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13:早朝の準備運動

 朝の新鮮な空気が、町にふりそそぐ。

 早起きの小鳥たちが、まだ目の覚めきっていない町の空を飛び交う。

 風のない、ほんとうに穏やかな早朝だ。


 カラーン カラーン カラーン


 朝を知らせる鐘の音が、町中に響き渡った。

 目覚めた人々は窓を開け、ベランダに布団を干し、また一日お世話になる太陽をおがむ。

 平和な町だ。


 家のベランダに、二人の幼い兄弟が眠たそうに布団を抱えてきた。

「よいしょ」と力を合わせて、手すりに布団をかける。

 と、兄が何かに気がついた。

「なにあれ?」

 すぐに弟も、兄の指差す“それ”を見る。

「ご飯ができたわよー!」と言うお母さんの声もよそに、兄弟は公園に横たわるそれを眺めていた。


 その緑色のかたまりは、一見すると刈り取られた雑草が積まれているようにも見える。

 だが、そのかたまりは、パンの焼けるいい匂いに反応するかのようにひくひくと動き、ガバッと起き上がった。 


「むんっ!?」


 起き上がった緑色のかたまり―― マハエは、後ろのほうから聞こえる子供の悲鳴も気にせず、ただ四方八方を見回す。


「……腹減った!」


 マハエはピョンと立ち上がると、ベランダから覗き込んでいる兄弟を「むんっ!?」とにらみ、スタタタと走り出した。


 昨夜――

 公園での戦いで、マハエは完全に自分ペースに持ち込み、残りの二体も撃破した。

 だが、マハエ自身も負傷し、魔力は尽き、その場に倒れこんでしまったのだ。



 ――カカカカカッ!

 イナズマのごとき勢いで、チャーハンをかきこむマハエ。

 早朝開店の食堂には、朝食を食べに来た客が数人。その中でマハエは、朝にも関わらず元気に胃袋を満たしていく。

「朝っぱらから元気だねぇ」

 店のおやじが感心したように言う。

 最後にコップの水を飲み干すと、満足そうに息を吐いた。


「(あのドクロ野郎は何だったのだろうか?)」


 腹を満たせば頭も働く。

 体の傷はすでに完治しており、痕一つない。そのせいで、あの出来事は夢のようにも思える。

 だが、夢ではない。たしかにマハエは、三体の『死神』と戦ったのだ。


 店のおねえさんが空になったコップに水を入れる。

 さっきとは打って変わって大人しくちびちびと水をすするマハエを、おやじは不思議そうな目で見ていた。おまけに“黒髪”も珍しいのだろう。


「そうだ!」


 いきなり叫び、立ち上がるマハエ。

 興味深げに注目していた周りの客達が、そろって手に持ったコップを落としかける。

 マハエはカウンターにお代を置き、店を出た。



 宿の部屋にもどり、マハエは“落ち着いて”、“冷静に”怒りを沸騰させた。

「案内人っ!!!」

 マハエの怒りの声は、一発で案内人を呼び出した。

「おはようございます、マハエさん。よく眠れましたか――」

「ええよく眠れましたともさほんと星がきれいでねぇうん外は涼しかったよ凍るくらいねぇ」

「……血管、浮き出てますよ?」

「何でだと思う?」

「さあ?」

 ……沈黙。

 長い沈黙の間、マハエは怒りを抑え、慎重に次の言葉を選ぶ。


「表に出ろやぁ!」


 ビッと上のほうを指差す。

「無理です」

 即答する案内人。

「うるせぇ!」

 隣の部屋からの怒鳴り声。

「すいません……」

 マハエ弱体化。


 鍵をフロントに返し、とぼとぼと宿から出た。


「すべてお前の責任だ。案内人!」

「何のことですか?」

「夜中に急に呼び出されたと思ったら、変なドクロどもに襲われて……」

「夢でも見たのでしょう?」

 マハエの怒りメーターが急激に下がっていく。

「……はぁ…… まあいいや。お前のこういう性格には慣れた。どうせ夜間訓練か何かだろう?」

 疑問符を浮べる案内人。

「よくわからないですが……。とにかく先へ進みましょう」

「まて、問題発生」

「今度はなんです?」

 マハエは、金貨の布袋を逆さまにして振った。

 ――何も落ちてこない。

「武器買い忘れた」

「…………」

 呆れて言葉をなくす案内人。

「……馬鹿ですね?」

「……申し訳ない……」

 どうすることもできないので、とにかく先へ進むことにした。

 ときおり聞こえる案内人の溜め息のような声が、マハエの背中に痛く突き刺さる。

「でもさ。腹が減ってはなんとやらって――」

「はいはい」

「…………」

 マハエの言い訳は、自分を苦しめるだけだった。



 町を抜け、しばらく細道を歩くと、大きな橋が見えてきた。

 五十メートルほど幅のある、深い深い谷のような亀裂が、地面をえぐっている。

 そこに大きなつり橋がかけられていた。馬車でもらくらく通れる幅の大規模なつり橋。

 とても頑丈につくられているようだが、マハエは疑わしい顔をし、橋に第一歩を踏み出そうとしない。

「どうしました?」

 そんなマハエに案内人が声をかける。

「いや、高いなぁ〜 と思って」

「もしかして、高所恐怖症ですか?」

「違う。『つり橋恐怖症』だ」

「幼稚ですね」

「ほんの二ヶ月前までは、つり橋大好きだったんだけどな」

 常識で判断してはいけない。というのは、前回のゲームの話。

 だが、これはゲームではなく、ほとんど現実に近いのだ。

「大丈夫だよな……」

 マハエは思い切って足を踏み出した。


「(そりゃそうだ。考えてみればなんてことはない。ただの頑丈なつり橋だ。落ちるほうがおかしいのだ)」


 徐々に鼻歌をまじらせ、歩く。

 あまり揺れないつり橋は、目を閉じて歩けば陸と大差はない。

 橋の真ん中を、できるだけ周りの風景を見ないように歩く。底の見えない亀裂だ。マハエでなくても十分に恐怖するだろう。

 周りを見ないように歩いていたマハエだが、橋の中間あたりで、どうしてもある“物”が視界に入った。

「何だこれ?」

 マハエは端に寄って、手すりにくっつけてある、“黒い箱”に顔を近づけた。

 それには、筒のような物が取り付けてあり、アンテナのような突起もある。

 反対側の手すりにも、同じような物がくっつけてあった。


「変わった飾りだなぁ」

 すると案内人が笑いながら、

「何言ってるんですか〜 それはどう見ても『時限爆弾』ですよ。遠距離操作式の」

「…………疲れてるようだ…… なんかお前の言葉すべてが不吉に聞こえる。すまない、もう一度言ってくれ」

「ですからそれは爆弾―― ってあれ?」

「…………キミの人工頭脳というものは、なぜそんなにも欠陥だらけなのでしょう?」

「リアルにつくられてあるだけです」

 マハエは息を吐きつくし、そして大きく吸う。


「――爆弾!!!?」


 ワンテンポ遅れて案内人も騒ぎ出す。

「ど、どうしましょう!? どうしましょう!? あ、でもまだ作動はしていないみたいですよ?」


 ピッ…… ピッ…… ピッ……


 『黒い箱』に赤色のランプがともり、独特の電子音を発する。


「なんか音が鳴ってるんですけどーーー!!!?」

「は、早く逃げてください!」

「言われなくともっ!!!」

 マハエは全速力で橋を駆ける。


 電子音は早くも勢いよく鳴りはじめた。


「(なんか、前にもこんな経験――)」


 ――一瞬、音が止まり、直後に地面、空気を激しく揺るがす爆音が轟いた。

 無数の鳥が音に驚いて、鳴きながら木から飛び立つ。


 ドドドドドドド……


 つり橋の大部分は亀裂の底に吸い込まれていった。


 ――爆音は膨張し、薄れ、消えた。

 そして次の瞬間には、奇妙なほどの静寂。


「…………」

「――マハエさん? マハエさん!」

「……うっ、けほっ、けほっ……」

 薄れていく爆煙の中に、うつ伏せ状態で倒れているマハエ。

「もう…… 絶対つり橋は渡らないぞ……」

 ぎりぎり、マハエの足先数センチのところで、わずかに残った橋の断片が崩れ落ちた。

「……何とか橋は渡りきったが…… 嗚呼…… もう動きたくない」

 仰向けに転がり、空を見上げる。

 だが、気付かなかった。

 すぐ近くのガケの上で、マハエを見下ろす二つの影があることに。


 黒いマント―― ドクロの仮面――


 二体のドクロは、マハエの生存を確認すると、そのまま消えていった。



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