18:謎の男
「情報収集って言ってもなぁ……。セルヴォの破壊方法なんて、誰が知ってるってんだよ?」
案内人は自分の不具合に対応中。マハエは“表向き”情報収集中。
エンドーからの情報がまったくない今、マハエはそっちの役目も同時にこなさなければならないのだ。
本来マハエは、知らない人と話すのが苦手だ。でも、ここは異世界だからと割り切っていた。
だが、さすがに二日目にもなると、どうしてもセルヴォを人間として見てしまう。
人間としか見れない。
――人間とあまりにも同じだから。
海に沿った形で町は続いている。町全体が大きな商店街のように、メインストリートの両側を建物が挟むように建ち並んでいる。
メインストリートを歩くだけで、迷いはしないのだ。
そこから波の音が聞こえる横道へ。
――港にはたくさんの漁船。そして漁師達が。
広い海―― 沖のほうに、小さな何かの影が見える。
「ほーんと、にぎやかだ」
このにぎやかさを、自分達が壊さなきゃならないのかと思うと、気が重くなる。
「悪いのはセルヴォじゃない……。制作者なんだ」
マハエは、自分勝手な制作者に腹が立った。しかし、任務を終わらせるまで帰してもらえないというのも事実。
どうすればいいのか、マハエは困惑した。
「こんなにも空は青いのに……」
海鳥が気持ち良さそうに、空をすべっている。
――展望台へ――
案内人の言葉がよみがえった。
昨夜も案内人の妙な言葉に従って、大変な目にあった。
――また同じなのか。
――だが、マハエは展望台へ来ていた。
他にやることがないし、この上からなら、真実が見えるような気がしたからだ。
マハエは最上階を見上げると、気合を入れて中へ入った。
レンガ造りの巨大な筒の中の、長い長いらせん階段をのぼる。
「えっほ、えっほ」
下ってくる、数人の柔道家のような人達とすれ違い――
「はぁーーー……」
上を見上げて溜め息をついている、いかにもダイエット中なおじさんとすれ違い――
「ば、ばあさんや…… わしはもう限界じゃあぁぁ……」
「なにを言っているんですか、おじいさん……。もう少し、もう少しじゃよぉ」
「…………」
――軽快な足取りで、マハエは展望台を上りきった。
運動すると少しは気が晴れるものだ。
最上階は、屋内でガラス張りではなく、ただ手すりに囲まれただけの屋上のような場所。
涼しい風で、ほてった体を冷やす。
マハエの他にも数人、海や山を眺める人達がいる。
「(なぜ展望台なんだ?)」
マハエは注意深く周りを見た。
三百六十度見回せる望遠鏡が、真ん中に備え付けてある。
そういえば。と、マハエは望遠鏡を覗いた。そしてそれを海のほうへ向ける。
港で見た、沖の小さな影――
ズームイン――
「……島?」
小さな影は、拡大すると島だということがよくわかる。だがそれは、緑の山が盛り上がった一般的な島とは違い、ごつごつした感じの鉄の塊みたいな小さな島だった。
もう少し拡大できないものかと、つまみを回す。
「…………!?」
――マハエの後頭部を、何者かの人差し指が押さえた。
肌黒の、男の指。
マハエは望遠鏡を覗きこんだまま動けない。
「町の東端にある、赤い屋根の小屋だ」
マハエの耳元で、男がささやいた。
言葉を返すこともできないマハエ。ただ、後ろの気配に全神経を集中する。
――だが、男からの次の言葉は無い。
マハエは、もう頭が押さえつけられていないことに気がついた。
ばっ、と振り返り男を探すと、銀色の髪が、スッと階段へ消えるのが視界に入った。
すぐにマハエはそれを追った。
だが、階段の手すりに身を乗り出しても、男の姿はもうどこにもない。
階段を駆け下り、出入口から飛び出る。
「――はぁっ はぁっ…… くそっ……」
やはり、男の姿はない。
――町の東端にある、赤い屋根の小屋だ――
その言葉だけを残し、何者かは消えた。
きっと深い意味があるに違いない。
マハエは、言われたとおりに町の東へと歩き始めた。
あの男は何者なのか。
案内人が展望台へ行けと言い、今度は謎の男が赤い屋根の小屋へ、と。
「…………」
頭がこんがらがるので、マハエは考えるのをやめた。
展望台からメインストリート歩いて、町の東端へはすぐだった。
端へ行くにつれ、建物の数も少なくなっていく。
途中、武器商人が露店を開いていた。
「よお、兄ちゃん。知ってるか? 東のほうでは、モンスターが出たって大騒ぎしてんだ」
マハエはすぐに、そこがエンドーがいるところだと気付いた。
「いつこっちにも来るかわからねぇ。どうだい? 『WC社』から取り寄せた新型の武器もあるぞ」
困惑した顔で商品を見るマハエ。どれもなかなか高額だが、中には安いものもある。しかし、今のマハエは一文無しだ。買っていきたい気持ちを抑えて、小走りにその場を去った。
――赤い屋根の小屋。
それはすぐに見つかった。
とても小さな、レンガの箱のような小屋だ。
建物の数が少ないせいか、茶色の屋根がほとんどのせいか、それだけが妙に目立っている。
先ほどの男の姿はない。
――中に誰かいるのだろうか。
マハエは、頑丈そうな鉄のドアに手を伸ばした。
「…………」
やはりその前に武器になる物を探そう。そう思って手を止めたとき。
オオオオオオオォォォォォ……
嫌な気配が、背後を支配した。
マハエはそのまま硬直し、その気配の正体を思い出す。
――たしかに感じたことがある。つい最近―― 夜の公園だ。
その正体に気付いたマハエだが、遅かった。
マハエの背後の対SAAPが、黒いマントを広げ、マハエを包み込んだ。
「また…… かよ……」
海の音も、太陽の暖かさも消え、マハエの意識は眠るように遠のいていった。
「ガガ―― ガガガ――」
案内人は、更に激しくなったエラーと戦い続けていた。
「ガガガ―― これは…… ガ―― わたしだけでは対処できそうに、ないですね…… ガガ――」
探しても探しても、不具合の原因が見つからない。
それが見つからなければ、応急処置さえもできないのだ。
「ガガガガガ――」
そうしている間にも、更にエラーは大きくなる。
「ガ―― まるで…… ガガ―― 何かが入り込んで、わたしを引きずり出そうと―― ガガガ――」
案内人は、ある一つの結論にたどりついた。
「ガガ―― まさか…… ガガガ―― これは―― ガガガガガガガ……」
案内人の声は、すべてが雑音と化した。
ようやく雑音が収まると、案内人の声がもどった。
「……マハエ、エンドー、ヨシノ……」
――だがそれは、まるで異質なものだった。