11:それぞれの夜
田島弘之の本部は、盛大に盛り上がっていた。
バーべキューを肴に酒を飲み―― この世界では、飲酒は自由らしい。(ハルトキは飲まなかったが)
大林も、基本的に酒は飲まないらしい。
酔っ払いの不良達が騒ぐ中、ハルトキと大林は、やはり焚き火を挟んで向かい合っていた。
窪井組は交番へ―― (さいわいどちらの組も、大きなケガ人は出なかった。)住民の証言で、町を荒らしまわっていたのは、田島弘之ではなく、ニュートリア・ベネッヘだったということが証明できた。
これで、田島弘之は“お尋ね者”ではなくなった。
大林もニュートリア・ベネッヘの被害者だということで、事情聴取なども簡単なものですんだ。
おまけに、ニュートリア・ベネッヘの懸賞金まで入った。
「ところで……」
ハルトキはリンゴジュースを片手に、大林を見る。
「ニュートリア・ベネッヘは、田島弘之に何の用があったんです?」
串に刺した肉をかじる大林。それを飲み込み、大林は交番で聞いた内容を、話し始めた。
「窪井が言うには―― あいつらは、拉致された仲間を助けるために、オレ達を探していたらしい」
「拉致? それが田島弘之と関係が?」
「そう、そこだ」
大林はコップの水を一口飲み、続ける。
「二ヶ月ほど前、ニュートリア・ベネッヘの仲間が、行方不明になったんだと。で、KEN 窪井はオレ達がそれに関与していると思ったそうだ」
「迷惑な話ですね。実際は何の関係もないのに、あなた達が苦しめられるなんて」
ぐいっとリンゴジュースを口へ流し込むハルトキ。
「二ヶ月前に、どこかの墓地へ行ったきり、もどってこないそうだ」
ハルトキの口から、リンゴジュースが流れ落ちる。
「……なん…… ですって?」
ハルトキの頭に、嫌な記憶がよぎった。
「二ヶ月前…… 墓地……」
ハルトキは思い出した。
以前、あの紫色の髪をした不良達と戦ったことがある。服装もニュートリア・ベネッヘと同じだった。
――しかも、墓地で。
「…………」
コップを持ち上げたまま固まったハルトキを、大林は首をかしげて見ていた。
「どうかしたか?」
「……い、いえ……。ところで、訊きたいことがあるんですが……」
明らかになった真実を、心の奥の、暗証番号十ケタの鋼鉄金庫に押し入れ、ハルトキは別の話題を持ち出した。
「この世界の王様のことなんですが……」
『この世界』というワードに、大林は疑問を感じたが、それは置いといて、ハルトキの質問に答える態勢をとる。
「王か……」
「王が、いるんですよね?」
「ああ、聞いたことはある」
「“聞いたことは”?」
大林の言い方は、「王は存在するらしいが、詳しいことはわからない」と言う風だ。
「最近まで、オレも王の存在なんて知らなかった」
「…………」
「とにかく、すべてが謎で、城があるらしいが誰も近寄らないらしい」
頭のメモ帳に、大林の話を書き込むハルトキ。
やはり、不良集団に近づいたのは正解だったようだ。
「実際、王がどんなやつで、どんな働きをしているのか、誰も知らない」
「とことん謎なんですね……」
「俺が知ったのは、ほんの半年前だ」
ハルトキは腕を組む。
王というものは、代々王族の誰かが国を治める存在のはずだ。なのに、最近まで知らなかった人もいる。
ということは、王は最近まで存在していなかった可能性がある。
「わけがわかりませんね……」
「“ハル”、お前まさか王に会いに行くって言うんじゃ――」
大林は、ハルトキを『ハル』を呼ぶことにした。「お前は、もう俺の弟分だ」ということだ。
「ええ、王に用事があるので……」
「やめたほうがいい」
大林は真剣な目でハルトキを見る。
「噂では、城の周りはバケモノがうろついているとか」
「ば…… ばけもの……?」
「危険な場所らしい。興味本位でとかなら、やめておけ」
ハルトキを目眩が襲う。
「(ボク、そんなところに行かなきゃいけないの?)」
「ま、ハルなら大丈夫だろうか。お前には度胸がある」
「……度胸…… ですか……」
ハルトキは首を振る。
「ボクは過去の記憶を忘れることができないだけです」
「過去の記憶?」
「……ボクは、三歳のときに両親を失いました。両親はボクをつれて、一家三人で心中したんです。でも、ボクは生きていて、両親のことなんてほとんど覚えていませんが、その後、親戚中をたらい回しに。何度も捨てられたんです」
話すハルトキには、悲しみの表情も、怒りの表情もなく、ただ当然のことのように無表情で話し続ける。大林も、同じような顔で話を聞いていた。
「ですから、ボクはたくさんの人を親として見ていたんです。でも、誰もボクのことを快く思っていなかった」
ハルトキは、初めて自分の口から人に過去を話した。
この事情を知っているのは、施設の先生方と、マハエ、エンドーしかいなかった。ましてや、会ってまだ一日と経っていない者に話すことなど、ハルトキ自身も信じられなかった。
「過去を忘れられる友人達がうらやましい」
ここで、初めてハルトキは悲しい顔をした。
重い過去を捨てられない。だから現在の自分に興味をなくしてしまう。
「……もう、寝ますわ」
木箱から立ち上がったハルトキは、テントの中へ。
「おやすみ」と互いがあいさつをし、大林はその場に独りになった。
「……過去の記憶か……」
大林はただ、焚き火を見つめていた。
「過去を、忘れられる友人……」
夜空を見上げる大林の顔もまた、深い悲しみを帯びていた。
「オレと同じじゃないか……」
満天の星空が、大林には空が泣いているように見えた。
「――人間、前や上ばかりを見て生きていてもダメだね。たまには足元も見ないと」
洞窟の中で、穴に落ちたエンドーは、光沢のある岩の上をすべり、見事、着地していた。
「真っ暗だ。何も見えない」
エンドーは、ある程度、闇に目が慣れるのを待って、無刃刀と一緒に拾ったバッグの中身を探った。
この“遺品”の主は、旅人かなにかだったのだろう。中には、それらしい道具がいくつか入っていた。
薄い寝袋、カンテラ、マッチに乾パン、金貨が何枚か入っている革袋。
エンドーは改めて、これらの“元”持ち主に感謝した。
マッチで、油式のカンテラに火を灯す。
ここは、あの洞窟よりも、五メートルほど地下らしい。上の通路よりも横幅がある。丸い空洞のようだ。そして、外に出られそうな孔もある。
「(もう外は暗いだろうな。ここで寝るとしますか)」
モンスターから隠れるには、まさにうってつけの場所だろう。
エンドーは、寝袋と食料をバッグから出した。
ぽりぽりぽり……
エンドーの粗末な食事の音。
せめて水でもあればなぁ、と、エンドーは溜め息をつく。
ぽりぽりぽり……
この世界に来て、何度心の底から溜め息をついただろうか。
ぽりぽりぽり……
「……せつないなぁ……」
町の宿――
とりあえず宿を確保したマハエ。
この宿では、食事は出ないらしい。ただ泊まるだけの宿だ。
夜になる前に食料を買っておいたマハエは、テーブルで独り食事。
「みんなは、どんな夜を過ごしているのだろうか?」
パンにゆで卵とベーコンと各種野菜をはさんだ、
「(名づけて、『スタミナ健康野菜サンド』)」
を、ほおばる。
「(うん。新鮮な環境で食べる晩飯は格別だ)」
今ごろ、施設のみんなは、食事を終えているだろうか。
施設の食事風景を思い浮かべる。
『みんな家族』をモットーに、長いテーブルを囲んで、年齢順に座る。マハエ達三人は最年長だ。最年少組の近くに、先生達、そして一番奥の椅子に――
突然、風景いっぱいに“クマ”のようなシルエットが現れた。
「(……オレは重要なことを忘れている)」
だが、せっかくの食事がまずくなるので、思考を停止。食べることに集中する。
「うん。うまい」
深夜――
部屋と部屋とをしきる壁が薄いせいで、隣の部屋からのいびきが筒抜けだ。
だがマハエはぐっすりと眠っていた。
「うう…… すいません…… えんちょ――」
マハエには、そのいびきの音が、クマのうなり声のように――
「……マハエさ―― ん」
いびきにまざって聞こえる声。
「ガガ―― マハエさん……」
「ほらほら…… エンドーくんも謝って―― ……が……?」
マハエはその声に目が覚めた。
「ガガガ―― マハエ…… さん」
案内人の声だ。
「……んー、案内人しゃん〜?」
「ガ―― 町の…… 公園へ…… 重要なこと……」
「……公園〜? 何の用ですか〜?」
「ガガガ――」
「…………」
それだけで、案内人の声は途絶えた。
マハエはベッドから立ち上がると、椅子にかけていたジャケットを着た。
「重要なこと? 何なんだよ…… ったく……」