢を脱した二人は、大男と向き合う形に。
隊長が一歩前へ出た。
「さて、身体慣らしといきましょうか」