14:技の使用法
「モーニングですよ、エンドーさん」
「……そうだな」
「どうですか? こちらの世界の朝は」
「人生最悪の朝だ」
エンドーの目の下には、うっすらとクマが浮き出ている。
「そうですか。それでは、二度とこのような朝をむかえないよう、今日中に任務を終わらせましょう!」
人生最悪な顔にも、案内人はおかまいなしだ。
「たとえこの任務を終えてもとの世界に帰ったとしても、二週間はトラウマが消えることはないだろう」
「さ、いつまでもそんな抜け殻みたいになってないで、さっさとセルヴォ破壊の手掛かりを探しましょう! マハエさんはもう、早くから行動してますよ」
やはり、案内人は冷酷だった。
「……やるせないぜ……」
残った乾パンを一気に口へ放り込み、もぐもぐしながら立ち上がった。
火を灯したカンテラを手に持ち、出口を探す。
ここに入ってきたときに確認した孔は、やはり外へつながっているようだ。
エンドーは細い体を駆使し、その孔を抜けた。
腰ほどの段差を乗り越え、光のある外へ。
まだ朝も早いだけあって、空気は冷えている。
「モンスターどもも、寝てるんじゃないかな」
それはエンドー自身の願いでもあった。
「そう甘くないと思いますよ。野生動物は、朝の光とともに目を覚ましますから」
案内人が、その願いをさらりとぶち壊す。
「夜に行動すればよかったってのか?」
「それは大きな間違いです。夜行性のモンスターだっているかもしれません。どちらにせよ、夜の行動は非常に危険です」
「どちらにせよ、オレは地獄を探検してるわけだ」
冗談めかしく、ハハッと笑うエンドー。
自然の迷路のように壁に囲まれた道を、エンドーは進んでいく。
見晴らしが悪い分、見つかりにくい。しかし、敵と出くわした場合――
「グブルルル……!」
――そらきた!
獣のうなり声に、エンドーは警戒態勢に入った。
まるで待ちかまえていたかのように、頭上から灰色の巨大なトカゲが降ってきた。
ドシィン!
と、モンスターの足元の土がえぐれる。
「わお…… こりゃ、オドロキだ……」
エンドーは目の前のモンスターに圧倒された。
「グオオオオォォォ!」
獲物を見つけた! と言っているのだろうか。その咆哮は、他のモンスターとは比べ物にならないほどの、格の違いを感じさせる。
モンスターの大きさは、エンドーをはるかに上回る。二メートル―― 三メートルあるかもしれない。エンドーは一目でピーンときた。
「ドラゴンか……!」
もはやモンスター界では定番中の定番であろう。そういう系のゲームや映画などには必ずと言っていいほど登場する『ドラゴン』。この世界も例外ではないようだ。
翼がないことから、空から降ってきたのではなく、やはり壁の上から待ち構えていたのだろう。
鋭い牙をむき出しにし、太く長い尻尾で地面を叩くドラゴン。
「遊びたいようだな……」
エンドーも感心している場合ではないと悟った。
「フリスビー遊びでは、満足しそうにないですよ……?」
「ああ…… なだめるための“エサ”も持ってないしな……」
わりと強気のエンドーだが、頬を伝う恐怖の汗と、足の震えは隠せない。
『無刃刀』をにぎり、戦いの邪魔になるバッグを地面に落とす。
その音に反応してか、ドラゴンが暴れ始めた。
「……そうだ。“エサ”は“オレ”なんだ」
『野生動物を前にしたときは、絶対に目をそらしてはいけない』
昔々、エンドー、マハエ、ハルトキに、園長が話していた。
『それと、絶対に背中を向けてはいけない』
エンドーは園長の話を思い出していた。
後退しながらゆっくりと呼吸をし、心を落ち着かせる。
それに、脳に酸素をおくらなければ、冷静な判断ができない。
「(……よし、大丈夫だ。オレには武器がある。それに『力』だってある。まずはどうにかしてヤツの背後へまわり、攻撃。ここはあの巨体にとっては狭い通路。思うように身動きできないはずだ)」
「グゥオオオォォ!」
鼓膜を激しく刺激するその咆哮で、エンドーのプランはパチンとはじけた。
百八十度回転。そして逃走。
『背中を向けるんじゃない!』
エンドーの頭の中で園長が怒鳴るが、知ったこっちゃないと言うように疾走する。
背後から、明らかにドラゴンは追ってくる。
「えぇい! どんなに逃げてもラチが明かない!」
エンドーは全力疾走だが、ドラゴンからしてみれば、小走り程度のスピードでしかない。体力の差は明白だ。
「……死ぬわけにも、いかないし。やってみるか!」
エンドーは一瞬で方向を変え、今度は逆にドラゴンへ突進した。
逃げていた獲物が突然、自分へ向かってきたのだ。ドラゴンは驚いたように立ち止まった。
が、獲物が自ら目の前へ来て、ドラゴンにとっては好都合でもある。
腕を振り上げ、爪を立て、切り裂く。
――ドォン!
その腕が、魔力の爆発で弾かれた。
ドラゴンがひるんだすきに、エンドーはドラゴンの横―― 巨体と壁との狭い隙間を、やはり細い体を駆使し、通り抜ける。そのとき、壁に手を触れ、何かを“貼り付けた”。
すぐに反対側の壁にも、同じように貼り付ける。
獲物は後ろ。
ドラゴンは、狭い壁と壁との間で、無理に体の向きを変えようとがんばる。
ある程度距離をとったところで、エンドーは抑えこんでいた力を一気に解放した。
――ドドォンッ!!
エンドーが二箇所に“貼り付けた”魔力が、同時に爆発。ドラゴンを両側から挟むように。
「オオオオオォォ……!!!」
ドラゴンの苦しみの咆哮。
そして、とどめと言わんばかりにその頭上から岩がいくつも落下してきた。
爆発の衝撃で壁の一部が崩れたのだ。
頑丈な表皮におおわれた巨体でも、さすがにダメージは甚大のようだ。
弱ったドラゴンは、その場に倒れた。
「……お見事です」
様子を見ていた案内人が、感嘆の声を出す。
「そんな使い方もあったんですね」
「イメージはしていたが、使ったのは初めてだ。ま、場所がよかった」
本人も技の成功に驚いている。
爆発前の魔力を壁に貼り付け、遠距離から爆破。しかし、爆発させるまでは使用者にも負担がかかり、長時間維持することはできない。大量に何箇所にも貼り付けることもできないのだ。
「一度に三箇所くらいが限界だな」
エンドーの説明を、案内人はデータに追加記録する。
「不思議な力です。あなた達が人間だから、宿った力なのでしょうか? もっと他の使用法もあるのかもしれませんね」
「この力をくれた何者か、も気になるな……」
――エンドーと案内人の会話。しかしそれは、傍から見ればエンドーの独り言でしかない。そんな独り言を聞いている者など、今の状況から考えればいるはずはないのだ。
だが、そこにいた。
ずっとエンドーの戦いを見ていたのは、案内人だけではなかった。
木の裏側で腕を組んでいる男。
男はエンドーの勝利を見届けると、スッと、銀色の長髪をなびかせて、音もなく立ち去った。
そして、案内人と銀髪男の他に、エンドーの様子を黙って見ていたもう一つの影。
エンドーは気配を感じ、後ろを振り返った。
四メートルほどの壁の上から、エンドーを見下ろすドクロ面。それも、すぐにスー……と音もなく消えた。
「……今のは……?」
「やはり動き出していましたか……」
「何のこと――」
エンドーが言いかけたとき、
「グルル……」
倒れているドラゴンが、弱った声を出した。
「生きてたか。でも、もう動けないだろ」
エンドーはトドメを刺すこともせず、バッグを拾い上げてその場を去った。
案内人は、その背中に頼もしさを感じていた。
「だいぶこの仕事が板に付いてきましたね」
「この状況で覚悟ができないほうがおかしいだろ。朝っぱらからあんなのと戦わせやがって」
エンドーは迷路を抜けた。
そこは少し高台で、小さな一本道を見下ろせる。
そのつきあたりに、入り口の大きな洞窟がある。
その中から二つ影が現れた。鳥とトカゲのモンスターだ。
「あそこが発生源か?」
「わかりませんが……。やはり――」
「入ってみるか」
「え?」
自分の耳を疑うかのような、案内人の疑問符。
「何だ?」
「わたしが言う前に、自分から入ろうなんて……」
それまでのエンドーの様子からは、想像できない言葉だったのだ。
エンドーの中の、何かのスイッチがオンになったことは間違いなかった。
――下へ下りれる道を見つけ、エンドーは見下ろしていた小道に立った。
洞窟から伸びた道は、曲がりくねりながらどこかへ続いている。
テレポート装置の小屋がある平原へと続いているのだろうと、エンドーにはわかった。
それよりも今は――
洞窟。
この洞窟の奥に何があるのか。これからそれを調べなければならないのだ。
少しだけ外観を観察してから、意を決して中へ踏み込んだ。