12:オムカエ
この世界でもまだ夜は少し寒い時期なのだろう。それは現実世界でも変わらない。
ここが現実世界の時間と同じように流れるのなら、季節は夏も近い―― 五月の中旬だ。
マハエは、夜の空気で深呼吸する。
こうして自然を感じると、ここがとても異世界だとは思えない。
「(……で、何のために外に出てきたんだっけ?)」
ついさっきまで宿のベッドで眠っていたマハエは、まだ完全に眠気が消えない頭で数分前の記憶を検索した。
――案内人の声に起こされた。
――『町の公園へ』『重要なこと』――
たしかに、この町の端には小さな公園がある。
そんなところに呼び出して何の用だというのだろうか?
疑問を頭の中で解決するほど、マハエの脳みそはまだ覚醒していない。
「(行ってみればわかるか)」
マハエは、人気のない深夜の町中をとぼとぼと歩き始めた。
「これがエンドーだったら、確実にキレるだろうな」
公園――
真っ暗で、何もいない。
虫の声すらも、聞こえない。
「案内人ー」
近所迷惑にならないよう、マハエは小声で案内人を呼ぶ。
「…………」
しかし、言葉は返ってこない。
宿から公園まで百メートルほど。それだけ歩けば眠気も覚める。
マハエは、ぽーっと考えた。
あのときの案内人の声は、普通じゃなかった。少し途切れ途切れ、というか、明らかに様子がおかしかった。
直前まで眠っていたので、マハエも細かいところは覚えていない。ただ、「公園に来い」という部分は覚えている。
しかし、公園に来てみても何もない。
「(もしかして案内人の寝言か? ったく、寝言なんていい迷惑だ)」
そう思い、宿へもどろうとしたとき――
オオオオオオオォォォォォ……
マハエは嫌な気配を感じ、動きを止めた。
体を流れる魔力が、何かを敏感に感じ取っている。
何かに見られている。
妙な汗が、背中を湿らす。
「…………」
何かがいる。
しかも、気配は一つではない。
オオオオオオオォォォォォ……
風の音にしては低すぎる音。
獣のうなり声でもないその音は、すでにマハエを取り囲んでいた。
――三体だ。
マハエの直感。
魔力のおかげか、マハエのすべての神経が、野生動物のようにとぎすまされる。
目の前にもいる。
体を動かさなければいけない。
いつでも戦闘に入れるように。
――これらは敵だ!
マハエは体をとりまく氷を、一瞬で砕き、地面を転がった。
――シュパン!
直後、鋭い風のようなものが、マハエが立っていた場所の空気を切り裂いた。
「冗談じゃねぇぞ……」
今、見えない三体はマハエの正面にいる。マハエにはそれがわかる。
「姿を見せろ!」マハエがそう叫ぶ前に、三体は変化を見せた。
まるで、ドクロの仮面が空中に浮いているかのよう――
三つのドクロが、人の顔の高さに浮いている。
そして、ドクロの周囲の空間がゆがみ、黒い色をつけていく。
ドクロを顔に、黒いマントで覆われた頭、胴体が出現した。
「……まいったな……」
マハエは、とことん自分の運命を呪った。
「死神様がむかえに来るとは…… もう、オレ、死ぬんだな……」
そう、その姿は、カマこそ持っていないが、まさに死神を模した姿。
あの世から、死者をむかえに来た使い魔。
はたまた、死者をつくるために送られた使い魔か。
「昔から、死神が見えるやつは死期が近いって言うしなぁ」
マハエの頭の中は、すでに自分の死のイメージしかない。
だが、それを素直に受け入れるマハエでもない。
身構えるマハエ。
死神から逃げても無駄だと言うことはわかっている。
死神か、モンスターか。どちらにしろ敵に違いないのだ。
相手の出方を見てからでは遅い。
マハエは動いた。
『自分の身を守る護身術』
現実世界に帰ったマハエが、学校の図書室で読んでみた本。
『今、身近に武器がない場合―― 武器は己の拳しかない。消しゴムを常備せよ』
マハエは足元を探し、手の平にぴったり合う小石を拾い上げた。
消しゴムなんて持っていない。ここは小石で代用するしかない。
右手に小石をぎゅっと握り、準備完了。
こうして何かを握って拳をつくれば、だんぜん威力は上がる。
オオオオオオオォォォォォ……
一体のドクロが、地面をすべるように移動し、マハエを襲う。
物理攻撃が効くかどうかなんて、考えているヒマはない。頭で考えるよりも行動あるのみ。
マハエはドクロの仮面に、小石を握った拳を叩き込んだ。
――ヒット!
効果はあった。
だが同時に、マハエの拳も痛んだ。
「いってぇー……」
やはり、仮面は頑丈なようだ。
マハエは攻撃部位を、顔面から胴体へ切り替え、攻撃することにした。
オオオオオオオォォォォォ……
今度は三方からいっせい攻撃のようだ。
マハエは衝撃波を放った。
波は地面を広がり、三体のドクロをのみこむ――
――まるで効果がない。
このドクロどもは、地面に立っていないのか。
――違う。地面に立っていないのではない。
衝撃波が起こした空気の流れが、ドクロのマントをすくいあげた。
――立っていないどころか、足がない。足がないどころか、マントの下には―― 胴体すらない。
――見えないだけかもしれない。
マハエは思い直し、胴を攻撃。だがやはり、拳、腕は、それをすり抜けた。
その状態のまま敵の背後へ移動し、三体から距離をとる。
実体があるのはドクロの仮面とマントだけのようだ。
ということは、おのずと急所は見えてくる。
急所は仮面だ。
マハエは小石を捨てるついでに、仮面へ投げつけた。
カン…… と仮面の額部分に小石が当たる。
それを合図にするように、三体のドクロがいっせいに動き出した。
――シュン!
空気を切って、風が飛んでくる。
その素早い攻撃は、マハエの左肩を切り裂いた。
「ぐあっ! くっ……! 飛び道具なんて卑怯な!」
ほんの数秒前に、自分も飛び道具を使ったばかりだということをマハエは忘れている。
それに、ドクロの攻撃は飛び道具なんて甘いものではないようだ。
何もないはずのマントの下から、飛ばされる『かまいたち』。
それは目に見えないため、避けることも難しい。
――シュシュシュン!
三連続のかまいたちが、マハエの頬、腕、足に傷をつけていく。
殺す気があるのかないのか、致命傷を負わせるほどの攻撃を仕掛けてこない。
「オレはまだまだ! あと百年は死なん!」
足に魔力を溜め、爆発的な力で飛び上がる。
バキッ!
ドクロの仮面の上に着地と同時に、再び放った力は、仮面に絶大なダメージを与えた。
パリィン……
仮面が砕けると、ドクロは溶けるように消滅。
「あと二体!」
一体が撃破され、残りの二体はうろたえている。
もう、戦いはマハエのペースだ。