93/霊樹の剣を求め
樹木をくり抜いて造られた塔、その一つ。
騎士や兵士、冒険者たちはそこに宿泊することとなった。どうやら、宿として使われる木らしい。
ニールとカルナはその部屋に荷物を置き、ふう、と息を吐いた。冒険者であるため野宿には慣れてはいるものの、やはり安全な部屋の中で休めるとなると安堵する。
「木の中の宿――ぶっちゃけ、どんな場所なのか不安だったんだが……案外、人間の宿と変わらねえな」
周囲を見渡し、呟く。
床には絨毯が敷かれ、ベッドと机がある。机の上にはヒカリゴケを収めたランタンのようなモノがあり、窓にはガラスが嵌めこまれている。
森の中の住民というからもっと原始的な住まいなのでは、と思っていたのだが、全くそんなことはない。
「交易がそれだけ暮らしを豊かにしたってことだろうね。昔の文献を見る限り当時はもっと質素だったはずだから、ドワーフとエルフはいい具合に補い合えてるんだと思うよ」
カルナは言う。魔王大戦以前に存在した国――魔法王国トリリアムの時代にはエルフと交流があり、当時の文献からエルフの生活を知ることが出来るのだと。
その時代は森の中で循環が閉じていたため、生活はもっと質素だったらしい。当時の交流も魔法に関するモノだけであり、物品の売り買いなどはしていなかったのだとか。
入国したニールたちにとってはありがたいことだし、エルフたちにとっても有益なことなのだろう。ただ、勝手にエルフに夢を見ていた少女たちの想いが粉砕されただけで。
「……入国してから連翹の奴すげぇテンション低いんだよ。別に細いエルフだって沢山居るんだから問題ねぇと思うんだがな」
「種族自体に夢持ってる以上、肥満したエルフが居る時点でアウトなんだと思うよ」
個人的には普通の人が太れる現状は好ましいと思うけどね、とカルナは困ったように笑う。
それに関してはニールも同意見だ。食うに困って誰も彼もがやせ細っているより、よっぽどいい。それだけ食物があり、自由に食べられることの証明なのだから。ちょっとは節制しろよ、と思わなくもないが。
まあ、そんなことはどうでもいい。いや、確かに美味いモノを食べられそうだという事実は重要だが、それよりも優先すべきことがある。
「おし――じゃ、俺はとっとと行くわ。また後でな」
「剣探しだね。一応、晩ごはん食べる時間決めておこうか。それまでに帰って来なかったら長引いてるって判断して僕らだけで食べに行くよ」
そうだな、と頷き時間を決める。連翹やノーラには後でカルナが伝えるつもりだ。
他人がこの会話を聞けば『ただ剣を探すだけだというのに、なぜそんな時間がかかることを前提に話しているのか』と首を傾げるかもしれない。
理由は一つ。アースリュームで見つけた『剣』だ。
(アースリュームじゃ、エルフ用の鉄剣とかが多く売られてた――よくよく考えりゃ、それが不思議なんだよ。自分の国に霊樹の剣が――重くても鉄よりは軽い剣があるのに、なんでそれを使ってねぇんだ?)
部屋から出て、螺旋階段を降りながら思考する。
霊樹の剣はエルフには重く、エルフの中でも力自慢が使っているという話は女騎士のキャロルから聞いた。
しかし、そもそも霊樹とは鉄よりも軽い素材であるはずなのだ。だったら、鉄剣なんて使わず、細い刀身の霊樹の剣を用いればいいだろう。
なのに、エルフたちはそうしていない。アースリュームでは今日もエルフ用の細剣が打たれ、現地のエルフが購入し、オルシジームに輸出するために馬車に載せられているはずだ。
(実は霊樹が鉄の劣化版で、エルフたちは性能の良い鉄剣を欲しがっている……ねえな。そこまでショボいなら、ドワーフと交易し出してすぐに廃れてる)
ならば、なぜか?
キャロルが無知で、ニールに間違いを教えた――ということはないだろう。騎士とて人間なのだから知らない事もあるだろうし、うろ覚えの知識もあるだろう。だが、それを困っている相手にひけらかすとは思えない。
ニールはこう考えている――入手に手間がかかるのだ、と。
エルフは長寿であり、ドワーフや人間よりも古い文化を尊ぶ種族だ。ドワーフとの交流によって変わった文化もあるが、しかし変わらない文化もあるはずだ。
そして、それこそが霊樹の剣――その入手方法なのではないか、とニールは結論づけた。
(それを人間の俺が手に入れられるかどうか……ま、杞憂かもしれねえけどな)
それでも、最悪の想像はしておいた方がいい。楽観して失敗したら目も当てられない。
それに、もしも簡単に手に入ったら『購入前にあれこれ考えてビビッてた』と酒の席の笑い話にでもすればいい。
◇
ニールが最初に目指したのは、当然のことながら武器屋だった。
巨大な木の中をくり抜いたような外見はさきほど荷物を置いてきた宿と同じだが、ここはそこよりも開放感がある造りだ。宿のように個室を多数作る必要がないためだろう。
木の内部の中心は一階から最上階まで貫いたような形になっており、そこに螺旋階段と――柵で囲われた円型のスペースがあった。
(在庫でも置く場所、なのか? なんで店の中心近い場所にあるのか知らねえが)
首を傾げながら、階段と円型の柵近くに存在するプレートに視線を向けた。階層毎にどんな店舗が存在するのか、という説明が書かれている。ニールが目指す武器屋は――最上階だ。
(……なんで武器なんて重てえモンを売ってる店が最上階なんだよ。買う方も手間だが、それ以上に仕入れる方も手間だろ)
まあ、そんなことはどうでもいいか、と思い直す。
延々と階段を登り続けるのは手間だが、しかし伊達で冒険者をしてるワケではないのだ。この程度の移動なら、多少の荷物を持ったとしても問題ではない。
黙々と階段を登り――最上階に辿り着く。
すると、商品の剣を整理していたらしいエルフがニールの姿を認め、首を傾げた。
「いらっしゃいませ。珍しいですね、階段登ってくるなんて」
「あ? そりゃ一体どういうこ――」
ギュン! と。
上昇気流めいた風が、階段に留まるニールの体を撫でた。
何事か、と思い腰の剣に手を伸ばしかけて――そもそも今、自分は無手であることに気づく。
ちい、と舌打ちをしながら、街の中で緩んでいた思考を戦闘時のモノに切り替える。何が起こったかは分からないが、ぼうっと突っ立っているのは不味い――!
「おう。エルフ用の鉄剣、納品に来たぜ」
――商人らしきドワーフが剣が詰められた木箱と共に出現した。
ふわり、と浮かぶ床と共に。
「……あ?」
「ああ、知らなかったんですね。人間のお客さんには多いんですよ」
ドワーフが床から降りると、武器屋のエルフが魔法を唱え、床をゆっくりと下へと下ろしていく。
ニールの怪訝な顔に気づいたのか、「ああ」とエルフは営業用の笑みをこちらに向ける。
「自分たちは浮遊床と言ってるんですがね。風の魔法で床を押し上げて移動するんですよ。店員にチップを払えば簡単に使用できますから、お帰りの際には是非ご利用ください」
「お、おう――分かった、考えとく」
臨戦態勢で睨みつけてたのに、出てきたのは気が良さそうな顔をした商人のドワーフ。これは、少しばかり恥ずかしい。カルナや連翹が居なくて良かった、と心から思う。
(……しっかし)
店員がドワーフから剣を受け取っている間に店内を見て回り、思う。ああ、やはり金属の剣ばかりだな、と。
陳列された剣を一つ一つを丹念に調べても、霊樹の剣どころか普通の木剣もありはしない。
「なあ、ちっといいか?」
納品作業が終了したのだろう、ドワーフが浮遊床で下に移動するのを見送った後、ニールは店員のエルフに問いかけた。
「オルシジームには霊樹で出来た剣があるって聞いたんだけどよ、この店には売ってねえのか? いや、そもそも、それって売ってるもんなのか?」
「霊樹の剣――ああ、あれですか。珍しいですね、今時、エルフでも若い子は欲しがりませんよ」
「……嫌な予感はあったんだが、霊樹の剣ってよ、やっぱ弱いのか?」
「ああ、いえ。そんなことはないですよ。長を守るエルフの戦士は、皆それを愛用してますしね」
ただ、と。
「入手の難度が高いため、若い子は鉄剣の方を愛用するんですよ。こちらなら、お金さえ出せば入手出来ますからね」
言って、店員のエルフは窓を指差した。
「あちら側に大きな切り株が見えるでしょう? そこに行ってみてください。自分が説明するより、専門家が説明した方がいいでしょう」
「まあ、確かにそりゃそうか」
窓際に寄って外に視線を向けた。
枝葉によって地面は見えにくいが、街から離れた場所にポツリと存在する切り株――それをくり抜いたモノが見える。
遠目に見ると、切り株の中身をスプーンですくったように見えた。
じっくり注視すると真ん中は平らに均され、端の方は中心に比べ、数メートルほど高くなっているようだ。
(闘技場みてえだな。真ん中が戦う場で、端の高い部分は観客席か……?)
遠目に見ただけだから、もしかしたら違うかもしれないが、おおよその構造は同一だろうと思う。
だが、だからこそ、解せない部分がある。
闘技場とは娯楽の場だ。本来の意味で使うにしても、箱だけ利用し別のことに使うにしても、である。
実際、ニールも女王都の闘技場で演劇を見ているし、闘技場が人通りの多い場所に存在していたことも覚えている。だというのに、あれはなぜ、あのように離れた場所に存在するのだろうか。
それについて詳しく聞こうとして――止めた。実際自分で見に行った方が速い。
ニールは窓から視線を外し、色々と教えてくれたエルフに頭を下げる。
「悪いな、助かったぜ。浮遊床使わなかった時点で気づいてたと思うが、オルシジームは初めてなんだよ。どこに何があるのか、全く分からなくてな」
「いいえ、構いませんよ。それより――」
すっ、と。
右手を伸ばし、エルフは微笑んだ。
「浮遊床、使っていきませんか? いや、この階に来るのはドワーフの商人かエルフの戦士、そして冒険者くらいですからね。体力あるから、浮遊床の使用をケチる人が多くて」
「いやまあ、そのくらい出すけどな。……チップ、多く払った方がいいか? 買い物もしてねえのに色々教えてもらったしな」
「いえいえ! ただ――一緒に来ている人間の冒険者や兵士、騎士たちにそれとなーくこの店の名前を出して頂けたらな、と思うわけで」
種族は違えど、商売人は商売人なんだな。
揉み手で言うエルフの店員に、ニールはため息を吐いた。
◇
浮遊床で丁重に一階まで降ろしてもらった後、ニールは先程窓から見えた場所に向かう。
木をくり抜いた塔のような建造物や、地面に建てられた木造建築物。それらから離れた場所にある、闘技場にも似た形のそこへ。
「ここ、か」
肉眼で見える場所にまで辿り着くと、ニールはその建物を観察する。
古い建造物だ。別段手入れが行き届いていないとか、木が枯れていたり腐っていたりするワケでもない。ただ、年季を感じるのだ。
ニールには樹肌を見て判断できる知識はないが、それでも分かる。
一つは雰囲気。何百年も前からそこに存在し、当たり前の風景として固定化されたような――そんな雰囲気を感じるのだ。
そしてもう一つは、もっと明確なモノ。
(窓、扉、その他諸々――外から見る限りじゃ、ここ、金属が使われてねぇな。ドワーフと交流する前に建てられたってワケだ)
「――何用だ、人の剣士」
ぎい、と。
観察していた建物の扉が開いた。
現れたのは、当然のことながらエルフだった。白い肌に白い髪、そして整った顔立ちは、オルシジームに入国する前の連翹やアトラが抱いていたイメージ通りのエルフなのだろう。
しかし、体つきや佇まいは女が喜ぶ軟弱なモノではなく、戦士のそれだ。
本来なら細く、筋肉が付きにくいエルフ――だというのに、彼の四肢は太い。下手に剣を齧った程度の人間の腕よりも、ずっと。
そして姿勢と足捌きが、体の筋肉が見かけ倒しのモノではないということをニールに理解させる。
ああ、あれは――あれは戦士の体だ。
武器を振るう為に鍛えぬいた、一振りの刃だ。
先程、武器屋の店員に対し、どの種族でも商売人は商売人だと思った。そして、それは間違いではないのだろう。
なにせ、目の前のエルフは、前衛に向かない種族でありながらも、こんなにも戦士なのだから。
「突然悪いな。俺の名前はニール・グラジオラス、今は得物を失っているが、冒険者の剣士をやっている」
「見れば分かる」
だろうな、と思う。
ニールですら、目の前のエルフが戦士であると理解できたのだ。彼が出来ない道理はないだろう。
「ここに、霊樹の剣があるって聞いて来た。入手が難しいって聞くが、その方法を教えて貰いたくてな」
「付いて来い」
短く答え、男は闘技場めいた建物の中に戻った。
方法を教えてくれるのだろうか。
「――いや、まあ、ありがてえんだがよ」
もっとこう、手こずると思っていた。
人間なんぞに由緒正しい霊樹の剣はやれぬ、だとか。
これはエルフの中でも上位の剣士にのみ下賜されるもの、お前如きが持てるはずなかろう、だとか。
そんな風に、冷たくあしらわれる可能性も考えていたのだ。
だというのに、とんとん拍子で進む現状に、喜びよりも不安を抱く。
「……っと、それよか、さっさと追わねえと」
慌てて扉を開け、建物の中に入る。すると、視線の先には長い廊下があり、先導するエルフもそこをゆっくりと歩いている。
左右に視線を向ければ、どうやらそこは居住区らしく、靴を脱ぐ場所が存在していた。個人宅、というよりも集団の宿泊施設といった風に見える。
戦う選手が泊まるのだろうか、と考えながらエルフを追って廊下を走る。
「ここだ」
淡々と。
扉を開けながら、彼は言った。
開け放たれた先は、ニールが上から見た時に予想した通り、円形の闘技場のように見えた。
(――なんだ? ここ)
ニールの知識では地面が石であったり、土がむき出しだったりするのが普通であるため、地面が木というのは少し珍しいような気がする。
だが、そんなモノは些細なことだ。問題は、闘技場であれば観客席が有る場所にあった。
そこには、剣が飾られていた。
木製の剣、いや、霊樹の剣。それが、何本も、何本も何本も何本も――数えきれぬほど、多く。
まるで、この剣こそが観客なのだとでも言うように、ニールを見下ろしていた。
「受け取れ」
異様な光景に困惑する中、不意にエルフの男がこちらに何かを投げた。
慌てて受け止め、観察する。
それは、剣だ。木製であり、けれど普通の木剣よりも腕にずしりとくる重みを持った剣。霊樹の剣だ。
「鍛錬用だ。刃引きはしてある」
「……見た目が木剣だってのに、刃引きってのは違和感がある言い回しだな」
確かに、刀身の部分を撫ででも手が切れることはない。これでは、少し重いだけの木剣だ。
「霊樹の剣を入手する手段は、ただ一つ」
いつの間にか、男もニールと同じように刃引きした霊樹の剣を握っていた。
彼は闘技場の中心に立つと、ニールに向けて剣先を向ける。
「認めさせてみせろ――それだけだ」
「なるほど、そういうことか――どんな難関があるかと思えば」
にい、と。ニールは獣じみた笑みを浮かべた。
確かに、難関ではある。目の前のエルフの剣士は、きっと強い。まだ剣を交えていないが、雰囲気で分かる。
だが、それでも――
「おもしれえ! 剣士ってのは、やっぱり互いに剣を交えてこそだよなぁ!」
「私は神官だ。打撲や骨折は癒やそう――全力で来ると良い」
「言われるまでもねぇ!」
木剣を手に、ニールは駆け出した。




