19:町長の研究書
ここはどこかの部屋の中。
部屋の広さのわりに、ひどくこざっぱりしている。
赤く長いじゅうたんが中央に敷いてあり、その上に豪華な椅子一つだけ置いてあるだけだ。
二人の男が話をしている。
一人は、日焼けしたような茶色い肌の、銀色の長髪男。
もう一人は、椅子に座り、全身を黒いマントで身を包んでいる。対SAAPのようにも思えるが、ドクロの仮面をつけてはいない。
立場的には、銀髪男のほうが部下といった感じだ。
「――そうか、しくじったか」
銀髪男の話を聞いたマントの男が、楽しそうに言う。
「どういたしましょう?」
「ふふ。あいつはもう必要ない。こちらの情報を知りすぎたしな。――消しておけ」
銀髪男はうなずくと、もう一つ訊く。
「例の実験体は?」
「あいつはこれから必要になってくる。まあ、いつまでも放し飼いというのは、少し危ないか……。いや、放っておいても向こうから帰ってくるだろう」
承知しました。と銀髪男は背中を向けた。
「一人―― 二人、捕らえたようだな」
部屋から出ようとする銀髪男が立ち止る。
「面白くなるぞ」
マントの男は嬉しそうに笑った。
無表情だった銀髪男も、口元を吊り上げた。
「想定外の結果にならぬよう、お気をつけください」
「ふふ……。どのようなことがあろうと、結果は同じだ」
「たしかに。では、“黒服”はこちらにすべてお任を」
――扉が閉まり、銀髪男がいなくなっても、マントの男の顔はまだ笑っていた。
そして、椅子のひじ掛に仕込んであるスイッチを押した。
床が開き、コンピュータのような機械が現れた。
「ここからが、始まりなのだ」
外からのモンスターの咆哮で、エンドーは目覚めた。
シャッターが下りた倉庫の中。エンドーは、ここへテレポートし、しばらく横になって休憩していた。
膨大な魔力を一度に使うと、疲労もかなり大きい。
眠っていたのはほんの短い時間だったが、魔力のほうはだいぶ回復したようだった。
「あー…… 起きたくねぇー……」
起きたくない理由は山ほどある。
試験、モンスター、ロボット、町長――
「…………」
エンドーは、まだ重たい体をしならせ、飛び起きた。
「そうだぁ! あんのクソ町長ぉ! もう許さねぇ!!」
町長への激しい怒りを爆発させる。
――エンドーの中の何かが音をたてて外れ、粉々に砕けた。
シャッターを爆破し、駆け出すエンドー。
「うおあぁぁぁ!!!」
そこは、あの町の西。町を囲む防壁の外側だ。
許可証で西出入口を通らなくとも、エンドーはその外へテレポートしていたのだ。
「おおおおおお!!!」
だが、そんなことは今のエンドーにとっては、どうでもいいことなのだ。
物見やぐらの上の見張りが、絶叫しながら突進してくるエンドーに気付く。
「おい! 少年が襲われているぞ!」
下の警備員に向かって叫ぶ見張り。
だが、エンドーはモンスターに襲われるどころか、次々と武器で蹴散らしていく。
「……なんだあれは……?」
「うおおおおぁぁ!!! 出て来いや町長ぉ!!!」
「うわあっ!」
ドゴォン!!!
防壁が爆発。
手抜きだらけの防壁に、いともたやすく孔が開く。
「なんだ!? モンスターか!?」
剣を抜く、大勢の警備員達。
「町長出せやぁ!!!」
だが、エンドーの気迫に恐れ、たじろいでいる。
「と、止まりなさい! それ以上近づくと容赦しませんよ!」
「うるせー! 用があるのは町長だけじゃあぁ!!! ザコは引っ込んでろぉ!!!」
もはや、完全にセーフティー装置が故障したエンドーを、誰も止めることはできない。
ドドドドドド……
「う、うわあぁ!!!」
十人はいたはずの警備員が、エンドーに道を開けた。
モンスターよりも恐ろしい存在なのだろう。
「ま、待て!」
だが、そこは職務上、侵入者を追うしかない。
エンドーは、後ろから追ってくる大勢の足音にもかまわず、町長の家を探した。
「うおおおおおおお!!!!」
「待てー!!!」
……誰も、止められない。
エンドーは、建物と建物の屋根の間に、町長の家の屋根を見つけ、突進。
――ゴッ……
エンドーの上空を、何かが通り過ぎた。
それは、エンドーの進行方向へ――
ドガアァン!!!!
凄まじい爆音と爆風が、エンドーを吹き飛ばす。
「うわ!?」
後方に転がったエンドーは、建物の壁に激しく止められた。
「なんだ!?」
警備員達も、いっせいに立ち止まる。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「…………」
その光景に、エンドーはもちろん、警備員、住人達も声が出せなかった。
ゴゴゴゴゴ……
「…………」
静寂がもどり、少しすると、途端に誰もが騒ぎ出した。
「見た? 今の……」
「隕石…… よね?」
「どこに落ちた!?」
「ちょ、町長の家だ!」
エンドーの横を、大勢の野次馬達が通り過ぎる。
警備員達もエンドーにかまわず、町長の家へ向かう。
「…………」
動けなかったのは、エンドー一人だけだった。
隕石が落ちた。
それも、あろうことかピンポイントに、町長宅に。
偶然か、それともエンドーの怒りが具現化したのか、定かではないが――
「……町長っ!」
エンドーは立ち上がり、町長の家へ走った。
――野次馬の群れを押しのけ、最前列に。
町長の家は、見事に木っ端微塵になり、炎をあげていた。もうその状態では地下室もなにも関係ない。
すべてが破壊され、燃えていた。
男達がバケツリレーで、炎を消しにかかる。被害の拡大を防ごうと必死だ。
「おい、女も手を貸してくれ! ポンプにホースをつなげろ! 早く!」
騒動、悲鳴の中、炎が小さくなっていく様子を、エンドーはただただ見ていた。
町長が家の中にいたとしたら―― いや、おそらく地下室に閉じこもっていただろう。
ということは、町長は――
隕石で家が大破する確率―― 何十億、何百億分の一だろうか。(少なくとも現実世界では)
それがエンドーの目の前で、エンドーが向かっていた場所で起こった。
それはもう、確率うんぬんの問題ではない。
「出来すぎている」
これは意図的なものだ。と、エンドーは確信した。
しかし、誰の仕業にせよ、町長を殴りそこねたのは事実。エンドーは脱力して溜め息も出なかった。
炎に舞い上げられた紙クズが、いたるところに散乱し、灰と化す。
その中の一番大きな紙を選び、エンドーは火を踏んで消した。
《マウス実験の結果》
《マウスによる実験の××× これを人体に利用すれば、その肉体は××× により、強大なパワーと××× 更なる改良により×××》
いたるところが焦げていて、すべては読めない。だがこれは、明らかに誰かに宛てた文章の下書きのようだ。
もう一枚拾うが、やはり同じような研究に関するものだ。
《これらの研究が、あなた様のお役に立てれば光栄です。実験の場と、さまざまな実験体をご用意いただき、感謝致します。》
《追伸―― 例の“超金属”の研究につきましては、後ほどご報告致します。》