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グラジオラスは曲がらない  作者: Grow
エルフの国
95/288

92/森林国家オルシジーム

 ――背の高い木々が茂り、日差しを微かに遮っている。それは木々で形作られたトンネルのように。

 

 枝葉の隙間から漏れる陽光は微かで、けれど柔らかに注ぐ。薄暗さは感じず、日傘を差して歩いているように優しく体を労られているような気分になった。

 街道は馬車も通れるようにしっかりと舗装されているが、少し視線を横に向けると鬱蒼とした森林が見える。昼間だというのに月夜のように薄暗いそこに下手に踏み込んだら、きっと迷子になるだけでは済まないだろう。

 ここは大陸の中心を覆うストック大森林。その南端にある森林国家オルシジーム――そこに至る街道だ。

 

「本当に森の中なんだな」


 馬車の中で、ぽつり、とニールは呟く。ここに至れば外を歩いて警戒する必要はない、道を遮ってしまうからだ。ニールは武装したまま馬車の中で座り、周辺に視線を向ける。

 森林国家。

 森の中にある国。

 モンスターの出る深い森に囲われたそこは、天然の要塞だ。実質、今通っている街道以外にオルシジームに入国できる場所はない。

 ……知識としてはオルシジームがそういう国だというのは知っていたが、知識と実感はまた別物だ。

 ニールにとって森の中は、モンスターの間引きのためや野草の採取、木材を取りに来た木こりの護衛のために入る場所なのだ。だから、そんな中で暮らすというのがどうもピンと来なかった。

 だが、街道を歩き、徐々にオルシジームに近づいて来れば理解出来る。至る所にここに住まう者、生きる者の痕跡が見えて、本当にここに人――いいや、エルフが住んでいるんだな、と。


 ――尖り長耳の人々。アースリュームで何人か見た、長寿の種族。エルフ。


 細身の体なれど魔法や弓の扱いに長け、神官であれば木々や草花の声を聞くことが出来る者たち。

 彼らと人間の間に交流は少ない。ドワーフと同様に、いいや、それ以上に。長寿のエルフにとって、半端に長い寿命を持った人間が暮らす町は過ごしにくいのだそうだ。

 ドワーフは寿命が短い分、自分が他種族よりも早く死ぬことを『仕方のないこと』と理解しているが、人間は別だ。老いず、いつまでも若いエルフは嫉妬と羨望、そして欲望の的になってしまう。  

 エルフとドワーフが仲良くなれたのも、ドワーフという種族が流れの速い澱まぬ川のような存在だからなのだろう。清々しく、透明で、気づけば流れ去ってしまう水のようだから。真逆だからこそ、半端に寿命の近い人間よりも仲良くなれたのかもしれない。

 

「――ついに来たわね!」

「……来た、ね……!」


 ぼんやりとそんなことを考えていた時、不意に二人分の女の声がした。

 一人は連翹れんぎょうだ。拳を強く握り、うんうん、と頷いている。

 もう一人は――ドワーフの少女だ。名前は確かアトラ。ドワーフにしては大人しい彼女だが、今は連翹と同じように何かを期待するような笑みを浮かべていた。

 温泉街オルシリュームから森林国家オルシジームの道中で何度か話しをし、仲良くなったらしい。今のように、ドワーフたちが纏まって乗っている馬車を抜けだして、ちょくちょくと自分たちの方に顔を出している。

 逆に、カルナの方はドワーフたちの馬車に乗り込んで、何か色々と相談しているらしい。鉄咆てつほうの命中精度を上げる方法について、らしいがニールにはよく分からない。ノーラもまた、ドワーフの馬車に乗り込んでいる。時間を忘れて話し込むことの多いカルナのお目付け役だ。

 だから現状、今馬車に乗っているのはニールと連翹にアトラ、そして顔見知りになった冒険者だ。


(しかし、連翹もアトラも……精神年齢が近いのかもしらねえな、こいつら)


 子供のようにはしゃぐ人間の連翹と、背伸びをするドワーフのアトラ。子供っぽい年上と、大人ぶろうとする子供、それがうまい具合に噛み合ったのかもしれない。

 そんな視線を感じ取ったのか、連翹はギロリとこちらに視線を向けた。


「……なんか凄く失礼な視線を感じたんだけど」

「気のせいだろ。……つーか、何をそんなにテンション上げてやがんだ。森がそんなに珍しいワケでも――ああ、そっちのガキンチョの方はそうかもしれねえけど」


 なにせ、ドワーフの国は地下にある。

 移住したエルフの建造物に木々を用いたモノはあるが、しかしこういった大規模な森を見るのは初めてだろう。


「ガキンチョじゃない。森も――珍しい、けど、今は違う」

「分かってないわねニール。なんたってここはエルフの国なのよ? ドワーフの国で見かけたようなドワーフと一緒に酒飲んでるエルフじゃなくて、森の中で暮らす神秘的なエルフの国なのよ?」

「きっと、カッコイイ。背が高くて、細身な、エルフの男の人や、女の人。アトラたちドワーフは、無駄に膨らんでるから。連翹さんとか、この辺りに膨らみがあんまりなくて、凄く羨ましい」

 

 言って、自分の胸をぺたぺたと触る少女に、連翹は表情を引きつらせた。


「ね、ねえ……なに、もしかしてあたし悪いことした……? なんで唐突にあたしディスられてるの……? そういう悪口は名誉毀損で犯罪行為で死んじゃうから止めたほうがいいわよ……?」

「……? 褒め言葉、だけれど? どうしたの、連翹さん?」


 首を傾げるアトラを見て、ニールはため息を吐いて助け舟を出す。


「知り合いの冒険者に聞いた話なんだがよ……ドワーフは胸から太りだすらしいぞ。だから逆に、あんま胸が膨らんでない方が綺麗だって思われるんだとよ――つまり細身で綺麗って言われてんだ、喜んどけ」


 アースリュームの娼館でも、観光客向けには胸の大きなドワーフを出し、そして現地のドワーフには胸が薄めなドワーフを出すらしい。もっとも、ドワーフとしては、であって他種族から見れば十分豊満なのだが。

 観光客向けの娼婦は、気を抜くと痩せるから寝る前に菓子を食べるのだという。他種族から見れば豊満な体を維持するために、ドワーフから見れば肥満体を維持するために。

 無論、だから幼いながらも豊満な胸を持つアトラが肥満体、というワケではない。むしろドワーフの女としては平均的なくらいだ。

 だが、他種族と接する機会が多くなるとドワーフの胸はどうしたって目立つ。他種族の女はドワーフほど胸が大きくないため、ドワーフの女性はそれと比較して自分が肥満していると思い込んでしまうことが多いらしい。

 そう言った話を、娼館や娼婦という単語をボカして説明すると、「なるほどねぇ……」と連翹は興味深そうに頷いた。


「リアル『貧乳はステータスで希少価値』ってワケね……理解したけど、納得しにくい感じ。いやまあ、悪口じゃなかったらいいんだけど」

「アトラは、大きい方がすごい、って考え方のほうが納得しにくい。……でも、そういえば、カンパニュラさん。近くに行くとチラチラ胸元覗き込んでたな……」


 あれって太ってるって思われてたワケじゃなかったんだ、と安堵したように頷く。


「オーケー、アトラ。待っててね、ちょっとあの残念イケメン覗き魔をシメて来るわ」

「あの馬鹿、もうちょいバレないようにやれよ……」


 ドワーフが大きな胸を重要視しないのは確かだが、だからといって男女ともに胸に興味がないワケではないのだ。

 どうしたって男は胸が気になるし、女は性的な眼で胸を凝視されて良い感情を抱かない。

 ニールより常識的なカルナなら、知っていて当然のことではある――が、知っててなお、我慢出来ず覗き込んでしまったのだろう。巨乳好きだから、カルナは。

 

「それより、そろそろ見えるぞ」

「はぁん? 見えるって何が――」


 長い長い森のトンネルを抜け、辿り着く。

 最初に目についたのは、巨大な樹木の内側を削って造られた塔だ。街の中心にある一際大きなそれは、無数の橋を枝のように伸ばし他の木々に繋いでいる。

 恐らく、あれは人間で言うところの城なのだろう。地上の入り口や橋などを木と革で造られた鎧を纏ったエルフが巡回していた。

 視線を左右に向ければ、他の木々の様子も見える。複数のエルフが住んでいるように見える木に、階層ごとに違う商店が入っているように見える木などがあるように見えた。

 そして、木々の下には木造の一戸建てがいくつも存在している。 

 頭上の樹木の枝葉によって太陽の光はあまり届かない。しかし、頭上の橋や地上の道に存在する灯り――アースリュームでも見た光るコケが、緑色の街灯となって街をやさしく照らしている。


「――木で出来た高層ビルディング街みたい」


 ぽつり、と連翹が呟いた。

 高層ビルディングがなんなのかニールには分からなかったが、物珍しそうに辺りを見渡す姿が楽しそうなので聞かないでおく。「わあ、綺麗ね、凄いわね! 圧倒的にさすがって感じね!」とはしゃぐ姿に水を差すこともあるまい。

 アトラもまた、口を半開きにしながら辺りを見渡している。連翹のようにはしゃいでいないのは、背伸びしたがる歳頃ゆえか。それでも視線は物珍しそうに動きまわり、好奇心を抑えきれていないのが微笑ましい。

 

(んで――あれが、霊樹の剣、か……)


 女性二人が街並みを見物している中、ニールは中央の木を守るエルフを注視していた。

 大柄な――人間の戦士と比較すれば細身の――エルフの腰に、一振りの剣が差してある。鞘に収められているため中身は見えないが、それでもあれが鉄剣ではないということくらいは理解出来る。


(けっこう肉厚な刃だ。鉄製だったら、あの体格で自在に振るえる重さじゃねえはずだ)


 だから――ここにあるのだ。

 霊樹の剣が、鉄に比べて軽く、しかし頑丈な木製の剣が。

 

「ね、ねえ、ニール……あれってなんて名前の種族……? ど、ドワーフじゃないわよね」


 絶対あれを手に入れる、と決意を新たにしている途中で、不意に袖をくいくいと引っ張られた。

 ああん? と面倒だが連翹の指差す咆哮に視線を向ける。

 そこには――


「おっ、もう肉焼けてる、いただきぃ!」

「ああっ、それ俺が大事に焼いてたやつ!」

「俺の前で隙を見せたのが――ああああ! テメエ、それ俺の肉ぅ!」

「取り皿に取った程度で安心したお前が甘いんだよ」

「お前ら一応野菜も食えよ、さっきから自分、焦げそうな野菜さらえてばっかりだぞ」

「野菜は食い飽きたんだよ!」


 ――なんか、ふくよかな長耳がバーベキューしていた。

 腹部にたっぷりと肉を蓄え、顔もだいぶ丸い。耳だってエルフと比べ、ふにふにと柔らかそうだ。

 それを観察して、ニールは首を傾げた。


「……俺の視線の先にはエルフしか居ねえんだが」

「やめてぇ! 嘘でも違うって言ってよぉ! あんなのエルフじゃないし! あんなの白塗りオークとかそんなんだしぃ!」


 失礼な奴だなお前! と思う。

 

「キャンキャン騒ぐな馬鹿女、聞こえちまうぞ。つーかお前、アトラ見習えよ。お前より年下だってのに落ち着いて」


 視線を向ける。

 そこには、脂汗を流しながらぷるぷると振るえるアトラの姿!


「し、信じないから……森に住んでるエルフって、細くて、きっ、綺麗で、霞とか食べて生きてるはずだから……」

「想像の中とはいえ、せめて野菜くらい食わせてやれよ」


 どんだけ夢見てんだこいつら、と溜息を一つ。


「そもそも、ドワーフが肉食だろ? そんなドワーフと交流してんだ、肉食文化くらい流入すんだろ」

「だ、だってぇ、あんなに太ってるじゃない……森の神秘的な種族っていうか、森の美味しそうな豚さんって感じじゃない……」

「そりゃ、今まで野菜や、タンパク質補給のために小動物や魚程度を食べていた連中が、いきなり肉ばっか食いだしたんだぞ? そりゃ太るだろ」


 そもそも、エルフは主食は野菜や果物が多かった。

 そんな中で流入してきたたっぷりと肉を食べる文化に、ドワーフとの交流で豊かになった現状――結果、肥満のエルフが出始めたのである。

 カルナがここに居れば、「現在のオルシジームでは、若年のエルフの肥満が社会問題になっているらしいよ」と説明してくれたことだろう。

 

「……つーか人間にだって、ドワーフにだって肥満はいるだろ。エルフにだけ居ないって考えてた意味が俺には分からねえんだが」

「正論だけど! 正論だけどもぉ! 女の子は夢をみたいものなのよぉ!」


 連翹が叫び、アトラは馬車の端っこで膝を抱え始めた。

 そんな風に騒がしく、ニールたちはオルシジームに到着したのであった。


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