15:友情の走馬灯
「まず、話しておくことがあります」
暗い洞窟でカンテラに火をつけたエンドーに、案内人が話す。
「先ほどのドクロ面のことで――」
「今、重要? できれば敵の気配に集中したい」
「では、集中しながら聞いてください」
また無茶な要望をする案内人に、エンドーは声をあげそうになるが、洞窟内でそれはマズイと思い、呑み込んだ。
「あのドクロ。マハエさんの話で、まさかとは思いましたが、やはりそうでした」
「だから何だよ? マハエがどうしたって?」
「あのドクロ面―― あれが『対SAAP』―― 改造プログラムです」
カンテラを前に差し出しながら、エンドーは慎重に洞窟を進む。
「対SAAPって、こっちに送り込まれたプログラムが、セルヴォに侵食されたっていう?」
「はい。あの死神デザイン。間違いありません」
「――て、悪趣味だな、制作者は。特殊武装プログラムじゃなかったのか?」
「それは例えですよ。それに、すべてがああいうデザインというわけではないですよ。『SAAP−002』の隊長は、まともなデザインで――」
「そんなん、どうでもええ」
真っ直ぐな洞窟ではないので、いっそう警戒しなくてはならない。
何度か左右にカーブし、進んでいくが、幸いモンスターとは出くわさない。
「こちらに送り込まれたのが、『002部隊』一つだけでよかったです。とくに部隊の隊長は、他のプログラムとは格が違いますから」
「それらも、破壊しなきゃならないんだろ?」
「そういうことです」
「しかたねぇなぁ……」
――暗闇の中では、手に持ったカンテラの明かりだけが頼りだ。どこまで続いているのかわからない洞窟で、油切れを心配しながら、ただ足を動かす。
やたら長いように感じるのは、エンドーの足取りが遅いせいか。
――ボワゥン……
聞き覚えのある、高い音が聞こえた。
すぐ前の角を曲がった先。
――黄色い何かが光った。
「シャァウ!」
「うわっ!」
クモだ。黄色い眼を光らせた巨大グモが、エンドーに飛びかかった。
顔面に張り付いたクモを引きはがし、地面に叩きつける。
闇の中を、黄色い眼がすばやく移動する。
地面から壁、天井、エンドーの頭上へ――
バシッ!
頭上から落下したクモを、エンドーは無刃刀でなぎ払った。
逃げようとするクモの背中に、無刃刀を突き刺す。
一声鳴き、クモは絶命した。
「暗闇でよかった。こんな気持ち悪いもん、お日様の下では見たくねぇ」
無刃刀に付着している液体を、振って払う。
――何はともあれ、ゴールのようだ。
エンドーの目の前で、見覚えのある装置が明かりに照らされた―― いや、白く光る装置のプレートが、闇を打ち消してくれている。
「このテレポート装置で、モンスターをここへ送り込んでいたわけか。これを使えばここから出られるかな?」
これで試験は合格だろう。
そう思い、一安心してプレートに足を乗せようとすると――
安定していたプレートの光が、激しく光り始めた。何かが転送される。
「(モンスターか……!)」
カンテラと武器を構えるエンドー。
だが、そこに現れた黒く大きな影は、エンドーの想像を絶するものだった。
――モンスターなんかではない。
あのドラゴンほど大きくはないが、二メートル近くある巨体。鉄の塊のようなボディ。そして、頭の真ん中に一つだけある眼が、妖しい赤い光を放っている。
エンドーは思い出した。
これは、町長の部屋にあった、人形だ。
「まさか、あれがロボットだったとは……」
ギシィッ…… と音をたて、ロボットがエンドーに接近する。
壁に追いつめられるエンドー。
「敵なのか……?」
ロボットは目の前で立ち止まると、赤い眼を今度は青白く光らせ、映写機のような光を放った。
すると地面に、立体映像の町長の姿が現れた。
「ごきげんヨ〜ウ! ミスターエンドー!」
「よお、町長。わざわざ出迎えですか? それとも、合格発表?」
「ノンノン。どちらも違いマース。一つ言い忘れましたケド、この試験―― 生きて帰った者ハ、誰一人としていまセーン。なぜだと思いマスカ?」
「そりゃ、あんなにもモンスターがうろついていたら――」
立体映像の町長が、「んふふ」と笑う。
「答えハー、生きて帰ってはいけないからデース」
「…………」
エンドーの頭に、この上なく嫌な予感が溜まっていく。
「まさか――」
「ミーの研究に付き合ってもらった者ニハ―― “死んでもらわなきゃいけない”」
途端に町長の口調が変わった。ほんの一瞬前まで、呆れるくらい気さくな外人系だったにも関わらず、一瞬後にはその雰囲気を微塵も残さず、狂った科学者のような顔。
「てめぇ…… いったい……」
町長の変貌ぶりに驚くしかない。
「そこまで知る必要はない。ここでしくじると、わたしの立場も危うくなるのだ。だから――」
立体映像の町長が背中を向ける。
「いいかげん、死んでください」
最後にそう言い、町長の映像はプツンと消えた。
ロボットの眼が、再び赤くなった。
「町長め…… ぶっ飛ばしてやる!」
そう固く決心した。
だがその前に、このロボットを解体するのが先である。
ロボットは町長の命令により、エンドーを葬りにかかる。
「ハカイスル ハカイスル」
「うるせー! この人形野郎がぁ!」
邪魔なカンテラをロボットに投げつけるエンドー。
中から油が飛び出し、火に引火。ロボットは火だるまになりながらもエンドーを襲う。当然、痛みなどは感じないようだ。
「んにゃろぉ……!」
エンドーはロボットの横から背後へまわり、『魔力球』を放つ。
魔力の爆発は、ロボットに命中したが、体にまとわりついた火と油だけが吹き飛び、ロボット本体はほぼ無傷だ。
やたら頑丈なようだ。
さらに三つまとめて、魔力球を飛ばす。
ドドドォン!!!
三連続で爆発はロボットに命中。
だが、まるでダメージはない。
「…………」
悔しさを言葉にする余裕も、エンドーにはない。
倒せないのなら、逃げるしかない!
後ろのテレポート装置へ走る。
――ガッ!
それはまるで、小さなネズミをつまみあげるように―― ロボットは軽々と、エンドーを装置に近づけさせまいと、反対側へ投げ飛ばした。
エンドーは反射的に頭をかばい、背中を壁に打ち付ける。
「ごはっ……! くっそっ……!」
ズシン、ズシンと、ロボットが迫る。
エンドーは両側の壁をタッチし、魔力を貼り付ける。そして距離をとり、ロボットを待ちかまえる。
――これまでの様子から、この技が効くという保証はない。だが、あのドラゴンに多大なダメージを与えたのだ。頑丈なロボットにでも少なからず効果はあるだろう。
両側から爆風で挟み込めば――
ドドォン!!
洞窟内に大きな爆音が響く。
だが、その大きな音とは裏腹に、ロボットはよろめきすらしない。
まったく、効果がない。
「マジ…… かよ……?」
こうなればもう、苦笑するしかない。
自分の運命を――
――いや、まだ逃げ道はある。
引き返して入り口までもどればいいのだ。今は逃げに徹するしかない。
だが、それさえもロボットは許さない。
眼の光が赤から黄色に―― そして、『眼からビーム』。
「出ると思ったよ…… ビーム」
眼からビームは、天井を削り、落石を引き起こした。
背後の道が塞がれていく音は、苦笑を続けるエンドーの耳にも、しっかりと聞こえていた。
完全に、追いつめられた。
ロボットは町長に、じわじわとエンドーを葬るようにと命令されていたのだろう。
ビームで、エンドーを攻撃しようとはしなかった。
ただその首をがっちりと掴み、締め上げる。
「ぐぁぁ……」
「エンドーさん! しっかり――」
案内人の声は、エンドーには聞こえていなかった。
――死の直前、過去の記憶が走馬灯のようによみがえるという。
七歳のとき。施設に入った当初―― マハエとハルトキに出会った。
そして数日後には仲良くなり―― 打ち解けあい――
それから二年後―― エンドーを引き取りたいと、申し出た人がいた。だがそれは、二人の悪魔のような策略により、“なかった話”となった。だからその後、マハエに同じ話がきたとき、やり返してやったのだ。
――ずっと三人一緒だと、笑いあった。
「――んなところで死んだら…… あいつら怒るよな……」
自然と笑いがこぼれていた。
「死ぬわけにはいかないからさ…… 絶対に」
エンドーの中の魔力が、激しく騒いだ。