01:悪魔の声
「――ここは……?」
目が覚めた三人の少年は、自分達がさっきまでのふかふかのベッドで眠っていないことに、すぐに気付いた。
「オレ達、いつの間にこんなところに……?」
小柄な少年―― 小守真栄が、周りをきょろきょろと見回し、呟いた。
「それにこの服装は……」
マハエよりも少し背の高い少年―― 遠藤京助が、自分の服装を見て固まった。
「ま…… まさか……」
マハエよりもずっと背の高い少年―― 吉野春時が、青ざめた顔で二人の服装を見つめた。
マハエの服装は、白い長袖シャツに、深緑のノースリーブジャケット。下はそれと同じような色の長ズボン。
エンドーの服装は、同じく白い長袖シャツに、マハエと同じような型の黒いジャケット。そして真っ赤な長ズボン。
ハルトキの服装は、立派な革製の長袖ジャケット。青いジーパンにブーツ。いかにも貧乏服な二人に比べ、浮いた服装だ。
三人は何度も、それぞれの“見覚えある”服装を確認し、そして何かを確信して思い切り息を吸い込んだ。
「うあああああっ!!! またかあああぁぁ!!!」
三人が同時に頭を抱え絶叫すると、どこからか聞き覚えのある声がした。
「お久しぶりです。みなさん! また会えて嬉しいです!」
男なのか女なのか判断しづらい声。落ち着いた喋り方。だが三人には、それが悪魔の声にしか聞こえなかった。
「やめてくれぇぇ! もうやめてくれぇぇ!」
エンドーの叫び声は、悪魔―― 案内人には別の意味に聞こえたらしい。
「いやあ。そんなにも喜んでもらえるとは」
その一言に三人は再び固まった。
そう、この案内人に、説得や抵抗は何の意味もなさない。
三人はそのことを“前回の件”で嫌というほど思い知らされた。
「まだ、あれから二ヶ月だぞ……?」
思い切り溜め息まじりのエンドーの発言は、黙殺された。
「案内人よ…… お前に、“戦いの痛み”というものは理解できるのか?」
マハエが案内人に訊く。
「必要な情報以外はプログラミングされていませんので」
キッパリと答える案内人。
『超高性能人工知能プログラム』の案内人にとって、“人の苦痛”というは必要な情報ではないようだ。
「しかしわたしも、前回のあなた達の苦闘する様子から学習しましたよ」
この苦しみは実際に経験しないとわからない。三人はそう言いたいのだが、喋る気も失せたので口を閉じていた。
「で、今回は何だ? まぁた、クソ制作者野郎の“暇つぶし”か?」
エンドーが後頭部をかき回す。そうとうイライラしているようだ。
「いえ、残念ですが今回は“依頼”です」
「依頼〜?」
「詳しいことは後で話しますよ。まずはそこのトンネルに入ってください」
三人がそちらを向くと、空間が揺れて古びた大きなトンネルが出現した。
怪しいことこの上ないトンネル。入り口から見える闇は、微かに波打っている。
「オレ、これ知ってるぞ」
マハエが言うと、ハルトキも。
「ボクも知ってる。このトンネルを抜けると、マハエとエンドーがブタにされて、ボクがそれを救うために恐ろしい魔女と戦うんだっけ?」
「…………」
大きく違うが、まあ、よからぬことが起きるというところは大差ない。と、マハエは何も言わないことにした。
「ま、入らないほうが得策というわけだ」
エンドーの言葉に、二人もうなずいた。
すると案内人が、仕方ないと言うように質問する。
「では選択してください。軽い痛みを覚悟でトンネルに入るか、今まで体験したことのないとんでもない痛みをここで味わうか」
「う……」という三人の声。
そしてしばらくの沈黙。
「さあ、いざトンネルへー」
マハエの言葉に、エンドーとハルトキも「オー」と賛同し、揚々とトンネルへ入っていった。
その様子を見た案内人は、独り溜め息をついた。
トンネルを抜けると、そこは――
草原でした。
吹き抜ける暖かい春風。草の良い香り。
ここはもうセルヴォの世界なのだ。とすぐにわかった。
だが、今の三人は安らぐ気分にはとうていなれそうにない。
「で、依頼っていうのは?」
ハルトキがめんどくさそうに訊く。
「前回、の『セルヴォ』の件です」
「ああ、セルヴォね……」
プログラムが意思を持った存在―― 『セルヴォ』。
『デンテール』という欠陥プログラムによって、改造されたプログラム。
「そのセルヴォが、どうやら独自の世界を造り出しているようで……。そのせいで度々、制作者が管理する、26台のコンピュータが異常をきたすようになったんです」
「HAHAHA、ザマーミロ」
エンドーがケラケラと笑う。
「ですから、再度あなた達をお呼びしたというわけなんです」
「ボクらにその、セルヴォ達を抹殺させるため?」
「抹殺、という表現は過剰ですが、根本的な部分はあってます。どうですか? 引き受けてくれますよね?」
期待を込めた案内人の言葉。三人の意見は完全に一致していた。
「はああぁぁ??? なんでオレらが、クソ制作者のために、そんなクソめんどくさいことをしなきゃいけないんですかぁ???」
きれいに声をそろえて言う。
なぜ、オレ達に任せる!? と言いたいのだ。
「それだけ制作者は、あなた達を道具―― 信頼しているということですよ」
「今、なんかチラッとヒドイこと言われたような気がする」
「ていうか、オレ達じゃなくて自分でなんとかしろよ!」
マハエが、案内人―― というか制作者に訴える。
「最初は制作者も自分でなんとかしようと、『SAAP−002』というプログラムを送り込みました」
「なんじゃそら?」
「特殊武装プログラム。Sword And Armor プログラム。つまり、セルヴォを破壊するために作られたプログラムです。しかしそれも、ほぼすべてがセルヴォに侵食されてしまいました」
「どういうことだ? 侵食されたって?」
マハエが訊く。
「どうやら、この世界に入り込んだプログラムは、自動的にセルヴォ化してしまうらしいです」
――『セルヴォ』という存在についての、三人の分析。
つまり『セルヴォ』というものは、簡単に言うと、プログラムの集まりなのだ。
この世界の細かな分子、粒子、細胞。その一つ一つが複雑なプログラムだということだ。
人間の世界と変わりはない。三人は、自分達の世界に帰った後、そのことを度々考えるようになっていた。
この世界に入った単純プログラムは、超複雑プログラムに変えられてしまう。
それはつまり、命を得ると同じことなのだろう。
「わたしは、直接その世界にいるわけではないので、侵食されることはないと思いますが、そちらへ送り込まれた、セルヴォ化したプログラム達は、我々に敵意を向けています」
「そいつらも破壊しろということか」
「引き受けてくれますか? ――もっとも、この任務をやり遂げるまで、あなた達は元の世界に帰ることはできません」
「…………」
「…………」
「…………」
いざ、強制遂行!
「――それでは、みなさんにはそれぞれ別行動をとってもらいます」
「どういうことだー?」
気の抜けたエンドーの声。もう何もかもあきらめたのだ。
「セルヴォは和解を求めているのです」
「へー、だったらそれでいいんじゃない?」
ヨッくんの言うとおり! と二人もうなずく。
「そう簡単な問題ではないんです。ですから、今から一人に一つずつ役目を与えます」
三人の不満顔にかまわず、案内人は話を続ける。
「一つは、『和解を求めている、この世界の王との交渉』。二つ目は、『情報収集』。そして三つ目は、『セルヴォ世界の破壊』。まあ、セルヴォ世界の破壊がそれぞれの最終目的です」
「なんかそれ、オレ達が悪役っぽくない?」
マハエが言うが、
「そんなことはありません! さあ、三つのうち、一つずつ選んでください」
案内人は強制的に話を進める。
マハエは腕を組んだ。
「(オレはどれにしようか。一番楽そうなのが『情報収集』だな。よし)」
素早く挙手するマハエ。
「じゃあオレは――」
「オレが情報収集をしよう」
だがエンドーが先に答えた。
「はい。情報収集はエンドーさんですね」
舌打ちをして再び腕を組むマハエ。
「(次に楽そうなのが、王との交渉か)」
そして、さっきよりも素早く手をあげる。と同時に声を出す。
「オレは――」
「王との交渉は、ボクが」
それよりも恐ろしく素早く、ハルトキが挙手した。
「はい、決定。マハエさんはどうします?」
「……セルヴォの破壊」
うつむいて、ゆっくりと手をあげた。
「これで全員決まりましたね。それでは、気をつけつつ、がんばってください」
やはり、三人には、悪魔の声にしか聞こえなかった。