21:ガレット・マーキン
「マーキンさんかい?」
エンドーの質問に、なぜかめんどくさげに答える青年。
「あの人に何か用? 知り合いかい?」
「いえ、知らない人だから訊いてるんです」
「そうかぁ、あまりあの人とは関わらないほうが――」
前にもこんな会話をしたことがあるぞ。と、ギクリとするエンドー。
「あの人はなんというか、うん。一言で言うと“変人”だ」
「…………」
エンドーは目頭を押さえる。
変人としか関わりを持てないのか、変人に呼び寄せられるのか、エンドー自体が変人なのか。
――その問題は別として、マーキンの居場所を訊く。
「あの人なら、たいてい家にいるからなぁ。わけのわからない研究をしているよ」
「で、家はどこです?」
――マーキンの家の場所を聞き出し、エンドーは気が進まないまま、そこへ向かった。
「(オレだけが辛いんじゃない。オレだけが辛いんじゃない)」
そう自分に言い聞かせる。
――マーキンの家は、高いエントツが目印。家の前には、ガラクタが山のように積まれている。
その情報だけで十分だった。
ほどなくして、エンドーは目的の家を見つけた。
情報どおり、家の前にはガラクタが山のように。
気球や、飛行船に似た模型がいくつも。試行錯誤を繰り返したあげく、捨てられた模型や、機械の部品。
「まだ、まともな飛行技術も発展していない世界か……」
そういう世界の不便さを想像し、エンドーは苦笑した。
ガレット・マーキンは、この世界の人が空を飛ぶための研究をしている。それが完成すれば、この世界は大きく変わるだろう。
その前に、滅びなければ……。
エンドーは、ドアの呼び鈴を鳴らした。
「…………」
誰も出てこない。
もう一度、呼び鈴を鳴らす。
「…………」
――もう一度。
「…………」
今度は声をかけてみる。
「すいませーん。マーキンさーん」
留守なのかもしれない。しかし――
「この家にマーキンはおらんよー」
中から男の声がした。
マーキンの助手かもしれない。
「居ないのか、まいったな……。どこ行ったんだ? ――すいませーん、マーキンさんはどこに出かけられましたか?」
「マーキンは引っ越したー」
「引っ越した!?」
「ああー、さっき引っ越したー。本人のわしが言うんじゃ、間違いない」
「居るんじゃねーか!!!」
エンドーは、ドアを蹴り開けた。
「……居ないと言っておるじゃろう」
「ヘッタクソな居留守使ってんじゃねぇー!!! あんたがマーキンだろ!!?」
「……わしはフランソワじゃ。マーキンの双子の弟じゃ」
「なんてベタな言い訳を……!?」
机で作業中だった、ボサボサの白髪、白いヒゲ、汚れた白衣を着た老人は、気だるげに顔を上げた。
「誰じゃ? 何か用か?」
「オホン。すいません、マーキンさん。オレは遠藤京助といいます。えーっと……」
そういえば、何の用があってマーキンを探していたのか、詳しい理由を案内人から聞いていなかったことを思い出した。
「遠く離れた場所に、至急行かなくてはならないので、乗り物を貸してください。と」
それまで居ないと思っていた案内人が、突然声を出した。
「え、えーと……。遠く離れた場所に、至急行かなくてはならないので、乗り物を貸してください」
「イヤじゃ」
即答するマーキン。
「いやいや、そこを何とか……」
「イヤじゃ」
「…………」
「なぜわしが、見ず知らずのやからに、物を貸さねばならんのじゃ?」
「まあ、たしかに言えてますね」
何とか説得できないものか。
エンドーは、表に捨ててあったガラクタを思い出した。
「ところで、研究のほうはどうなっていますか?」
「なんじゃ、興味があるのか?」
「……ええ」
「あと一歩というとこかの。自由に空を飛ぶ、大きな乗り物をつくるのじゃ」
飛行船のような乗り物のことを言っているのだろう。とエンドーは理解した。
「空を飛ぶしくみとかは?」
とりあえず飛行技術に興味があるふりをする。といっても興味がないわけでもないのだ。
飛行船は、気体の性質を利用して浮上するものだ。この世界ではどのようなものになるのか、エンドーは少なからず興味があった。
「なるほどのぅ。おぬし、良い目をしておる。悪かったの、実はわし、フランソワではないんじゃ」
「……わかってます」
あきれるほど変人だ。そうエンドーは確信した。
マーキンが、金庫の中から小さな黒い石を出してきた。
「これが、何かわかるか?」
握りこぶし半分くらいの大きさのその石は、透き通ったきれいな石炭のような物で、現実世界では見ない物だ。
「これは『太陽のかけら』と呼ばれる石での。とても貴重なものじゃ」
それをテーブルの鉄板の上に置き、マッチをこする。
「一見、石炭のようじゃが、こいつに熱を与えると――」
マッチの先端についた火を、石に近づける。
すると、黒かった石が、瞬く間に真っ赤になった。
「少しの熱で、膨大なエネルギーを生み出す、奇跡の石じゃ」
赤くなった石に、周りの鉄片が引き寄せられるように動く。
マッチの火が消えると、石は元の黒色にもどった。
「この石が生み出すエネルギーを利用し、大きな機械を動かそうと思う。しかし、たったこれっぽっちじゃ、限界がある。しかも、石の力にも限りがあるしのう」
『太陽のかけら』という石が生み出すエネルギー。エンドーは、自分が持つ『魔力』に、近いものを感じた。どちらも、未知のエネルギーに違いないのだから。
「この石は、さっきも言ったように貴重なものでな。そう簡単には手に入らんのじゃよ」
残念そうなマーキン。
エンドーは簡単になぐさめた後、再び本題を持ち出した。
「ところで、乗り物を貸してくれま――」
「イヤじゃ」
「…………」
それとこれとは話が別。とでも言うように、即答され、エンドーは別の方法を模索する。
――それなら、少し遠回りの方法しかない。と考え、
「では、どうすれば貸してもらえます?」
その質問に、マーキンは「うーむ」と考え、言った。
「わしのゆいいつの親友である、町長の頼みじゃったら、『気球』を貸してやらんこともない」
「ちょ…… 町長っすか……」
「うむ。この研究の費用の一部を、町長に協力してもらっておるからのう」
できればもう、町長などというやからには関わりたくなかったエンドーだが、そうしないとマーキンを説得できない。ということで、やむなくマーキンの家を出た。
「ふ…… ふふふふふふふ……。嫌な予感がするぜ……」
ここの町長がまともでありますように。と、エンドーは心の底から願った。
――だがすぐに、そんな願いも叶わぬものだと悟る。
町長の家もまた、マーキン家に負けず劣らず、見つけやすかった。
住人の情報で、町長の家を見つけたエンドーは、思わず回れ右をする。
「いかん。騙されたな」
それを町長の家だと言われても、信じることはできない。
壁にはヒビが入り、隙間だらけ。窓のガラスは割れ、板が打ち付けてある。
テレビや絵本の昔話によく出てくる、典型的な“貧乏”家屋だ。
「くそ…… もう一度“町長の家”を探しなおさなければ――」
「――町長さーん! どうぞ、おすそ分けです」
「おお、おお、いつもすまんね。ほほう、これは美味そうなジャガイモじゃな」
エンドーは、もう一度回れ右で、ボロ家に向き直る。
町民であろう奥様が、ボロ家のドアを開け、町長と話をしている。
「……まさか、本当に町長の家なのか?」
「――それじゃね、町長さん。お体に気をつけてくださいね」
「おお、おお、そこは抜かりないぞぃ」
「うふふふふ。けっこうなことですわ」
大声で突っ込みたい気持ちを、エンドーは数回の深呼吸で抑え込んだ。
奥様が去った後のドアを、エンドーは壊れないようにそっとノックした。
「はいはい、どちら様ですかな?」
「遠藤京助という者ですー。お願いがあって来ましたー」
半ば脱力気味に声をかける。
「お入りくださいな」という町長の返事で、エンドーはドアを開けた。
「う……」
思わずうめき声を出してしまうエンドー。
――一言で言うと、そこは家ではない。
全体の広さは、六畳間ほど。床のところどころに穴があり。使い古されたむしろの上には、それ以上に使い古されたであろうちゃぶ台。
見ているだけで悲しくなる。
そして、ちゃぶ台に向かって、今にも昇天してしまいそうな老人が。
「いらっしゃい。わしに何の用事かの?」
「えー…… あー、その……」
あまりにも哀れな町長の姿に、エンドーは本当にこの人にものを頼んでよいものか、気の毒になってしまう。
「遠慮などいらんよ。それに、わしは哀れな老人などではない」
エンドーの思ったことを見透かすように、町長が言った。
とりあえず、エンドーは靴をぬぎ、町長の向かいに座った。