22:町長さんの依頼
「そうか……。マーキンにのう……」
エンドーは、町長にガレット・マーキンのことを話した。
一通りの話を聞いた町長は、困ったようにうなった。
「何とかなりませんかね?」
「……わしとマーキンは、古くからの友でのぉ。たしかに、わしから頼めばどうにかなるが……」
しかしのぅ。と、町長はまたうなる。
「マーキンの研究には、わしも援助金を出しておる。じゃから、マーキンが言うように、見ず知らずの者にそうやすやすと許可は出せんのじゃ」
たしかにその通りなので、エンドーは口を出せない。
マーキンにしたのと同じように、町長にも尋ねる。
「……何か条件を?」
「そうさなぁ……」
そして沈黙。
「…………」
町長はうつむいて、眠ったように瞑想する。
数分の沈黙後、先に口を開いたのはエンドーだった。
「……ところで町長さん」
「……んを!? な、なんじゃ!?」
「…………」
眠っていたようだ。
「なぜ町長さんの家は、こんなにも…… レトロというか、雑巾というか……」
「ふぉっふぉっふぉ。なぜこんなにもボロボロなのか、とな?」
「ええ」
貧乏暮らしを楽しむような、町長の顔。
「マーキンに資金援助をしておるのもそうじゃが、ある金はこのような老いぼれのために使うよりも、未来ある町民のために役立てたほうが効率的じゃて」
その言葉に、エンドーは心を動かされた。
だから、町民からの信頼も厚いのだろう。前の町の町長とは正反対だ。
「おお、そうじゃ。お客人には茶を出さんとのぉ」
「いえいえ、けっこうです」
立ち上がろうとする町長を、慌てて止める。
「そうかぃ。それじゃ、ニボシでも食うかね?」
「心から遠慮いたします」
「むぅ。そうかぃ」
残念そうな顔で町長が言う。
「ところで、さっきの条件を思いついたのじゃが」
「そ、そんな無理して考えなくても……」
町長はふぉっふぉっふぉと笑い、条件を言う。
「最近、この付近にモンスターが出現する。というのは言うまでもない。そこで、賞金稼ぎであるおぬしに、依頼しようと思う」
「ちょっとまて」
エンドーが手の平を町長に向け、言葉を止める。
「いつオレが賞金稼ぎだと言いました?」
「ふぉっふぉ。門の警備員から報告が入っておる。黒髪の若い賞金稼ぎが町に入ったとな」
「ま、まさか、それを知っててわざと話を――」
「ぐおっほん! そこでおぬしに依頼というのはじゃな!」
ちゃぶ台に片足を乗せ、エンドーをビシッと指差す町長。
「その、どこからともなく湧いて出るモンスターの源をつきとめてほしい!!」
老人にしては迫力のある言い方だった。
ある程度、ろくな条件ではないことを予想していたエンドー。
「オレ一人で、ですか?」
「嫌なら、マーキンはあきらめるんじゃな〜」
「(卑怯な……!)」
町長本人は、これでエンドーはあきらめるだろうと思っている。
だが――
「モンスターのもとを探れば、マーキンの件、どうにかしてくれますね?」
その言葉に町長は驚いた。だが、今更止めるのもおかしな話だ。
「……約束しよう」
やむなくうなずいた。
――町長の依頼を受けたエンドーだったが、町長の家を出るやいなや、地面に両手をついて激しく後悔する。
「なんでオレはこう、いつも――」
それが自分のもっとも悪いくせだと、わかってはいるが、どうしても自分を制御できないエンドー。
先の見えない森の中を突っ走って、崖に向かってジャンプしたときに、馬鹿をしたと気付く。
「親の顔が見てみたいぜ……」
最後に、額を地面に打ち付けた。
その馬鹿な行動が、通行人達の視線を集めているということも知らず。
「しかしまあ、受けちまったもんは仕方ねぇな」
――立ち直りが恐ろしく早いというのも、エンドーの大きな特徴の一つだ。
しかし、そのせいで、いつも後悔したことを忘れてしまうのだ。
町の門を出るとき、警備員達がエンドーを応援する。
「がんばれよー」
「死ぬんじゃないぞー」
「頼りにしてまっす!」
いつの間にエンドーが受けた依頼のことを聞いたのだろうか。
「まかせとけー」
まるでやる気のない声を残し、警備員達に見送られる。
――魔力はすっかり回復し、戦闘準備は万端だ。
できれば道具もそろえたかったが、有り金すべてを、前の町の食堂に置いてきてしまったことを思い出した。
モンスターが発生する原因。
それは、エンドーも気になっていたことだ。考えられる原因としては、悪町長の“試験部屋”のように、どこからかモンスターがテレポートしてきていること。
だが、その装置の場所すら、けんとうもつかない。もっとも、土地勘があれば別だが、当然エンドーにそれはない。
――となれば、やることは一つ。
エンドーは適当な木によじ登り、モンスターを観察。
モンスターは、彼に気付かず、うろうろと徘徊している。
視力が良いおかげで、平原の隅々までくまなく観察できる。
モンスターの動き、集まっている場所―― 怪しいところはないか――
長時間集中できることといえば限られている。ゲームをするとき、本を読むとき。彼にとって今のこの状況は、本来耐えられるはずもないものなのだが。
まだ少し冷たい風が、何度も肌をかすめるが、身動き一つもしない。
他の誰かが同じように木に登って観察しただろうか。そらくエンドーが初めてだろう。そのおかげで、通常ではなかなか見えない場所に気がついた。
そこから百メートルほど離れた場所に、よくよく見ないとわからないほどに草で隠された道がある。
数分おきに、そこからモンスターが現れるのだ。
「あれか」
エンドーはするすると木から下り、草陰に隠れながらその場所へ移動した。
「――間違いないな」
じっと耳を澄ますと、わりと近くから、ボワゥン…… というテレポートの音が聞こえた。
近くに装置がある、と確信したエンドーは、モンスターが出現する怪しい隠れ道に入った。
背の高い草を、何度も踏みつけてつくられた獣道に従う。
普段は人が立ち入らない場所なのだろう。【立ち入り禁止】や【ケモノ注意】などといった看板がいくつか立てられていた。
獣道をたどるのは、本来危険な行為だ。いつ獣―― モンスターと正面から出くわすかもわからない。
「(そのときはそのときだ)」
いつものマイペース思考でさくさくと獣道を進む。
「グブルルル……」
聞き覚えのあるうなり声に、エンドーは慎重さを取り戻す。
――ドラゴンだ。
あふれ出る恐怖に栓をし、気配を感じ取る。自分を野生化させる。
――おそらく獣道のゴールであろう、小さな掘っ立て小屋の前に、それはいた。
まるで小屋の番をしているかのように、ドラゴンは動かない。
「グルル……!?」
鼻が利くのか、ドラゴンは早くも人の臭いを嗅ぎとったようだ。
あの小屋の中に装置がある。と確信したエンドーは、周りの状況を確認した。そして、できるかぎり音を消し、草むらの中で身をかがめる。
ここは草が生い茂り、視界が悪い。
それはエンドーにとってもそうだが、ドラゴンからしても、自分よりも小さなエンドーを見つけるのは至難だろう。
更に言えば、体の大きなほうは小さな者から見れば見つけやすい。しかも、エンドーが得意とするのは遠距離からの爆撃だ。
割合的には、エンドーが有利。
「っしゃ! いっちょやるか!」