17:迷惑なプレゼント
トロッコ置き場――
森をさけ、山を登ったハルトキが行き着いた場所には、古いトロッコがいくつも放置されていた。
「採石場跡…… でしょうか? このトロッコ、使えませんかね?」
「トロッコか…… 危険なニオイがぷんぷんするね」
「どんなニオイですか?」
「卵かけご飯に牛乳を混ぜ合わせて、真夏の屋内に一週間放置したニオイだよ」
「……想像したくないですね」
ハルトキはトロッコを調べ始めた。
トロッコは、ほとんどがレールから外れたところに放置されているが、一つだけレールに乗っかっているものもあった。
「電気を使うやつじゃなさそうだね」
「電気というもの自体、まだあまり普及していないんですね」
「錆びてなかったら動きそうだけど」
ハルトキはトロッコを押してみる。
「けっこう簡単に動くみたい」
「それはよかったです。そこから城が見えるはずですよ」
たしかに、あと半日もかからない距離に城が見える。森に囲まれた外観は、さほど大きな城には見えない。
トロッコに乗って下りの時間を短縮しようという、案内人の案だ。
ハルトキは、トロッコを坂のほうへ押した。
――と、レールの上に木箱が乗っているのに気付いた。
一メートル四方の木箱。何者かが意図的に、そこに置いたというのは明らかだ。
「邪魔だな。誰が置いたのか―― !!?」
ハルトキが触れた途端、木箱がドグンッ!とひとりでに跳ねた。
「……生きてる……!? 箱型モンスター、ボックスパックン!?」
「吉野さん、箱が生きているのではありません! 生きた何かが中にいます!」
「なんだ、よかった」
――よくない。
木箱はもう一度跳ね上がり、内側からの圧力で、メキッとヒビが入った。
「思い出すよ。クリスマスでもらったプレゼントの箱を開ける瞬間を」
「妙に冷静ですね」
「冷静なもんか。別の意味のわくわくで胸が張り裂けそうだよ」
もう一度、木箱は跳ね上がると、ひびが裂け、空中でばらばらに砕け散った。
――中から飛び出てきたのは、異様な“物体”だった。
「シャァゥー……」
ささやくように、弱弱しくうなったモンスター。
――モンスターと言っていいのかどうか危うい。モンスターに変わりはないのだろうが、その姿はあまりにも、今までのものとは異質だった。
両腕部分に太い触手の生えた、二足歩行のトカゲモンスター。
まるで触手自体が生きているように、くねくねとうごめいている――
「これは……」
驚愕した案内人の声。
トカゲの両腕にくっついているのは、触手ではなく、ヘビ。
二匹のヘビが、縫い合わされたようにトカゲの腕と化しているのだ。
「うぇ…… 気持ち悪い人形をもらっちゃった……」
口を押さえるハルトキ。
「何なんでしょうか? このモンスター…… 不自然すぎです」
「不自然なのは、姿だけじゃないよ」
「はい?」
ハルトキは動き出していた。
腰のダガーを鞘から抜き、すばやく背後へ回り込む。
先に攻撃をしかけたのは、左腕のヘビだった。回り込むハルトキを追って、ヘビもトカゲの背後へぐるりとまわる。トカゲ本体は、それに振り回されるように動く。
「シャァ!」
ヘビが牙をむき出し、体を伸ばす。
「毒ヘビ? 厄介だね」
ハルトキは、動体視を発動した。
トカゲがくるりと向きを変え、ハルトキのほうへ歩み寄る。攻撃はヘビの役目のようだ。
「シャッ!」
更に攻撃をしかける左のヘビの頭に、タイミングよくハルトキはダガーを突き刺した。
頭に致命的攻撃を食らったヘビは、そのままダラリとなって動かなくなった。
しかし、トカゲ本体に痛みはないらしく、うろたえることなくハルトキへ歩む。
――警戒しながらも飛びかかった、もう一方のヘビを撃退するのは、ハルトキにとって容易だった。
同じように頭を貫かれた右ヘビ。
あっという間に“両腕”を失ったトカゲ本体は、無力となった。
「――ザコだったね」
トカゲの死がいを見下ろすハルトキの目は、哀れみに満ちていた。
このトカゲは、どう考えても自然に産まれてきた姿ではなく、人工的に融合させられた形だ。
しかも動きも不自然で、少しも統率がとれていなかった。三体ばらばらのモンスターのほうが、よっぽど厄介だったことだろう。
「この世界では、何でもありっていうことかな?」
「そう…… ですかね?」
三体のモンスターが融合した新たな敵。ハルトキは先の戦いに、不安を抱かずにはいられなかった。
「城はヤバイ」という大林の忠告が、嫌でも頭をよぎるのだった。
――そしてここでもまた、ドクロ面―― 『対SAAP』が高台からその様子を見下ろしていたが、ハルトキは―― 当然、案内人も、それに気がつかなかった。
対SAAPは、そのまま何もせず、姿を消した。
「――もう障害物はなさそうだね」
レールの上には、もう木箱の類は乗っていない。
もっとも、乗っていたとしたら、ハルトキはトロッコをあきらめただろう。
ブレーキを調整してから、ハルトキはトロッコを押し、乗り込んだ。
まっすぐにレールの延びた坂を、トロッコは下っていった。
その向こうでは目指す城が、不気味にハルトキの到着を待ちかまえていた。
「さて、わたしはマハエさんの様子でも見に行きましょうかね。ああ忙しい」
順調なハルトキのもとを離れ、案内人はマハエの位置を探った。
電源が落ちたように真っ暗な視界に、映像が現れる。マハエがどこかの町で、ぼーっと立ち尽くしているのが見えた。
「町に着いたんですね。こちらも順調―― ガガ――」
一瞬、視界に砂嵐が。
「ガガガ―― あれ、またエラーですか―― ガガ――」
原因不明のエラーに、案内人は冷静に対処する。
「ガガガガ―― 何でしょうか? 昨日から調子が―― ガガ――」
[ピー ガガガ――]
「……やっとおさまった」
港町――
マハエは潮の香りに導かれながら、大きな港町に到着していた。
「にぎやかだねぇ」
この先、どうしてよいのかわからず、町に到着してから、マハエは入り口付近でただぼーっとこの世界の住人達を観察していた。
「ほんと、人間と変わりないんだよなぁ」
のほほんと独り言を言っていると、
「ごきげんよう、マハエさん」
案内人の明るい声。
「……いつもながら、突然現れるねぇ」
「そこは気にしたってしかたありません。実体がないんですから」
そう言う案内人の声は、少し暗い。
「それで、ここからどうすればいいのかな?」
「とりあえず、情報収集をしながら―― ガガ――」
「どうした?」
ガガガ―― という雑音を発し、声を出さない案内人。
「…………?」
「――ガガ―― 展望―― 台へ―― ガガガ――」
むりやりに絞り出したような案内人の声は、すぐに消え、もとの声にもどった。
「――ああ、すいません。さっきからエラーが続いていまして。バグでしょうかね?」
「ていうか、展望台ってなに?」
「はい? 何のことです?」
少し前に言った言葉を、本人が否定する。
案内人が言うようにただのバグなのか、と思ったが、マハエは気になった。
たしかに、この町には展望台があるからだ。
「この件が終わったら、制作者にメンテナンスをしてもらいましょう」
「(壊れちまえ)」
マハエは思ったが、口には出さない。
「そちらは、がんばって任務を続けてください。わたしはしばらく不具合の応急処置をしてます」
「壊れちまえ」
マハエはボソッと言った。